189「青の盾、赤の槍-6」
「ある意味予定通り……か」
そんな苦々しい表情でのつぶやきが
集団全員の気持ちを代弁していた。
つぶやきの主であるファクトの視線の先には、
既に彼らを睨みつけている半透明の集団がいた。
風もないのにわずかにゆらめく体。
特殊な力によって物理的な干渉力を持っているであろう
半透明の槍を油断なく構えている。
今にも駆け出してきそうなその体躯は
巨体、としかいいようがなかった。
生前の気迫をそのまま宿したような姿で、
接近する相手を鋭く貫くことだろう。
その正体は通路にひしめくケンタウロス達の亡霊。
その数、ファクトたちの視界の限り。
「出てこないな……」
「王が目覚めるまで守っているのだろう」
困惑の兵士の1人に、満足した様子で答えるケンタウロスの1人。
彼の言うとおりだろう、とファクトは思う。
ここは草原の中にあるとある遺跡。
草原と岩、たまの砂地や小さな林、
オアシスのように点在する泉たちという同じ組み合わせの景色の中、
唐突に現れるピラミッドと古墳を足して2で割ったような平たく巨大な物だ。
たくましいケンタウロスの背中の上で、
ファクトはその光景に険しい表情をする。
隣り合う他の面々も同様であった。
全員がケンタウロスの上に比較的軽装な装備で騎乗している。
ファクトたちが本隊と別れ、こんな場所にいるのには理由がある。
ロスターとの会話の中、
白の王は無事なのだろうかという話が出たのだ。
とある遺跡で眠り続けているという白の王。
そこはケンタウロスの英霊に守られているということだった。
だが、失われたはずのカラーオーブがどこからか戻ってきたことといい、
どうにも嫌な予感がする、というロスターの要請に従い、
ファクトと兵士数名、そしてケンタウロスの有志が別働隊として草原を駆け抜けることになった。
勿論人の足では限界があり、
人とケンタウロスの差をどうにか埋める方法がとられた。
それは1人のケンタウロスに1人の人間が乗るという物だった。
そうして速度を確保し、見つからないような手段をとりながら今日、
この遺跡に到着したのだ。
「入り口はここだけか?」
「経年で崩れていればあるいは……だが無駄足なのではないかな」
問いかけるファクトの声に、
振り向くことなくケンタウロスの1人が答える。
実際、ファクトらには正面の入り口以外は
長く続く壁しか見えていない。
ぐるりと回れば他にも入り口があるかもしれないが、
何かに見つかるかもしれない危険を冒す必要性もないだろうと全員が思う。
そんな唯一の入り口、下に向かって斜めになっている通路に
亡霊がひしめき合っていた。
横幅はケンタウロスが3人、並走できるぐらいの幅。
通路としては広い方だろうか。
高さはそれなりに確保されていそうだが、
ファクトの場所からは詳細はわからない。
どこまで感情があるのか、判断のつかない瞳が
全てこちらを向いているというというのは
いいものではない。
強行突破には、何人プレイヤーがいても無理だろうとファクトは感じていた。
(強制的なイベントでの敗北戦みたいなものだな)
ファクトが考えるのは見えない障壁、元に戻される異空間、そんな類だ。
その上で亡霊一体一体がその強さの底を見せない。
魔法使いの目からは、その輪郭を覆うような強い魔力を感じられただろう。
もしかしたら倒すだけなら全力でぶつければいけるかもしれないが、
すぐに補充されるであろうことは目に見えていた。
となれば決断は早かった。
「戻ろう。無理をしてもしょうがない」
「そうですね。進展がないのは少々残念ですが」
帰還をファクトは決断し、兵士やケンタウロスもそれぞれにうなずく。
飛び出してこないかを警戒しながらゆっくりと遺跡から離れると、
ある程度のところで掻き消えるように亡霊は消えていった。
亡霊たちが追ってくる気配がないことに、
安堵の息を漏らしながらファクトはケンタウロスの背の上で考える。
(白の王の具合の確認ができればよかったがそうもいかなかったな……)
事前にファクトが知りえたパッチの情報によれば
無慈悲に世界征服をするような王ではない。
第三勢力、としてまとまりのなかったケンタウロスをまとめ上げ、
新しい冒険の部隊として時に敵対し、時に協力する相手だと予想されていた。
とはいえ詳細は分からず、男か女かもわかっていなかった。
そんな白の王がこの世界ではどうなるかもわからないので
目覚めなければそれはそれでいいのかもしれないとファクトは思う。
帰還の空気は重い。
以前キャニーやミリーとともに使った隠れられるマントを使い、ケンタウロスと兵士とともに
ここまで1週間近く駆け抜けてきたが、無駄足に終わってしまったことに
少なからず誰もが残念な気持ちを抱えていたからだ。
「わざわざ乗せてもらったのに悪いな」
「何、共存のためだ。このぐらいはどうということはない。
もちろん、便利な乗り物というわけではないからそのあたりは考えてほしいところだがな」
呟くファクトへと、人一人を乗せているというのに疲れた様子のないケンタウロスが
笑いながら答える。
体が接する部分からは、大きな鼓動の感触が常に伝わってくる。
短い旅の中、ファクトはケンタウロスの強さの秘密、
膨大なスタミナ、巨大な体を支える身体機能の理由をある程度感じ取っていた。
そもそも自分の知る動物としての体と同じと考えるからいけないのだと。
鬣によるマジックアイテム同様の補助に加え、
他の魔物の素材のように体自体が
なんらかの特殊な物であることが感じられたのだ。
ファクト自体の中身は地球でいう現代人である。
専門の職業というわけではないが、一般常識として
生物がどんな造りをしていて、どんな成分で構成されているか、
といったことは知識として持っている。
そんな常識と照らし合わせて、ケンタウロスは異常であった。
正しくは隣にいる人間の兵士すら、地球のそれと
比べれば異常であるのだがケンタウロスなどの
怪物、モンスターの類ほどではない。
ある程度の素質があればただちょっと鍛えれば鉄剣で大木が両断できる、
といった事実があるとしても、だ。
体の組織1つ1つが酸素的な呼吸、やり取りのほかに
魔力、精霊を介する動きをしていることは明白であった。
つまり、この世界の生物は魔力で呼吸をしている側面も持つのだ。
事実、気配を感じるように集中してみると
触れ合っているケンタウロスの体を
血流が栄養と老廃物を運ぶように魔力の流れが
全身に何かを流していることが感じられた。
隣のケンタウロスには感じられないあたり、
微細な物なのかもしれない。
その微細な、だが決定的な違いはファンタジー要素を
現実のものにする力を持っていた。
種族ごとにその動きは特徴を持ち、
時に空を飛び、時に火を吐く、そんな性質を持つ。
多分な推測を交え、ファクトはそうこの世界の生物を理解しつつあった。
もし、もしもだが世界の精霊が10倍、100倍になったなら、
自分も含めて生き物の体はどんな変化を迎えてしまうのか。
その考えに至った時、以前やったような銀貨の暴力的な
精霊の解放で目覚めを早めることをファクトはあきらめていた。
どんな王かわからない、という点で選ばれない選択肢ではあったようだが……。
移動は続く。
やはり飽きてくるのか、ケンタウロス8人と
人間8人の雑談が時折草原に溶ける。
意外と弓手や魔法使いを乗せたら強力かもしれないな、と
冗談交じりに答えるケンタウロスにファクトは確かに、とうなずく。
実際、このまま戦えば手が4本あるような物で、
戦力としてみれば強力であることは間違いなかった。
もっとも、ケンタウロスが乗り物としての馬扱いを
よしとすれば、という条件付きとなってしまうのだが。
未実装であるケンタウロスのイベント。
そんなゲームでは未経験の現場を発見でき、
開始前のイベントに遭遇できただけでも
ゲーマーとしてはありなのかもしれないが、
現実問題として、何も解決していないというのは悩みどころである。
いざというときの現場が確認できただけよしとしようと
ファクトは思い直し、小休止を挟みながらケンタウロスに任せる形で草原を駆けだす。
行きと同じように隠れたままの走りで1日と半日。
少し丘のようになっている場所で、遠くにケンタウロス以外の集団を彼らは発見した。
「黒いな……狼? いや……人?」
「なんだあの鎧は……」
一見すると馬車を護衛する冒険者とその護衛対象というところだろうか。
だが場所と、出で立ちが異常であった。
「こんな場所に人間の商隊がまともにいるはずがない。
あれはもしかして……」
半ば確信とともにファクトが双眼鏡のような遺物を覗き込むと、
そこにはジェレミアやオブリーンでは見ることのできない、
独特の意匠の鎧を着た集団がいた。
「ルミナスだ」
「あれがルミナス……」
「本隊は近くにいなさそうだな」
口々に相手の感想を男たちが述べる中、
ファクトと数名の魔法使いは異常を感じていた。
「気のせい、ではないよな。冒険者……ファクトさん」
「ああ、間違いない。アレはおかしい」
「だがアレはなんなのだ? この距離でようやく感じられるなど、
自然の産物ではない」
降り注ぐ太陽が暑さを産む中、
寒さに震えるように身を震わせる魔法使いの一人。
その震えの原因は馬車の荷台にある包みだ。
布越しに感じるその禍々しさ。
(何が積んであるというんだ?)
当然ながらこの距離ではアイテム名などはわからない。
だが火属性の武具に熱さを感じるように、
この距離でも荷物に嫌な物をファクトたちは感じていた。
誰かに襲われることを考えていないのか、
馬車3台に対して兵士は10名。
御者を入れても13名だ。
草原のもう1つの強者、デモンウルフが
どこから襲ってくるかわからないというのにこの人数である。
ましてやその表情はあまり緊張している様子はない。
もっとも、近くまでいって確認したならばその異常さに気が付いただろう。
彼らは疑っていないのだ。
自身らの行動を邪魔する者はいない、と。
その盲信の結果ともいえる表情にファクトもこの距離では気が付かない。
そんなルミナスの集団に対して、
ファクトたちは武装したケンタウロス8人と人間8人。
「よっぽど強さに自信がある強いやつらなのか?」
「待て。あの馬車の上を見てみろ、何かの力を感じる」
魔法使いの指摘にファクトがそこを見ると、
見覚えのある道具が乗っていた。
魔よけの香。
ファクトの口からそんな名前が漏れる。
ひねった物ではなく、名前の通りにエンカウント率軽減の消耗アイテムであった。
一般的なMMORPGに外れず、マテリアルドライブも敵シンボルは常に見えている物だった。
ゆえに、エンカウント率軽減という性能は
そのシンボルが基本的に避けていくということに他ならない。
ゲームでは比較的知られたアイテム。
だがファクトはこの世界では見たことがない。
話には聞いたことがあり、
冒険者たちの手に入れたいアイテムとしてほぼ間違いなく名前のあがるアイテムにも関わらずだ。
それはプレイヤーメイドでしか作れない特殊なアイテムという理由からだった。
製法が失われている中、時折の発掘品や秘蔵品以外、
世に出ることがないというレアな物であった。
(確かにちょっと面倒だったがそんなにレアではないはずなんだが……)
ファクトの記憶によれば結構な高レベルの秘具生成スキルは必要だが、
その効果もものすごい物ではないはずだった。
造り手により効力はまちまちで、最短30秒という短い効果。
そんなアイテムではあるが、効果ははっきりとしている。
「道理で堂々としているはずだ……」
ファクトからの説明を受け、兵士の1人が納得したようにつぶやく。
視線の先で、御者の1人が荷台から何かを取り出し、
魔よけの香の器に注いでいる。
どうやら馬車の1台は魔よけの香を詰め込んであるようだった。
その1台からは禍々しさが感じられないからである。
ファクトは考えを巡らせる。
発掘された遺物? あるいは秘蔵の1品だろうか?
だがそんなアイテムをこんな無造作に使うのもおかしいと
ファクトは浮かんだ考えを否定する。
貴重品だとして馬車1台分の魔よけの香を使うぐらいなら
普通なら人手を増やした方が確実だろう、と。
一人、ある仮定をファクトは考えていた。
ルミナスの中に同じような作成スキル持ちがいる、と。
レシピ自体は難易度は高くなく、材料もルミナスが
ゲーム通りの舞台であればそう苦労しないだろうと言えた。
以前からモンスターの持っていたプレイヤーメイド品である物品や
たまに見つかる怪しい物品を目にするたびに
ファクトの中でその疑念は少しずつ膨らんでいたのだ。
遺産や発掘品、そんな遺されたもの、で取り扱うには
不自然な物品たち。
どこかで誰かが作っているのだろう、と。
スキルが血脈で受け継がれているのか、
自身と同じような転生のような相手であるのか。
それは想像するしかないが
少なくとも何かまだ見えないカードが相手の手札にはある、とファクトは考える。
であるならば、目の前の馬車が運ぶ何かがただの補給物資であるはずがない。
小声での相談の結果、意志は固まった。
どうせいつかぶつかるのだ。
であれば殲滅もやむなし、と。
最悪一撃を与えて素早く逃げることで
相手の進む速度が下がればそれでいい、ということだ。
そうと決まれば躊躇する理由は誰にもない。
出来るだけ風上にも風下にもいかず、
ゆっくりと回り込む。
無言で、あげられていたファクトの手が振り下ろされる。
そして風切り音と、呪文の声が草原に唐突に響き渡るのだった。