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188「青の盾、赤の槍-5」

「構えぇぇーーー!」


青空の元、号令が響く。


声の主は一人の人間。


赤い長剣を空に突き上げ、体全体から気迫が目に見えるように

噴き出しているのがその場の面々には感じられた。


あるいは、魔法を使う者は別の物を感じたかもしれない。


体と、剣からあふれ出す無数の精霊を。


声に答えるように砦を背に武器を構える面々。


多くは人間だが、なかには亜人と呼べる者もいる。


青の部族であるケンタウロスのほか、20人ほどではあるが

なぜか人狼の部隊までが草原に立っていた。


予想される赤の部族の本格的な侵攻時期とほぼ同時期に、

背後に何らかの意図を感じながらも動き出した北方の竜族。


今まで小康状態であった砂漠の怪物たちの争いも

時折、落ち武者のように少数が人間の領土に迫っているという。


今までは半ば予定調和のように大きな変化のなかった

怪物たちが、ここにきて何かの枷が外れたように動き出したようにすら感じられる。


自身の父と兄、つまりはジェレミア王と第一王位継承者である長兄の

そんな報告を胸に、フェンネルは目の前の戦いに意識を向ける。


遥か昔、精霊戦争をはじめとして幾度かの

大きな戦争があったということは知識として知っている。


世界に住まう生き物同士の、戦い。


共通していたのはこれただ1つ。


であるならば、この戦いもそんな物の1つになるのだろうかと

空想しながらフェンネルは意識を集中させていく。


(曖昧なギルドへの依頼に対し、わざわざ答えてくれたのだ。

 ここは踏ん張りどころであろう)


自分の号令1つで、勝利にも敗北にもなるであろう戦場。


知らず、手にする赤い長剣、スカーレットホーンを握る手に力が入る。


その昔、とある火山の覇をレッドドラゴンと争ったという

大地を駆ける一角獣らの角だと言われている剣。


おとぎ話に聞いた精霊戦争時代以前にあったという

伝説級の武器の1つ。


それが今、手元にある。


快く貸し出してくれた当人はそんなにレアな物なのか、と

驚いていたことがフェンネルにはおかしくて仕方がない。


唐突にあちこちで大事にかかわり始め、

その際にはなんだかんだと失われて久しい技術や

強力な武具でそれらの困難を打ち砕いてきたという。


そんな男、ファクトは今砦にはいない。


まだ草原に変化はないが、すぐに土煙が見えてくるであろうことは

フェンネルにもわかっていた。


今日は相手にとって一番都合のいい日だと知っているからだ。


古来より、火の精霊が一番活発だと言われる月と曜日。


お昼丁度に太陽が真上に来るという日。


この日に必ず来るという確証がフェンネルらにはあった。


「物見台より報告! 前方に魔力の集中あり! おそらく、来ます!」


報告とともに、フェンネルの視界には土煙と、赤い光が見えた。


「道を開けよ! ぬうううん! 赤き暴虐の角!!(スカーレットホーン)


フェンネルがその右手から赤い力の奔流を打ち出すのとほぼ同時、

草原の彼方からも同様の赤い光が伸びた。


両者の中間でぶつかり合う光と光。


本来であれば効果範囲内の相手を

燃やし尽くすように走る赤い光が

互いを食い合うように絡み合い、いつしか消え去った。


鍛え上げられた戦士であるフェンネルの、

ファクトと比べて高いSTRはファクトのそれと比べ、

強力な範囲攻撃となって相手の一撃を打ち消したのだ。


戦場に伝わる動揺と、高揚。


王子が放った一撃に高揚するのは人間とケンタウロス、亜人の合同軍団。


そして動揺するのはデモンウルフの一団を

先鋒にした赤い鬣のケンタウロスの軍団。


「まずは一本先取、であろうな」


「うむ。ロスター殿らでなくてもアレを防ぐ。これがわかるだけで

 攻めるのが容易ではないとわかるだろう。戦いはこれからだ」


隣に立つロスターを横目で見、

フェンネルはスカーレットホーンを背の鞘に仕舞い込む。


魔力の節約のためでもあり、

武器におぼれないためでもあった。


なじみの両手剣へと持ち替え、土煙を上げる前方の敵をにらむ。


これまで何度も受け止めてきた高速からの突撃。


馬鹿の一つ覚え、と後世に評されそうな

攻撃達であるが効果は十分にあった。


消耗が関係ない部隊を前に、自分たちの戦力は温存した数々の襲撃。


対する人間も、少なからず犠牲者を出し、

今も砦や街では治療を受ける多数の人間やケンタウロスがいる。


そんな中、敵の切り札ともいえる赤い光の攻撃を

防ぎ切ったことは大きかった。


「やはり人は強いな。強さをこうして補うところ等は見習わなければ……」


「何、ロスター殿があの攻撃が強力になる時期を教えてくれなければ

 初撃でほとんど壊滅状態であった可能性が高い。ありがたいことだ」


何度も経験を積み、罠を設置する側とされる側。


同じ動画を見ているかのような光景が広がるまであと少し。


フェンネルとロスター、2人はその短い間に

当時のことを思い出していた。






「遠くからでもわかるほどの宴のような騒ぎ、何事かと思ったぞ」


「宴には違いがなかったかもしれんな」


高さのある天幕の中、フェンネルとロスターが向き合う。


互いの文官、そしてアドバイザーとしてファクトがその場にいた。


「ところで、怪我をしているということはひと悶着あったということか?」


既に敬語はいいと言われ、通常の口調に戻したファクトが

気にするのはロスターの右胸にある大きな傷。


斬られたというより、鋭利なもので切り取られたというべき傷跡は

血は止まっているが治っている様子はない。


「ああ。やはり彼の気持ちは変わらなかったようだ。だが、収穫はいくつもあった」


そういってロスターは徐に自らのその傷をなでる。


表情は硬く、楽しい話ではないことは一目瞭然であった。


「赤の部族……ケンタウロスの一族の中でも随一の強さだと聞いている。

 その傷はそういうことなのであろう?」


険しい表情のフェンネルの問いかけに、ロスターは頷き口を開く。


「うむ。部族を集め、最後にもう一度、と彼……ゲイターに会いに行ったのだが……」


苦しそうに話すロスターの目に、ファクトはその時

あきらめ以外の感情を感じ取っていた。







「……どうしてもか」


「くどいな、ロスター」


天幕の外、草原の一角で2人のケンタウロスが向かい合う。


片方は青い鬣、片方は赤い鬣。


互いに部族の長、ロスターとゲイターであった。


ロスターの鬣が流れる水のように風に揺れるのに対照的に、

ゲイターの鬣が火が風にゆれるように揺らめく。


「ケンタウロスの版図を広げるべきという考え自体は否定しない。

 だが急すぎではないか?」


今一度、とロスターは考えを口に出す。


既に人間に協力の申し出をしたロスターではあるが、

ケンタウロスとして、その勢力範囲が縮まることが良い、という考えではない。


むしろ、世界中に広がってもいいとすら思っている。


だが、その広がり方は目の前のゲイターの考えとは少々違うようだった。


「戦いに、命が失われることに速いも遅いも無い。世界を見よ、

 こうしている間にも奴らは牙を研ぎ、体を鍛え、己の領土を広げようとしている」


ゲイターは自身の両腕の中に世界があるかのように手を伸ばし、

現実として自分たち以外の強者らのことを語る。


それは人間であり、ドラゴンであり、亜人種たちのことでもある。


いつかどこかで互いがぶつかるのは必然、そういうことであった。


「王は、白の王は不在だ。そんな中、いたずらに種を危険にさらしてどうする?

 ましてや、打倒すべきという相手であるいう割に人間と手を組むとは。

 悪いことは言わぬ。東の奴らは信用できん。奴らの目を見たか? 正気ではないぞ」


言いながら、ロスターは国の使者だという幾人かの人間の姿を思い出す。


やつれている、というにはまだ早いが

鍛えたというには細身すぎる体。


鞘に収まっていないむき身の剣にすら感じられた。


何よりその瞳は、ロスターが見た西側、ファクトやフェンネル、

その他の面々とは決定的に違っていた。


狂信。


洗脳とは違うどこか壊れた感情をそこに感じたのだった。


「無論だ。今は利用するだけよ。事が成った暁には奴らも貫けばいい」


それは驕る者の語る言葉だ、とはロスターは口にできなかった。


自身も、ある一面では西側の人間を利用しているのは間違いないことだからだ。


「それには力がいる」


ぴくりと、ロスターの眉が動いた。


ケンタウロスの部族のうち、4色の部族にとって

力、とはある意味特別な物だからだ。


ゲイターは押し黙るロスターを気にしないように高揚した様子で

言葉を続ける。


「そう、力だ。強敵をねじ伏せ、子孫たちに未来を与えるための

 困難を打ち払う力」


「神武……」


ぽつりと、ロスターが口にした言葉に

ゲイターの口がニイとばかりにゆがむ。


それは対面するロスターに恐怖すら感じさせるものであった。


「わかっているではないか。緑の弓、黄色の術、青の盾、そして我が赤の槍。

 ケンタウロスに伝わる神武が蘇れば不可能はあるまい」


「何を馬鹿なことを……大きな戦のたびに神殿は破壊され、

 力の源であるカラーオーブも砕かれたか、失われた。

 唯一……」


首を左右に振り、まるで幼子に言い聞かせるようにロスターは

1つ1つ、言葉をゆっくりとつぶやく。


「残っているのはロスター、お前の盾のみだと言いたいのだろう?」


かぶせ気味のゲイターの言葉に何かを感じたロスターは顔を上げ、

その表情が驚愕に固まる。


「すでに準備は始まっている。世界は、少なくとも東西の人間どもは

 この赤い光に包まれるであろう」


いつしか、2人の間には陽光以外の光が存在していた。


血のような、真紅の赤。


脈打つように揺れるその赤は時に夕闇のようですらあった。


槍と呼ぶには突き刺す以外に切り払うことができそうな

穂先から手元まですべてが赤い1本。


「クリムゾングレイブ……まさか、一番最初に失われたはず!

 精霊戦争ではまず槍が砕かれ、そして帝国はオーブを全て奪い取ったはずだ!」


「人間とは便利な物だ。いや、愚かだというべきか。

 金目の物と食料、そして西に手を取り合って攻めようという約束だけで

 この広大な草原を駆けずり回っていったぞ」


時にデモンウルフにかまれながらな!とゲイターは笑う。


ロスターはその笑いと言葉から何が起きたかを察する。


今も草原の各地に眠る遺跡たち。


その中にはかつてこの地に攻め入った帝国が

作り上げた施設が含まれる。


最初の攻勢で奪い取った各カラーオーブが

そこに封印されていることはケンタウロスにもわかっても、

諸々の事情で解放できていなかったのだ。


「見事に集めてくれたよ。その価値も正しく知らずにな」


その話にはきっと裏がある、とロスターは思う。


だが今それを口にしても無駄であろうことも。


ゲイターは狂ってはいない。


そして、その東の人間に洗脳されているというわけでもないことが彼にはわかった。


単純に、野望だけが見えているのだ。


生きる上で野望、欲望と良識といったものはぶつかり合う。


確かに時に欲望が上回り、痛い目を見ることがあるのが

生きるということだが、限度があるとロスターは思う。


何が彼を、彼の欲望の天秤を傾けたのかと。


なおも朗々と神武の復活を語るゲイターの背後に、

得体のしれない何かを感じながら、ロスターはその視線をゲイターに向けた。


「そうであったとしても賛成はできん。ケンタウロスが駆けるべきは草原。

 そこから外れて繁栄があるとは思えんよ」


それは決別。


ロスターの言葉に、クリムゾングレイブを手にしたゲイターの動きが止まる。


「……お前ならそういうと思っていた。私とて、すんなりうまくいくとは思っていない。

 だがな、生きるために可能性を攻めることをやめてしまったら、何のために生きるのだ!」


「子々孫々の笑顔のため、平和な日常のために生きることの何が不満だ!」


いつしか、光は増えていた。


2人の感情に従うように、赤と青。


2つの光がそれぞれからあふれ、形となる。


「せめてもの情けと戦いの中で葬ってやろうと思ったが気が変わった!

 ここで果てるがいい!」


叫びとともに繰り出される赤い奔流。


暴力的な、滅びの赤。


草を、大地を飲み込みロスターを燃やし尽くすはずの赤は

直前で阻まれる。


ロスターを中心に広がる青い壁によって。


「貴様!」


「忘れたわけではあるまい。私の神武を。

 全てを防ぐ盾、ブルースクリーン。

 やはり完全復活ではないのだな、随分と柔らかい光だ」


口では軽口をたたきながらロスターは内心あせっていた。


クリムゾングレイブとブルースクリーン。


どちらが優劣というわけではないが、

少なくとも防ぐために自分が動けないのは事実であった。


自身の神武とて、完全ではないからである。


どう脱出した物か、そうロスターが考える中、

赤い光の圧迫が唐突に消える。


「……行け。決着は戦場でつけよう。

 生き残ったほうが次代の王を支える。それでいいではないか」


それにロスターが答えることはなく、

ぶつかり合った2つの力の余波で穴だらけになった大地を

ロスターは一人、駆けていく。






どうみても同士討ち、内乱、そんな表現となる

ケンタウロス同士の戦い。


人間が混ざるとはいえ、その構図に大きな変化はない。


まるでリハーサルのように繰り返される小競り合い。


フォールヴァル砦と町はそんな戦いを

いくつも乗り越え、決戦、と彼らが考える戦いの日を迎えていたのだった。

時期をさかのぼっての描写は多用すべきではないと

わかっていてもやってしまうのは悩みどころです。

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