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187「青の盾、赤の槍-4」

個々の戦いにおける単純な強さという点ではケンタウロスは強敵である。


勿論、地を走るという点では他の獣型のモンスターも

強力であり、ドラゴンと比べてしまえば

どちらが強いかは言うまでもない。


それでも色を持った部族が特殊な能力を

持っているらしいことを含めると

人間はスペックとしては太刀打ちが困難な相手であるとファクトは感じていた。


一方、部族以外のケンタウロスはどうだろうか。


今回フォールヴァル砦を襲撃したグレーの鬣を持つ彼らには

主だった信条もなく、確たる後ろ盾もないので

組織という点で見れば脆弱ですらあるといえる。


なんとなく近い集団が固まり、どこからか湧き出る

本能のような思考をもとに草原を走り、戦う。


無限にひた走る人馬。


それがグレーのケンタウロスのある種、異常な実態である。


戦いにおいてスペックで違いのある人間が勝てたのは

ケンタウロスと違い、知恵があるからだろうか?


あるいは守る物があったからだろうか?


様々に要素はあるだろうが、結局のところは

その様様な要素を揃えることができた

人間側の運ということになってしまうのかもしれない。


今回は人間側が勝てたが、次もそうとは限らない。


そう、ケンタウロスとの戦闘はひとまず人間側の勝利に終わった。


撃った矢など必要な物は回収し、既に砦の中に人間側は戻っている。


死亡者は幸いにもいなかったが、

戦場に復帰できないような怪我を負った者もそれなりにいる。


砦と町に帰ればあちこちで治療を受ける兵士と

冒険者がいることだろう。


それでも死亡者なし、相手はほぼ壊滅。


大勝利……と普通ならば言えるのかもしれない。


だがここに1人、今のままでは人間が負けることを考えている男がいた。


今回の勝利の要素の1つである男、ファクトである。


「やはりか……」


苦々しい顔で、戦場の一角をファクトは見つめる。


視線の先で地面に沈むケンタウロス……だった物。


ゼラチンが熱で溶けるように崩れ、地面へと

半透明のままに消えていくその姿は不気味であった。


そして、それはグレーのケンタウロスが普通の生き物ではないことを示していた。


死体の残らないモンスター。


つまりはゲームのようにポップする形で誕生したということ……。


その事実から、ファクトはロスターら部族の類がNPC、

そうでない多数のケンタウロスはポップするモンスター扱いがいいだろうと考えた。


もしファクトの予想が正しければケンタウロスを、

正確にはグレーの鬣の相手を滅ぼすことは不可能だといえる。


なにせ、世界がまた生み出すのだから。


「それでも鼓動や暖かさはみんな同じだろうに……」


同情のようなこの考えが勝手な考えだとはファクトも自覚している。


人語を話し、意思疎通が行えそうな相手が

正常に生きられず、言ってしまえば量産されるクローンのような

扱いになっていることに心は暗くなっていく。


ではゴブリンやグレイウルフなどの相手は良いのか?

という当たり前の疑問もファクトは同時に抱える。


ここはゲームの世界だ、地球の常識なんて捨ててしまえばいい。


どこかで、そうつぶやく自分がいることを感じながらも

ファクトはその矛盾と向き合うのをやめない。


それは恐らく、自分だけに限らずこの世界に

存在していた全ての元プレイヤーの抱えていた問題だろうからだ……と。


「住む場所や人が頻繁に訪れる施設を作ってしまえば

 恐らく大丈夫なんだろうな。

 そうでなければこれまでも街中にモンスターがあふれていたはずだ」


地面に消えず、形を保っている

ケンタウロスの槍を回収しながらファクトは呟く。


ファクトの呟く仮定、それには証拠もあった。


例えばフォールヴァル砦も、広げた壁の内部にはモンスターは現れない。


ダンジョンのような場所は例外として、

人がそこに定住、あるいは頻繁に訪れる建物等は

モンスターが現れなくなるのだ。


逆に、過去作られたが放棄され、荒れ果てた砦は

無限のようなモンスターに占拠されているという。


では世界中を人の勢力下に置けばモンスターはゼロになるのだろうか?


もしそれをなそうというのなら夢物語でしかないだろう。


ファクトもそこまで考えた末、苦笑しながら

10本目の槍を回収したところで足を止める。


そのうち復活する相手と、そうではない側。


いつか消耗から敗北になるのは目に見えていた。


「ファクトくん、そろそろ戻らないとデモンウルフがくるかもしれないって」


「わかった。戻ろう」


いつのまにか迎えにきたミリーに答え、ファクトは砦に戻る。


その足でファクトが寄った先はケンタウロスの2人の場所。


実際には空振りに終わったが、

ケンタウロスの死体から皮でも採取できるのかと

最初は考えていたファクト。


だが知恵があり、会話できる相手を素材としていくのは気が引ける。


2人にケンタウロスの中で、力尽きた同胞の一部を

身に帯びるようなことがあるのかを確認したかったのだ。


「いえ、さすがに……鬣を形見にするぐらいはしますけれども」


「ですね。皮を使って例えばもともと着ていたような鎧を作るということはないですね」


部族の中では特に若いだろう2人だったが、

やはり皮をはいで、といった習慣はないようだった、


禁忌ではないだろうが、出来ればやめてほしいというのが2人の意見だった。


「だろうな。グレーの彼らを見る限りではやりたくでもできないだろうがな……」


「たまに鬣が落ちてた以外は武具ぐらいしかなかったよ?

 兵士さんは埋葬の手間が省けるっていってたけど」


ミリーの答えに、そういえばゲームでもケンタウロスはドロップが特になさそうな情報が

どこかに出ていたな、と考えながらファクトは天幕を出る。


風に乗り、わずかに鼻に届くのは血の匂い。


(重傷人……がだいぶいたな)


ここは門に近い。


戦闘の際にけが人がよりかかっていたせいだろうと考え、

足早に町の中心部へと歩き出す。


「いっぱいけが人が出たね。ねえ、ファクトくん、なんとかならないのかな?」


すがるようなミリーの声。


そっとファクトの腕をつかんで言うあたり、

わかってやっているのかこれが自然なのか。


どこからかある種の怨嗟の声が聞こえそうな中、

ファクトはミリーの言葉に考え込む。


彼にとっても、ずっと頭の一角をそのことが占めていたのだ。


通常のポーションを超える、何か。


「リヴァイブなんてもっての外。リザレクションだってこの世界で使える存在は何人いるのか。

 ジークポーションでも研究するか?」


ぶつぶつと、思考の海に沈んだファクトは

彼以外単語の意味を正しく理解できないアイテム名を呟く。


もしかしたら研究者の類がここにいたならば、

正体に思い当たるかもしれない。


「それってすごいの?」


「え? あ、ああ。昔使われていたっていう魔法とポーションだ。

 魂が消える前なら、あらゆる状況からよみがえるという奇跡だよ」


悲しいかな、研究者ではないミリーは

それがきっとすごい物だ、ということぐらいしかわからない。


だからこそ、ファクトも多少ごまかしながらも真実を口にする。


実際、ファクトの覚えているそれらゲームスキルは

力尽きた際、その場でセーブポイントに戻らずに

復活する類の魔法であり、課金アイテムの1つだが誰でも使える薬でもある。


だが薬はレシピが正確に存在しないし、素材の難易度も冗談では済まないクラスだ。


かといって魔法は存在のこの世界では噂すらまともに聞いたことがない。


多くはそんな魔法があったらいいなという願望でしかないのだ。


何よりゲームでの死亡、戦闘不能と現実のそれとが

違うだろう可能性が十分ある中、それにかけることもできない。


ましてや一般的にというのは無理があるだろう。


「そっかぁ。それにぐいって飲んでお墓から蘇るってのは怖いよね」


「間違いない。しかも死んでたら飲めないからな。せいぜい誰かがふりかけるぐら……」


その時、何かがファクトの頭にひっかかった。


思わず足を止め、そのひっかかった何かを考える。


「? どうしたの、虫でもいた?」


心配そうに見つめるミリーに首を振り、

立ったまま思考を追う。


どんなポーションでも息絶えていたら飲めない。


ゆえに仮に作っても蘇生用のポーションは意味がない。


(飲めないポーションはどう使う? そう、ポーションは飲んでもいいし……)


「……振りかけてもいい。毒だってその場所に振りかければ消える。

 死んだ人間は生き返らないが部位欠損なら……。

 いや、体力回復用のポーションじゃ指は治らなかったな。

 いや、まてよ? エスティナから作る状態回復用ならあるいは……」


ファクトの脳裏で記憶と知識の引き出しが

開いては閉じ、開いては閉じ、何かを形作る。


「ファクトくん?」


「おっと、ミリー、戻ろう。明日から忙しくなるぞ!」


困惑したままのミリーの腕をとり、そのまま空を飛びそうな

テンションでファクトは町に走り出す。


また1つ、何とかなりそうなことが見つかったからだ。







「ポーションの類もあげておけばよかったなあ。

 レベル上げしようにもいい場所がわからないからな……」


1週間後、一人ごりごりと音を立てて光るすり鉢を前に手を動かすファクト。


アルフォードの工房の隣にある小屋で、武具の修理をスルーし、

人が変わったようにポーションづくりに精を出していた。


ゲームのレシピとは少し違う物を狙っているため、

スキルを使っての短縮があまり望めないのだった。


「はい、お水はこれでいいの?」


「ああ。薬師の人たちは何か言ってたか?」


横からポーション瓶に入って差し出される水を受け取り、

その相手、キャニーを笑顔で見る。


冒険者との依頼の合間、

こうしてミリーと2人、ファクトのフォローに回っているのだった。


「よくわからないけど、 安定した効果のポーションのためだ!って

ファクトのいったことを伝えたら薬師は納得してたわ」


そうか、とファクトは頷いて水を見る。


一見ただの水に見えるが、実は魔法とろ過装置を使って

作られたいうなれば純水もどきである。


水に含まれる何かによって、ポーションなどの

薬剤の性能が違うのはこの世界でも知られていた。


ゆえに生まれたのがこの純水もどきだ。


きっとストックがあるだろうし、作ってもいるだろうと

ファクトは考え、それは当たりだった。


すり鉢の中身にそっと水を注ぎ、

予定に従って材料を追加し、魔力を込めていく。


ファクト自身の薬品生成スキルはようやくBに届いたところであり、

レシピにある一流の類のポーションはどうやっても作れない。


狙いの元となるポーションらはBでも作れるものだが、

本来作りたいものは果たしていくつに相当するのか。


ファクトが作ろうとしているのは通常のポーションではなく、

部位欠損を治せそうなものである。


MDはゲームである以上表現の問題もあり、

基本的に敵味方共に画像として部位欠損自体は存在しない。


だがバッドステータスとして手足の重傷化というものはあり、

受けるとグレーの色になりそこが動かせないということはあった。


手はともかく足は逃げることもできないので

そういった相手や強力な相手のダンジョンでは

そのステータスをまとめて治すポーションか魔法を用意するのが常識である。


だがこの世界では今のところそんな魔法は使えず、

ポーションも材料がない。


それゆえに部位欠損だけを狙いに絞ったポーションを考えていたのだ。


ひとまずはファクトは、エスティナを使った状態異常回復のポーションを

右手を貫かれた冒険者に使ってみた。


結果は微妙な物で、けがからの化膿の類は治ったが

失われた手そのものは変化がなかった。


今度は通常のポーションを使ってみたが、

こちらは全く変化がなかった。


怪我の部分はすでにその意味では治っていたのだから当然だ。


そこで、ファクトは両方を混ぜ、効果を組み合わせることを考えたのだ。


つまり、部位欠損という状態異常を治すポーションを作れないか、と。


「よし、これでいいだろう」


どこか誇らしげに、ファクトは新しく出来上がった

ポーションを光にすかす。


色はかき氷のブルーハワイのような

ちょっと体にいいとはいいがたい色だが、

明るい青は見るものに不思議と爽快感を感じさせるものだった。


残念ながら素材の性能からは、すごい効果ということは

無いだろうとファクトは考えている。


安くはないが、豪華というほどでもない。


それでもなんらかの作用はあるだろうという推測の元に

協力してくれる冒険者の元にキャニーを連れて歩き出す。


どうせもう戦えない手の無くなった身、

なんとかなる可能性があるならと

前々から協力してくれている冒険者。


それは長剣で戦っていたあの若い冒険者であった。


「どうだ、気分は」


「毎日ポーションを飲んだりかけられたりで落ち着かないな。

 だけど調子はいいぜ。病気もポーションが治してしまうだろうからな」


じっとしているのもつらいのか、

宿の裏で残った片腕で木剣を素振りしていた冒険者は

そう尋ねてくるファクトにせかすように答えた。


速く俺を治してくれ、そのためにはなんだってやる。


そんな気持ちがあふれるようであった。


「今日のは自信がある。ちょっと準備がいるけどな」


「準備?」





「おいおい。これは……」


「成功ならたぶん普通じゃ済まないんだ。なにせ、手が生えてくるわけだからな」


戸惑った様子の冒険者。


それも無理はないだろう。


簡素なベッドにロープで体をしばりつけられ、

ポーションを振りかける先の手だけが台にのせられているからだ。


その手すら、二の腕あたりで台にしばりつけられている。


周囲には何名かの冒険者がおり、不安そうに様子を見ている。


「痛くてもできるだけ我慢してくれ。暴れるようなら彼らに

 抑えてもらうから大丈夫だろうけどな」


「あまりおどかさないでくれよ……よし、やってくれ」


ごくりと、喉を鳴らす音が聞こえそうな中、

ゆっくりと青いポーションが手首付近でなくなった

冒険者の手に降り注がれる。


「ぐううううううう!!!」


瞬間、白煙が立ち上り、

冒険者は激痛にか、叫ぶようにうめきながら暴れだす。


慌てて冒険者たちが抑え込みながらも

不安の色は隠せない。


失敗か、と誰もが思ったが

しばらくして煙の収まった先にある物に驚愕する。


「嘘だろ……」


そのつぶやきがすべてを示していた。


植物が芽を出すようにではあるが、

失われた手がわずかだが盛り上がっていたのだ。


パン生地が膨らみ始めたようなわずかな盛り上がり。


だがそれは確実な一歩だった。


「へへっ、すげえじゃねえか」


「まだだ。ちゃんと指先まで復活してからが成功だ。

 覚悟はいいな?」


脂汗をかきながら、冒険者が強がるが

ファクトの続けての言葉に動けないまま、後ずさる。


「おいおい、さすがにこれを何回もやるのはつらいぜ?」


「心配するな。ここまで痛いのは最初だけだ、たぶん」


たぶんって……と全員の心が1つになる中、

2本目のポーションが注がれる。


今度は叫ぶことなく、わずかな痛みとわずかな結果が残った。


「あれ? 失敗か?」


「いや、大丈夫だ。これはあくまでも再生を促すものだからな。

 予定通りといったところだ。

 あとは休養と普通のポーションを繰り返し使えばいいはずだ」


壁は超えた、とファクトは言い、その事実が

伝わっていくたび、誰もが笑顔になる。


「あいつにも声をかけてみる!」


「俺もだ!」


重傷を負ったけが人に心当たりのある冒険者は走り出し、

後にはファクトとキャニー、実験台の冒険者だけが残る。


「……ありがとよ」


「いいさ。問題がないわけじゃない。そこそこ高いんだよな材料が」


だから一般的なポーションにして、値段を抑えなければならないのだと

ファクトは苦笑しながら冒険者に説明するのだった。




そうして白煙と叫び、そして歓喜の声は

ロスターが部族を率い、砦にやってくるまで続いたのだった。


無限復活怪人VS無限再生怪人!……みたいな。


再生には生きていなきゃいけないので、

頭とか心臓とか急所やられると終わりです。

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