186「青の盾、赤の槍-3」
砦の屋上に当たる部分から大きな銅鑼の音が響き渡る。
それは一度に鳴らす回数で攻撃の方向を表しており、
砦と、街が一つの生物のように動き出す。
戦うための者、避難するための者。
それぞれがそれぞれの役目のために走り出した。
それは火元に駆けつける熟練の消防士のように滑らかな物だった。
攻撃のある東側に近かった面々が次々と門を出、
真剣な顔で武器を構え、並ぶ。
日々訓練された兵士、そして緊急時には参戦するという依頼で
前金を週単位でもらっている傭兵同然の冒険者が各々陣形を組んだ。
兵士はともかく、冒険者は人数も編成もばらばらのはずなのに
この瞬間、彼らは1つの集団と化していた。
フォールヴァル砦とその街に来た冒険者はギルドにて、
各々得意なことや不得意なこと、そういったものを申告の上、
この緊急時の動きを常時依頼を受けているような形で
承諾をするようにルールが決められていた。
ファクトらがそれを免除されていたのは、
砦を訪ねる理由が理由だったからである。
集団がそれぞれの立ち位置へと向かう。
攻撃を受け止め、一番傷つきながら
武器を振るうための前衛。
援護と遠距離攻撃を行うための後衛。
そしてそれらの間を埋める各種中衛達。
「兵隊さんの合図とともに一斉にだ。わかってるなみんな!」
「おうとも! いつでもいいぜ!」
恐らくは特定のパーティーのリーダーなのだろう。
声をかけることに慣れた様子の冒険者の叫びに、
他の冒険者が弓を力一杯引き絞りながら答える。
彼らの見つめる先、広がる草原の向こう側に
今はわずかだが土煙が上がっている。
この段階ではその詳細はわからない。
わからないが、東からくるのは大体決まっている。
草原の強者、ケンタウロスだ。
だが赤の部族が来るのはまだ先のこと。
草原の勢力をケンタウロスと争う、
同じく人間にとっては脅威のデモンウルフを牽制しながらとなるだろうという
ロスターの言葉を信じるのであれば、ではあるが。
続々と兵士と冒険者が東の門を抜け、先行していた集団に合流する。
そうしてついに彼らの目にも、
相手が豆粒からちゃんとした姿に見えたとき、声がはじける。
「撃てええええ!!」
砦に駐留する兵士の中でも上位に位置するのだろう。
傷だらけの、使い込まれた装備と
日焼けした顔からは気迫があふれる男。
その男の叫びが響き、続けて空を轟音、
光、そして命を奪う刃が舞った。
ただの矢であればこの距離は届きようもない。
攻撃に何らかの補助がかかっていることは間違いなかった。
そんなそれぞれの一撃を放った彼らに油断はない。
「続けて用意! 出来る限り周りと合わせて撃て!」
集団の後方、後衛らから
詠唱の声、弓を引く音、そして
急きょ砦の壁の上に備え付けられた投石器が音を立てる。
この土地は人にとって最前線の一つ。
勿論、王都があるような土地でもあちこちに怪物はいるのは間違いなく、
無防備に町の外に出れば危険にさらされるのは確実だ。
だが、踏み出す先が全て敵の物。
そんな場所に過ごす人間はそう多くない。
「倒れろ、倒れやがれ!」
一射事に的確に息を整えながら、
弓を扱う男が一人、叫ぶ。
手にした弓の力、放たれる矢の鋭さを信じて。
「合図があったら突撃する……槍の直線には立つな……。
動き回れ……槍は曲がらない……」
ぶつぶつと、長剣を構えたまま男の冒険者は正面をにらむ。
そろそろ少年を脱しようかという若い男は、
地元ではそこそこ名前の知られた冒険者であった。
運よくそれなりの素質と、環境に恵まれた彼はそれなりの実力を手にし、
先輩である別の冒険者に誘われてこの土地にやってきた。
強敵と戦うことになった今、
それを恨む気持ちが無いわけではない。
だがそれでも、噂のケンタウロスを倒して
その証を持って帰ったとなれば箔が付く。
そのチャンスが目の前に転がっているというのも事実だった。
教わった通りに強く息を吐き、震えそうになる体に活を入れる。
なおも続く後衛の攻撃の中、ケンタウロスの走りによる
土煙は大きさを増していく。
「軍がぶつかるぞ!」
誰かの叫びに、男はそちらを向く。
視線の先で、先陣を切る兵士たちが走り出した。
「いいな! 我々の役目は陣を保ち、やつらを分断することにある!
無理にすべてを倒さずともいい。生き残り、分断された相手は
冒険者たちに任せるのだ!」
揃いの装備を身に着け、緊張と興奮に染まる兵士へと
兵士長というべき相手から檄が飛ぶ。
よくよく聞けば、それは軍としてはどうかと思う内容であるのだが、
一番命の危険にさらされるのは彼ら自身に他ならない。
迫るケンタウロスの集団にぶつかり、
それをシュレッダーにかかった紙のように分断しろというのだから。
「必ず2人以上で当たれ。1人では負ける……それは事実だ」
そうして鼓舞しながらも、重要な事柄では冷静さを部下へと与えていく。
そう、ケンタウロスは強敵である。
なればこそ、人は抵抗するために知恵を絞り、
技量を磨くことになるのだ。
そして、まずは兵士たちが突撃する時間となる。
「進めぇええ!」
号令とともに、戦いは動き出した。
生き残るために、人は同じ方向を向く。
それが金のためか、保身のためか
功名心のためか。
理由はともあれ陽光の元、それぞれの武器が輝く。
魔法が、投石が草原に穴を開け、
幾条もの光となって矢が突き刺さり、
少なくないケンタウロスがその被害を受ける。
だが彼らは止まらない。
彼らは自分たちが草原の強者であることを自覚しているからだ。
戦いは無傷ではいかないともわかっているが、
確たる部族も持たない彼らにとっては目の前の勝利が全てであった。
そうして先行する兵士らへと草原を走ってくるケンタウロスが近づいたとき、
唐突にいくつかは穴に落ち、いくつかは何かに足を盗られた。
今だ、とは誰も口にしない。
そんな暇があったら一回でも多く、武器を振るうのだ。
ケンタウロスを襲ったのは人の膝ぐらいまでの深さの穴や、
冗談のような大きさのトラバサミ。
どこかおかしなトラバサミは、その効果を終了すると同時に
うっすらと消えていく。
後に被害だけを残して。
その姿はあるアイテムたちに共通の物だった。
(発動の判定はうまく行ったみたいだな。数を作った甲斐があった)
壁の上で、戦いの流れを確認しながらファクトはそう考える。
その隣では急造の投石器に兵士が次の石を乗せていた。
そんな兵士が戦場を見つめるファクトに疑問をぶつける。
「何故あの罠はすぐ消えるのですか?」
「ああ。残っても逆に大変だろう? こっちから攻める時に危ないからな。
ああやってすぐに消えるように、そう作ったんだ」
そう、トラバサミはファクトが関係している。
作り上げられた使い捨ての道具なのだ。
ポーションなどと同じ、プレイを補助する道具たち。
そんな中の1つ、マジックアイテムとしての罠である。
マジックアイテムと呼ぶのも微妙な、非常にシンプルな物。
ゲームでいえばたった3secという微妙な足止め。
だがやり直しの効かない命のやり取りの現場では十分だった。
騎馬兵による強力かつ最速である最初の突撃。
それを防いだ人間側に、天秤は大きく傾いた。
罠から逃れたケンタウロスも、崩れた陣形のままに
兵士らとぶつかり、人間側の狙い通りに
さらに分断されていった。
それでいてようやく勝負になるというところだろうか。
それだけケンタウロスという存在が
人間側に与える心理的な畏怖というべき物が大きいのだ。
その感情は動きを硬くし、本来の強さを隠してしまう。
草原を支配する強敵という知識が
彼らの邪魔をしてしまうのだ。
そうして1人、回避が遅れた兵士がケンタウロスの前に
躍り出てしまう形になる。
『フウウウウウ!』
「舐めるなぁあ!」
罠を潜り抜け、鋭い眼光を携えてケンタウロスの1人が
目の前の相手に槍を突き出した。
ケンタウロスの目からは避けもせず、槍を受けるだけのような
場所にいるその兵士はただの的に見えた。
不用意、その言葉が似合うような。
瞬間、兵士は恐怖に体を支配されかけながらも
日ごろの訓練の呼びかけに答えるようにわずかに体をそらした。
その結果、ケンタウロスの槍はその兵士の脇をぎりぎりで外れ、
代わりに兵士の構えた長剣がケンタウロスの下腹から
斜め上に突き抜けていた。
革鎧の表面がはじけ、自分のすぐ横を
即死級の一撃が通り過ぎたことを兵士が知覚する前に、
その顔に鮮血が降り注ぐ。
夢中で繰り出された一撃はケンタウロスを貫いたのだ。
人間そのままであれば心臓など、重要な器官は
ぎりぎり無事……なはずだった場所。
人と馬、いうなれば2つ分の生き物を支えるような
心臓は人のそれより大きく、剣がそこに到達していたのだった。
勿論、その程度では巨体を支えるには足りないのだが
近代医療の心得など兵士にあるはずもない。
ただ目の前で、自身が強敵である相手を倒した。
その事実が全身を駆け巡り、叫びとなった。
それは何よりの鼓舞となり、戦場を走る。
あちこちに、回避しきれずに足を貫かれる兵士や
片腕を吹き飛ばされる兵士もいる。
だが多くは最初の攻撃をしのぐことに成功していた。
1人が武器を槍にぶつけ、その軌道をそらして
もう1人が攻撃する。
そんな基本を忠実に守ったからだ。
ケンタウロスの槍の一撃は強力なのは間違いない。
だがそれゆえに、どのタイミングが一番強力か。
そのことがわかりやすいのもまた事実だった。
「だからこそ我々は部族として集まったのだ……」
壁のそばの天幕の1つで、若いケンタウロスは一人つぶやいた。
事前に相談を受け、話し合いをし、互いに情報交換をした人と青の部族。
だからか、若いケンタウロスには
外で起きている戦いの流れが大体想像できていた。
人は被害は出すだろうが、人らしく勝つだろうと。
そして、部族に所属しないケンタウロスは
純粋にケンタウロスであるがゆえに敗北するだろうと。
人の知恵と技量に負ける形で。
「どうして外に出ようとするのでしょうね……」
「わからん。だが、人の言葉を借りるならばそれが生きるということなのかもしれん」
ロスターが青の部族を集めて戻ってくるまで、
今は自分自身が参戦するわけにはいかない中、
もう1人の同族とともに、静かに天幕の中で戦いの終わりを待つのだった。




