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184「青の盾、赤の槍-1」

一言でいうと、その時ファクトは興奮していた。


知性を持ち、会話をするケンタウロス。


その存在はMDにおいては、未実装の未知であったからだ。


元のゲームは長い歴史を持つマテリアルドライブであったが、

ファクトの記憶によるVRとしてのMDは実装から一年ほどしかたっていない。


ゆえに、パッチの予告やスクリーンショット、

ムービー等はあっても未実装のコンテンツはかなりの量に上った。


それでも多くは2Dである旧MD時代に実装された

シナリオを主に踏襲しているであろうことが予想された。


旧MDをほぼ序盤からプレイしていたファクトにとっては、

面白さはあるが、シナリオそのものとしては

経験したことのある物が多いだろう、という状態だったのだ。


そんなファクトにとって、ケンタウロスに関連する東方の地のイベントは

旧MDにもなく、新MDとでもいうべき側でも未踏破であった。


敵として、しゃべらないケンタウロスは多少実装されていた物の、

クエストとしては皆無であり、初めてのことだ。


普段は表に出てこない、ゲーマーとしての興奮。


始まろうとする対話を前に、ファクトは自身が気が付かないままに

気勢を強くしていた。


表情には出ずとも、興奮していることが理由だったが、

それは偶然にも対話の場にいい意味での緊張を与えることとなる。





(この気迫……人間側も本気でこの場にいるということか)


対話のための席を設ける互いの人員の動きを眺めながら、

ケンタウロス、ロスターは周囲の気配を敏感に感じ取っていた。


いくつかの、無視できない強さを発する兵士や

冒険者たち。


それは特に意識せずとも感じられる、まさに気配であった。


その中には、陣の隅で一人たたずむファクトの物も含まれていた。


見た目だけなら少女2人を従えるだけで

とても強者には見えない。


だがロスターはそこに、兵としての強さ以上の何かを感じ取っていた。


それは実際にはファクト自身の特異性、

この時代の人間ではないことによる独特の気配なのだが、

異質であることは間違いなかった。


穂先を旗のついた専用のケースに包み、

敵対の意志がないことを表現しながら眼前のフェンネル、

人間側の代表である相手を見るロスター。


対するフェンネルは……すでに専用の椅子に座っていた。


腰には念のためとして護身用の短剣は身に着けているものの、

それも殺傷能力は皆無に近い。


既に座っているということは

何かしらの脅威に対して無防備に近いということである。


本来であれば会談を持ちかけた側がとるべき態度を

フェンネル王子が先に行ったのには理由があった。


「詳しくは知らぬが、その体では座るということはないのであろう。

 今は対等の身。であれば先に攻撃できぬ状態で会談を持ちかけてきた礼に

 答えねばなるまい。ロスター殿、いつでもいいぞ」


自信にあふれた様子のフェンネルは、

おもちゃの見つかった子供のようでもあり、

新発見をした研究者のようでもあり、

少なくとも他の人間に会談を任せようという気はさらさらないようだった。


馬のおなかに相当する部分に、

専用の台を用意して体重を預けるロスターは

フェンネルの言葉にうなずき、少しずつだが口を開いていく。


「どこから話したものか、我々としても悩んだのだが……。

 人間側は我らのことをどこまで知っているのだろうか?

 血の気の多い、慈悲のない草原の狩人、などと思われているのを

 覚悟はしてきたのだが」


「あまり違いはないかもしれん。実際、しゃべることは知っていても、

 それは大体は殺気を伴った怒号であったり、攻撃の声が多かったと記憶している。

 自分がいる手前、静かな物だが内心では多くが動揺していることだろう。

 人馬一体の強烈な兵士、一度出会えば死を覚悟する……そういう相手だと

 ずっと考えられてきたのだからな」


続く会話からは、互いが互いにどういった印象を持っていたか、

どういった理解であったかが広がっていく。


長くない時間の後、ロスターは頷き、

一枚の地図を両者の間にあるテーブルへと広げた。


それは大雑把ではあるが、東方の地図であった。


西がジェレミアやオブリーン、そのほかの小国のある地域、

草原が中央、南北に砂漠や山々といったものだ。


「我々は力ある部族を中心に四つに分かれ、草原を支配してきた。

 相手が竜であろうと、なんであろうと、自身の領土を守ってきたのだ。

 そう、かつての戦争でも我々は我々のままだった」


どこから取り出したのか、ロスターは赤、青、緑、黄の4色の馬の駒を

地図上に置き、青い駒を西に寄せた。


「唯一の例外は帝国であったと聞いている。もっとも、帝国も

 我らを従属まではできず、協力者にとどめたようだが……」


「帝国は強かったが結局は一代限りの勢いよ……。

 統治を考えず打ち砕くのみ。その帝国相手に

 よくぞ……」


フェンネルは会話の節々から、ケンタウロスの

種族としての強さを感じ、感嘆の声を漏らす。


そうして視線は地図上の駒へと向く。


「ここに移動されたということは、青い駒がロスター殿か?」


「然り。今、人と会話しようとする者は我々青の部族のみであろう。

 いや、正確にはそうではないのだが……少なくとも穂先を覆うような真似は

 他の部族ではすまい……嘆かわしいことだが」


フェンネルの問いかけに、頷きながらもロスターは苦しい表情、

まさに苦虫をかみつぶした、といった様相になる。


そんなロスターへ一言断り、フェンネルは後ろを向き、文官相当の人員に

ケンタウロスの部族について確認を取るも、

全てが横に首を振る。


順々の視線が最後にファクトへと止まり、

ファクトの状況をうかがうような冷静な表情、

そこに何かを知っていることを感じ取ったフェンネルは

ファクトを手招きする。


「さすがに知っていることは少ないのですが……」


「構わん。知らないよりはましだ」


場を考え、丁寧かつ遠回りに断ろうとするファクトだったが、

きっぱりとフェンネルに言われ、仕方なくゲーム時代の

パッチ紹介、攻略サイトに掲載されていた

各発表情報などを思い出しながら1つ1つ口に出す。


ケンタウロスの部族は4つ、赤、青、緑、黄であること。


数百年に一度、すべてを総べる白のたてがみを持つ王が誕生すること。


赤が攻撃、青が防御、緑が弓、黄が魔法を得意とすること。


部族以外に未所属のケンタウロスのほうが数自体は多いということ。


といったことだった。


「なんだ、随分知っているではないか」


「ほとんど古い日記や古文書扱いの書物からなので

 本当かどうかは……」


初耳ばかりだ、とフェンネルや周囲の兵士が驚く中、

ロスターは感心したようにファクトを見ている。


「やはり人は素晴らしいな。こうして知識が蓄積されている。

 我らも見習いたいものだ。話がそれたな。

 今、その人間が言ったように我が部族は青。

 ゆえに多くの戦いで矢面に立ち、防いできた。

 多くの戦場を見て来たといってもいいだろう。

 だからこそ止めたいのだ。赤の部族による凶行をな」


ロスターはつぶやき、後方にあった赤い駒をまっすぐに西に進める。


その動きが意味することは……。


「赤の部族が人間側の領土に攻め入ってくると?

 それにしてはロスター殿がここに会談の場を設けようとする意図が不明だ」


「確かにな。ただの戦闘であれば私も反対はしない。

 残念ではあるが住もうとする場所が重なれば争いは生まれる。

 そうして我々も竜を押し返し、砂漠を押しとどめているのだ。

 だが、今回は話が違う。赤の部族は……東の人間と手を結んだのだ」


ぴくりと、フェンネルの表情が動く。


東の人間、それはすなわちルミナスを指す。


「我々は見ての通り、人馬だ。山々に生きるには不便であるし、砂漠では言うまでもない。

 それらの入り乱れる西方の地は得るべきものの少ない領域だ。

 攻めてくるなら追い帰し、手を出すなといえばすむこと。

 だが、彼らはこういったのだ『滅ぼしてしまえば追い帰す必要もない』とな」


(それは暴論だ。自分一人であれば敵はいない、という……)


結果的にフェンネルのそばで立っていることになったファクトが、

胸中でそんな感想を抱くが、それは皆共通の考えであった。


「山はともかく、砂漠や人の地を全て飲み込むと……。如何に

 ケンタウロスが長命で力ある種族だとして無茶だと考えるが……」


さすがのフェンネルも困惑を隠しきれないまま、

ロスターへと問いかける。


「その通り。私も何度もいさめた。利がなさすぎると。

 下手をすれば多くの一族の命が草原に消え、

 緑の草原が赤い血の草原となってしまうだろうと。

 確かに成功したならば、ケンタウロスに敵はいないだろう。

 だがそれは極論すぎる。いくら血の気の多い赤の部族だとしても、

 そんなことを本気でいうとは私も考えていなかった。

 ところがだ」


ロスターは続けて黄色の駒を砂漠側に、

緑の駒を北側に向ける。


先ほどまでの話から、フェンネルやファクト、その場の面々にその意味が伝わる。


すなわち、3面作戦をケンタウロスが仕掛けようとしていることを。


「幸いにというべきか、緑と黄の部族は赤ほど積極的ではない。

 まずは赤が成功させてみろ、であれば我々も、と抑えに回っているのみだ。

 私も黙ってはいなかった。西の人を滅ぼすというのなら、

 なぜ東の人間と手を結んだのかと」


最後には東の人間も滅ぼさなければならないはずの中、

いつの間にか赤の部族の陣営には人がいたのだという。


ロスターのその言葉を聞きながら、ファクトはルミナスの

怖い部分はそこだと考えていた。


誘惑か、傀儡か、あるいはまったく別の物か。


いずれにせよ、普段であれば選択しないようなことを

相手に選択させる。


それがルミナス、引いては黒の王の怖さではないのかと。


「もし、もしもだが我々の王が誕生した際、総意でもって

 人と戦うことを選んだのであれば私にも疑問はない。

 だが今回は赤の部族による独断とでもいうべき状況なのだ」


「だから止めに来たと? 我らと赤の部族、挟撃にあうかもしれないというのに」


絞り出すようなロスターへと、フェンネルは敢えて硬い表情のまま答える。


フェンネルにしても、人類の代表というわけではない。


あくまでもこの地方の発言力を持っているだけなのだ。


「そうだな。もし人が話し合いの末、我々はいずれにしても敵だ、

 というのであれば我らは我らの誇りの中、草原に眠ろう。

 出来れば共に未来を見たいとは考えるが……」


この会談はロスターにとっても賭けであった。


人にとってケンタウロスが未知であったように、

ケンタウロスにとっても今の人、というのは未知なのだ。


その時、ロスターの脇から一人のケンタウロスが

小さな箱を持ちより、ふたを開ける。


一見、ただの装飾品としか見えないシンプルな首飾り。


フェンネルらがその正体を確認しようと目を凝らした時、

その首飾りが光を放つ。


暗闇に、ランプが輝くような強い光。


その光は、首飾りだけでなくファクトの腰、

そして姉妹の腕からも放たれていた。


ファクトの腰につけられていた紋章のような小物、

そして姉妹の腕にある腕輪。


共通点は……精霊銀。


「ある夜、お告げとともに光の化身が現れたのだ。

 あれが王の姿だったどうかはわからぬ。だが、先祖の塚が光っていた。

 そこにはどこからかこの首飾りがあったのだ。

 光の向く方で人と対話せよ、そして種族の過ちを正せとお告げは告げた。

 ゆえに我々は、私はお前たちを信じよう」


言い切ったロスターの顔はどこか晴れ晴れとしていた。


それは重みがとれたようでもあるし、

新しい目標に向くことができたようでもあった。


「よくわかった。人の代表と言えないところがつらいが、

 私の力及ぶ限り、ロスター殿の陣営と敵対しないことを約束しよう」


兵士やファクトの視線を感じながら、フェンネルは力強く答えた。


戦いの足音、随分と騒がしいそれはすぐそばまで迫っていた。

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