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183-外伝「少年の指揮者」

「はっ、はっ」


荒い吐息。


吐息の主は少年。


装備は革鎧を中心に、要所要所を金属材で補強した

動きやすさを重視した物だ。


彼の後ろには5人ほど男。


同じような少年から成人ぐらいと差はあるが、

彼と同じような装備をしているところが特徴だ。


全員が長剣を片手に、必死の形相で相手を睨んでいる。


彼らに対する命もまた、必死であった。


「小隊長!」


「みんなは下がって! コイツ以外にも絶対にいる。

 そいつらを見逃しちゃだめだ!」


少年は全身に傷を作り、今もなお怪物……地球でいう

イノシシを大きくしたような異形、イノジーと対峙している。


しかも今回の相手は彼らの経験の中でも、

異常というべき大きさのイノジーであった。


その巨体の突進をまともに受ければそのまま致命傷なのは間違いない。


しかも、イノジーのとある特徴が

討伐の難易度を跳ね上げていた。


グランモールの自警団、新規に作られた小隊の中で

彼だけが相手をしている理由がそこにある。


それは口の両端から延びる牙には

麻痺毒があり、かするだけでもしばらくするとまともに歩けなくなるという物だった。


普段は突進からこの麻痺攻撃で自分より大きい、

あるいは強い相手を力押しで倒しているというのがイノジーだ。


あまり森の奥から出てくることはなく、

遭遇することの少ない難敵。


幸いにも、麻痺毒を持つのは成体のイノジーだけで、

子供のうちは大型犬クラスの大きさで突撃攻撃のみであった。


それでも一般人には恐怖だが……。


小隊の中で、唯一イノジーの麻痺攻撃に耐えられる存在、

トモは今も巨大イノジーと睨み合っていた。


魔法の素養があれば、彼の剣が淡く光っていることに気が付けるだろう。


数日前、街道で発見されたというイノジーの集団を

討伐のために探索し、発見してはや30分。


急速に自分の体力、精神力が削られていくのがトモにはわかる。


めきめきと実力をつけ、新設の小隊長に

任命されたとはいえ、巨大イノジーは難敵であった。


刃を交わさずとも、消耗する。


戦いとは、そういうものだ。


現に、トモたちにはわかるはずもなかったが、

イノジーも体力は別として焦りのようなものに消耗している。


それでも荒ぶる息と、前かがみの姿勢からは

攻撃の意志は失われていない。


だがトモとてここは通すわけにはいかないのだ。


もしかしたら、どこかに去って行ってくれるかもしれないが、

街のすぐそばにいる以上、脅威は取り除かなければならない。


視線を外さず、牽制にと剣先を向けながら、

トモは打開策のために息を整える。


ただの呼吸ではない。


お腹の下あたりに見えない力、魔力を集中させるための呼吸。


トモも自分に魔法が使えるとは思っていない。


だが、トモの手の中の剣を作った職人、

ファクトの知り合いだという妙にくたびれた白衣の女性は

何もなくてもそうしているといいらしいといっていたのだ。


その正体は言うまでもなく、イリスである。


遺物の研究にと、以前ファクトが作り上げた武具を参考にするために

街を訪れていたのだ。


そこで見つけた少年、トモの剣が

ファクトの作品だということは件のメガネを付けている

イリスにはすぐにわかった。


そこで、気まぐれに手引書からスキルの発現に必要とされる手法を

敢えてあいまいに伝えたのだった。


ファクトからはギルドなどを経由しての

受け渡しが望ましいことが書かれていたが、

多少は自由にしていいことも書かれていたからだ。


その伝えた内容の1つは、今トモがしているような呼吸。


独特の呼吸。


彼らはこうして自らの力を意識し、鍛え、

そうして奇跡に変えたのだとイリスは伝えた。


岩を砕き、空を舞い、異形を叩き伏せる奇跡たちに。


もしもだが、という前置きで彼女はトモに伝えた。


知らない言葉が頭に浮かんだのなら、

疑わずに叫べ、そして体を動かせと。


トモにはそれが本当に助言なのかはわからなかった。


だが、嘘は言っていないと感じていた。


だからこそ愚直に毎日つづけた呼吸。


それは目に見える不思議なことはなくても、彼に落ち着きを与えていた。


そして今日からは、別の物も与えることとなる。


『ブルウウウゥゥッ!』


焦れたようなイノジーの突進。


正面から受けるのは愚策。


かといって半端に回避しても素早く繰り出される牙が麻痺毒以前に

かなりの一撃となるだろう。


対するトモは、動かなかった。


(受け止め、流すように……)


恐怖に足止めを食らったわけではない。


なぜか、それでいいと思ったのだ。


導くような幻影に重なるように、姿勢を下げ、斜めに構えられた剣。


彼を見ていた小隊メンバーが慌てた声を出すより早く、

両者は接触する。


「ミラージュ・パリィ!」


小さな、叫び声。


派手な光もなく、まるで幻にぶつかるようにあっさりと入れ替わる両者。


ミラージュ・パリィ


近接武器による、物理攻撃の回避、受け流しスキル。


攻撃能力は皆無だが、その防御性能は断トツだ。


基本性能も高く、ステータスにより補正も受け、

シンプルゆえに効果ははっきりしている。


不発に終わった一番得意な突進。


イノジーがその状況に困惑し、振り返る前に再びトモが姿勢を変える。


湧き出る感情とともに、力ある言葉を解き放つためだ。


「ファストブレイク!」


お腹にたまった何かを全て吐き出すような、叫び。


それは稚拙。


ファクトや、ゲームプレイヤーから見れば

名前を叫んだだけの微妙な一撃。


だが、少年が自ら繰り出した奇跡の一端だった。


城の兵士らのような徹底した訓練を受けるでもなく、

ただ伝聞と素質で発動させたスキル。


初撃は目を狙い、本命が狙うは右の牙。


そして、甲高い音とともに、白い牙が空を舞う。


だが、イノジー本体は無事だ。


もう一方の牙を狙うか、本体を狙うか。


一瞬、トモが迷う間にイノジーは体を向き直した。


さあ戦いの再開だ。


イノジーがそうつぶやくかのように声を出した時、

その背後、街のほうから一つの影が迫る。


「ペッカーぁぁ・・・インパクト!」


叫び声を引き連れて走りこんできた人影、ポニーテールにした

ブラウンの髪を揺らし、少女の体がぶれた。


至近距離からの残像を伴う3連撃。


初級スキルに属し、ほぼ打点は同じ場所という

攻撃範囲の狭さから融通が効かない片手剣スキル。


だがその分攻撃が成功した時の

ダメージは大きく、突攻撃が得意な武器ほど威力を増す。


動きからは小剣スキルといえるだろう。


正確に、同一の箇所を名前の由来となった鳥のように貫き、

少女の剣、レイピアが食い込む。


その衝撃はかなりの物で、突撃の勢いも加わって

イノジーをわずかに浮かせるほどだった。


「冒険者アンヌ、助太刀するわ!」


実際のところ、ギルドでもイノジーの討伐依頼は出ており、

このまま自警団だけで倒されては依頼料がもらえない状態だった。


そんな打算もあったのだが命のやり取りの前にそれは意味はない。


勝者か敗者、それだけがある。


「そこだぁ!」


トモが繰り出す、スキルではない全力の一撃。


それがイノジーの急所、首元に深く突き刺さる。


そして数分後、その巨体から力が抜け、

2人によってイノジーは討伐された。


笑いながら、勝利の喜びに手を取り合う少年少女。


別働隊としての小隊員も、近くにいた幼体の

イノジーを無事に討伐していた。


原因不明に、今までとは違う姿を見せる怪物たち。


それに対する、カウンターとしての人間の力。


精霊戦争時代として、あるいは

ゲームであったマテリアルドライブとしては

日常の姿がよみがえっている証拠でもあった。




人に見えぬ姿で天使は踊る。


時に目標を立てた若者の上で。


時に死闘を繰り広げる人と怪物の上で。


天使は笑う。


自らの下で、守るべき人間が新しい力を手にしたことに。


天秤に1枚、硬貨が乗るように確実な傾きが人間にとって

ちょっとした手助けとしてやってくる。


それは戦いを楽にする良薬なのか。


あるいは激しい戦いを産む劇薬なのか。


答えは出ないまま、変化は今も世界を包んでいた。

天使、女神のすることだからなんでもOK!

とは限らないというのを上手く伝えたいところです。

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