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181「狭間の砦-6」

夕日が砦を、町を赤く染める頃。


その日の依頼を終えたアルフォードの工房で、

リズムよく続いていた金属音が止まる。


流れ落ちる汗を汚れたタオルで拭う、音の主たるファクト。


満足そうなその視線の先では、金床の上で炉の炎を灯りに

彼の手によって出来上がった物が光っていた。


仕上げとばかりの白光とともに、どこからか布が持ち手の部分に巻き付いていく。


叩くための平たい部分、両端の大きさの違いが

加わる力を調整する鍛冶を目的とした鈍器。


レイジングハンマー、その正体は武器ではなく工具。


作成スキルの都合上、武器に含まれてはいるが

戦闘用の特殊能力は一切ついていない。


精製の時点で魔力をふんだんに使った真鉄とでも呼ぶべき素材を軸に、

ミスリルを要所要所に使った上級道具である。


同じものをアイテムボックスに持っているファクトであるが、

作ってみようと思い立ち、実行したわけである。


もし、ここに熟練の魔法使いがいたらその込められた魔力の量に

驚愕の表情を張り付けたことだろう。


素材が耐えきれる限界を見極め、

作成スキルの要求する魔力をハンマーの一振りごとに注いでいくファクト。


それは小さな器に、濃密な力をひたすら圧縮していく作業でもあった。


MDにおける作成スキルの魔力消費は固定値ではなく、

パーセント消費であることがポイントである。


つまりは駆け出しの作る最低ランクの武具と、

ベテランの作る最低ランクの武具。


消費魔力は同じパーセントだが実際に消費される魔力は桁が違う。


その分、やれることが増えていくということだ。


消費魔力が100から1000になったとして、

特殊能力を付けるのに魔力300を使う、といったニュアンスだ。


それは今、工具としての性能に費やされる。


続けて、出来たレイジングハンマーを使って

もう1本、同じものを作っていく。


最初に使った道具が完全に壊れてしまっているあたり、

レイジングハンマーの難易度が相当であることをうかがわせる。


工具の性能差故か、ほどなくもう1つのレイジングハンマーが出来上がった。


「完成か?」


「ああ、ありがとうな。明日の準備を止めてまで場所を貸してくれて」


後ろからかかったアルフォードの声に、

ファクトは出来上がったばかりのレイジングハンマーを片手に立ち上がった。


「何、いいものを見せてもらった。1つは予備か?」


アルフォードが見るのは追加で作られたレイジングハンマー。


彼の目からも、たとえ王都で金貨を積み上げても同等の工具が

手に入るかといえば微妙なところだと感じるレベルの性能だとわかるハンマーであった。


ファクトにしてみれば、高レベルの武具を作るためには

相当の素材を相手にせねばならず、

そのためには道具も必要ということに過ぎない。


ダイヤを加工するにはダイヤがいる、といったことに近いだろうか。


実はこれで殴っても鈍器としては優秀なのだが、

使う機会はなさそうである。


「これはアルフォード用さ。だいぶ素材も使わせてもらった。

 ほら、調整するから持ってみてくれ」


なんでもないように言うファクトに向け、

アルフォードは驚きながらもなんとかレイジングハンマーを手に取る。


それも無理はないだろう。


ちょっと水を一杯、と旅人に水をあげたら

絹の着物を代金にもらったようなものだ。


実際には、アルフォードの腕ならば

使いこなせるとファクトが判断したラインなのだが

何段階性能を飛ばしたかはわかっていないようであった。


すぐに微調整を終え、もう1本のレイジングハンマーはアルフォードの物となった。


「もうすぐジェレミア本国から増援の話が出てくるはずだ。

 それまでにできるだけのことはしておかないとな」


「そうか。じゃあこのあたりも商人に渡さずに処分できるかもしれないな」


武具の手入れや更新をして警備の兵や

冒険者の底上げを目指そうというファクトに対し、

アルフォードが部屋の隅にある箱を開け、

その中身を見せながら問いかけた。


「? おおっと……随分と質のいい素材だな」


ファクトは言葉を選びながらそれに答え、

アルフォードの手の中にある毛皮を見つめる。


ゲームの中で見覚えのある独特の模様と金色の光沢の毛皮。


それはとある地方に生息する熊型のモンスター素材だった。


つまり、フォールヴァル周辺にはそのモンスターが出るということだ。


その素材による防具の性能は、冗談でも低いとは言えない。


金属鎧の装備できない状況のプレイヤーにとって、

ほとんどが1度は装備するレベルの、全体でいう中の上といったところの防具となるのだ。


「それ一枚でいくら……ああ、このあたりじゃ物々交換なのか?」


途中までいって、ファクトはこの地方が

経済としては硬貨が増え難い以上、

貨幣経済が主流ではないことに気が付いた。


例えば銀貨をどこからか造り、流通させなければ貨幣経済は成り立たない。


補給が頻繁ではなく、その都合で

流通対象となる銀貨、銅貨が限られるような状況では

全て硬貨というわけにはいかないだろう。


「そうだな。値段はいろいろ決まっているが、

 宿の代金に獲物直接、だとかそういう話は多いな。

 うちの場合にはそもそも使う素材自体を持ち込みでという話も多いんだが」


道理で用意されている鉱石等が今掘ってきました、というような

整っていない形なわけだとファクトは納得する。


「こいつはちょっと話しておかないといけないな……」


アルフォードに見せてもらった毛皮や鉱石などを

1つ1つ手に取りながらファクトは呟いた。


これまでは商人の往来の際に相応の量しか

買取などはされなかったはずである。


持ち運びにも限度があるのだから。


工房に限らず、砦と町全体で貨幣である銀貨、銅貨の代わりに

この地方の素材がため込まれているとしたら?


細々とした取引でしか動いていなかった、

いうなれば特産品たち。


それが転送門により、一変する。


多少の危険はあれど、そう遠くない距離の貿易路となるのだ。


間違いなく、混乱が起きるだろうとファクトは考えた。


「それは夜にでも話すとして……アルフォード、明日から属性付与を試さないか?」


「ん? おう。これなら今までよりは簡単に付与できそうだ。

 疲れにくくなる、ちょっと足が速くなる、冒険者も兵士もほしがってたからな。

 これまでは失敗も多くて素材が無駄になってたが……」


ファクトの提案に、アルフォードは一瞬考え込んだが、

すぐに破顔し、快諾する。


ジェレミアの援軍、ひいてはオブリーンや

周辺諸国との同盟の目的は東のケンタウロス軍団との

対話、あるいは戦いである。


話の通じない怪物どもよりは、

なんらかのやり取りで休戦ができればベストだと考えている。


いつ、どこから帝国がやってこないとも限らないからだ。


そのためには、前線の1つであるこの場所が強くある必要がある。


ファクトは、私は良い古文書を持っている、

などとうそぶいてアルフォードと共同で戦力の底上げを図るのであった。






数日後、アルフォードの工房では

いくつもの武具が依頼主を待っていた。


数値にしてみれば3パーセントにも満たない、

体力のアップや魔力の向上等のステータス上昇、

魔力を消費するが強打とでもいうべき一撃を繰り出す戦斧、

毒にかかりにくくなる革鎧等々。


冒険者や兵士らはそれぞれの武具を手に、

意気揚々と繰り出すのだった。


独特の活気に満ちた砦と町、

世間に知られることなく、フォールヴァル砦の

兵士と冒険者は鍛え上げられていくのであった。


『そうか。兄の報告ではすべて順調、といった感じだったからな。

 そのあたりの状況はわからなかったのだ』


「順調は順調じゃないか? 死亡者は少数。無理して奥地に行った

 冒険者が戻ってこないぐらいだったわけだしな」


その日、ファクトは魔法ラジオでフィルと増援の時期について話をしていた。


そんな中、この地方の話になったのであった。


人払いをされたギルドの一室で、会話は続く。


本格的な援軍、交代要員の第一陣がもうすぐ到着するだろうこと、

同様の転送門が無いか、各国が探索の手を広げているということ、

そして、遺跡の探索・発掘の頻度も上がっていること。


『若い冒険者がお宝を見つけたのがある種、薬になったようだ。

 探索済みの遺跡も入念に再度の探索がされている』


「怪物退治と遺跡探索、薬草採取が冒険者の飯の種ってことか。

 ああ、見つけた古文書も翻訳を合わせてギルド経由で送る」


言外に、遺物の類も以前より発見され始めていることをにおわせるフィルに、

古文書という形をとって手引書もどきを増やしたことを報告するファクト。


お偉いさんの道楽に付き合う冒険者、のような図が出来上がり、

独特の空気を生み出していく。


『戻ってくる兵士がいたら彼らに渡してくれ。それで届くだろう。

 もっとも、何人が戻ると言い出すかはわからないがな……』


「故郷を懐かしむ奴は確実にいるだろうから大丈夫じゃないか?」


なおも雑談交じりの会話は続き、夜が過ぎていく。


そして翌々日、援軍である兵士と有志の冒険者らによる集団が

フォールヴァル砦へとたどり着き、にわかに町は活気づいた。


ほぼ同時期、東の草原を脅威となりうる集団が移動していることを

知る人間は一人もいなかった。


次話でこの章は終わりです。


その後はちょっと展開としては巻きに入ります。


ゲーム的には四天王倒して

ボスが判明したぞ!ぐらいになる……かもしれません。

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