180「狭間の砦-5」
説明回というかある意味、オチがありません。
農家の朝は早い。
それはフォールヴァル地方の農家も例外ではなかった。
まだ太陽が顔を出すかどうかといった時間。
まずは食事の支度をする妻達の見送りの声を聞きながら
男たちがその日の準備をする。
天気を見、風を感じ、昨日までの育成具合から
今日の手順を考えるのだ。
大事な食事を終え、そして道具の最終確認。
とある農夫達が持つのはクワ、カマ、細かなスコップのような物。
その他、一般的な農具たちだ。
別の農夫たちが持つのはナイフ、そして剣、手斧、槍。
最後に布のようなものが先端に巻き付けられた長い棒。
こん棒のように使うにしても、
使い勝手はよくないだろうことがすぐにわかる。
近い物は松明だろうか。
何かが染みとなって、黒い色になっている。
先端に巻き付けられたものは元が古着だとしても、
妙な迫力を持っているようだった。
ここにフォールヴァル地域以外の農家がいたら
準備された物の、後半には首をかしげるだろう。
武器をしっかり用意するほど危ない場所に
農地があるのか、あるいは夜まで作業するのか?と。
だが彼らに遠出をする様子はない。
収穫物を入れるのであろう袋や、台車を引き、それぞれの家から歩き出す。
途中、仲間と挨拶を交わし、前日の観察具合から
ちょうどよい場所に分担して向かうのだ。
一般的な農具を持った農夫たちが向かうのは
不思議な物のない、一般的な畑。
色とりどりの野菜などが育っているのがわかる。
かなりの広さがあるようだった。
ただ、フォールヴァル砦と、砦を中心にしたいうなれば人間の陣地は
それなりに広い敷地だが、それなりでしかない。
とてもそのまま農業に用いるのでは人口を十分に維持できない。
補給の商隊はあるとしても、質素な生活が必要になるだろう。
なにせ、この場所には兵士、冒険者をはじめとして
その家族も住んでいるのだから。
すべて合わせれば冒険者を抜いても1000人にもなる規模だ。
だがファクトが出迎えを受けたように、ぎりぎりの生活をしている様子はない。
何故なのか、その正体はもう1つの農夫の集団の行き先にあった。
意志によって整列させられた無数の植物たち。
それは中心となる軸のような茎が長く真上に延び、
周囲を長い葉が幾枚も覆うという物だった。
茎ではあるものの、その造りは
もはや木といってもいいだろう。
根元や茎の途中には果実と思わしき物が多く連なっている。
根本は地球でいうパイナップルのような姿、
茎部分になっているのはヤシの実のような姿をしている。
育成に当然のことながら個体差があるようで、
たわわに実っている物もあれば、
ぽつんぽつんと小さなものがついているだけの物まである。
不思議なことに、色合いはどの個体も違い、
1つの個体は濃い赤、別の物は黄色の実をつけている。
一般的に考えれば、熟している度合の違いだろうと考えるところだが、
それだけではなかった。
「今日は黄色にするか。赤いのは昨日採ったからな」
「そうだな。赤は……随分と柔らかいが黄色は硬い。
ううむ、味はどっちも食べたことのある味なのだが……。
内地で食べてるものとは似ても似つかないな」
確かに、と農夫たちが頷く。
そう……なぜか、色以外は同じ見た目でも、
その食感や味が色によって完全に違うのだった。
果物として使えるものもあれば、
野菜としてきざんで使うほうがよい物もある。
農夫達はそれを経験と知識で知っており、
目的の色の実がちょうどよいだろう熟し具合であることを見越して、
作業の準備に取り掛かり始めた。
荷物を下ろし、謎の棒の先にこれまたビンに詰まった謎の液体を少し、たらす。
「さて、始めるか」
「おうよ。数がいるからな」
そう、別の場所でも同じようなことをしているとはいえ、
皆が何かを食べるのには変わりはなく、
多くの食料を得る必要がある。
「よいっしょっとお!」
掛け声とともに、謎の棒を突き出す農夫2人。
その後ろには袋を片手に、今にも駆け出しそうな農夫たちがいる。
植物に棒が近づき、先端が1メートルの距離を切ったかというところで
何もなかったように見えた地面がせり上がり、棒に謎の触手が絡まる。
濃い抹茶のような色合いの、人の腕半分ぐらいの太さの触手が3本。
文字通り、待ち構えていた様子で棒に触手らが絡まり、
絞め技のように絶妙に絡まるとその動きが止まる。
農夫が棒を引っ張ってもびくともしないが、
棒が握りつぶされるという様子はない。
それどころか、農夫が棒を動かしても暴れる様子すらない。
そう、この触手は捕まえることを目的としているのだ。
捕まえる理由からいくと、締め付けすぎて死んでしまってもいけないし、
動いて大けがをさせて死んでしまっては元の子もないのだ。
「大丈夫そうだな。うっかり絡まれたら面倒だ」
「しっかり固定されてるな。おう。今のうちだぞー」
棒を持った農夫の声を合図に、次々と農夫たちが
植物に近づき、上と下の実を手際よく採取していく。
全ては採らず、少量を残して作業がひとまず終わる。
「よし。次だ」
1人の農夫がそう言い、手持ちの剣で棒に絡まる触手たちをあっさりと断ち切る。
棒を捕まえていた力からは想像できないほど、あっさりと触手は切断され、
棒を持っていた2人も植物から離れる。
採取した実の熟し具合や痛みを確認し、次の対象へと農夫たちは歩き出す。
「これが焼くなり煮るなり、何でも美味いってんだから不思議だよな」
「美味くて便利だから問題ない。それに、だからこそ外じゃ獲物が集まるんだろう」
そういう男の見る先で、先ほど断ち切った触手が
無秩序にうごめいたかと思うと、先端が最初のように細くなる。
そう、再生を始めたのだ。
「そうだよな。最初はよく捕まったぜ……」
その時のことを思い出したのか、農夫の1人が身震いする。
今は家畜のように人の手が入り、
ほぼ無害な状態になっているこの植物だが、
自生している物はまさに天然のデストラップなのであった。
通常は森の中、あちこちに実を餌に近寄ってきた
動物やモンスターを拘束するという植物モンスターなのだ。
名前をウツビランという。
だが、このウツビラン自体は捕まえた相手を殺さない。
ダメージを与えずに拘束し続け、
哀れな犠牲者が助けを呼ぶ、あるいは抵抗することで
その犠牲者を捕食する者を呼び寄せ、食べさせる。
触手はその際にあっさりと食いちぎられるか、
爪などで引きちぎられる前提なので再生はお手の物だった。
その上で、ウツビラン自身は捕食の際に散らばる血や、
場合によっては死骸を吸収する。
虫が寄り、段々と実は食べられたり、場合によっては
熟しきることで匂いが濃厚になる。
するとそれを感じて近寄るモンスターも増え、
そうして捕縛され、餌食となる獲物も増える。
そんなサイクルを行う植物モンスター、ウツビラン。
ゲーム時代も各種ドロップとして様々な実、果実扱いの物を
落とす相手として人気を博したモンスターであった。
触手は3本までと決まっており、
一度にいくつも捕まえないのは、
あまり大きな捕食者が来たり、数が増えると
実際に自分自身が食われる率も上がるからだ。
自然の淘汰により、多く捕える性質のものは
一緒に食べられてしまったり、つぶされたりで淘汰されたのだ。
なお、ウツビラン以外には捕えた相手を
そのまま殺すような物騒なタイプもいるのだが、
周囲の生き物から敵認定され、戦いは激しいようだった。
いずれにせよ……もし、森で遭遇した時には素早く対処するか、
燃やすか、近づかないことが重要であった。
ウツビランに限って言えば顔やお腹など、微妙なところを差し出さない限り、
足が1本掴まって慌てる間に剣なりで切り裂けばいい。
1人で無防備に捕まったら? それは自業自得という物だ。
「……なるほど。そういうことか」
昼の少し前、そんな農夫の説明を受けながら、
ファクトは見せてもらっている棒の先を確認してつぶやく。
棒の先、古着だったものに振りかけていたのは
ファクト達が撃退したようなモンスターの血、
あるいは糞尿。
要は疑似餌である。
「面白いだろう? 最初砦ができたとき、
こいつらは敷地の外に群生してたらしいぜ。
天然の壁だわな。なにせ通過しようと思えば大体捕まる」
休憩時間なのか、台車のそばで農夫の1人が水筒を
傾けながらファクトに笑って答える。
アルフォードが復帰し、平常の流れに戻った工房は
つきっきりでいる必要があるほど忙しくはないようで、
こうして出歩く時間が作れるようになったのだった。
その時間をまず、気になっていた砦や街の様子の確認に使うことにしたファクト。
最初にやってきた農地で、こうして説明を受けているのだった。
「そうこうしているうちに、砦のそばに管理されずに植物とはいえ怪物がいるのは
それはそれで問題だろう、となってな。最初は伐採か燃やし尽くす予定だったんだ。
だが、今お前さんが食ったように、美味いんだよな。もったいないってなったわけだ」
「だから敷地を確保して、管理しやすように植え替えたのか?」
農夫はファクトの疑問に頷き、荷物を背負いなおした。
ファクトが周囲を見れば、誰もがウツビラン畑から出るようだった。
膨らんだ袋達は、相当な量だ。
それでも今の人口ならば普通の畑の収穫物と合わせ、
意外と食べていけるのだと農夫は笑う。
「そういうことさ。おっと、この後は普通の小麦の手入れだ。
見ても面白くはないぜ」
「そうか。ありがとう」
歩き出す農夫たちを見送り、
ファクトは1人残ってウツビランを見つめる。
脳裏に浮かぶのはゲーム時代の素材採取のシーン。
ゲームでは一度しか読まないような設定が
今、生活の流れとして存在している。
そのことに妙な感動を覚えていたのだった。
なお、ウツビラン自体は生き残るだけならほとんどはいわゆる光合成と、
土壌からの魔力の吸引でOKというお手軽植物である。
獲物を捕らえ、血肉は肥料にするが
それはたまたま環境がそうであったというだけで
実の味が薄くなったり、生る量が減ってもよければ
ほっておいても大丈夫なのである。
もちろん、農夫たちは食べるために肥料を与え、
なる量を多くしている。
それでも土壌がいいのか、普通の肥料と
多少のモンスターの血肉を使った物で問題ないようで
外で仕留めた怪物の不要な部分を肥料としてばらまく、
それで十分だった。
果物としての味から、野菜っぽい味や風味と、
便利ではあるが痛みは早く、その背景を考えると
少々外に向けて輸出するには向きにくい物なのだ。
こっそりとジャムのような加工品で
出荷はされているようだが量は多くない。
味自体は極上、というわけではないからだろう。
ファクトが次に歩いた先は、
最初に砦についたのとは違う方向の門。
キャニーとミリーが早々に、冒険者の定期的な狩に
ついていくと言い出したからだ。
予定ではもうそろそろ戻ってくる。
早朝に出、昼頃には戻るという狩としては長くない時間だ。
「あっ、ただいま!」
「出迎えに来てくれたんだ~」
冒険者──男女混合の8人ほどのパーティーに
2人追加という形で出かけていた姉妹が、
門の上に立つファクトに気が付くと声をあげ、手を振る。
彼女らの後ろには、仕留められた10頭ほどのシカのような動物。
角と体のつくりからシカ、とファクトが判断したのであって
大きさは地球でいう成体のヘラジカほどある大きなものだった。
他にも同じような狩が行われていることを考えると、
1000人という砦兼町の規模はなるべくしてなった、
そんな人数のようだった。
この地でしか得られないような動植物の素材を使った諸々、
産出されるという鉱石などが
輸送され、外貨を得、冒険者にもそれが対価となる。
ここまで来て、ファクトは気が付く。
自分自身も規格に沿っていないのは確かだろうが、
自覚があるのかないのか、この場所自体……規格外なのではないか、と。
そもそもリーダーの時点で王子っぽくないしな……と
一人考えながら、ファクトは笑顔で姉妹に手を振り返すのだった。
最終決戦直前の町とか、売ってるものもやばいよね……。
この話してる一般人も実は強いんじゃ……?という感じです。