179「狭間の砦-4」
ちょっとポエミー。
4/26:依頼量と処理について記載漏れ追加
「すまないな。来てそうそうこんなことになってしまって」
「気にしないでいい。何事もめぐり合わせさ」
戦場は、火と鉱石と輝きの住む工房は静けさを取り戻していた。
日はとっくに落ち、月が夜の王者として空に輝いている。
爪の間に入り込んだ、炭とも金属片ともわからない何かを
適当にほじくりながらファクトは職人へと答えた。
同じ部屋で座る職人は病気で倒れていたという工房の主。
医者ではないファクトにとって、症状を聞いたところで
正常か異常かしか判断できないことが多い。
毒であるとか、ゲーム上のバッドステータスであれば別の話であろうが、
そうではない病気、となればゲームの知識は役に立たないのだ。
ただ、とりあえずとファクトが押し付けたポーションと
状態回復用の薬剤はその効力をしっかりと発揮していた。
それでも明るいうちは起き上がれなかったあたり、
相当に疲労していたことを証明していた。
「そういってくれると助かる。アイツもいい勉強になっただろう。
失敗と、高みを知ることができた。
少々詰め込みすぎた感じはするがな」
「俺も昔はいろいろやってしまったからな……よくわかる。
やっぱり、失敗してみないといけないのさ、何事もな」
部屋の明かり用の火だけが炉に残り、
少し薄暗い工房で、男二人が向かい合い、軽い蜂蜜酒を飲み交わす。
宴会のように飲み交わすにはふさわしくなく、
かといって何もないのでは寂しい。
そんな夜に似合う軽い物。
キャニーとミリー、そして若い職人たちはすでに就寝していた。
ろくに食べず、休まずだったのだ。無理もないのかもしれない。
姉妹はあちこちから素材を運び、出来たものを受け渡し、
若い職人はこの工房でどうしていたかを延々と聞きだされる。
頭と体、両方を酷使する結果となったのだ。
明日もやってくるだろう依頼のために
工房の在庫から大体の目星をつけ、ファクトは片づけと準備をしていた。
そこに主が起きて来たのだった。
「そうだ、今さらだが名も名乗ってなかったな。アルフォードだ。
ひいじいさんだったかばあさんがエルフでな、少しばかりドワーフの割に
背が高いのはそのせいさ」
「こう言ってはなんだけど、珍しいな。俺も出会ったのは3人目だ」
見世物ではないが、希少なのは間違いない、と
アルフォードは笑い、ドワーフとしては細身、かつ
長身の体を揺らす。
もじゃもじゃとした顔の髭がドワーフらしいといえばドワーフらしい。
「最初は冒険者が手助けに来たと聞いて、不安ばかりだったがなかなかどうして。
世の中はわからんもんだな。俺もそれなりに腕があるつもりだったが……」
壁に立てかけられた、今日は約束通りに取りに来なかった依頼品の
長剣三本を見定めるようにアルフォードは見つめ、
そして射抜くような視線となってファクトを見る。
「何故、手加減した? いや、合わせてくれたというべきか。
本当ならもっと違う物になったのではないか?」
「……やっぱり、わかるか」
ため息のように息を吐き、ファクトは頭を下げる。
それは謝罪、そして懺悔。
「受けていた依頼の量からして、アルフォードが少し普通ではないことはわかっていた。
そう、普通に鉄を打ち、作っていたのでは無理な量。
最初は相当たまっていたのかと思ったが、聞けばいつもかなりの量だというじゃないか」
ちらりと、ファクトが視線を向けた先にあるのは、
今日までに片づけた依頼の束。
汚れ、よれているが結構な厚みがある。
トラブルでアルフォードが倒れ、依頼をこなす量が減っていたとしても
その溜まっていた量は半端ではない。
ギルドに出ていた依頼は、アルフォードが病気で倒れた直後、
他の工房へ向けての意味合いのあるヘルプだったのだろう。
それでも、事故が無ければアルフォードが治るまでは
納期を調整しながらなんとか、と職人は考えていたようだった。
実際には元々見通しが甘く、こなせる量ではなかった。
そのために焦りが空回りとなり事故を産み、
さらに悪循環となるところだったのは言うまでもない。
「毎日が駆け込みのような依頼の量。それをこなしているという。
だから、遺物か己の何かで普通じゃこなせない量の依頼、
その解決をしていると考えた。……俺のように」
そう、ファクトはこの工房で制作スキルを封印することなく、
加減はしたものの、一部はそのまま用いていた。
時間のかかる部分にはスキルを流用し、
流れるように剣を打ち、槍を鍛え、斧を直していった。
もちろん現場は工房関係者しか見えないような位置だが、
それでも普通ではないペースで次々に作っている自覚はファクトにはあった。
だが、それでも若い職人は親方のようだ、というだけで
異常な物を見るような態度にはならなかった。
それが彼にとっての日常だったからだ。
それを知ったファクトは若い職人により尋ねることになる。
普段作っている物が残っていないか、と。
「作る物にばらつきがあるようじゃ熟練とは言えない。
もちろん、使い手によって差を作るときはあるが、
それも使いやすさや腕を考慮しての物。
この工房はどのぐらいの物を作る、その水準が一定でなければ
不満もでる……それはわかっちゃーいるんだが……悔しいな」
アルフォードは、ファクトが普段この工房で作られている
剣なり槍といったものがどの程度の品質で、性能がどうであるかを
残っていた物を観察することで見抜き、調整したことを悟っていた。
あまりにも均一すぎたからだ。
それはまるで、熟練の農夫が畑をならした後のようでもあった。
つまりはファクトがアルフォードの作ったものの性能などを
詳細にわかった上でそれを再現した、合わせた、ということであった。
「俺も驚いているよ。まさかこんな場所で
これだけの腕を持つ職人に会えるなんてな」
対するファクトも、残っていた武具からわかる性能、
若い職人から聞いた作業内容から驚くべきことを知ることになっていた。
アルフォードは不完全ながら制作のスキル持ちで、
使われている炉の中にある火種がマジックアイテムであることを。
若い職人はよくわかっていないようだったが、
いざ、と炉を利用してすぐにファクトにはわかったのだ。
中にある炎の源が、魔力を消費する特殊な物であることが。
結果、残っていた武具の性能はゲーム時代、ファクトが
出会った物の中でも標準より上に間違いなく位置する物だった。
少なくとも、生産品の中では
一般流通しても不思議ではない高品質な物だ。
それだけこの土地の脅威が強く、そして厄介だという証明でもあった。
それゆえに、普通であれば数日で倒れてしまいそうな、
日常的に発生するには多い修理依頼と、新規の制作依頼。
ファクトにとっても、重労働であった。
「最初はまあ、ちょっと忙しいかな、ぐらいだったんだがなあ。
俺が普通よりやれる、とわかるとだんだんと集まってきてしまってな。
頭打ちになればそれも終わったんだろうが、妙なことに
俺の腕もめきめき上がりやがる。厄介なもんだぜ」
それでもきっとお前さんは上にいるんだろうな、と
呟きながらアルフォードは蜂蜜酒の入った器を傾ける。
ファクトはその話を聞きながら、
アルフォードが多数の依頼、作成をこなした結果
かなりの速度で熟練度を上げ、スキルの効力が上がったのだろうと感じていた。
同じ武器生成Cスキルとて、その熟練具合が極まれば
補正は大きくなり、行動は大きく変化する。
ゲーム的には極々当たり前の、こなした数だけ上昇する経験というものだ。
この世界でもそれは変わらないということを、
自身はもうなかなか成長が実感できる状態にないファクトは
ある種の感動とともに感じていた。
その後も雑談を交え、夜は更けていく。
月が真上に来る頃、さすがにそろそろということで解散となり、
ファクトも工房の隅にある小部屋で適当に横になる。
ベッドというには質素な、手ごろな台に
毛布類を乗せただけの物。
それでも野宿もありうる冒険生活をした身にとっては
十分な寝床である。
これもアルフォードが作ったのか、かなり綺麗に出来ている
ガラス窓から差し込む月明かりを見ながら、ファクトは掌を
その光にすかして、微笑んだ。
(今日は、楽しかったな)
それはファクトの本心だった。
彼は今日、本当に楽しんでいた。
物作りは、やはり楽しいと考える。
世界が広がる気がする、と。
依頼の内容を確認し、必要な物を把握し、
そのゴールに向かって物を作っているとゲーム時代を思い出した。
そして、世界の広さを決めるのは自分自身だとファクトは思う。
月明かりに照らされる見た目からはSTRなどのステータスがわからない、
成人男性としては鍛えられているほうだが、
筋肉質とまではいかない両腕。
その手で作ってきたアイテム類は、
ゲーム時代を含めれば膨大な数だ。
だが、今日ほど楽しいと思えたことはあまり多くなく、
思い出の中でも上位に入るぐらいだろうとファクトは思っていた。
その原因はファクト自身のレベル、そしてスキル群にあった。
能力が直接上昇する物でなくてもいい。
何かしらのゲームをやったことのある人間なら
同じような物は感じたことはあるかもしれない。
ファクトがそれを感じたのは作成スキルが熟練し、
レベルを上げ、上って行った後のことだ。
ふと、振り返ってしまった。
最初に、性能は低いがダガーを初めて作った時の感動はどうだったか?
初めてVR世界でモンスターを討伐したとき。
初めて誰かと広大なフィールドを駆け抜けたとき。
何かの初めて。
積み重なり、上に上がっていくその瞬間の感動、興奮は何事にも代えがたい。
だが強くなり、経験を積み、ふと振り返った時。
世界は、最初より狭かった。
もちろん、楽しいことには変わりはない。
出来ることは増え、こなせる依頼は増え、
影響を与えられることも増えた。
だが、未知ではない。
例えば目的のため、延々と同じ素材をいじるのはファクトにとっては
だるいときもあったが、苦ではなかった。
その分、彼はわかっていたのだろう。
世界の狭さは、考え方1つだと。
それでも彼もただの人間であった。
世界は、狭く感じてしまったのだ。
だが、あの日の隠れたアップデートが、
NPCにしては妙に人間臭いのが有名であった
色んなNPCとの触れ合いが、彼の世界を広くした。
何かを作るということはただの生産行動ではないことを知った。
ファクトが師匠と呼ぶNPCからの新しいクエストを終えた後、
ファクトの制作に対する気持ちは大きく変わっていた。
それはこういう物だ。
アイテム作成は毎回毎回、己が作り出すのだ。
何をか……それは新しい、世界の住人。
武器は誰の手に残り、どんな強敵に突き刺さるのか?
鎧はどんな人の体を守り、どんな相手の攻撃を弾き返すのか。
それは命にも等しいように思えた。
人生のように、1つ1つに歴史が付いていくのだ。
世界を変え、精霊を感じる今はその思いも強くなっていた。
──新たに生まれてくる道具に祝福を。
いつしか寝てしまったファクトの手の中で、
理由もなく握りしめていた鉄鉱石が、静かに光っていた。
次回は砦兼町の話です。