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175「イベントバランサー」

「悪いな。こいつは遠慮しておくよ」


「やっぱりか?」


よく晴れた日の昼下がり。


男2人の声が店先で響く。


1人は店の主である白髪の混じってきた男の物。


もう1人は普段着に外套だけをまとったファクトであった。


2人の間にあるのは、買取用のカウンターに置かれた数本のダガー。


窓から入り込む陽光がその刃先を明るく照らしている。


柄や装飾はどこにでもありそうな数打ちのダガーにしか見えないが、

その反射光はどこかぬめりとした、見るものにある種の嫌悪感を抱かせるものだった。


事実、店の主がファクトの依頼、ダガーの買取を断ったのはそれが理由だからだ。


遺跡から帰還した翌日、回収しておいた野盗達の装備の一部を

ファクトは街の道具屋、地球でいう質屋のような生業をしているところに持ち込んだのだった。


雑多なものが集まり、さらにそれを的確に鑑定して販売する。


それがどれだけ大変なことで、技量や知識が必要かは

スキル以前の不思議な力であるポップアップに

頼りきりのファクトにとっては考えるまでもないことだった。


「ああ。悪くはない。悪くはないみたいだが、できれば使いたくないね。

 何か厄介ごとに使われたか、変な場所にあったんじゃないか?」


「近いな。やっぱりそうかぁ……嫌な予感がしたんだよな。

 しょうがない、鋳つぶすよ」


持ち込まれたものは呪いの品と盗品以外は極力買い取ることを信条にしていた

店の主にとっては、ある意味苦渋の決断だったのだろう。


呪いとも言い切れないが、近いものをダガーに感じたゆえの結論だった。


「そのほうがいい。あんたなら新しく打ち直せるだろうしな」


ファクトのことをよく知っている様子の主の言葉に、

苦笑のまま頷き返してファクトはダガーを仕舞い込む。


迷惑をかけたお詫びとばかりに一山いくら、で売られている

薬品用の空き瓶を買い込んで店を出るのだった。


(やっぱりわかる人にはわかるよなあ……)


工房への帰り道、ファクトはそんなことを思いながらため息をつき、

気分転換として露店を冷かしていく。


結果からいえば、主の鑑定眼はさすがといえるものだった。


ファクトは持ち込む前から、少しでも精霊を感じられる、

あるいは目利きであればこのダガーらが異様であることはわかるだろうと思っていたのだから。


昨日、野盗の亡骸を処理して埋めた後に、彼らの装備を回収していた時のことだった。


これで全部だ、と冒険者らから渡された装備はダガーが8に

長剣が4、手斧が2本、といったものだった。


見た目や武器としての性能は良品とはとても言えず、

通常であれば冒険者らが欲しいと言えばそのまま譲渡されるレベルの物だったが、

少しでも背景を探れるように、とファクトは装備の買取を申し出た。


冒険者にしてみても融通の利くお金自体になることに文句はなく、

喜んでその取引に応じるのだった。


そうして入手した言葉にしてみれば他愛のない、

野盗由来の手入れが行き届いていない装備達。


だが1本のダガーを手にした時点でファクトはその異常さに気が付いた。


大きく2つ、おかしい点があった。


1つは作成者に漢字が使われていたこと。


これは基本西洋ファンタジーベースのマテリアルドライブ、

かつその世界に類似しているこの世界においてもなかなか珍しいことだ。


現にこの世界に来てからファクトは漢字、あるいは

それを名前に使う相手に出会ったことがない。


日本や中国に相当するルミナスや、その周辺地域でしか使われず、

自然と舞台のメインである西方には存在すること自体レアな証拠である。


もう1つは、精霊が全く動かないことだった。


「感じられないわけではない……か」


ファクトのつぶやきが町の喧騒に消えていく。


通常、流通している武具には大なり小なり、精霊が力を貸している。


その数等は千差万別だが、魔法使いの中でも

少し敏感な人間にとってみれば、精霊は自然に周囲にいるのがわかる。


加えて姿が見えるかどうかは別として、感じることはその筋の人間にとっては

そう困難なことではない。


モンスターも種類によっては魔法や、魔法のような能力を用いる際には

精霊が力を貸すことになるため、

未知の相手の力量を探るのには一つの指標となるのだ。


そんな、日常にいつも潜むはずの精霊がいなくなるというのは

どれほどの緊急事態かは言うまでもないことだが、

ダガーにファクトが感じたものはそれに匹敵するかもしれないものだった。


例えるなら、精霊をかたどった人形を重ね合わせたような状況。


時間が止まったように、色も失って

ダガーの刃や柄に固定されている精霊たち。


どこか輪郭がぼやけ、はっきりファクトにも見えないあたりが

さらに不気味さを増している。


「鋳つぶして解放できるものなのか、それが問題だ……」


ひとり呟き、工房へとファクトは戻る。


扉を開くと、まだ寒い時間帯だというのに熱風がファクトを迎える。


「あ、お帰りなさい。えーっと、あのお嬢様のお迎えの人が来てますよ?」


「迎え? そうか、また後でな」


作業の手を止め、汗をぬぐいながら答える留守番の職人2人に手をあげ、

そのままファクトは奥へと歩いていく。


壁際には出来上がっている依頼用の盾なのだろう、

磨き上げられたラウンドシールドが3枚ほど置かれており、

職人2人が順調に依頼を受けていることを感じさせた。


そろそろ次の段階かな、と考えながらのファクトが

来客用に使っている部屋へとそのまま向かうと、

そこには見覚えのない騎士風の男が3名、

そしてクレイとコーラル以外の面々がそろっていた。


ちなみにクレイとコーラルはギルドで見かけた新人の

採取依頼についていっている。


戻ってすぐに半ばボランティア作業とは、

随分と元気なものだとファクトは思うが、

そういうことが巡り巡って自分のためになるのだから

やれるうちは問題ないだろうと判断している。


「遅くなってすまない」


「いえ、事前の連絡もなしに訪ねたのはこちらですから。

 ああ、紹介もせず……予想がついているとは思いますが、

 我々はオブリーンの近衛兵です。自分はウィン、彼はテレス、

 そしてフリードです。普段通りの……いえ、元気そうな姫様の姿に

 ほっとしているところです」


集団の代表として、3人に謝罪するファクト。


一国の姫を了承があるとはいえ連れまわしているのは事実なのだ。


迷惑をかけているという自覚があったためだ。


だが、彼の予想に反して騎士の1人は言外に

苦労を掛けていることをねぎらいながらの返事を返してきた。


不思議に思いながら開いていた椅子に座ると、

返事をした男の後ろにいた2人のうちの片方、

メガネをかけて落ち着いた雰囲気のテレスが口を開いた。


「姫様がもう戻られるというのなら護衛をするように、

もしまだ見聞を深めたいということであれば必要な対応をするように、

と命を受けております。ファクト様のお話を聞いてから、とのことでしたので……」


「そういうことか。何が起きるかわからないから、

 出来ることなら安全な場所に帰ってもらいたいのは確かだが、

 マイン王のことだ。次女が良くて三女が駄目だとは強く言えない、

 そんなところじゃないのか?」


淡々と用件を伝えてくるテレスに答えるファクトの声は

どこか明るいものだった。


彼らの立場と、受けている命令とを考えたときに、

その苦労の具合を悟ってしまったのだ。


ここは笑って明るくするところだろうと判断したのだった。


「まさしく。あれで王様もやはり子煩悩ですからね。

 おっと、こんなことを言ったというのは黙っておいてくださいよ。

 出来れば姫様も」


「もう、ウィンは失礼ですね。まるで私がいつもあちこち出歩いて

 お父様を慌てさせてるみたいじゃないですか」


むくれたようなシルフィの声に、

場がはじけて笑いが広がる。


「とりあえず、今後だが……」


結局、まだ1週間ぐらいはこの場所にいること、

その後に普通に城に戻ることをシルフィが決め、

騎士3人も町に滞在することとなる。


彼らにとっては幸いにも宿は空いており、

3人は思い思いに過ごすとのこととなったのだ。


もし、冒険者としての依頼にシルフィがついていくのなら、

自分たちも連れていくように、と念押しをする姿は

かなり必死で、普段の苦労を感じさせるものだったとファクトは感じていたのだった。






「うーん……下手に手を出せないなあ……」


夜、部屋にファクトの独り言が響く。


魔法の明かりではなく、油によるランプの光に照らされて

テーブルの上のダガーが光を放っている。


世界に存在する精霊の数を考えれば、少々の武器に関係する精霊の数は

実際のところ大した量ではないのだがファクトは悩んでいた。


下手に鋳つぶして、精霊が姿を失ってしまってはいけない、

と考えていたからだ。


かといって、この状態を解除できるようなスキルやアイテムに心当たりはなかった。


「どこかで感じた気がするんだよな……これ」


五感以上の刺激は無いゲーム時代ではなく、

どこか第六感、とでもいうべき感覚にきっかけを感じ、

頭をひねるファクト。


1つ1つ、この世界に来てからの出来事を

思い浮かべながら考えを巡らせていく。


実際のところ、ファクトはこの状況の武器そのものには心当たりがあった。


精霊がこんな状態になっているというのは当時わからなかったが、

目にしたことはあるものだった。


それはメインシナリオといえるイベント群の中で、

人型のモンスターが持っていた武器であったり、

奪うことのできないタイプの武器たち。


設定的に言えば、所有権を持てないタイプの敵側NPC専用の武具。


それを見たときと同じ印象をこのダガーたちにファクトは持っていたのだった。


ただ、それも状態をなんとかする方法がわかるわけではなかった。


「黒い……いや、闇属性も立派な属性だし……無?

 うーん、わからん。ユーミがいれば別かもしれないなあ」


がしがしと乱暴に自分の髪をかき回してファクトはそのまま

背もたれに体重を預けながらぼんやりを天井を見る。


胸をよぎるのはある種の寂しさ。


キャニーとミリー。


2人のいわゆる恋人がいるファクトであるが、

結局2人にも全てを話して理解してもらえるとは思っていない。


ゲームの世界と似ている、などといったことを

どう説明した物かという問題もある。


いつかはともかく、今のまま古代の人間だと

しておいたほうが上手くいくのは間違いないのもまた、事実であった。


とはいえ、自分だけが抱える秘密で寂しさを感じるのも確かである。


その点、ユーミが会話相手となれていたころは

そんな心配はなかった。


ゲームの、いうなればメタ的な会話と、

現実の会話を並行して行えたあのころは

何かを解決に導くうえで遠慮がなかった。


だが、今は問題がないように言葉も選ばなくてはならない。


心の中と、虚空に浮かぶメニューの中へと

おそらく消えたのであろうユーミを想いながら

ファクトがぼんやりとしていた時、

彼の脳裏に天啓のように光が走る。


それはあるいは、ユーミからの助言だったのかもしれない。


がばっと体を起こし、ファクトがアイテムボックスから取り出したのは

ただのランタンのようにみえるガラス箱と、かなり前にファクトが作ったダガー。


手に持った普通のダガーからは精霊がぴょこぴょこと飛び出し、

心配そうにテーブルの上のダガーをつついている。


「さてと……」


ファクトは呟きながら、微妙な状況のダガーのほうを

ランタンの中へと入れる。


そのランタンは謎の黒い光に浸食されていたユーミを

治したわけではないが、影響から遠ざけることに成功した物だ。


ファクトが手にしても詳しい説明は出てこなかったが、

なんらかのシステムの要素を宿した遺物であるという確信をファクトは持っていた。


大きさがある程度変えられるほかは、いまいち性能がわからなかったものである。


ランプの火が油を燃やすわずかな音が

妙に大きく聞こえる部屋の中。


ファクトと、半透明の精霊らの視線の先で変化は起きた。


ランタンの中にあるダガーが波打ったかと思うと、

逆再生をするようにダガーが歪み、インゴットのような金属塊と

ふわふわと浮かぶ何かに分離したのだ。


浮かぶほうは精霊で間違いはなかった。


そっとファクトがランタンのふたを開けると、

精霊は驚いたような様子で、部屋へと飛び出していく。


そのまま、普通のダガーに宿っていた精霊と

踊るように部屋を飛び回る。


ファクトはちらりとそちらに視線をやった後、

ランタンの中に残ったままの金属塊を見る。


「怪しいジガン鉱石と一緒……か。下手に捨てるのも問題だな」


その光沢、気配は以前に馬車をモンスターが襲った原因になったと考えている

謎のジガン鉱石と同じものであった。


素早くランタンからそれを取り出し、アイテムボックスの中へと

ファクトは仕舞い込む。


中では今のところ干渉してくる様子もなく、

おそらくは時間が止まっているせいだろうとファクトは判断していた。


そのまま他の武器も同様に処理し、

解放された精霊とは別に謎は残り、どこかで

処分しないといけない危ない材料が増えてしまうのであった。


「ルミナスの部隊の物……? それにしては稚拙だ。

 黒の王の力が大陸にまで来ている……ということなんだろうな」


つぶやき、ファクトは一連の事件、

そして野盗らの背後にある物を推測していた。


黒の王は言ってしまえばシステム上、敵側のマスターである。


直接プレイヤーと相対するボスモンスターとしての存在のほか、

イベントで登場する各種NPCの行動原理は

結局のところ、黒の王として設定されたNPCが

他のNPCに影響を与えている……に過ぎない。


天使、クラウディーヴァの干渉、祝福といえるものが

プレイヤーにとって有利なものとなり、

例えばNPCにかかるバフとなるように

黒の王による干渉はプレイヤーが苦戦するように

敵側NPCを行動させる、あるいは強化するといったことにもなるのだ。


クラウディーヴァが干渉したNPCはユーザーにクエストを依頼したり、

道中で助言や手助けをしたりする。


逆に黒の王が干渉した相手は嫌な攻撃を立て続けにしてきたり、

予定外の場所で奇襲をしかけてきたり、といったこととなる。


ゲームとして偏りすぎない、ある種管理された世界運営。


それが両者の役割でもあった。


それが運営会社といったものから解放された新世界において、

眠っていたクラウディーヴァに対してその性質上、起き続けていた

黒の王による干渉がゲーム的なバランスを崩壊させることとなる。


隣り合う価値観は争いを産む。


そのままであれば無秩序に広がるであろう火種は、

別の意味で黒の王の力によってコントロールされていた。


不安をあおることはしても

直接争いあうようなことは逆に回避していた。


その真意はどこにあるのか、

黒の王による干渉を感じ取りながらも、

結局は一プレイヤーであり、クラウディーヴァ、黒の王の

どちらとも話したことのないファクトにはわからないままであった。



終わりまで書いてから仮タイトルが大きく変わるという現象に。


ちょっとメタすぎた感。


ランタンもどきの遺物効果は「デフォルト」


よくオプション設定にあるアレです。

中に入ったものが経過時間でもとに戻っていく物ですが、

証明できることはいつの日でしょうか。

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