174「空に舞う少女-7」
最後のしっぽなので山は無いです。
彼女にとって、その出会いと別れは
時間だけを見ればとてもあっさりとしたものだった。
そっと、ここが何かのお墓ではないか?とわかる程度に
盛られた土の山をなで続けるシルフィ。
鎮魂のために行われた送り火もほとんど消え、
わずかな煙と、香草による匂いが
あたりに漂うのみであった。
牙は冒険者らの助言を受け、細かく砕かれていた。
これにより素材としても何かの触媒としても使えない、
本当にただの証となったのだ。
「さあ、参りましょう。依頼の目的は遺跡の探索なのでしょう?」
立ち上がり、ファクトらへと振り返った顔は元気に見えた。
「とぅ!」
「きゃっ!?」
そんなシルフィの右腕に、とびかかるようにして
抱き付いたミリーだったが、シルフィがそれに何かを言う前に
さらに彼女の左腕に何かが捕まる。
「捕まえました!」
にこやかに、獲物を逃さないとでもいうような表情で
コーラルがそこにはいた。
さらに戸惑うシルフィの後ろから彼女を抱きしめる人間がいる。
「な、なんでしょう?」
「別に~。ほら、女の子は集まる生き物っていうじゃない?」
首だけを動かし、困惑のまま問いかけるシルフィへと
すました顔で抱きしめた犯人、キャニーが答えてさらに抱く手に力を込める。
さすがに3人に抱き付かれてはシルフィも多少は苦しい。
それでも段々と表情が変わっていく。
どこか我慢していた顔がくしゃりと、ゆがんでいく。
「クリュエルはあっちにいかなくていいのか?」
1人、輪から離れた場所で涙をぬぐうこともせずに
泣いたままで4人を見つめるクリュエルへと
ファクトは横に立って声をかける。
彼はドラゴンゾンビが崩壊した後、残った素材を集めていたのだった。
「ええ。私がそばにいてはあんな姿を見せまいとしてしまうでしょうから。
それに、感動で私も胸がいっぱいで……ご立派になられました……」
母親、というにはシルフィとは若干歳の近いクリュエルだが、
既にシルフィら姉妹の母親がいない状況では
侍女長としての表向きの役割のほかにも
年上の女性としてのフォローが期待されているのは間違いはなかった。
とはいえ、立場が立場ゆえにクリュエルから
馴れ馴れしい態度をとり続けるわけにもいかない。
どうしても主従の関係が強く出るのは致し方のないことでもあった。
そんな彼女にとって、人に見られたくないであろう感情を
主があらわにする光景というのは珍しくもあり、嬉しくもあった。
「そうか。懐剣じゃ体は守れても心はさすがにな。
頑張ってくれよって俺が言うことじゃないか」
「本当ならば、お三方ともお城にとどまっていてほしいのですが……。
シルヴィア様はともかく、シンシア様は最近ほとんどお城にいらっしゃらないのですよね。
王様のご様子から、お手紙は届くようですが……」
段々と苦笑が混じってくるクリュエルの告白は、
マイン王の嘆きが伝わってくるような錯覚をファクトに起こしたのだった。
そんな2人の元に、逃げ出していた馬車の馬を回収した冒険者が近づいてくる。
「よう。なんとか確保したぜ。運が良かったな……意外とそばにいたよ」
「確かに。ドラゴンゾンビの咆哮だからな、そのまま気絶や死んでしまっていても
不思議ではなかったよな。行けそうか?」
4頭の馬は今は落ち着いているのか、
ファクトや冒険者らに撫でられるたびに小さく声を出している。
「問題ない。報酬のためにもできればちゃんと遺跡は発見したいところだ。
さすがにドラゴンゾンビを含んだ相手と戦いました、とは
ギルドに正直に報告しても信じてくれないだろうし、
与太話にしてもでかすぎる」
リーダー格である男の後ろから、長剣を背中に背負った男が
そういって、ちらりとまだわいわいと騒いでいる4人を見つめる。
「……ファクト、だったな。やはりこの依頼、遺跡ではなく……」
そして何かを考えるように逡巡し、決意したように口を開いた。
依頼が遺跡調査は建前で、あの野盗を倒すことが目的なだけだったのではないか、
と疑うというより、確認のための質問であった。
「注意書きに書いてあったんだし、いいじゃないか。儲けは儲け。
ちゃんとああやって書いてあったのに、可能性が低いからって
考えなかったならそれは依頼を受ける側の考えなしってもんだ」
そんな男の肩を叩き、宥めたのは馬車の様子を確かめていた、
弓を武器にする男の冒険者。
第一、最初から目的をちゃんと伝えられていたら、
まともに受けるやついたか?と笑う。
「自信はあったが、必ず引っかかってくれるかはわからなくてな……。
結果、だますような形になってすまない。いまさらだが……」
「なあに、逆に野盗とよくわからないでかいやつを討伐する!なんて
依頼のほうが油断してひどいことになってたと思うぜ」
謝罪を口にするファクトの背中を豪快に叩いた短剣使いが
そういって、なあ皆?とばかりに仲間へと振り返る。
それぞれが納得したようにうなずく姿に、
ふとファクトは気が付いたことを口にしていた。
「そういえば、5人は組んで長いのか?
随分と息があっていたようだが……」
「ああ。俺たちは同じ村の出身なのさ。それこそ鼻垂れ小僧のころからな。
この辺は平和なもんだろ? だから刺激に飢えていてな。
採取から始まり、ひどい目にあいながら気が付いたらこうなってた」
あちこち古傷だらけで、それでいて鍛えられた体を自慢の財産だ、と
ぱんっと叩いて笑うリーダー格の男。
「なるほど……ああ、そうだ。お詫びといってはなんだがその剣、
追加報酬として譲ろう。あんなのを相手にしたかもしれない状況では
安いかもしれないが……」
笑い返したところで、ファクトが思い出したように真面目な顔になり
男が腰に下げたままのシルバーソードを指さして、
心苦しそうにつぶやく。
その言葉に冒険者らの表情が変わる。
ファクトにしてみれば、言葉通りお詫びのつもりの
なんでもないような発言だったのだが、
それは冒険者にとって棚からぼたもちというレベルを超えている。
「なんだ、冒険者に見えて実はどこかの坊ちゃんだったのか?」
「なんのことだ?」
不思議そうに問い返すファクトに、
自覚があまりないようだなと冒険者らは呆れるようにため息をついた。
「話は道すがらな。遺跡に行こうぜ」
まるで飲みに誘うように、豪快に笑いながら冒険者は
なおも首をかしげるファクトを押し出すようにして馬車へと乗せるのだった。
それなりに相場という物を現場を見て知っていたつもりのファクトだったが、
少し世間で出回っているものと違うということが
どれほどの価値の違いを産むかまではまだまだ考えが追いついていなかった。
今回のシルバーソードにしてもファクトにとっては
ちょっとした改良の加えられただけのシルバーソードで
特売の缶詰ではなく、ちょっとこだわった割高の缶詰、
といったぐらいの感覚だったのだ。
それが一缶で何万円もするような缶詰と同じような扱いを受けるなど、
考えにくいのも無理はない。
なんのことはない。
シルフィに言ったファクトの言葉は自分自身に返ってくるものであり、
まだ経済や職人たちの立場という点で考えれば、
手加減をする前に世間で作られている武具がどの程度の物で、
どういった作成方法を取られているのか、といったものを
もっと知らなければいけないのであった。
そうこうしているうちにキャニーらが合流し、
最初よりにぎやかな、どこか気楽な馬車の旅が始まる。
今回、ファクトたちが表向きに依頼の内容として提示した
遺跡は発見後、大したことはないとして放置されたものだった。
何年も前に人工物らしいそれは見つかったが、
入り口からしてすでに植物に覆われ、
半ばほど全体は土に埋もれていたという。
かろうじて隙間から中に灯りを入れ、
見えた範囲でもただ単に町の広間にある噴水のような
何かが見えるだけだった。
以前作られた町の残骸ではないか、ということで放置されたのだった。
だがファクトにとってはそれは違う意味を持つ。
休眠状態になっているゲーム時代にあったような、
プレイヤー補助のための施設群だったのではないかと考えていた。
それはすぐに証明されることになる。
「光ってるわね」
「ああ、あんな建物あったか?」
記録通りの場所にもうすぐたどり着く、
そんなころに冒険者にとって予想外の光景が見えてきた。
それは、森と草原が広がるだけのはずの場所にある、妙な建造物。
ほんのりと、蛍のような淡い光に包まれた建物。
屋根は崩れ、壁もあちこち痛んでいるのがこの距離でもわかるが、
冒険者としての経験が、あれは普通ではないと彼に伝えている。
「ゆっくりそのまま。たぶん、大丈夫だろう」
その中で1人、見覚えがあるファクトは落ち着いた様子で
前進を指示し、一行はゆっくりと近づいていく。
近づくたびに、ファクトの考えは確信に変わる。
光は薄青い色がぼんやりと広がっている。
「休憩所? んなわけないか」
目の前にくると、誰かが呟いた。
「いや、正解だ。古代の休憩所だよ。記録にもある。
入ってみよう。そのほうが速い」
ファクトは振り返りもせずにそれに答え、
スタスタと歩いていく。
慌てて、全員がファクトについていくと空気が変わる。
「なんでしょう……この懐剣の膜の中にいるような……」
「不思議な光の色が変わったような気がするのですが」
シルフィがつぶやき、そしてクリュエルが変化を感じ取る。
入る前は青かった光が、緑色になったのを
クリュエルの言葉を受け、皆が確認する。
「記録通りだな。ここは古代の休憩所だ。あそこにあるのは回復の泉。
なんでも銀貨を入れるとポーションのような水が出るとか出ないとか」
入ってすぐにある枯れた噴水のような枠、
そこから延びるポストのような柱にファクトが近づき、覗き込む。
(純銀貨を入れるか? いや、試してみるか)
ゲーム通りなら純銀貨を入れるところだが、ファクトは
物は試しとばかりに数枚、今流通しているタイプの銀貨を投入した。
ファクトの行動を皆が見つめる中、
小さな金属音が響く。
それは銀貨を投入した音であり、
何年振りかもわからない水音のトリガーでもあった。
「なんか出て来たな。見た目はきれいな様子だが……」
「ああ、この光の外にでるとただの水だ。理由は分からないが、
この光の中で飲むと体にいいらしいんだ」
恐る恐るといった様子の冒険者を尻目に、
あっさりとファクトはそういって、湧き出てきた水を手にすくって口に含んだ。
ファクトの喉を通るなぜか冷えている水。
染み渡るように広がる感覚を懐かしく思いながら、
ファクトは何度もうなずくようにしてそれを確かめた。
「ファクト、大丈夫なの?」
「毒はないはずだ。みんなも飲んでみるといい」
心配そうなキャニーに笑顔で答え、ファクトはほかの皆にも
飲んでみるように促す。
事前の情報では廃墟だったはずの場所。
そんな場所で飲めるという水。
普通に考えれば異常なのだが、
ファクトと過ごすことで不思議なことに慣れているキャニーたちは元より、
リスクを取らないとリターンが無い場合もあると
経験で知っている冒険者も続いて飲み始めた。
さすがにシルフィより先にクリュエルが飲んで、
確かめてからということはあったが大差はない。
全員が、爽快感にも似た感覚を味わう中、
ファクトはさらに泉の奥にある石碑に視線を送っていた。
近づき、刻まれている文字に目を通しはじめる。
「祈れ、自覚せよ。己の力量と次の壁を。なんだ?
……どこかで……」
「あれ、これ聖女様の杖じゃないかな」
石碑に刻まれた言葉、古代語なそれを
読みふけるファクトの横で、ミリーが指さした先にあるのは
レリーフ用に壁に刻まれた杖の姿。
年月によるものか、古ぼけた様子はあるが
しっかりと形を保っている。
「どう見ても古そうなのによ。これは大発見ってやつじゃないのか?」
どこに怪物がいるかわからないという様子で
警戒を続ける冒険者たちはどこか浮き足立っていた。
それもそのはずで、古代の遺跡には遺物があるというのが相場だからだ。
有用な遺物であれば、その価値も高い。
「冒険者さんが思っているような発見ではないかもしれないですね。
これは……持ち出せるような物ではないようですし……」
杖のほかに、いくつかの剣や槍のようなものが
彫り込まれた壁に近づき、そっと表面を触ってみたシルフィが呟く。
彼女に言われ、改めて冒険者が周囲を見渡すが
確かに持ち出せるようなものはなかった。
あるとしたら湧き出てきた水であるが、
それは外だとただの水ではないかとファクトは言っている。
「なんだ。じゃあそこまですごい物じゃないのか?」
拍子抜けといった様子の冒険者。
だが、ファクトはそんな冒険者に振り返り、にやりと笑う。
「そうでもないと思うぞ。ちょっとここに座って祈ってみてくれないか。
ほら、マテリアル教でやるような日々の祈りでいいからさ」
「何? いや、まあそれぐらいはいいが……」
意味のない、とは思いながらもファクトがいうからには
何かがあるのかもしれない、という相反した気持ちで
冒険者の一人が石碑の前で祈る。
変哲のない、日々の祈り。
「わ……これ、もしかして?」
途端、冒険者と周囲を包んだ気配にいち早くミリーが反応する。
それはいつか地下、教会のような場所で聖女像に彼女が祈った時の感覚。
「らしいな。ここもそうみたいだ」
説明を求める冒険者やシルフィに、
以前地下深くで遭遇した聖女像とその効果について説明するファクト。
徐々に全員にその意味が伝わっていく。
「なるほど。つまりここを拠点にして鍛錬する。あるいは
己の力を解放するために人がやってくるような施設たりうる、ということですね」
「ここは国境にも近いから砦にするにもいいかも……しれないな」
答えながら、ファクトはまだ各地に同じようなものがあるだろうと考えていた。
それぞれが拠点化したならば、
将来的にモンスターが今以上に、ゲーム時代のような
分布になったとしても対応できるようになるだろうとも。
「ところで、無事発見できたということは?」
「ああ、依頼は完了だ。戻ろう」
ファクトは依頼の完了を宣言し、
町へ戻って清算しようと全員に伝えた。
冒険者の歓声が建物にこだまし、一行は帰路につくのだった。
それにしても、とファクトは帰りの馬車で考える。
話によればあそこは土に埋もれ、まともに中にも
入れなかったはずであった。
再稼働したことは原因がなんとなくわかるが、
一体誰が掘り起こしたのか……と悩みは尽きない。
実のところ、その答えは誰もいなくなった泉の底から現れていた。
ぽこりと、澄んだ色の青色の何か。
それはスライムだった。
ただのスライムではない。
泉に備え付けの、浄化作用を持った特殊なスライムであった。
ゲームの時には公式に設定はなく、ファクトも見たことはない相手。
ゲーム時代のMDには実装されていない存在であり、
いくらアイテムを捨てたりしてもいつの間にかきれいになっているという状況を
どうにかして説明するために半ば都市伝説のように語られていた存在だ。
噂だけの仮の存在。
それがなぜかこの世界では本物として存在していた。
表面はぷるぷるしており、
当時はその感触が好みだという冒険者などは
日がな触っていたという逸話があるのだが、知る者はもういない。
ゲームそのままでもない。
今はそんな証拠にファクトが気が付くことはなく、今日も
静かに掃除を始めるスライムであった。