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172「空に舞う少女-5」

「あれ、まだ起きてたんだ?」


「ああ。明日作る予定の物を考えると少し、な。

 時間はいくらあっても足りない。見ていくか?」


月が夜の街並みを照らし、起きているのは酒場で騒いでいるような人々だけだろうという時刻。


自身は眠れず、ふと部屋を出たところでまだ明りのある部屋、

ファクトのいるはずの寝室へとクレイは顔を出す。


そこには1人、ファクトが魔法の明かりを光源に椅子に座り、

テーブルの上で鳥の卵よりやや大きい物体をいくつも手にしていた。


テーブルにクレイには価値がわからないものから、

依頼で見た覚えのあるものまでが転がっている。


光沢のある輝きはどれもなんらかの鉱石だということを

クレイに教えてくれている。


準備のための準備、

そんなファクトの言葉に、冒険者として感心しながら

テーブル近くの椅子にクレイは座る。


触っても?と視線だけを向け、頷き返されると

好奇心を抑えきれずにおもむろに、1つの石を手に取る。


新芽のような、透明感のある緑色の鉱石。


ほんのりと、手に持ったところから何かが流れていることから

スキルに目覚めたクレイにはわかった。


これが、世間でいう魔石だと。


属性といったことや、実際の良し悪しはわからないようだが、

それなりの金銭的な価値があるであろうことは感じ取れた。


「やっぱり高いの?」


「この辺のはほとんど買ったことがないからな。わからん。

 ただまあ、それはとある霊山で採れる珍しいやつだ。

 治癒能力を高める魔法やスキルにいいらしいからたぶん、高いんじゃないか?」


軽い口調で告げられた手に持った石の正体に、

慌ててそれをクレイは放り出してしまう。


ちょっと武器に使うと便利かもしれない、というような

魔石は見たことはあってもファクトの言うような効果を持つ物には

今まで出会ったことがなかったからだ。


幸いにも高さもなく、

転がった程度で済むが本人は気が気でない。


「そんなの、誰が使うのさ? 誰か治癒魔法を使えるの?」


驚いた様子で、クレイは慌てて石から距離をとる。


彼とて冒険者として、さまざまな依頼をこなしている。


ゆえに、目の前の鉱石達が想像以上の値段かもしれない、と感じ取ったのだ。


「そういうわけじゃない。そういう使い方の予定もあるけどな。

 クレイはアンデッドにポーションを投げつけたことって、無いか?」


手品のように、ファクトが手を揺らして

アイテムボックスから取り出すのはサボタンを原料にしたポーション。


魔法の明かりに照らされ、そのどろりとした粘性の液体が透明な容器の中で光る。


「俺自身は無いけど、聞いたことがある。なんだっけ、人型にぶつけたら

 溶けて来たって……ドラゴンでも効くの?」


「さあ、どこまで効くかは未知数だな。ただ切りつけるよりはきっとマシさ」


クレイが疑惑の視線を向けるのも無理はないだろう。


言ってしまえば普通の人間が変質してしまったゾンビと、

話に聞いているだけでも強力そうなドラゴンゾンビ。


同じだと考えるほうが無理があるだろう。


「そっか。楽しみにしてるよ」


それでもどこか自信のあるファクトの言葉に、

クレイはすっきりした様子で自分の部屋へと戻っていくのであった。





「……お邪魔しま~す」


「今度はミリーか。寝られないのか?」


こっそりと、なぜか実戦で使うような身のこなしで

部屋にすべり込んでくるミリーへと、

呆れたようにファクトは問いかける。


クレイが部屋を訪ねてからすでに1時間は経過している。


ファクトは少年が来た時と同じ場所で、

今度は幾本もの短剣を手にしていた。


そんなファクトの横に立つミリーは

すでに寝間着姿で、灯りに透けて見える素肌がなまめかしい物だった。


「ううん、ちょっとね。えへっ」


えいやっとばかりにファクトの隣に椅子を寄せて座り、

その腕をミリーは抱き寄せる。


「おっと。……大丈夫だ。みんな、そうそう死にやしないさ」


そんなミリーの仕草を、相手にするかもしれないドラゴンゾンビへの

緊張と感じたファクトがやさしくつぶやく。


だがミリーは首を横に振ると、さらに体を密着させる。


「そんなんじゃないよ。ファクトくんもいるし、お姉ちゃんもいる。

 みんないるから心配はしてないよ。……もう、そうじゃないでしょ。

 こういうときは決まってると思うんだけどな」


互いの体温を感じられる姿勢で、背丈の差のまま、

ファクトを見上げるミリーの目は潤んでいる。


「お姉ちゃんと話してね、今日は私なの」


ようやく、ファクトもミリーが部屋に来た意味を悟り、

納得したように抱き寄せて、止まる。


「どうしたの? そんな気分じゃない?」


「いや、シルフィが隠れてないかなと思って」


立ち上がり、部屋の外をきょろきょろと見渡して

誰もいないことを確認すると、扉を閉めてファクトはミリーの元へと戻ってくる。


魔法の明かりの明るさを調整し、テーブルに散らばっていた短剣を

仕舞い込むと2人は一緒にベッドに倒れこんだ。


果たしてシルフィ王女はいたのか、いなかったのか。


それは本人以外わからないが、妹に花を持たせた姉が

自室でもんもんとしていたこともやはり本人以外知らないことであった。








「おはようございます!」


「ああ、おはよう。今日も元気だな」


工房の朝はそんな挨拶から始まる。


ファクトが工房の留守を預けている職人、並行して冒険者もやっている少年が

着替えた姿で元気よくファクトへと朝の挨拶をしていた。


部屋の隅では、もう1人の職人である少女が作業の準備をしている。


2人とも普段は職人として働きながら、必要に応じて

外へと素材の採取にも出かけている。


素材がどんな場所に、どうやって存在しているかを

経験するのは非常に有効であるとファクトに教えられているからだ。


街で普通に買う鉄鉱石より、自身で採取した物のほうが

なんとなくでも気合が入るのはごく自然のことであった。


「えっと、今日はジガン鋼と……え、銀鉱も使うんですか?」


「それだけじゃなくて、ライン石も使うんだって」


作業台に並べられた素材を前に、一体何を作るつもりなのか、

と疑問を隠さずにファクトを見る2人。


そんな2人に、ファクトはにやりとだけ答え、

これが正解だといわんばかりに1本の短剣を置く。


どこか青白く光を反射する短剣。


造りそのものはどこにでもありそうなオーソドックスなものだ。


だが、ファクトの促成栽培ともいうべき集中的な教えを受けている2人には

それが力を帯びた魔石を使った物だと見るだけで感じ取れた。


「これ、もしかしてライン石の力を剣に乗せてる感じですか?」


「その通り。よくわかったな」


いきなり手に取るようなことはせず、至近距離で短剣を見つめた

少年の職人がつぶやき、ファクトが肯定する。


材料はあるからインゴットを作ってみるようにと

普通の工房であれば無茶振りもいいところの難題を、

2人は苦笑しながらも承諾の声をあげ、すでに意見交換を始めるのだった。






「私のは後でもいいんですよ?」


「とんでもない。どうせ止めてもついてくるんだろう?

 だったらお姫様が大変な目に合わないようにしないとな」


ちょこんと作業場の横に座りながら、

自身のための武具を先に作るというファクトへと

シルフィは意外そうな表情で語りかける。


対するファクトは疲れた様子で、予想できる未来に

心の中でため息をつき、火の入った炉を前に

いくつかの鉱石と透明な石を取り出す。


いずれも魔石に属するが、普段は武器には使われない種類の物。


もっとも、魔石と一般的な鉱石を混ぜて

新しい装備を作るということはあまりおこなわれておらず、

各地の著名な工房で秘術にも近い扱いを受けている。


冒険者が求めるような属性武具や、特殊な効果を持つ武具が

かなりの値段となっているのはそのせいである。


その相場がだんだんと崩れている元凶であるファクトは

真剣な表情で作業台の上の素材を見つめる。


「やっぱりここは懐剣だな。防御と、あらゆる補正の解除だ。

 アーマライト鉱石、そしてエスティナ」


抽出、生成された金属のような光沢を放つ鉱石と、

まるでハーブの詰め合わせのような緑色の模様を持つ透明な石。


ファクトの持つマテリアルドライブのゲーム知識として、

出来上がる武具に防御補正が大きくかかる代わりに

攻撃能力などが低下するアーマライト鉱石と

どちらかといえば万能薬のような薬剤に使われることの多い宝石、エスティナ。


どちらもまだ多くは出回っておらず、

産出地で細々と使われる程度の特殊な石。


まるで朝採れの新鮮野菜を用意しました、とでも言いそうな

気軽さで用意された材料にクリュエルの目が開かれる。


「よし、さっさといくからな」


ベースとなるただの鉄鉱石を炉で溶かし、

まずは普通の護身用となるような短剣の形を作り、

そして目的である特殊能力を加えていく。


言葉にするとひどく単純なことだが、

あふれる精霊を見極め、丁寧にハンマーを打ち込み、

より適切な能力へと昇華する。


その光景とハンマーが振り下ろされた1つ1つの音だけでも

お金が取れそうだとシルフィとクリュエルが考える中、

見る間に一振りの懐剣が出来上がる。


「ちょっと持ってみてくれ」


「……少し吸われる感じがします。魔力を使うのですか?」


冷やすことで粗熱を取り、手にしても問題ない程度に

冷えた懐剣を手にしたシルフィは何かが懐剣に集まっていくのを感じると

目を閉じてその感覚に集中した。


「ゆっくりとな。大きなケープに包まれるような感じだ」


ファクトはすでにシルフィが懐剣の使い道を

感じ取っていることを察し、多くは語らずに

使い方を説明する。


瞬間、ふわりと空気が動く感触と同時に、

シルフィを包み込む何かが展開される。


「魔力障壁……噂には聞いたことがあります。西の既に滅んだ王国の秘術だとか」


「血筋と、遺物でようやく実現可能だと聞きます。ファクト様、これは……」


目を開け、自分を包み込む薄いながらも力を感じる障壁に

驚きの声をシルフィは上げ、クリュエルは困惑に満ちた言葉を口にする。


「簡単なことだ。単に、失われていたのさ。昔はそんなに珍しい物じゃなかったものがな。

 魔法にしても、スキルにしても、そして、こういった武具に関しても」


今は目の前に使える手段があるということが大事だと2人を説得し、

ファクトは次の作業にかかる。


用意するのは夜にクレイに見せた鉱石だ。


こちらは投擲用のナイフに混ぜ込むような形で使用された。


よく見るとうっすらと刀身が緑に輝く、不思議なナイフ。


数にして20を超えるナイフが作られ、

小分けにしてベルトへとまとめられていく。


合間にシルフィとクリュエルの疑問に答えながら、

ファクトの準備は進んでいく。


「先生、これでどうでしょう」


かけられた声にファクトが振り返れば、

もうすぐ早いお昼だろうか、という時間を

費やした成果を前に、満足そうな少年と少女。


その手袋の上にはA4用紙ほどの大きさの金属板が乗っていた。


厚みは2㎝ほどで、どう見てもインゴットというよりは

ただの鉄板のようですらある。


表面の色が妙に青白いのが特徴だろうか。


「インゴットを作れといったはずだが?」


「色々試したんですが、普通のインゴットの形だと安定しなかったんです」


冷たく問いかけるファクトに、悔しそうな顔をしながらも

出来た成果に自信を持って少年が答える。


「合格だ。実はそれ、その形で正解なんだ。

 武具にする時以外はこの厚みじゃないと何故だか魔力が散ってしまうんだよな」


ひょいっと、2人の作った材料、

ゲーム内ネームをライオネル鋼という物を手にし、

出来を確かめるファクト。


ぽかんとした様子でそんなファクトを見ていた職人2人が、すぐに破顔する。


試行錯誤が正解になったのだ、よほどうれしいのだろう。


「ねえクリュエル。ひょっとしてあの2人、国で雇うなら必要報酬は高いのではないでしょうか」


「奇遇ですね。私もそう思っておりました」


出来上がった懐剣に慣れるべく、

空いたスペースでそれを振るっていたシルフィのつぶやきは

クリュエルの同意だけを仲間に、

新たに始まった作業の音に溶けていく。


そしてもうすぐ世間的にはお昼という頃、

今日はもう帰っていいぞというファクトの許しを得、

職人2人が昼からは冒険者としてちょっと外に出ようかと

相談をしながら工房を後にした。


10分もしないうちにそんな工房の扉があわただしく開く。


「ファクト! 依頼が決まったわ!」


「冒険者の募集もばっちり。5人ならすぐじゃないかな」


飛び込んできたのはキャニーとクレイ、

後に続くのはミリーとコーラルだ。


4人は野盗を迎え撃つための依頼をギルドに申請していたのだった。


もちろん堂々と討伐依頼、というわけではない。


どこに相手の目があるかわからないのだ。


表向きの理由が必要だった。


「このあたりに眠っているらしい古代の遺跡の発掘と調査、

 それに同行する冒険者募集。護衛経験あり優遇、

 一応噂の野盗に出会っても逃げない自信のある人歓迎、

 とはしたけど実際はどうでしょう……」


「大丈夫だって。なにせ遺跡発見なら山分けとはいえ銀貨500枚だよ?

 むしろいっぱい来るって」


自信なさげに呟くコーラルだが、ミリーは

自信満々といった様子であった。


現実世界に換算すれば約1500万円が成功報酬ともなれば

クレイらを合わせて10人ぐらいになったところで、

万一の場合を除けばボーナスとして破格である。


「ありがとう。じゃあ今度はこっちだ。新しい装備、

 というか対野盗、ドラゴンゾンビ用だな。募集する冒険者に渡す奴と、

 俺たちだけのやつがある」


大きくうなずいていたファクトが手にするのは、

すぐそうとわかるシルバーソード。


しかもジガン鋼を混ぜ込んだ耐久性能を上げた逸品である。


表向きは遺跡にいるかもしれない亡霊なんかを

相手にするための物、とすることで

これを全員に貸し出すと言い、次に取り出したのは

ベルトもこみの投擲ナイフ。


「これは説明が難しいから、必要な時は俺が合図をする。

 合図が出たらそれに従ってみんな投げてくれ」


最後にクレイらに手渡されたのは青白い刃を持つ剣。


ライオネル鋼を使ったショートソードだ。


「こいつは魔力を込めて斬ると、相手に雷属性の追加効果がかかる。

 生身に使えばすぐにしびれるし、ゾンビでも……おそらく効果がある」


ナイフとショートソードは結構貴重なので、

身内分だけな、とファクトは簡単すぎる説明を終え、

真面目な表情で全員の前に立つ。


「募集の冒険者が集まり次第、出発する」


ファクトの言葉に全員がうなずき、各々が受け取った装備を握りしめる。







その時、ファクトはため息をついていた。


「貴様、何のつもりだ」


「いや、何……あっさりとひっかかってくるから、裏があるんじゃないかって思ったところさ」


怒気を帯びた男の声に、ファクトは気だるそうに答えた。


それもそのはずで、町を出て2日。


町と町の間の、程よくどちらからも遠い場所。


そんなあからさまな場所を夕暮れに進むファクトらの馬車。


逆の意味でまさかこんな場所で襲ってはこないだろうと

ファクトが予想していた盗賊の類に都合の良すぎるタイミング。


予想をあっさりと裏切り、

夕暮れを夕闇に変える巨影が上空をよぎったかと思うと、

ファクトたちと冒険者の囲む馬車の前方には

いつの間にか10人ほどの人影があり、

言葉を口にしたのだ。


金目の物を置いていけ、と。


そのどこか、パターンすぎる言動に

ファクトが眉をひそめながら、夕暮れの戦いは幕を開けた。


アイテム名称っていつも悩みます。


あまり狙うと意味わからなくなるし、

難しいところです。

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