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171「空に舞う少女-4」

「……これ、銀貨何枚使ってるんだろう?」


「考えちゃいけません、クレイ」


夜も更けて来た中、部屋に少年少女の声が響く。


声の主はクレイとコーラル。


そしてその声以外に、部屋に響く音がある。


金属の触れ合う音。


ただそれは剣と剣がぶつかり合うようなものではなく、

破片同士がぶつかったような音。


「1枚1枚にすごい力を感じます。これが発掘品の純銀貨ですか」


「私は見なかったことにしておきます。じゃないと持ちませんよ、いろいろと」


つぶやかれるシルフィとクリュエルの視線の先で、

ファクトの手から純銀貨が次々と落下し、消えていく。


消えていく先にあるのは剣と杖。


時間にして5分もない間に行われるまるでスロットマシーンの

ジャックポットのような光景。


おおよそ3000枚ほどの銀貨が次々と剣と杖にぶつかり、消えていく。


その度にコーラルと、そしてシルフィにはわかることがある。


2つの武器に、何かが吸収されていっていることが。


ファクト以外からは儀式としか思えない光景は

光を伴っているため、具体的な銀貨の枚数は

誰にも分っていない状態ではあるが、多いということは伝わっているようだった。


ファクトが行っているのは専用化の処理であった。


ゲームであった頃のマテリアルドライブでは、

メニューから選んで決定してはい、終わり、という

スタンダートな流れで実行されるものではあるが、

少々この世界では違う。


対象のアイテムに向け、こうして銀貨がぶつかり、消えていくのだ。


一瞬では終わらないというだけで実はゲームの世界でも

同じような設定だったのかもしれないが、確かめる術は誰も持たない。


ファクトはいつの間にか覚えていた手順に従い、実行するのみである。


やがて銀貨の落下が収まり、そこにはほのかに光る2つの武器が残った。


周辺国家の予算が純銀貨にしてどれぐらいだということを

わかってこの人はやっているんだろうか?という何人かからの視線に

気が付かないまま、ファクトは満足そうに息を吐く。


「手に取って自分の物だ、と念じて終わりだ」


「……うん、何か、違うや」


「本当。中まで何か詰まっているような……不思議な感覚です」


2人が専用化処理のされた武器にそれぞれの感想を述べる間に

ファクトは板書のようなものにデフォルメされたさまざまな絵を描いていく。


「明日からの予定はこうしようと思う。まずは武具などの準備。

 有用そうなものを一通りだな。次に問題の相手と遭遇するための手配だ」


「最初はわかるけど、遭遇するって……ギルドでも絞り切れていないのではなかったの?」


キャニーの疑問はもっともなことで、彼女以外の面々も不思議そうに板書を見て、

ファクトを見て、首をかしげている。


対するファクトは苦い表情をしていた。


「そうなんだよな。どうもこのあたり、要は国境あたりにいるらしいのは

 襲撃の件数からわかるんだが、どうもな……」


実はファクトは何も手がないわけではなく、

いくつかの案そのものはあるのだが、

組みあがらないパズルのように決め手に欠けていた。


だがその解答は意外なところから与えられる。


「なあ、それはそれとして、ドラゴンゾンビってどうやって襲ってくるんだ?」


口を開いたのはクレイだった。


あまり難しいことはわからない、と正直に顔に書いてある少年は、

彼なりに気分転換をしようと思ったのだろうか、出会った時の

強敵への対処のためにと疑問を口にしたのだった。


「どうって、がおーって感じじゃないの?」


「でもさ、死んでるんだろ?」


ドラゴンの真似なのか、両手で襲い掛かるようにクレイへと答えるキャニーに、

クレイはさらに疑問を返す。


何をいまさら、と誰しもが思う中、

少女─シルフィだけはその発言の意図に気が付く。


「どうやってこちらを見ているのか、そういうことですか?」


「あっ!」


そんな彼女の言葉に、ファクトが思わずあげた声に全員が振り向き、

一瞬、視線に驚きながらもファクトは納得を顔に張り付けて大きくうなずき始める。


「そうか、そうだったな。クレイ、やるじゃないか、いい想像力だ」


「ファクトくん、説明」


妙なテンションでクレイの手を取りぶんぶんと振り回すファクトへと、

ミリーからの冷静な言葉が投げかけられる。


はっとなったファクトは振り返り、真面目な顔に戻って板書に

さらに絵を描いていく。


それは人型の骨、そして肉塊、最後にドラゴンの姿だ。


「ああ、今回の相手はドラゴンゾンビ、アンデッドだ。

 ではアンデッドとは何か? コーラルなら知っているよな?」


「はい。死んでしまったものが仮初によみがえった存在です。

 骨だけになってしまったもの、体がなく、スピリットとなったもの。

 そして、腐敗した体を持つもの」


教室で教師と生徒が会話するように、ファクトとコーラルの間に

独特の空気が生まれ、2人以外が口を閉ざす。


「俺もそう聞いている。じゃあ、アンデッドになった存在の体は

 どうやって動いてるんだろうか? それは魔力だ。

 こうして俺たちが今、力を入れて動かすように魔力が体を動かしている。

 だからこそ、筋肉のない骨だって動くわけだ」


魔力の糸で操り人形を動かしているようなものだ、

とファクトは板書にそれらしい絵を描いて説明していく。


「じゃあ次は誰が敵、あるいは獲物だと考えているのか?

 もしくは相手を見つけているか、でもいい。

 ゾンビはまだいいかもしれないが、スケルトンなんかもう目だって無いものな。

 ミリー、なんだと思う?」


「えっと、確かアンデッドって何か心残りがある存在がなりやすいって聞いたことがあるよ。

 だからその心残りがある人?」


考え込んだミリーが口にしたのは、世間に一般的に言われているアンデッドの存在。


それは一般的で、そして正解である。


「その通り。つまり、ゾンビもスケルトンも、スピリットが一緒にいるんだよ。

 言ってしまえば骨なり体という容器にスピリットが入っているわけだ。

 さて、スピリットはどうやって俺たちを見ている?」


「それは守り手の自分も聞いたことがあります。不浄の幽鬼達は

 人の生気を目当てにやってくるのだと。……待ってください、この場合生気とは……」


王女に仕える前に、教えられた知識を口に出すクリュエルが、

自分の言ったことと今、目の前で結論付けられようとしている内容に気が付き、

その事実に驚きの表情になる。


人の生気、それは言い換えればその人間が抱えている精霊の力とも言い換えられる。


精霊の力、それは魔法の行使に必要な魔力。


ゲームのように表現するなら、レベルの上がって魔力の増えた存在は

生気にあふれている、ということとなる。


「そう、アンデッドもといスピリットは生き物や何かしらの魔力で世界を見ているのさ。

 逆に、いくら力が強い戦士だろうが、魔力の素養が低ければ

 アンデッドとしちゃあまり魅力的じゃない。

 魔力の高い魔法使い、素養からいって早くから多感な子供や女性が多いのかな?

 それらが狙われやすいわけだ。女子供は夜に出歩くなっていうのは迷信でもなんでもなかったわけだ」


有名な強力な不死者も、若々しく力のあふれる男ではなく、

か弱い女性を狙うというのも性別差を超えた何かがあるわけだ。


そうファクトは冗談を交えながらも隅にどけてあった目撃情報の紙の束をつかみ取る。


ばらばらと付箋のついたいくつかの箇所をめくり、内容を確かめてはうなずく。


それは推測を確信に変える儀式。


「道理で偏っていたわけだ。今回の件も魔力の高い、マジックアイテムとしては

 金目の物は一番に狙われていた。すぐそばの街道で、

 貴金属で作られた豪華な装飾品を積んだ商隊が

 少ない護衛で練り歩いていたというのに、こっちは全く襲われてない」


紙の束をわざとらしくたたきながらいうファクトの言葉に、

面々の顔に徐々に理解が広がっていく。


だが、それは新たな疑問も生む。


「あれ? そうなるとその野盗って大儲けしたいんじゃないのか?

 だって、目立ちやすいマジックアイテムを主に狙ってるってことだろ?

 盗品を売るにしても装飾品を闇で捌いたほうが確実そうだけど」


冒険者としてあちこちを旅してきたクレイは、

それなりに裏の面も目にする機会があった。


それゆえに、いざという時の換金のリスクを知ることもできていたのだった。


強力で、大金になりやすいが、いわゆる足が付きやすいマジックアイテム。


弄って貴金属に戻してしまえば、マジックアイテムと比べれば

比較的値段は安いが売りぬきやすい装飾品たち。


明確な違いのある両者。


だからこその、疑問。


「専用に売りつける相手がいる?……ううん、むしろ奪うだけが目的かしら」


「あるいは、売れるだけ手元に残ってないのかもしれません」


自身のつぶやきとも取れる疑問に、含みを持たせて答えるコーラルを、

え?という表情でキャニーが見つめる。


ファクトはそんなコーラルと視線を交わし、うなずく。


コーラルは己の推測が彼と同じことに気が付き、代弁するように口を開く。


「力の強いアンデッドはあまり食事を必要としません。正確には、ただのゾンビと違って

 物の魔力で代用できるんです。自分の体を動かし、維持するための魔力を。

 普通のゾンビやスケルトンは何か……端的に言って生きている相手を食べたり、

 切り裂いて血肉から魔力を得ることで自分を維持します。

 スピリットも生身と接触して生気を吸います」


口にするだけでもやはり気持ちの悪いものは変わらないのか、

少し青い顔をしながらコーラルが淡々と説明をする。


「伝説の不死王は、己の住居を丸ごとマジックアイテムとしたそうです。

 周囲の魔力を吸収・蓄積する機能のマジックアイテムに。

 それゆえに彼の住処のある土地は徐々に精霊が吸われ、

 不毛な土地となり……結果、彼は住処を転々とするようになったといいます」


一気に伝説の域まで飛んだ話の内容に戸惑いながら、

全員の理解が追いついたとき、

ファクトは徐にアイテムボックスから彼にとっては適当な、

クエストで手に入るユニークだがそう強くない小手を取り出す。


唐突に現れ、それでいて強さを感じる金属製の小手に、

誰しもが視線を奪われる。


例外は出した本人、ファクトのみであった。


「昔、こういうやつをドラゴンゾンビの向いてない方向に投げて、

 気をそらしたことがある。あいつらにとってはごちそうなんだよ。

 だから、ほかの積み荷には目もくれずマジックアイテムだけが襲われる。

 なぜかそれが奪い終わったら、野盗を残して

 大きな影が立ち去った、って話もあるんだぜ?」


出たときと同じように、いつの間にか消える小手に瞬きしながら、

クレイたちはファクトの話に聞き入っている。


「作戦はこれで行こう。依頼そのものは別の形でだして、

 例のやつらが襲ってくるかもしれないから腕の立つ冒険者を希望、

 という形で手数を集めて……馬車にこっそり今みたいなのを

 いくつも忍ばせて誘い出し……本命を迎撃する」


名付けて誘蛾灯大作戦だ、とファクトが叫ぶが、

誘蛾灯ってなんですか?という極々当然の

コーラルの疑問により、お約束のようにファクトのテンションは急降下するのであった。


ファクトは元より、誰も気が付いていないことがある。


すでにクレイとコーラルの持つ武器が十分強力なマジックアイテムとなっていることに。


何より、ファクト自身がアマンダに呼ばれたように

精霊の門として、隠さなければ夜間照明のようにまばゆくアンデッドの目に映ることに。


もし、隠さない状態で野営でもしていれば、

これまでに件のドラゴンゾンビが襲ってきたかもしれないことに

彼らが気が付くのは事件が終わってからのことであった。

あと2話ぐらいの予定です。

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