170「空に舞う少女-3」
パソコン買換えました。
性能的にはジムⅡからジェガンになったぐらいです。
冒険者ギルドは戦いの場である。
程度の差はあれど、解決したい問題を持ち込む側と、
時に命をかけてそれに挑む側との生活をかけた戦い。
ギルドの前身が、荒くれ者をあしらえる酒場にあるというのも無理もない。
昨日、隣で飲み明かしていた相手が今日はいない。
先週、お宝を前に一緒に喜んでいた相方がいない。
そんな、残酷なまでの現実が住み着く、それも冒険者ギルドであった。
「ま、最近はそんなこともだいぶ減ってきたんですけどね」
「おいおい、そこは止めてくれよ。こんな女の子が冒険者をやろうなんてさ」
カウンター越しに、つまらなそうに返答する受付嬢へ、
ファクトはため息交じりに呟く。
それには理由がある。
ファクトの隣に立つ少女、シルフィであった。
「そうはいってもですね。決まりは特にありませんし、薬草の採取だとか、
街中の手伝いのためなら数えで6歳でも登録してる世の中ですよ?
本人の意思決定があり、保護者の人もいて、ついでに寄付金も。
これで断れるギルドがあるとでも?」
つらつらと、ファクトへと登録を断れない理由を説明する受付嬢。
彼女の言うように、実際に怪物を相手にしたり、
危険な遺跡に行くような依頼を受けるかどうかは別として、
街の一般人ですら、適正に買取をしてもらうために
形だけは冒険者登録をしておくというのはここ10年ほどのお約束になっている。
当然、子供1人でギルドに来て冒険者になりたい!などといっても
返されるのも確かであるが、保護者がいるなど条件があればその限りではない。
シルフィはその点、クリュエルが年齢的にも保護者となり、
ついでに任意であるギルドへの寄付すら行うという。
これでファクトの血縁だとか家族だというのなら
止めようがあるのだろうが、そうではない以上、確かに本人の自由であった。
「ぬう、フォローをしっかりやればいいか……」
カウンターから離れ、横の柱にもたれかかることでファクトはあきらめを示し、
別の場所で依頼を物色しているキャニーらの背中を見るのであった。
「では名前のほうを。シルキーとクリーンですわ」
「採取が14回ほど。討伐は確か2回ほどありますね。こっちは偶発的にですが」
すらすらと、偽名を口にし、これまでにやってきた依頼を自己申告する
シルフィとクリュエルの声を聞き、これが初めてではないことをファクトは理解する。
「はいっ。基本はお二人、ですね。登録完了ですよ」
やたら陽気な受付嬢の姿に脱力しつつも、ファクトは
登録の終わったそのカウンターにずずっと体をすべり込ませて受付嬢と向かい合う。
「えっと、なんでしょう」
こざっぱりと整えてるとはいえ、ファクトは一般人よりずいぶんと背が高い。
それなりに鍛えられている体の迫力は、受付嬢ならずとも緊張するだろう。
ファクトはそんな受付嬢の状況を敢えて無視し、情報を集めることにする。
「教えてほしい。最近の例の空飛ぶ野盗の件だ。具体的な被害の情報を知りたい」
「ああ、あれですか? 飛竜がどうとかいう。心配するほどじゃないですよ。
具体的に討伐依頼が出るほどには頻度も高くないですし、第一住処がわかってな……。
そういうことじゃあないわけですね。複写がいるなら銀貨1枚いただきます」
実際に冒険者から何回も問い合わせを受けているのだろう。
よどみなく答えていた受付嬢の返答が途中で途切れる。
ファクトの表情が普段接する冒険者のそれとは質の違う真剣さであることが見て取れたからだ。
「ちゃっかりしてるな。あっちで依頼書を見てる。早めに頼む。1枚はチップにな」
ちゃりんと、2枚の流通してるタイプの銀貨をカウンターに置き、
ファクトはシルフィとクリュエルを連れ立って依頼書のボードの前へと歩き出した。
「あ、ファクト。そう変なのは無いわね。護衛に採取、討伐かな」
「ゴブリンやコボルトが多いですね。見てください、オークのまでありますよ」
指折り依頼を数える少女、もといキャニーの横で、
コーラルは依頼書の束の隅に貼られた依頼書を指さして顔をしかめる。
「オークか……春になると厄介だな」
ファクトの経験しているゲームやアニメ、ノベルなどにありがちだが、
オークというのは醜悪な種族である。
冬眠のように冬は引きこもり、暖かくなると世の中に出てきては
他種族を襲い、秋まで暴れるという厄介な種族だ。
人間どころか他の亜人種とも関係はよくないため、
大体は亜人間で戦闘となっており、人間にまで被害が出るのは
意外と多くはないのが特徴だ。
もちろん、運悪く遭遇してしまえば男は殺され、
女は言うまでもない扱いを受ける。
秋の巣ごもりの際に巣を見つけておき、
冬の間に奇襲をかけるのが地方のある種、風物詩でもある。
それでも全滅しないあたり、オークの厄介さが見て取れるというものだろう。
「あ、話は終わったのか? それにしてもお父さんが良く許したな。
二人旅でしかも冒険者なんて」
「そうだねー、意外だよ」
ギルドの依頼書は数が多い。
全てこの街の、というわけではなく
近隣の依頼も一緒に張り出されているために場合によっては期限切れ、
解決済みといった場合もあるので手分けするのが一般的であった。
クレイとミリー、二人が戻ってきたのは反対側の依頼を確認していたせいであった。
クレイはシルフィの冒険者登録をかなり驚いた様子で口に出すが、
彼女の正体を知っているミリーは、話の感じは合わせるものの、
内心では親馬鹿に見える王様が良く許したものだと別の意味で感心している。
「ええ。理解ある親ですの」
「お嬢様は私が守りますから」
シルフィにかぶせ気味に言うクリュエルだが、その言葉は誇張ではない。
これまでに遭遇した怪物のほとんどは彼女が一撃の元に倒しているのだから、
インペリアルガードの性能、恐るべし、である。
「さて、俺たちは適当に依頼を確認しながらだけど例の空飛ぶ奴を
ちょっと探ってみようかなと思う。2人はどうする?」
「実のところ、特に予定はないんだよね。なあ、コーラル」
「はい。でも……よかったらクレイの剣と私の杖も見てもらえませんか?」
情報を集めてもらっていることを伝え、今後の予定を確認するファクトへと、
肩をすくめるクレイに呆れた顔をしながらコーラルが用件を切り出す。
クレイは依頼のいざという時を除けば普段はのんびりとしたもので、
コーラルはずいぶんと苦労している様子であった。
「そうだな。調整もしたほうがいいだろう。準備もいるだろうからな」
そんな彼女の苦労を読み取り、普通ならお金のかかることを快諾するファクト。
なんだかんだと物を触り、いじるのは彼も好きなのだ。
「お待たせしました。これで全部です」
と、その時どさっと、ファクトたちの座っていたテーブルへと
受付嬢が置いたのは20㎝ほどの厚みの束。
紙質が地球のそれとは違うことを除いても、結構な量である。
「こんなに襲われてるのに頻度が高くないのか?」
「いえ、もう何年も前の話もあって、結構あいまいなのも多いんですよ。
でもギルドとしてはできるだけ情報はとっておきたいじゃないですか?
だから聞き取りとかがかさばるんですよね」
思わずのファクトの疑問に、こちらも不機嫌そうに答える受付嬢が
適当に紙をめくって見せる。
確かに、そこには誰それがどこでどんな、と
同じような話が書き連ねられている。
よく見れば同じ人物が同じ話をしているのに、
聞き出す人間が違うせいで細部が違う。
「なるほど。面倒だな」
「本当ですよ。今は魔法で写本魔法なんてのが地味にあるからいいですけど。
それでも一度は読んで頭にいれないといけないんですから大変なんです。
これはあとで写せばいいと思ってすでに写したものを持ってきたから早かったですけど、
実際には丸一日かかるんですよ」
「写本魔法ってどんなものなんですか?」
と、初耳の魔法に、コーラルの目が輝く。
戦闘には役に立たないだろうが、新しい魔法というのは新しい発想につながる。
彼女は貪欲であった。
しゃべりながら紙をなぞると、そこに文字が記される魔法だと受付嬢はいう。
慣れていないと手紙1枚写すのにもへとへとよ、という言葉で
彼女らの苦労は分かるというものだ。
「にしても、結構あいまいだな」
パラパラと紙をめくり、ファクトが思わずつぶやく。
そこには確かに遭遇の記録が記されていたが、
夕暮れに巨大な影に襲われた、だの
盗賊の背後に山のような相手がいた、だの
おおよそ事前に聞いた飛竜に乗る盗賊とはほど遠いものだった。
「そうですねえ。大体共通してるのは大きい影、ですね。
昼間にほとんど出会わないみたいですよ」
中には飛竜ではなく、オオワシだったという話もあり、
なんじゃそりゃと面々がうめく結果となる。
「持ち帰って調べるとしよう。またな」
「はいはいー。調べ物があればいつでも言ってくださいね。
やさしい男の人は大好きですから」
さらりと言ってファクトから離れていく受付嬢。
彼女の言葉には自分たちの経済状況に、とつくのだが
省略された発言はあらぬ誤解を生む。
「あら、随分熱心に止めてくれると思ったら、
懇意にしている方だったのですね」
「ファクト様は予想外に手が早いようで」
「ち、違うぞ? あれは違うぞ?」
ノリの具合は姉にそっくりなシルフィのからかいに
クリュエルも乗っかり、ファクトは慌ててしまう。
「そのあたりはこの話が終わってからにしましょ」
「うんうん。証拠をもっと揃えてからだよ」
がしっと、ファクトの両腕を持ちながらずるずるとキャニーとミリーは
ギルドの外へと歩き出す。
そんな姿を見、クレイも気を付けようとつぶやく。
「本当にですよ。この前だって助けた女の子に抱き付かれてでれでれしちゃって」
「え? あれはあの子がそれだけ嬉しかったってことだろう?
もう少しでお母さんが死んじゃうところだったんだからさ!?」
病気の母親のために1人、山に入ったという女の子を助け、
ついでに薬草をゲットして帰ってくるという
お約束の依頼をこなした時のことを話題にされ、妙に慌てるクレイ。
やはり、こういう話の時には有利不利は決まっているようであった。
──工房にて
「結論から言おう。例の野盗たちは多くても10人、下手をしたら5人ぐらいだ。
そして、推測ではあるが飛竜はいるにはいるが、もう生きていない」
その夜、職人たちが帰った後の住居スペースにて、
クレイとコーラルを交えた中でファクトはそう言い放った。
「え? もう退治されているってこと?」
余りといえば余りの内容に、クレイが呆けたようにつぶやく。
ファクトはそんなクレイに首を振り、
ギルドで写してもらった書面を手でたたく。
「まず、被害状況がおかしい。金目の物は大体奪われているが、
食料がほとんどとられていない。それこそ数人が暮らすような量だ。
目撃されている人数、そして飛竜が本当ならありえない」
記されていたのは、奪われた物品や被害の状況たちであった。
通常の野盗は根こそぎである。
金目の物は当然として、食料や日用品なども
当然ほとんどが奪われる。
命も奪われるのが日常なのだから、命が仮に助かったのならば
それだけで十分といえるような関係なのだ。
「これは必要がなく、さらには持っていけるだけの手数もないということだ。
最初は飛竜にその場で餌にさせているかと思ったが、
そんな目撃情報もなく、奪われてもいないとなればその線も消える」
普段、工房でアイデアを書き出すために使っている板書に、
適当に絵をかきながら×をファクトは打っていく。
最初に消されたのは大人数の盗賊、という風の絵。
次に何かを食べているような竜の絵。
「そうなると可能性としては、そんな必要がないような後ろ盾のある集団、
ということになってくるがそれも考えにくい。
もしそうなら、もっと西方諸国寄りで襲えばいい。商売の具合や、
金目の物がある具合はあっちのほうが上だからな」
大雑把な地図で西方へと×をさらにファクトが打つ。
その間、誰もが話に聞き入っていた。
「人数はまあ、なんとでもなるが問題は飛竜だ。
目撃情報から昼間、空を飛んでいる姿を見たという情報は皆無だ。
それに、大量に肉を買う集団、なんていうのもない。
明るいうちに襲われない、正体がはっきりしない、そして実は食料がそんなにいらない。
俺としては飛竜の正体はこれしかないと思っている」
「この世にあらざる者……ということですか」
ファクトの発言の前に告げられた答え。
全員の視線が1人に集中する。
声の主はシルフィ。
表情は口にした内容に従い、硬いものだった。
「その通りだ。従わせた生きている飛竜、ではなく
なんらかの条件付けで従えたドラゴンゾンビ、これが正体だと考えている」
沈黙が、部屋に降りる。
それは正体の衝撃ゆえにか、ファクトがいかにそれに対抗するか気にしているからか。
夜はまだ長くなりそうであった。
意識して地の文を変えると大変ですね。。。