165-外伝「一刀両断-1」
色々考えていたら時間だけかかりました。
前と比べれば半分以下とすごく短いですが、きりがよかったので。
次はもう少し長くします。
オブリーン領内の鉱山街、スピキュール。
そこからさらに馬で進んだとして数日はかかる山間。
あまり標高は高くないが、今の季節は雪に覆われた山々。
小さな湖を抱える、観光地になりそうな自然あふれる土地。
その湖のそばに、小さな町があった。
「いつでも来い」
「行きますっ!」
何も無ければのどかであろうその町に、
平穏を切り裂くように金属のぶつかる音が響く。
音の主は2人。
片方は少年だ。
まっすぐな瞳が、剣の相手をまっすぐ見詰めている。
その攻撃を受ける側は、人間ではなかった。
人型ではある。
剣を受けるとき、避けるときに出る息は鋭く、
反撃として繰り出す一撃は、
人間であるアルスのそれと違い、のど元や
急所を狙うような物だった。
それは即ち、狩りの動き。
伸びきった自分の腕を掻い潜る様に迫る一撃に、
少年はまともに受けることができずに、尻餅をつくことでなんとか回避する。
それは相手が寸止めをするとわかっていても、
回避せざるをえない一撃であった。
「よし、少し休んだらもう一度だ」
「はいっ! やっぱりフォルセさんは強いなあ……」
服についた土を落としながら、あっさりと気配を
通常のものに戻した相手に、少年は尻餅をついたままつぶやく。
「アルスも相当なものだ。まだ教えて三日だというのにな。
私がここまで来るのに何年かかったことか。自信がなくなるよ」
剣の腹で自らの肩をぽんぽんと叩くフォルセと呼ばれた男は、
そう苦笑しながら人間には無い位置の耳をリズム良く動かしていた。
「報酬もあまり出せないのにこんなに熱心に教えていただいて、
いくら感謝してもしきれません」
まだ座り込んだまま、息を整えているアルスに
水桶に浸していた布を手渡しながら言うのは少女。
短くない旅路で多少くすみはあるものの、
元の魅力は若干落ちたか、程度ですんでいる長髪は金。
メイプル色とでも呼ぶべきであろう髪が風に流れる。
「何、ワーウルフが相手だと最初から萎縮する相手が多い中、
正面から挑んでくる彼は貴重だよ、シンシア嬢」
見るものが見ればそれは笑顔というより、
獲物を前にした鋭い表情となるだろう。
フォルセは元から鋭い表情をそう変化させ、
自分に何度も挑んでくる少年、アルスを見ながら体を布で拭く。
その体表は毛で覆われている。
──ワーウルフ
二足歩行する獣人である。
コボルトやゴブリンと違い、人間と対等な知能を持ち、
独自の文化と生活を営む種族でもある。
生まれながらの恵まれた体躯と、
半獣である本能とが高い戦闘力を生む。
大地を走り、木々の間を飛び、
あらゆる角度から襲い掛かる恐怖の襲撃者。
それが敵として見た場合のワーウルフであった。
「フォルセさん、ボク……習得できますかね?」
「もちろんだ。君が話したようにレッドドラゴンをその攻撃で退けたというのなら、
もう習得しているといっても過言ではない。後はきっかけだな」
なおも数度の手合わせを終え、きりの良いところで2人は鍛錬を終了する。
その帰り道、アルスは傍らのフォルセへと問いかけ、フォルセはなんでもないように即答する。
その声には揺らぎは無い。
確信を持っているといえる強さだった。
「そっか。じゃあがんばります」
アルスはぐっと自らの手を握り、胸に熱い気持ちを盛り上がらせながら前を見るのだった。
アルスとフォルセの出会いはある意味、衝撃の中であった。
予知夢を見たというシンシアに連れられ、
書置きだけを残して王城を抜け出した2人。
それは単純に報告してから行けば誰かしらがついてくるだろうという
予想の元であった。
もちろんそれは正解で、いつの間にかいなくなった2人を追って、
エイリルを筆頭に探索の手が広げられた。
だが、それもマイン王の命令によりエイリルとその部下のみとなる。
誰もが読むだろう書置きのほか、
父親であるマイン王と、シンシアの姉妹にだけあてられた詳細な書置き。
そこにはスピキュールの先のほうに向かうことと、
帰ってくる姿も夢に見れたということが記されていた。
ゆえに、王は娘を信じた。
これまでにも外したことの無い娘の予言めいた言葉。
それでも念のためにとエイリルが北に向かうことは許すあたりは親心である。
アルスはそうしてスピキュールへと到着する。
いくつかの買い物と集めた噂話、
そして手に入れた有力な情報を元に、彼らは小さな商人の馬車に乗る。
駆け出しの剣士と魔法使いな冒険者コンビの護衛の仕事として。
銀色の狼とのアルスの戦い、
そして全てを切るアルスの一閃。
堂々と国に戻る自分たちの姿。
それらの予知を確認するためにだ。
スピキュールの街では面白い話を聞けたと2人は思っている。
いわく、山間には人狼の里があり、人間の冒険者のかわりに
彼らによって周囲の怪物は狩られているのだと。
商人たちにあたりをつけた結果、
見事に実は人狼と取引があるという商人を2人は見つけることができた。
旨みがあるわけでもなく、取り合いになるような取引相手ではないとのことだった。
そうしてうまく見つけた商人の馬車に揺られること数日。
山間の中を通る、踏み固められた道。
獣道以上、街の街道未満、といったところだろうか。
少なくとも下草が生い茂ることができないほどには往来があるらしい道を
アルスとシンシアの乗る馬車が進む。
「アルス」
「うん。何か、前のほうが騒がしい気がするよね。行って来る」
アルスはそういって、シンシアに答えながら
商人に向けて前に偵察に出ると馬車を飛び出した。
歳若く、少年であるアルスの申し出に商人は驚いたものの、
危険は少ないほうが良いと快く送り出す。
果たして、アルスが走り出して数分もしたころ、
彼の視界に入ったのは横倒しになった馬車と、
そばで固まる人間数人、そしてその周囲に立ち武器を抜き放つ人間と、
妙に毛深いように見える人影。
さらにはそれを囲む10数頭のグレイウルフだった。
「助太刀します!」
叫びながらアルスは得物を抜き放つ。
火山での戦い以来、使うようにしている長めの長剣。
片手で扱うにはやや長く、両手で扱うには少し短い。
片手、両手、どちらでも扱えるように設計された物だ。
気を抜けば重量に刃が流れそうになるそれを
訓練の賜物か、力とその向きを調整することで器用にアルスは振り回す。
「ブレイドパニッシャー!」
王城に残っていた手記を参考に、
再現することに成功したスキルを打ち放つアルス。
横ではなく縦、出来るだけ奥の馬車やその護衛についているであろう相手を
巻き込まないよう、外周にいるグレイウルフを狙った一撃。
狙いたがわず、馬車のほうだけを見ていた数頭を不可視の刃が貫く。
「助かる。増援はない、すばやく行くぞ」
崩れた陣形を切り開くように、
アルスが馬車のそばに駆け寄ると、一人の男が声をかけてくる。
アルスはそれに答えようとして、驚く。
声の主は人間ではなかったからだ。
毛むくじゃらの体、狼の頭を小さくしたような頭部。
だがその瞳には知性の輝きがある。
「おい坊主。フォルセさんに驚くのは後だ。やるぞ!」
「はいっ!」
もう1人の男は冒険者であった。
馬車の護衛として雇われ、スピキュールに向かうところだったのだ。
残るグレイウルフは一人頭三頭と少し。
狼の獣人を狼が襲う。
文字にするとちょっと不思議な光景が、
アルスとフォルセの出会いであった。