01「近い様で遠い世界」
目覚めは唐突だった。
「なんで朝?」
果ての無いような青い空、まばらな白い雲。
体を撫でる爽やかな風。
俺は森を突き抜けるように伸びる道、その脇の草原で目覚めた。
太陽の位置からしてゲーム内部での時間はまだ朝。
「現在時刻はっと……なんじゃこりゃ?」
ステータスウィンドウを開くも、現在日時やプレイ時間、
ゲーム内の年月日の表示等、1部が文字化けを起こしている。
まだメンテ中なのだろうか?
首を傾げながら、俺は1つのスキルを実行する。
鉱脈探知
名前のまま、周辺の金属分布なんかを調べるスキル、というより魔法に近い。
鍛冶職人の経験とカンが周囲の金属を嗅ぎ分ける!と説明にはあったが、犬か、プレイヤーは。
結果は低Lvフィールドにありがちな、鉄をメインとした反応群。
剣士スキルにせよ、魔法にせよ、初期の物が問題なく使える反応だ。
鉱脈と名前は付く物の、正確にはそういう性質を持った
精霊のようなものがいるとかどうとか考察サイトがあった気がするが、良く覚えていない。
確かにインゴット状の素材を手に入れるには如何にも、な場所に行かないといけないので、正しいのかもしれないが。
ともあれ、スキルが実行できた以上はメンテ中の不安定な状態ではないらしい。
となると、一部分だけ緊急メンテが入ることでその区画にいたプレイヤーが周辺に弾き飛ばされたといったところか。
「えーっと、戦闘用ショートカット群は4、か」
どちらにせよここは戦闘の可能性があるフィールド。
街中で便利な製作用ショートカットらではなく、数は少ないが戦闘に適したスキルや魔法を設定したショートカット群をメインに設定する。
時に街中にまで暇を持て余したプレイヤーがMPK同然にモンスターを引き連れることもあるわけで、油断する訳には行かない。
と、ここでメニュー全体に違和感を覚え、手を止める。
「何か足りないような?……あれ、マップがない。っていうかコンフィグも無い!」
慌ててアイテムボックスを開く。
「アイテムは……ある。むしろなんだこの数」
アイテム欄は大量としか言いようの無い武具でほとんど埋まっていた。
「あっ! そうか、納品前か」
丁度大口の注文が納品直前だったことを思い出す。
良く見ていけば同一の意匠を掘り込まれた剣、盾なんかが満載だ。
「後はっと、うげっ。ログアウトもスリープも無いじゃないか」
スリープは放置用とでも言うべき状態のことだ。
一昔前ならAFKとでも言ってモニターの前から離れたり、
外出したりといった具合の状態である。
半透明な幽霊のような状態でゲーム内に存在し、メッセージやアイテムの受け渡しなんかが可能な状態で、自動販売機のように露店の1部機能も持つ。
すぐに復帰できるし、そんな長時間離れることも基本的に俺には無いので、実際のプレイ中以外はほとんどはスリープだった。
システムメニューの1部がバグっているとなれば、
一度ログアウトしたほうがいいのだが、その術もない。
「参ったなこりゃ、っと待てよ?」
(そもそも今日はいつオンラインになった?)
所謂ネトゲ廃人に近いと自分でも思うスタイルは基本的にログアウトはしない。
食事も前述のスリープにすることですぐにゲームに復帰していた。
それでも曜日の感覚は大事だと思っているので(主にメンテ日のためだが)、食事をしながらのニュースチェックは欠かさない。
確か金曜の夜、一番ゲームの賑わうタイミングの1つに納品をするべく、オンラインにしたはずだ。
だが今は朝。
(飲み会でもして記憶が無い? それにしてもなんでここにいるんだ)
ゲーム内でも飲酒は出来る。といっても酔った様に感じる、だけではあるが。
衣服に乱れた感じはないし、体調も悪いわけではない。
リアルそのままの190近い長身、それなりに鍛えられた体。
そのまま旅に出れそうな冒険者風の衣装にアイテムボックスである布袋。
特に異常はない。
そもそも納品したはずの武具が残っている以上、約束は果たせていないということだ。
「うわっちゃー、久しぶりの違約金か? こりゃ」
自主的なことだが、依頼を期限までにこなせなかった場合、違約金として相手にある程度の金額を払うことを依頼時に俺は決めている。
自分への戒めでもあるし、相手への気遣いでもある。
これまでに違約金を払ったことは片手でも十分な程だが。
「とりあえず街に行くか」
こうしていても仕方が無いので、アイテムボックスから木製の杖を1本取り出し、適当に地面に立てる。
当然倒れる杖。
「よし、こっちだな」
どちらに行っても大差は無いだろうと、杖の倒れた方向へと歩き出す。
既に自分が異世界にいることにその時は気が付いていなかった。
俺がここがおかしい、と気が付くのはそれから10分ほどした頃、
順調に足を進めた先での事件が終わってからのことだった。
「土煙? 馬車……か?」
道の先から何やら声と音が響く、と立ち止まると何かが近づいてくる。
二頭引の馬車、なにやら荷物が満載だ。
そして必死に馬車を操る人物。
何かに追われている様子だ。
「プレイヤーならあんな馬車に荷物を積まないだろうし、突発クエストか? にしては何もアナウンスが無いな」
プレイヤーは当然アイテムボックスを使えるので、装備品以外は収納するのが当たり前だ。余程の暇人じゃない限り、馬車に乗せて運ぶなんてするはずが無い。
街中やフィールドで発生するクエストのNPCが操作しているなら有り得るが、だとしたらクエスト範囲内で響くアナウンスがまったく無い。
「ま、いいか。とりあえず助けよう、多分モンスターだし」
ちらちらと馬車の後ろを気にしているあたり、何かが後ろにいるのだ。
よしっ!と気合を入れた俺は、普段なら逃走用に使う高速移動用の魔法、
良い素材ほど強敵のいる場所であることが多いからかなり多用しているソレを自分にかける。
続けて脳内でイメージを練り、馴染みのスキルを実行する。
武器生成-近距離C-《クリエイト・ウェポン》
虚空に右手を伸ばし、スキル実行。
少しの光と共に手の中へとオーソドックスなロングソードが産まれる。
その質感に満足しようとすると、驚愕の数値が目に入る。
「カウント600!? 10分かよ!」
叫んだ後、状況を思い出し、かなり近くまで迫ってきていた馬車に向けて走り出す。
俺に気が付いた人物の顔がこれまでとは違う意味で驚きに変わるのを見、すれ違いざまに叫ぶ。
「逃げろ!」
聞こえたかはわからないが、いきなり止まるなんてことはなかったので聞こえたのだろう。
馬車の後ろ、もう後30秒ほどもすれば接触しそうな距離に小柄な複数の影。
幼稚園児ほどの背丈で無骨なナイフを構えたその姿は異形だ。
(ゴブリンか、よかった)
初級モンスターのこいつらならいくらこの装備や俺でも余裕だ。
「せいっ!!」
走る勢いそのまま、目の前に迫ったゴブリンの1匹へと刃を振るう。
耳障りな悲鳴を上げ、その1匹は右肩辺りからすっぱりと切り取られて転がる。
本当は真ん中から真っ二つ!と行きたがったが、仕方が無い。
残りは後2匹。
武器が持つかな?と考えながら、ゴブリンと向き合うと、いきなり2匹は逃げ出した。
「ちょっ!? クエスト仕様じゃないのかよ!」
このゴブリン、普通に遭遇すると今のようにすぐに逃げ出すのだ。
おかげで危険は少ないとも言えるが、少しでも早くLvを上げたい序盤では別の意味で初心者泣かせだ。
なにせ、最初は集団でダメージを与えてくるくせに1匹倒すとすぐ逃げ出し、旨みは1匹分、と散々だからだ。他の初級モンスターより美味しいのが救いといえば救いである。
例外は俺が叫んだように、クエスト中での襲撃役の時だ。
この時ばかりは全滅するまで襲い掛かってくるため、全部倒すことが出来る。
ゲーム序盤でLvをすぐに上げるにはゴブリンをある程度倒せるクエストを探すか、突発遭遇する幸運が必要となっていた。
「ま、楽だからいいけど」
負け惜しみとも取れる台詞を放ち、再襲撃を警戒する。
俺ぐらいのLvになるまでも無く、すぐに旨みを感じなくなる相手ではあるものの、何かもったいない。
と、右手の重みが減っていく。
「うーむ、いかんな、こりゃ」
視線を向ければゴブリンを斬った筈のロングソードが消えかけていた。
段々と光の粒子となって地面に落ちていく。
俺が使ったスキルは武器作成、それも剣を含んだ近接用の武器作成のスキルだ。
リニューアル前はアイテムボックスに素材があり、スキルが実行出来さえすれば
一定の確率で該当の武具が作成できた。
当然、その武具は消えたりすることは無かったのだが、
別の作り方をした場合、消えることがある。
それは、アイテムとしての素材を使わずにフィールドの素材を使う方法だ。
水の力が強い場所で使えば水属性的に、火山なんかで使えば火を噴く斧が、といった具合に場所にあった武具が作成できる。
弱点は装備としての存在時間だ。
早ければ今のようにカウント600、つまり10分、そして長くても数時間だ。
何より強敵の鱗だったり、硬い物を切ろうとしたり、叩きつけたりするとそのカウントもさらに減る。
フィールドの素材の量と言うか、力のようなものが強いほど長く存在するし、性能もいいのだがこの辺りでは最低値になるようだ。
普通、低Lvフィールドでは当然低Lvプレイヤーが戦うため、事故の少ないようにある程度時間は持つ武具が作れたはずだが、この場所はそうではないのだろうか?
そしていつぞやのアップデート後、しっかりとした武具を作るには面倒な手順が必要となったわけだが、フィールドからの作成には何故か影響は無かった。
ただ、余り意味はない。
すぐ消える上に、出来るかわからない武具にゲームとはいえ命を預けられるプレイヤーがどれほどいるだろうか?
鍛冶職人を目指す中で比較的初期に習得できるものの、その使い勝手からすぐに別のスキルに枠を奪われる、そんなスキル。
だが俺は少しでも素材の節約をしたり、武具の性能や性質を確かめるために多用していた。
なにせアイテムとして素材を持っていなくても武具が作れるのである。その性能なんかをとりあえず確かめるには便利だった。
Lvも上がり、スキルとしての熟練具合も問題ない自分であれば、
大抵の武具はその場でとりあえず作れる。
他にも大きなデメリットはあるのだが、今は問題無いだろう。
「お? 馬車が戻ってくるな」
ゴブリンは戻ってこないようなので、倒した1匹がお金を持っていないかを確認していると、こちらに近づく馬車の音がした。
近くまで来ると馬車を操作していた人物をしっかり見ることが出来る。
背丈はそう高くないが、引き締まった感じの……壮年の男性だ。
「助かったぜ。怪我は無いか?」
「そっちこそ、どうなんだ?」
かけられた声にそのまま返し、自分は大丈夫であることをアピール。
男性も息が上がってる以外はなんでもない、と言い笑う。
「見たところ冒険者みたいだな、どこに行く途中だったんだ?」
「特に決めてはいないんだ。ぶらぶらしつつ、天気が良いから散歩同然に歩いていたら、あんたが逃げてくるのが見えたんでね」
男性が乗るようにと手招きし、場所を移動したので馬車に乗り込みながら答える。
「散歩? モンスターの出る外で散歩とは、さすが冒険者!ってか」
豪快に笑う男性が操作する馬車は元々俺が歩いていた方向、馬車が逃げてきた方向へと向かっていく。
「いやー、注文の品を届けに行く途中であいつらに遭遇してな。来た道を逃げ帰っていたんだ」
俺も目的には同じだと判断したのだろう。どこでも良いから街に着きたかった俺は文句を言うでもなく、そのまま話に頷く。
「それは災難なことで。おっと、俺はファクトだ」
「おう、ガウディだ。一応鍛冶職人をしている」
字面は自分の鍛冶職人と一緒だが、どうも一般的な意味で鍛冶職人、のようだ。
しばらく雑談をしていると、どうも話題やその中に出てくる単語に違和感を覚える。
知らない地名や、事件が多いのだ。
「ところで、今マテリアル暦で何年何月なんだ? しばらくカレンダーを見てなくてな」
何気ないように発した言葉に、ガウディがは?という顔をしたかと思ったらなぜか笑顔になる。
「今はマテリアル暦で2314年の5月だな。しかし、洒落てるな。旧時代よりも前の暦で挨拶とは。冒険者の間じゃ流行ってるのか?」
耳に届いた言葉を最初は理解できなかった。
ちなみに記憶にある限りでは俺が最後に確認した際には、
マテリアル暦、700年代だったはずだ。
(1000年どころか1500年以上違う!?)
ガウディが話しかけてくるのがわかったが、
自分の意識がどこか遠くなるのを感じる。
使えない1部のシステム、ずれた時間、こんなこともあるかと気にしていなかった違和感、1つ1つは小さなピースだったそれらが脳内で組み上がっていく。
ここが俺の体験してきたマテリアルドライブと、近い様で遠い世界であることを知らしめるために……
地の文を詰め込みすぎなような、そうでもないような。