162「戦争の足音-6」
説明多目、戦闘は持ち越しでございます。
今日行われることにか、街全体が朝からざわめいている気配がした。
いつもなら朝の早い市場の人間や、
特定の用件の人間しか歩かないような時間帯。
その日は、ベランダに出て見える範囲でも
朝からあちこちで人を見かけた。
それは、今日行われる式典が原因であるが、
街を駆け巡ったはずの目撃情報も無関係ではないだろう。
朝の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込みながら、
俺は部屋に戻る。
「よし、今日は頼むぞ、みんな」
「任せておきな。つっても、俺らは式典に合わせて立ってるだけでいいんだろ?」
既に全員起床し、それぞれの装備を身につけて準備を終えているメンバーに
俺は代表として声をかけた。
ギルドに声をかけ、集まってもらったのは
オブリーンとジェレミアの両方の地方から
関係者が信頼できるという15人ほどの冒険者。
皆、マテリアル教の信者でもあり、冒険者として
実利を精霊から明確に受け取っていると感じている人間でもある。
前衛よりも後衛が多いのは、魔法を使うということは
精霊に力を借りることであることを理解する機会が多いからだろうか。
「こっちは合図に合わせてちょっと気の利いた魔法を使うだけですからね。
命のやり取りをすることに比べたら気楽なものですよ。
まさか生きているうちに精霊銀を身に帯びることが出来る日が来るとは。
貴方に感謝を」
事前に身だしなみを整え、こざっぱりした姿になった
剣士の一人が笑い、腕輪を撫でる。
そんな剣士の横で、壮年に足を踏み入れたかという男性の魔法使いが、
感慨深そうに杖をやはり撫でる。
実戦経験の豊富な冒険者、そして精霊銀を製造できるようになった職人たち、
それが今回街に一緒にやってきた集団だ。
今、俺たちがいるのは街を見下ろせる建物の一室。
式典が行われる会場のすぐそばだ。
さすがに王族と一緒というわけにはいかないが、
異例の待遇であることには間違いないだろう。
部屋にある家具も、かなりの質を感じさせる。
(そういえば家具を作るスキルはゲームにはなかったな)
ゲーム内で覚えられるスキルを流用して
色々と手がけることは出来るが、
やはり武具以外は本職にはかなわない。
俺はそんなことを思いながら気持ちを切り替え、
壁際にいるキャニーとミリーに頷き帰し、
冒険者と職人を見渡す。
「さて、本番は今日と明日なわけだが、ここでみんなに依頼をしたい。
報酬は……貸し出しだけだったはずのそれらの譲渡。
ただ、危険があるのは間違いない」
「ははっ、冒険者の依頼に危険がないものなんて珍しいぐらいさ。
報酬がこれだというなら是非もないしね。
そうだろう、みんな?」
俺の言葉に、そういって面々に声をかけるのは
なんで冒険者をやってるんだ?と俺が思うほど
甘いマスクのイケメン青年。
何かのフラグか?と最初は疑ったものの、
精霊銀の腕輪に一番子供のように目を輝かせており、
喜ぶ子犬のようですらあった。
逆に、早死にしそうな気配さえしてしまうので心配するほどである。
「ああ。なんなら銀を冠した騎士団を起こして、
あちこち遠征してもいいぐらいさ」
穂先にカバーをかぶせた状態の槍を手にしたままの冒険者が、
そんなことをいいながら自分の腕輪を光らせるようにしてくる。
「えっと、ボク達は何をしたらいいんですか?」
そんな中、そう聞いてくるのは職人の1人。
まだ少年で、不安を隠しきれていない。
それはそうだ、彼らは素材入手のために出ることはあっても、
荒事そのものが専門というわけではないのだから。
「もちろん、重大な役目がある。理由は作ってもらったそのメダリオンだが……」
俺は職人たちに伝える。
時間になったらいつもどおり、あるいはいつも以上に
熱心にここで祈っていてほしいと。
伝承にはこうある。
精霊銀は祈りを集め、祈りを具現化し、その祝福を与えると。
時に震える心を支え、時に力つきそうになる体を鼓舞する。
そして、仲間の気持ちをつなぐと。
七色に揺らめくその光は、精霊の現れ。
天使の祝福を受け、祈りを糧に奇跡を起こす。
(ゲームではイベント時にしか効果を味わえないが……)
精霊銀の武具は素の性能的にはあまり強くない。
それこそジガン鉱石で作ったものの方が強いだろう。
丈夫で早々壊れないが、ある意味それだけだ。
だが、その真価は別にある。
バフ効果は装備者への能力補正。
近いところでは栄光の双剣によるスキル、栄光の輝きだ。
その設定は特殊で、プレイヤーとしてはステータスにある
INTやPIEといった、魔法系に依存する。
まあ、信心深いこと、ということになるのか。
ただ、普通に使うにはそれでもようやく実用範囲か、
というレベルに留まるぐらいで真価はイベントで発揮される。
教会関係のイベントや信者が絡む各所で、
信者達の祈りが距離の壁を越えて影響してくる。
とはいえ、ゲームプレイヤーにゲーム内部の宗教に
信仰心を持て、というのは少々無理な話でもある。
つまりはイベントを盛り上げる要素なのだ。
背中には、必死に祈りをささげ、自分が守る必要のあるか弱いNPC。
その祈りに応え、性能を馬鹿みたいに増す精霊銀の装備。
激しい専用エフェクト、BGM。
おおよそ、ゲーマーであればいわゆる燃える展開という奴である。
爽快感もあるので、報酬が2回目からは受け取れないとわかっていても、
同じイベントをこなすプレイヤーもいるぐらいである。
自分が映画の主人公になったようなシーンなのだ、無理もない。
どこまでこの世界でそれが再現できるかは不明だが、
少なくとも多少のバフが距離を越えて届くのは実証済みだ。
こっそり、教会の信者さんに新しい道具ですよ、
と正体を隠して祈ってもらった際には、実感できるほどのバフがかかった。
パーティーの枠を超えてくることはないようだが……。
俺ほどのステータスがないとはいえ、
その補正は一段階ステージをあげるのに十分なものになるだろう。
「そして、今回の依頼だが……」
俺はフィルや各国の関係者と打ち合わせた内容を
冒険者と職人に語っていく。
今日の式典のときに、精霊銀の製法が授けられたことと、
明日、各国にそれが配布され、持ち帰ることが明かされること。
それが語られ、その後に街に噂が流れるというもの。
それが配布されるものが俺たちの馬車に積まれていて、
それがどこぞの倉庫に保管されているという内容だということ。
間違いなく、各国に散らばる前に襲撃があるだろうということ。
精霊銀をそんな罠に使うなんてという話は出たものの、
誘う相手がわかると、全員がうなずいていく。
俺は職人に結界用のアイテムを渡し、
時間になったらそれを使うようにいって出発する。
お昼というには少し早い時間。
演説を聴くために、式典の会場には
多くの街の人や冒険者、各国の面々が集まっていた。
会場を見ることの出来る建物にも、
多くの人が顔を出しているのがわかる。
そして始まる式典。
マイクも無いが、風の魔法によるものか
遠くまで声が響いていくのだから面白い。
壇上で始まる演説、
俺たちはその壇上のすぐ下で、
精霊銀の装備を目立たせるようにまじめな姿勢で待機していた。
表情には出さないが、俺は語られる演説の内容に
時折、驚いていた。
多くは東の方面にある小国の話だ。
ジェレミアやオブリーンに支配されてはいないが、
逆にルミナスとも距離をとっている国々。
新興国とも言え、それぞれの国を
モンスターの住む領域に挑むことで大きくしようとしているのが印象的だ。
話に出る怪物は聞いたことのある相手も多く、興味深い。
人間の敵は本来怪物であり、それは今も脅威である。
だが、人が手を取り合えばそれらにもなんとかなるのではないか、
そういった内容だ。
それらの国の話によれば幸いにも、
東との中間にあるモンスター地帯に異常はないとのことだった。
それはその土地の覇者が健在だという状況によってではあるが。
砂漠の巨大ワーム集団の主、モスケン。
それと争う赤い瞳と針を持つレッドスコーピオンの軍団とその親玉。
草原の覇者、半人半馬のモンスター、
いわゆるケンタウロスの軍団と、デモンウルフの集団。
高山を制覇する飛竜、ワイバーンと、
谷間に住む巨大アリ。
強烈な相手が、互いに自分の領域を守りつつ、
接点で争うことでその地方たちのある種の平和は守られていた。
世の中の多くの脅威を濃縮したような地帯。
かつてのグランド帝国よりもその昔、
ゲームの時代より少し前に大陸を支配していた国が
この地を越えて東に攻め入るために、
多くの犠牲を払って各所に転送施設を作ったという。
その後、やはり維持は難しかったようで
東西に分かれた状態がゲームの世界だ。
そのルートは冒険者、熟練のプレイヤーたちで
踏破されていった……といった状態で、
グランド帝国もそれを利用し、東に手を伸ばそうとしたが
難しかったらしい。
確か、間間を縫うような街道も危険地帯と化していたはずだ。
ゲームでもアクティブなモンスターが多い、
高難易度の領域で知られている。
何もなければ問題なく通過できるが、
ある程度大人数となるとすぐに支配者に察知され、
眷属が襲い掛かってくるというような設定を聞いたことがある。
かといって少数では遺跡に挑む前に遭遇する怪物も退けられないだろう。
ゲームでは安全地帯である拠点では
襲われることは無かったが、この世界ではそうもいかないだろうしな。
結果、そんなルートを通ってくるような人間は、
ある種無謀な人種だとわかる。
少数の護衛で、息を潜めて行き来する。
ギャンブルな商人か、物好きか、そんなとこだ。
ゆえに情報は貴重だ。
それらの情報をあわせると、
ルミナスの軍勢はまだ来ていない。
遺跡の転送機能を使うにも、
モンスターで埋め尽くされた場所を突破するには
国丸ごとの戦力を投入する必要がある。
その犠牲も半端無いはずだ、となれば
相手には何か切り札がある。
突破の犠牲、その上で西に挑めるだけの何かが。
とはいえ、現時点で攻め入ってこないところを見ると
侵攻そのものには使えない切り札なのかもしれない。
まあ、今回のスパイのような存在や、
少数の先行部隊は既にいるのかもしれないが……。
そうこうしているうちに式典は進み、
精霊銀のことが紹介されると、
広間はどよめきに包まれ、そして歓声が広がる。
俺たちは合図を受け、腕輪を、
杖を、メダリオンを陽光に反射させる。
そして関係者の魔法使いが放つ、
儀礼用の魔法が空に打ち上げられ、花火のように空を彩る。
盛況の騒がしさに包まれながら、その日は日が暮れる。
夜。
まだ騒々しさが収まらない街角で、
人影が動く。
確かにまだ街は騒ぎに包まれている。
逆に言えば、多少物音がしたところで、
どうせどこかで酔っ払いが騒いでいるのだろう。
そう思わせるだけの騒がしさ。
だが、街のすべての場所が騒がしくなっているわけではなかった。
既に寝る人間もいるし、全ての建物が酒場というわけでもない。
全てが寝静まった夜中とは別の意味で適したタイミングに、
人影は行動を開始していた。
目立たないようにか、多くない護衛の兵士を暗がりから見つめ、
死角から塀を乗り越え、敷地に踏み入る。
正面からではなく、窓枠や裏口へと
人影は集まり、取り出したその金属棒が月明かりにわずかに光る。
程なくして、音も無く開いたそれぞれの場所から
人影は続々と建物の中に侵入を始める。
精霊銀の道具が保管されているという倉庫へと。
そして、すぐさま頑丈そうな箱を見つけた侵入者は
マスクの中で笑みを浮かべた。
所詮は偉大なる主無き愚民、
こんなものか、と。
箱の中にある、独特の輝きを放ちそうな金属を見、
侵入者はそう喜びに心を震わせた。
これが無くなれば大きな衝撃となるだろうと
侵入者が手を伸ばしたとき、その気配は突然に生じる。
「残念、それはダミーなんだな」
侵入者が言葉の意味を理解するより早く、
大きな倉庫が光で満たされる。
魔法の灯り、そう侵入者が悟ったころ、
男、ファクトの声に従うように、
次々と生まれる気配。
「ようこそ、ルミナスの諸君」
気がつけば、倉庫には中央の箱を囲む侵入者、
そしてそれらを囲むファクト他の冒険者。
そんな奇妙なドーナッツが出来上がっていたのだった。