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160「戦争の足音-4」

一日というもの。


長いような短いような、どんな存在にも等しく訪れる物。


もちろん、その日を生き残れるかどうかというような

外的要因により一日を迎えられないという場合もあるだろう。


だが、時間そのものは等しく訪れる。


もともとこの世界にいた人にも、

急に現れたであろう俺にも。


それでは一年はどうだろうか?


カレンダーも無いので正確にはわからないが、

俺がこの世界で目覚めたとき、まだ暖かいものの、

寒い日もあった。


ゲーム設定どおり、日本の四季のように

季節が巡るとしたならば、一ヶ月もしないうちに、

一年が経過していることになる。


(実際に色々やるとなると、やっぱり時間はかかるものだな)


ゲームをプレイして一年となれば、その変化はおおよその場合、

かなりのものになる。


健康を犠牲にするほどのいわゆる廃人プレイまではいかなくても、

リアルの時間をほとんど費やしていた俺にとっては一年というのは長いものだ。


ふと、フィルからの手紙を読みながら、俺の胸中にそんな思いがよぎる。


依頼書のあふれる場所から工房に戻り、俺は手紙を読み込んでいた。


工房に職人はいない。


今日は休みの日なのだ。


「もうそんなになるのか……」


勇者が魔王を倒す。


そんな物語の多くが、色々な事情があるとはいえ、

1年未満、あるいは数年で収まるという状況に

大人気なくつっこみを入れていたのはいつだっただろうか。


振り返れば、それを笑えないだけの生活をしていた自分に、

おのずと苦笑が浮かんでくる。


「どうしたの? 変なことが書かれてた?」


「いや、普通……でもないか、一ヵ月後に、式典があるらしい。

 増え続ける怪物たちに対抗するため、今まで以上に

 国家を超えた形での連携と協力をしようという内容らしい」


俺は手紙を覗き込んでくるキャニーに微笑み、

椅子に座りなおす。


ちなみにミリーは一緒に買い込んできたらしい食料等を

棚にしまいこんでいる。


いつも思うことだが、まめなことだ。


(今度ミリーもかわいがってやらないとな)


ちらりとそんなことを思いながら、手紙に視線を戻す。


詳細には書かれていないが、見慣れない怪物を相手にすることも

協力関係には含んでいるようなことが書いてあった。


恐らくは水晶竜とまではいかなくても、

クエストやイベントで対処するようなユニークモンスターたちも

復活しており、動き出しているのだろう。


ゴブリンやコボルトの長、キングやロードと呼ばれる個体。


あるいはドラゴンたちも、ピンキリではあるが僻地等に復活しているのかもしれない。


できることならば、人類側の味方であるNPC軍団も復活していてほしいものだが、

無いものねだりをしてもしょうがない。


往々にして、人生というのは困難がつき物だ。


「一ヶ月か……移動は一週間もあれば行けそうな距離だが、

 準備が問題だな」


不思議そうな顔をする2人に、俺は手紙の一角を指差す。


そこにはそれまでのまじめな文体から、砕けた文体となって

こちらへの要望が書かれていた。


諸国や自分たちの身内にも、まだ弱腰の人間が多くいるという。


それは以前のモンスターの大規模な襲撃の思い出であったり、

日常的に脅威にさらされている土地の人々の感想であったりとさまざまだ。


共通しているのは、人に対抗しきれるものなのか?という恐怖ということになる。


それを何とかする方法があれば用意してほしいという記述だった。


(何か度肝を抜くものがあればいいんだがな……)


困難にある意味特効薬となるのは宗教だが、

どうも、マテリアル教は少々苦戦しているらしい。


精霊信仰、それ自体は根強いが問題がある。


信仰、崇拝の対象となる物が不足しているのだ。


精霊そのものを信じていないという話ではないようだ。


ただ、伝承にあるという天使、まあ地球の宗教で言う天使とは違うのだが、

それらの存在が精霊戦争以後、ほとんど確認されていないというのが大きいようだった。


なんとなくは信じているが、いざというときにすがるほどの

強烈な信仰を集めきれているかというと、力不足らしい様子が

街の様子からも見て取れる。


なお、MDには直接的に神様と会える、というものは多くなかった。


いるような設定はあったし、ベースとなったファンタジー要素からも

存在自体は確実なのだが、まともにゲーム内で姿を見せたことはほとんど無い。


確かイベントでそれらしき光の塊、という表現で

出現したことはあったのだが、それだって本当に神様相当の相手なのかは怪しい。


ともあれ、いないことはない。


ただ、出てきていないのだ。


このことは意外と不安材料になる。


──本当に祈る相手はいるのか?


ということだ。


そんな中、俺が胸を張っているはずだといえる存在がいる。


クラウディーヴァ。


光をつかさどり、芸術にも通じるという女神、いや天使である。


確か階級自体は天使相当なのだが、その能力は

すでに女神といっていいような気もする。


主に大規模イベントのプレイヤー側の主催者というか、

特殊なクエストの発注者である。


恐らくはGMが操作する特殊なNPCの一体だとは思うのだが、

彼女(胸もあったし)がもたらすのはイベントだけではない。


何日か前にアイテムボックスの中に生まれた魔石の1つ。


精霊銀の制作方法を授けるという存在としても知られている。


これがあるということは、彼女はいるのだ。


精霊銀の伝承は他の諸々と一緒に調べた限り、この世界にも存在している。


誰が、どうやってもたらすかも。


もっとも、この世界に来たころの俺は存在は知っていて、

入手したことはあっても製法はわからなかった。


イベントやNPCを通じて入手するしかなかったからだ。


──実装されていたゲーム内容に限っては。


ドロウプニルの宝石庫、宝物庫同様に、

恐らくは精霊銀のレシピ開放はゲーム時代には

未発表だったアップデートの中に含まれていたのだろう。


精霊銀をこの世界で手にした俺は、その製法を脳裏に浮かべることに成功していた。


「キャニー、ミリー、職人を集めてくれ」


理由は細かく言わない。


だが2人は俺の意図を汲んでくれたようで、すぐさま動き出す。


俺はその間に、目的となるものを職人に作ってもらうための

材料を用意しだした。


それは銀と、鉄、そしてただの石英。


具体的な材料はこれぐらいでいい。


重要なポイントは別にあるのだ。


俺は工房にあるテーブルにその材料を並べながら、

そのポイントとなる作業に必要なものを取り出す……といいたいところだが、

実のところ、この作業に特殊な物は必要なかったりする。


「お呼びですか、何か特別な修行があるといわれてきましたが」


「休みなのにすまないな。そこのテーブルを囲むようにしてくれ」


(2人はそんなことを言って呼んだのか、まあ間違ってはいない)


急いだ様子で駆け込んできた職人たちに、

俺は落ち着いた声でそう呼びかけ、

すぐさま10人ほどの職人がテーブルと、

そこに乗せられた材料を取り囲む。


「すごい……銀がこんなに。銀製品でも作るんですか?」


職人の一人が目ざとく、並ぶ材料の中から銀塊を見つけ出す。


「銀製品ではない。まあ、銀というのは当ってるかもしれないな」


俺はにやりとしながら、懐のアイテムボックスから例のものを取り出す。


見た目は銀そのもの。


だが室内の明かりに照らされた瞬間、見るものに不思議な感覚を与えたことだろう。


青にも、緑にも、赤にも見える独特の反射。


冷たく、それでいて安心する暖かさすら感じさせる、さまざまな矛盾に満ちた銀色の物体。


「これまでも色々と常識をすっとばして修行してもらったが、今日のは強烈だぞ」


俺の宣言に職人と、扉のそばで見守っている姉妹が息を飲む。


俺の言葉だけでなく、見せられた物の異質さを感じ取っているのかもしれない。


「精霊銀、それを再現してもらう」


静かに、俺の言葉が部屋に溶ける。


一瞬か、何秒も後か。


「そんなっ!?」


叫び声を最初にあげたのは誰か。


そんなことを考える前に、部屋は職人の驚愕の声で満ちた。


伝説の金属のひとつ、精霊銀。


その性質、性能はオリハルコンには強い武具が作れるかという点では

何もしなければ遠く及ばない。


いいとこ、鉄より上、というところか。


だが、その素性というか、正体は多くの特殊な金属の知名度を凌駕する。


光り輝く天使より、認められた聖職者や

英雄たちがその手から授けられるという伝説の金属。


それが世間に伝わっている精霊銀の伝承のひとつだ。


つまりは、信仰の対象からのお墨付き、そういった金属だ。


永い人類の歴史の中でも、直接授けられた記録がある国は多くない。


また、授けられた国は例外なく、繁栄している。


それは信仰としての優位、羨望の的となっていくからでもあった。


「ほ、本物ですか?」


「先生が天使に会った!?」


口々に驚きの声をあげる中、数人の職人は思ったより落ち着いているようだった。


そちらに視線を向けると、導かれたように職人の一人が口を開く。


「確か精霊銀の伝説にはいくつかありましたよね。ひとつは天使から授かるというもの。

 ひとつは、造る事を許されるというもの。そういうことですよね?」


俺はそれにうなずき、精霊銀を手にする。


細かくは言わない。


だが、場の空気が表向きの真実を作る。


すなわち、彼らの先生である俺が、天使から精霊銀の製法を受け取った。


それを、皆に伝授するのだと。


彼らは、キャニーやミリーまでもがその真実に飲まれていく。


本当の真実はある意味身も蓋もないものだ。


奇麗事かもしれないが、天使からの贈り物。


そのほうが、きっといい。


「さあ、時間はない。さっそくだ」


『はいっ!』


ゆっくりと、目の前の状況が全員に染み渡ったころ、

俺の合図に全員がほぼ同時に答え、戦いが始まる。











── 一ヵ月後


オブリーンやジェレミア、西方諸国などのほぼ中央に位置する

大きな交易都市。


安定した治安、交通から

冒険という意味では需要の少ない都市。


そこに多くの人々が集まっていた。


それは交易をする商人であり、それらを護衛してきた冒険者であったり、

長い平和を享受する住民であったり。


中間にあるがゆえに、どの国にも明確に

所属を表すことのない独特の性質を持った街に、

静かな熱気が漂っていた。


すでに、周囲の国が共同で式典を行うことは宣言されている。


人が動けば物とお金が動く。


だから人が集まりまた物とお金が動く。


関係者と、見物人と、その他大勢。


普段以上の賑わいを見せる街の一角。


そこを進むのは数十人の集団。


先頭を行くのは何名かの男。


鍛え上げられた体躯に、はためく外套。


続く集団は恐らくは魔法使い。


そして何台もの馬車。


最後に進むのは比較的大柄な男と少年少女たち。


おおよそ共通項のなさそうな組み合わせであったが、

人々はすぐさまあることに気がつく。


彼らは冒険者であろうと。


どこか街に定住するものとは違う、独特の雰囲気。


だが、その後に人々はさらに何かに気がついていく。


一番最初に気がついたのは、式典のために街にすでに到着していた、

とある小国のお抱え魔法使い。


高齢となり、そろそろこうした遠征も限界か。


そう自嘲気味に考えた道中。


そんな湿った感情が、驚きに染まっていく。


冒険者の集団が身に着けている装備、

その中にありえないものを感じ取ったからだ。


先頭を行く男たちの腕につけられた腕輪。


後ろを行く魔法使いたちの杖の先にはめ込まれた球体。


被された覆いで中はわからないが、覆い越しでも感じるこの気配。


極めつけは最後尾をいく少年少女の胸につけた勲章のような円盤だ。


伝説の天使をかたどったであろう、翼を持った人型の円盤を

誇らしそうに少年少女は身に着けている。


それは銀色をしていた。


それは赤色をしていた。


それは緑色をしていた。


一瞬ごとに、魔法使いの視線の先でそれは色を変える。


他の人間より、魔法使いというものは魔力やそれに類するものに鋭い。


それゆえに感じ取る、それらの異様さ。


その正体に自身の知識が追いついたとき、

魔法使いは再度驚きに表情を変える。


驚きは広がり、そして驚愕は沈黙を生む。


式典の行われる巨大な広場へと、その集団は歩みを止めることなく進むのであった。


最近戦闘シーン書いてないですね。


テーマ的にはそれでいいんですけど。


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