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158「戦争の足音-2」

お約束です。お約束ですとも。

「そう、そこで右手で優しく触るんだ」


恐々とした、小さな声が扉越しに聞こえる。


「あっ!」


「大丈夫か? 無理はしないでいい。これは敏感だからな」


何かに焦り、慌てた声を出すのは恐らくは少女。


最近ここで見かける職人の少女だと彼女は思う。


そんな彼女の耳に、聞き覚えのある、という言葉では足りない声が届く。


「は、はいっ」


「よーし、いい返事だ。最初は怖いかもしれないがすぐに慣れる」


どこか満足したような、ほっとした様子の声に、

今すぐに飛び込みたい感情が湧き出るが、彼女は我慢する。


「頑張ります。こ、こうですか? はわっ」


「そうだ。もう少し上のこの辺をいじってみるといい。

 どうしても少しぴりぴりするかもしれないが、みんな通る道だ」


中で何をしているのか扉越しではどうしてもわからない。


ただ、自分のした何かの結果に驚愕の声を上げる少女、

そしてそれを見守っている男の声が妙に落ち着いていることに彼女は苛立っていた。


「すごいです。こんなに……」


少女の声がどこかぼんやりとした、

甘いものになったように聞こえたとき、彼女の我慢は限界を迎えた。





バタンッ、と大きな音を立てて実験室の扉が開かれる。


慌ててそちらを見れば、なぜか真剣な顔をしたキャニー。


いや、今はそれどころではない。


せっかく用意した作業用の結界もどきがまずいことになっている。


「自分とミリーというものがありながらっ!」


制止や非難の声を俺が上げるより早く、

キャニーは起こった様子で無造作に部屋に入ってくると、

足元のそれに気がつかずに踏みつけてしまう。


「あぶないっ!」


俺はとっさに、この実験室で作業をしていた、

新人鍛冶職人の少女をかばうようにして外套で半ば包み込んだ。


キャニーもダメージはゼロではないだろうが、

戦闘面でいえば微妙なステータスしか持たない、

職人の少女のほうをかばう必要があったのだった。


瞬間、広くない部屋を黄色い閃光が染める。


轟音と呼ぶには小さいが、耳に痛いぐらいの爆音。


正確には爆発ではなく、電気的な何かがはじけた音なのだが

至近距離では爆音と言っていい音量になっていた。


「いたたた……え、あれ?」


「くっ、実験中だからノックをして、返事を待つように板が無かったか?」


如何に高レベルの体とはいえ、痛いものは痛いし、

油断していればこんなものか。


俺は少し耳鳴りのように音が残っている気がする頭を横に振り、

同じようにショックに尻餅をついているキャニーに問いかける。


「え? でも……だって」


「うう……失敗してしまいました。すいません、先生」


「大丈夫だ。怪我は無いか? 片付けはこっちでするから、

 さっきの作業を忘れないうちにまとめてくるといい」


なぜか呆然とした様子で立ち上がろうとしないキャニー。


気がついたらしい少女に俺は声をかけて部屋から出し、

床に散らばった黄色い塊の破片を手にする。


「……何してたの?」


「何って、実験さ。魔石から魔法というか、属性の特性を取り出す訓練をしていたんだ」


なおも立ち上がろうとしないキャニーの手に、

砕け散ってほとんど能力の無くなった魔石の破片を乗せる。


「!? ぴりってする」


「ああ、うまくそれと鉄鉱石なんかを混ぜ込んで、

 持ち手部分には雷を通さない素材を使えば、魔法剣もどきの出来上がりってわけだ」


もっとも、この程度の魔石だと街の周囲にいるようなゴブリンですら、

ちょっとびっくりして手が止まるぐらいで、追加ダメージといえるような威力は無いのだが。


それでも下手に開放すると初級の魔法ぐらいの威力にはなる自爆のような結果を生んでしまう。


さっきキャニーが踏んでしまったのは、そんな失敗のときに

魔法的なエネルギーを吸収する、いうなれば避雷針だ。


ちなみに何かに使うには小さいような紫の例の素材を使っている。


こういうときには便利なドロウプニル鉱石だ。


なお、命名は自分自身である。


ほかの場所で見たことは無いので問題にはならないだろう。


「え? じゃあさっきのは?」


「さっきっていうと……別に、新人に雷の魔石を扱わせていただけだな。

 丁寧にやらないと危ないが、かといって正しくやってもちょっとぴりぴりするんだ。

 炎系のだとどうしても熱いのと同じだな。……ははーん」


なぜか赤くなっているキャニーの顔と、

状況を考え、俺はひとつの答えに行き着く。


いわゆるお約束の勘違いというやつだ。


「なんだ、焼きもちか?」


「ち、違うわよっ!」


俺に言われ、自分のしたことに追いついてきたのだろう。


より真っ赤になって立ち上がるキャニーをからかうように体を寄せて、

壁と自分の体で挟み込むようにする。


「大丈夫だって、誓ったろ?」


「うっ、そうだけど。別にファクトがもっと好きになった人がいたら私は別にっ」


縮こまり、ぽそぽそっとつぶやくキャニー。


なんだろう、このかわいい小動物。


というか、なんだか構図的に少女をかどわかしてるみたいだな。


なおも小さくなろうとするキャニーの腰に手をやって、

半ば無理やりに上を向かせる。


そして……。


「えーっと、お邪魔していい?」


「「!?」」


横合いからの声に、俺はようやくここが結構出入りのある、

ほぼ住み込み状態の工房だということを思い出した。


声をかけてきたミリーと、

少しはなれたところからこちらを、ちらちらと見る若い職人たち。


どうやら、馬鹿をやってしまったようだった。


「あ、ああ。ミリーも戻ってきたということは、

 そっちのほうも成功だったか?」


「うん。一応グリちゃんで飛んだ先で動かしてみたけど、

 ちゃんと音が聞こえたよ。絵は……安定しないかな?」


キャニーがすばやく俺の横を抜けていくのを

名残惜しく思いながらも、話を真面目なほうに戻す。


ミリーが机の上においた水晶球。


最近試しているマジックアイテムの試作品の様子を確かめるようになでる。


ひとまず壊れるとか、魔力が過剰に集まるということはなさそうだった。


「そうか。音声は黄鉄鉱でいいとして、映像は……ちょっともったいないが、

 フェアリーティアを何種類か使うか。貴重品のほうが、

 ありがたみが増すよな?」


ギルド間などの緊急連絡に使えたらいいなという

魔法テレビ(仮称)の構想を考えながら、俺は誰にでもなく問いかけるが、

ミリーはもとより、新人職人達もそろって驚きの顔をするだけだった。


(ん? 何か変なこといったか?)


「先生、フェアリーティアってあれですよね。スノーフェアリーとか、

 妖精種にお願いして、いろんなお願い事を突破して初めて手に入るやつですよね」


「ああ、そうだな。ちょっと面倒だけど、ドラゴンの鱗だとかよりましだろ?」


若干引きつり気味な表情で、そういって来る職人の1人に、

俺はゲームの知識のままで答えてしまい、ようやくそのことに気がつく。


「もしかして、貴重品も貴重品か?」


「多分、拳ぐらいので金貨何十枚もいりますよ。自分も噂に聞いたことがあるぐらいですけど」


なんてこったい。


沈黙が部屋に下りる。


「で、でもっ。ギルドや王様に使ってもらうんだから、

 肝心な部分はいい感じの遺物が見つかったんですっ! ってどうでしょうか!」


どうしたものかという空気の中、

叫ぶのは先ほど実験していた子とは別の、

最初に魔力を感じることに成功していた職人の少女。


(なるほど。確かにPT機能を持った変なリボンとかもあるぐらいだしな)


俺は脳裏で、イリスに見せてもらった遺物たちを思い浮かべていた。


ゲームによくある、チャットシステムというか、

1対1やPT間での念話といったものもいくつかの遺物が

断片的にだがこの世界に機能を再現していたのを確認している。


確かに、あれらのようなものがありました、としたら

ひとまずはなんとかなる……か?


「大筋はそれでいこう。何個も見つかるのは問題だから、

 それを解析できたとか、再現できたとかで。

 ついでだ、決まった場所から動かすと使えないようになるとかしてみるか」


できるんだ、そんなこと……というようなつぶやきは敢えてスルー。


工房の棚に転がっている黄鉄鉱をいくつか手に取り、

仕上げとなるフェアリーティアをはめ込むためのベースのために

変哲の無い透明な石英の固まりもいくつか取り出す。


俺がアイテムボックス、よくわからなくても色々詰まってる不思議な遺物、

を持っていることを知っている職人たちの驚きは少ない。


「ひとまず、こんな感じで元となるやつを作ってみよう。

 一人1個でいい。終わったら仕上げるから持ってきてくれ」


俺の号令とともに、それぞれが自分の担当分の材料を机から持ち、

作業場所へと向かっていく。


残されたのは俺と、姉妹の3人だ。


「でもファクトくん。急にどうしたの?」


「ええ、最近色々作ってるみたいだけど」


言外に、普通じゃないのを、と二人とも言ってくる。


確かに、この工房で作業をするようになってから、

普通に質のいい武具も作っているが、

妙な失敗作だったり、魔法のたいまつのような

便利グッズまで、色々と手広く作っている。


外向きには、新人職人だからこそ、

新しいことを吸収しやすいのだと言っておき、

パワーレベリングに近い、急激な作成スキルの上昇をさせているのも

なんとなく、姉妹は気がついているに違いない。


とはいえ、日々の食事にまぎれている、

低レベル時代のサポートアイテムである取得経験アップの

食材に気がつくことはあるまい。


味も見た目も元の食材と同じだからな。


ともあれ、急いでいるのにはわけがある。


「ああ。次の夏には、戦争が始まると思っている」


「夏に? すぐじゃないの」


「大きいの?」


驚く姉妹に、俺は机に地図を広げることで答える。


「戦争といっても直接こことではないかな。それに、冬は恐らく動かない。

 春に偵察、夏に本格侵攻、秋に制圧箇所の調整、また冬。

 その繰り返しだと見ている」


つつっと指を滑らすのは東のルミナス。


そこを始点に、地球で言う日本列島から大陸、

草原を経て中東へ。そしてヨーロッパ。


「さすがに西方諸国まで食い込んでこないと思うが、

 草原と砂漠は8割方、制圧されると見ている。

 なにせ、こっちには大きな国が無いからな」


地球で言う中東からヨーロッパのあたりにあるのが

オブリーンとジェレミア、その周辺諸国。


そしてその東には国と呼ぶほどにはまとまっていない、

小国や民族の集まりが数多く点在している。


その先にあるのがルミナス。


ジェレミアやオブリーンが勢力をどんどん伸ばさないのには

そのあたりに理由がある。


広げようにも人が多くなく、拠点を作るにも広すぎるのだ。


モンスターだって数多く住み着いている。


「でも、それはあっちだって同じよね?

 仮に攻めてきても、維持できないんじゃないの?」


「だと思いたいが、戦争で楽観は禁物だからな。

 できるだけ手は尽くして、こちら側の戦力は高めておきたい」


そう、ルミナスとモンスター。


両者が全面的に争うと決めてかかるのも危険なのだから。


2人には言っていない、フィルの兄からの話。


まだ噂だけであるが、東の国境線で旅人から聞いた話として

上がってきたのは人と怪物であるグレイウルフが

一緒に隊列を組んでいたという話だ。


中には巨大なグレイウルフにまたがっていた兵士さえいたという。


真実がどこまであるかはわからないが、

実際に戦うまでにやれることはやっていかないといけない。


真剣に作業をする職人たちをちらりと見、

一度姉妹とともにフィルたちに会っておかないといけないと

考えるのであった。



魔法テレビはファクトオリジナルではなく、

精霊戦争前後およびその後の時代で生み出されたレシピ群が

エルフの里で過ごした際に、一通り頭に

ぶち込まれているからという感じです。


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