157「戦争の足音-1」
あれから三ヶ月が経過していた。
飛行機も、電車も、自動車すらないこの世界では
三ヶ月というのは長いようで短い。
隣町に行くのですら、普通に行けば歩きか馬でのんびりという方法しかないのだ。
そう考えれば、同じような噂があちこちで聞けるというのは
その話題が相当有名か、同じ現象があちこちで起きているかということだ。
今回に限って言えば、両方ということになるのだろうか。
曰く、精霊の恵みが蘇った。
曰く、怪物が主を再び得た。
曰く、精霊戦争の英雄が再臨した。
様々な憶測が、現実として起きている諸々の事象を証拠に、
真実であるかのように人々の間を行き交う。
あまり変な話になってしまっても困るのだが、
何も意識されないというのも問題だ。
このあたりの調整は、俺ではなく為政者達の問題だと割り切っていた。
俺は俺が出来ることをやらなければいけないのだ。
部屋に音が響く。
最近、腰をすえてやっていなかった鍛冶の音。
(うんうん。やっぱり落ち着くなあ)
最近は周囲を精霊が飛び交っても余り気にしなくなった。
精霊からすると、構ってもらえなくてちょっと不機嫌そうだが。
それでも必要なときにはちゃんと話しかけるし、
最近では邪魔をしたら悪いという思考すらあるのか、
工程に必要な精霊以外はテーブルの上に座って
にこにこと眺めているという姿すら確認できるぐらいだ。
時折、用件があるのか訪れる魔法使いや、
カンの鋭い人が驚いているが、すぐに皆慣れた様だった。
今俺は、オブリーンとジェレミアの中間にある、
元関所の街にいた。
元々は国境の管理をするための関所があったようだが、
両国が協力関係になってからは関所というような
物々しい物は不要になっていた。
それでもここが境目であるということは
重要なことで、元々あった宿場町のような様相は変わらず、
今は両国の物流を一手に担う重要な街道の管理や護衛任務の中継点となっていた。
元々あった工房を買い取り、俺はそこで作業を色々とこなしている。
「先生! ナイフが5本出来ました!」
「どれどれ……ん、まあ妥当なところか。売り物にはならないからまた溶かしておくように」
別の炉の前で、真剣な顔をしてナイフの作成に挑んでいた
年若い職人が俺に成果物を見せに来る。
悪くは無いが、それだけだ。
品質は一般家庭で食材相手に使う分には十分だ。
だが、彼が目指すのは冒険者が冒険中に、
あるいは軍人が行軍中に使うのに耐えれるものである。
素材として皮を剥ぐのに使えば、すぐになまくらになってしまうだろう。
俺が見本として作ったナイフは、鉄を素材に
腐食防止に見た目はリン鉱石に見える石を使っている。
本当なら、科学的な要素がどうとか、
リンの抽出がどうとか必要なのだろうが、
精霊の作用によってか、その過程はなにやら省略されている。
2つをいい感じに溶かして、あわせるだけで丈夫なナイフが出来上がるのだ。
そう、俺の場合には丈夫なものが。
同じ素材を使っているのにこうも差が出る。
ある意味残酷な現実に、一瞬残念そうな表情をし、
そこで自分の目的を思い出したのか、
気合を入れなおしてまた炉に向かう職人。
俺はそれを確認した後、自分の作業に戻る。
今やっているのは、どこまでオリジナルの要素を
作成の際に入れられるか、だ。
元々あるMDからのレシピには、正直に言えば失敗は無い。
十分なステータスに作業道具も揃っている現状では、
変なことをしなければ一定水準以上の成功は間違いないのだ。
まずは長さ、短いものから長いものまで。
近所に聞き取りを行い、こうだったら便利かなというのを
いくつか試しに作っていく。
やはり、カテゴリとしてナイフ、を超えるような長さだと
そもそも名前も変わってしまうようだった。
アイテムとして手に取ったとき、長いものはナイフという名前ではなく、
不明な金属刃、といったような名前になってしまったのだ。
仕方なく、肉を扱う場所にもって行き、
長肉包丁と名づけることにした。
不思議なもので、そうすると次に手にしたときには名前がちゃんとついているのだった。
「見学させてもらいます」
「ああ、火花に気をつけろよ」
横合いに別の職人が座り、俺の手元を見てくる。
農具を作ってみたいという女の子だったと思う。
あちこち汚れるし、手も綺麗とは言いがたくなるのだが、
そんなことに気を使えるのはいい生活をしている人だけですよ、
と他の職業を勧めた際に怒られてしまった。
人一倍努力家で、こうして時間があれば俺の作業を見ている。
「やっぱり、先生は魔力も扱えるんですね」
「そうだな。鉄ぐらいならいいが、素材によってはそうでないと加工すら出来ないものもある」
代表的なものが白金だが、それ以外に有用そうなものといえば、
今インゴットを作っているローミスリルだろうか。
ローミスリルは名前のとおり、ファンタジーなミスリル鉱石の
下位にあたる素材だ。
掘る以外にもこれを出す魔物は結構多く、
胃石のように中からドロップするのである。
色合いは黒に近い青というか緑で、
あちこちの山にあるはずだ。
採取にはその性質を感じ取るための魔法の才能が必要なので、
意外と掘られていない鉱床もあるかもしれない。
上限は高くないが、魔法使いの杖や、
マジックアイテムにも使われる。
「よし、今からライティングをこめた杖を作るぞ」
俺の言葉によるどよめき。
後から知ったことだが、マジックアイテムを作るには
入念な時期の調整、素材の厳選、熟練者の集中が必須だと言われているそうだ。
間違っても、今回のように食事にするぞというような
気軽さでやるものではないと。
俺はそんなことは露知らず、試すならこれぐらいだろうと
既存レシピにある魔法の灯りによるランタン、と
よく初級魔法を打ち出す特殊能力をつける金属杖、を
組み合わせることにしたのだった。
まずは光を発し、魔法の媒体ともなる先端の金属球を作る。
周囲から魔力を集める機能、杖からの刺激を元にオンオフを切り替える機能、
2つの大きな機能を備えなければいけない。
通常はランタンの中に備え付ける部品の1つである。
出来上がっていたインゴットをまずは半分ほどに切断、
意外とそのままではあまり熱に強くないので、
あっさりと炉で溶かしていく。
量としてはソフトボールぐらいだろうか。
熱に強い専用の容器の中でローミスリルが溶け、
独特の色を光に反射させる。
何故か香ばしくなるのも特徴である。
ある程度混ぜたところで、俺は右手を近づけて魔法を発動させる直前まで持っていく。
そう、マジックアイテムを作るにはそもそも、
こめる魔法を使える必要があるのだ。
恐らくこの世界のマジックアイテムの作成方法は、
元々の素材にそれらの要素が入っている必要がある。
例えば火属性がばっちり含まれた魔石を混ぜると
上手くいけば火系統の魔法がこもったアイテムとなる可能性がある、
ぐらいのものだと思うのだが……。
こめる魔法は作成者本人でなくてもよく、
そばで魔法使いがその魔法を発動直前まで持っていき、
素材にそそいであげればいい。
これまでは発動にキーワードの設定などが難しいので、
悪用されたらどうしようかと考えて作ってこなかったが、
このぐらいならいいだろうし、強力な魔法をこめるには
相応の素材がいるので心配するほどではないかと考え直したのであった。
右手から伸びる魔力を、職人のうち何人かは
感じ取ったようで、表情が変わっている。
すすっと、手の中から魔法になる直前の塊が
溶けたローミスリルの中に移動していく。
それを見届け、冷やしながら球体にする作業に移る。
これが不思議なもので、何か丸い器に入れることなく、
粘性を帯びてきたところで専用の手袋をつけ、
粘土を扱うように転がすとゲームであればシステムが、
ここでは精霊が助けてくれるのか、徐々に球体になっていく。
最後の調整をして、磨いて完成だ。
つるっとした、玉虫色のように角度によって
様々に色を変える球体が出来上がった。
次に杖部分。
こちらは難易度は高くない。
球体がはまる先端は多少加工が必要だが、
他の部分は専用の木材に覆うようにしていくだけだ。
すんなりと、一本の杖が出来上がる。
「あれ? ちょっと使うには短くないですか?」
「本当だ。片手で持てちゃうよ」
球体を先端にはめて出来上がった杖に、
口々に職人たちが疑問を浮かべる。
俺は頷き、その杖を手に取る。
確かに魔法使いが使うには、少し短いかもしれない。
「ああ、これは魔法使い用じゃないからな」
顔に疑問が出てきている職人たちに笑顔を向け、
無言で球体を右回りに撫でる。
すると、淡い光が部屋を照らし出す。
ライティングが発動したのだ。
驚きと共に、職人たちが部屋を眺める。
そして左回りに撫でると、光は収まる。
「コイツは魔法使いが使ってもいいけど、一般の人たちや、
冒険や街の移動中の野営なんかに使ってもらおうと思っているんだ」
そう、短めなのは馬車に備え付けたり、
野営場所に突き刺したり、持ち運びがしやすいようにだ。
「油が要らないんですね。すごい……」
たまにある建物の魔法の灯りは、
常に魔法使いが魔力を供給し、その決まった時間しか
光らないようだがこれは違う。
自然に周囲の魔力を集めるので、
金属が劣化しない限りはある意味無限に光るのだ。
「よし、まずは作ってみようか。魔力が感じられる人は玉のほうを、
まだそれが出来ない人は杖のほうだな。分担してみよう」
気合を入れて作業を始める職人たちには迷いは無い。
元々、出来の精度はなんとでもなるのだ。
多少見た目がアレでも、機能を満たせば問題ない。
マジックアイテムにはならなくても、いい経験にはなるだろう。
と、街の外に覚えるのある気配。
正確にはパーティーメンバーとしての反応だが。
どうやらキャニーたちに頼んでいた素材が無事に入手できたようだった。
「ファクトー、戻ったわよー」
「皆無事に終わったよ~」
外に出ていた俺を見つけ、駆け寄ってくる姉妹と、
馬車を引く数名の冒険者。
若い少年少女であることからすると、
彼らも生活に困っている駆け出しということだ。
(のんびり生きれるのが一番なんだけどなあ)
俺は馬車に詰まれた荷物を確かめながら、
急に噂の聞こえなくなった東方を気にしていた。