155-外伝「人じゃらし-3」
森の中に重たい金属がぶつかり合うような音が響く。
それはキャニーたち7人に襲い掛かってくる怪物の1匹に、
リックがその手の槍で攻撃を仕掛けた音だった。
7人と怪物がいる森は、木々の間が数メートルは離れている。
武器を振るうには問題は無いが、
あちこちにある茂みがその向こうに何かがいるかもしれないと
不安をあおる状況となっていた。
「硬っ! なんなんだこいつ!?」
思わずというリックの叫び声。
それもそのはずである。
まだまだ駆け出しとはいえ、武器である槍の威力がそう変わるわけでもない。
勢いが乗るだとか、そういったことはあるにせよ、
正しく当たれば金属としての刃が、決まった威力を発揮する。
それは槍に限らず武器の確実な法則だ。
では7人の目の前の光景はどう現すべきなのか。
ぶよぶよとした、おおよそ耐久性など皆無に見える怪物の体が、
基本に忠実なリックの槍を受け止めるどころかはじき返したのだ。
鎧のようなものの無い、脇腹に相当する部位で。
一瞬、動きの止まるリックへと、怪物がその体をひねるようにして
その拳で殴るように突き出してくる。
「うわっ!」
「ふっ!」
表情も、肉体の動きも半透明の不気味な姿ではわからず、
動きの読めないその攻撃に、とっさに防御の姿勢をとるリック。
そんな両者の間に滑り込むようにキャニーが入り込み、
右手に持ったシャドウダガーで相手の拳の勢いを利用して上へと弾き飛ばす。
顔の横ぎりぎりを、風を切るようにして半透明の拳が通り過ぎた。
「ミリー! アリスの援護! マリューとテランは両方にとにかく撃って!
リック、足を止めないようにね。ミッツ、何か変なものがないかとにかく探って!」
「探るって、何をさ!?」
思わずキャニーに叫び返すミッツだが、
答えのある冒険などないことは彼自身も良く知っている。
すぐさまあちこちを見渡し、探索に入る。
相対する怪物の数は5。
キャニーがリックと共に相手をすることを選んだ数は3。
2匹と3匹で分かれた相手に、それぞれが挑む位置になっていた。
(とにかく、時間を……単に相手が増えないことを祈るのはいいことではないけども)
キャニーは自分がこの相手を圧倒できるとは考えていない。
時には自分が優勢であることを思い込むのも必要だが、
未知の相手と戦うときに、それは油断につながりやすいと考えているからだ。
まともに戦ったことはないが、狼の頭部を持つ人間の姿といえば、
ワーウルフであることはこの場の全員が知っている。
爪と、手にした武器で勇猛に戦う屈強な種族であると。
如何に今の相手が向こう側の見えそうな半透明で、
不気味な姿をしているとしても戦い方がまったく違うということはないだろう。
そんな中、前衛に立つキャニーとミリーの2人は相手は
強さとしてはそこまで圧倒的ではないと感じとっていた。
理由はまったくわからないが、後方にいる怪物は
良くわからない塊のような姿に戻り、
こちらの様子を伺っているだけになったからだ。
とはいえ、姉妹の得意な間合いは至近距離。
武器のリーチ差は如何ともしがたく、
踏み込みの速さでなんとか
近距離でも対応できる、という具合であった。
「魔法生物は何か目的がないとそこでは生きていけないし、
大体はそれを守るためっていうから、何かあるはずよ!」
自分に引き付けるように、姉妹は揃って速度を生かして踏み込み、
時に正面から、時に通常であれば死角になる位置から両手のダガーを繰り出す。
だが、その攻撃は全てが音の違いはあれど、
金属同士がぶつかるような音を立てて怪物の表面で止められていた。
「こんのおおお!」
一際大きな音を立て、アリスの振りかぶった長剣が、
ミリーの攻撃によって動きの止まった怪物へとあたる。
怪物の振り上げた左手がそれを正面から受け止め、
又も不発か、そう誰もが思ったときに妙にその音は響いた。
ミシリと、何かにヒビが入る音。
とっさにミリーがそこに視線を向けると、
小手のように盛り上がった怪物の部位が、ひび割れていた。
(これならっ! ううん、あれは!)
ミリーの胸中の叫びを読み取ったかのように、
ひび割れていたはずの場所が泡立ったかと思うとすぐに元のとおりとなる。
「いったーい! 凄い硬いですよこいつ!」
「アリスの馬鹿力でもダメなら力押しは無理ですわね!」
攻撃の合間合間に、援護として放たれるマリューの矢も、
時にはなぎ払うようにはじかれ、あるいは当たっても刺さる様子は無かった。
「魔法もダメです。当たるんですけど効いているのか効いていないのかっ」
攻撃の勢い、所謂慣性は有効なものの、
ダメージという点では皆無のようにも見える。
そんな相手に、キャニーは顔をしかめる。
(アイスコフィンで凍らせる? ううん、きっとそれだけじゃダメだわ)
アイスコフィンによる魔力を使った攻撃は強力だが、
無敵というわけでもない。
まだまだ自分の熟練が甘いせいだろうか、
威力が安定しないとキャニーは実感していた。
その一瞬の思考に、怪物は隙を感じ取ったのか
キャニーへと無言のまま、襲い掛かる。
本人は見た事は無いが、恐らくはワーウルフらしいといえるのだろうと
彼女が感じる中、右腕らしい箇所の攻撃が上段から迫る。
自身の左肩に襲い掛かるその攻撃に対し、
前に進みながら左手のアイスコフィンではじき、
そのまま右手のシャドウダガーで空いた部分に攻撃を仕掛けようと
キャニーが動き、走り出す。
と、横合いからリックが相手をしていない1匹が、
無視できない角度で一撃を入れてくる。
慌てずに防御の行動を取るキャニーだが、
その動きが偶然を産む。
地面は落ち葉で埋め尽くされていたのだ。
恐らくは長い年月により積み重なった物。
湿り気が残っていたのか、キャニーが踏ん張った足元の
落ち葉が丁度すべって動いたのだった。
(しまった!)
致命的なミス。
攻撃はあきらめ、はじくだけだった左手と、
同じく右手。
両方の攻撃をはじくだけの行動が、
前かがみになってしまった状態で最初の1匹に同時に当たる。
偶然にも、横合いからの一撃は回避することになったが、
両手の武器は最初の1匹にあたる羽目になる。
無様な、地面に手をつくかのような姿勢。
かろうじて刃の向きは最初の怪物に当たる向きであるものの、
誰しもが効果を発揮しないだろうと思っていた。
予想される2つの甲高い音。
しかし、その立つはずの2つの音はならなかった。
その代わり、ずぶり、と包丁を肉塊へ無遠慮に差したような手ごたえが
キャニーの両手に残る。
「え?」
キャニーの目の前で両手の武器が、怪物の右腕と左足付近に突き刺さっていた。
地面に転がりながらのキャニーを追いかけるように
姿勢を変えた怪物であったが、右腕らしい場所は半ばから千切れ落ち、
左足も立っていられないのか、怪物が膝をつく。
前転するように姿勢を整え、
慌てて皆の下に戻るキャニー。
見ればミリーとアリスはまだもう1匹と戦っている。
リズムを取るように響き渡る金属音。
マリューとテランの援護攻撃がキャニーに
間合いを取る時間と、思考する時間を与える。
(必ず意図したところだけ硬くなっている? いえ、それならどっちもはじくはずだわ)
冒険や戦闘において、仮定は危険である。
こうだから大丈夫だろう、ああだから危ない。
仮に経験に裏づけされていたとしても、
思い込みは自身に危険を産む。
だが、未知の相手には時には、仮定を重ねていかなければ証明も出来ないのもまた、事実であった。
「リック! 同時に行くわ! こっちがあわせるから、とにかく当てなさい!」
「え? は、はいっ!」
キャニーの指示に、リックは驚きながらも
長年繰り出してきた突きを放つ。
愚直な、それでいて熟練からの鋭い突き。
内心、その精度に驚きながらもキャニーは追いすがるように
そのリックの攻撃が向かう怪物へと迫り、右手のシャドウダガーを別の場所に突き出す。
果たして、金属音はしなかった。
やはり肉塊を切り裂くように、2人の攻撃は怪物への有効打となる。
リックの槍は右胸当たりに一気に突き刺さり、
キャニーの攻撃はその脚を切り裂く。
オムレツを切り裂くように、中身をあたりへとばら撒いて溶けていく怪物。
「こいつ……同時に2箇所以上は硬く出来ないみたいよ!
一度に当ててみて!」
姉の示した方法に、ミリーはすぐさまアリスと視線を絡め、
同様に怪物を相手していく。
マリューの放つ矢と、テランの魔法に合わせて繰り出される攻撃が
面白いように怪物に突き刺さっていく。
最初の苦労はなんだったのか、それから怪物が一度全滅するまでに
多くの時間は不要だった。
「ちょっと、かんべんしてよね」
疲れた様子でキャニーがつぶやく。
あれから数度、怪物を倒すものの、
どこからか怪物は現れ、襲い掛かってきた。
打開策が見つかったものの、
相手の攻撃は彼女たちにとって脅威なのは違いは無い。
途中で避けきれずに負ってしまった傷をかばいながら、
キャニーはつぶやく。
視線の先で、落ち葉の積もった地面から、
まるで逆再生をされるかのように染み出る怪物。
どこまで戦えるか、キャニーの頭に
その考えがよぎったとき、ふと耳に少年の声が届く。
それは戦闘が始まってすぐ、彼女の指示に従って
あちこちを調べていたミッツの声だった。
「この木でもない。となるとやっぱり下か?
さっきは掘っても何も無かったんだが……ええい!」
背中に背負った、半月草を採取する際に使った
大き目のスコップで、ミッツが地面を掘り出す。
土に覆われた地面かと思われた場所だが、
そこはほとんどが落ち葉であった。
腐葉土になりかけのその場所を、
冒険者らしく豪快に掘り出していくミッツ。
カツンと、その先が何かに当たる。
瞬間、どくんと、何かが脈動した気配を7人は感じた。
「ふーん、まずいわけね。下は」
キャニーは余裕の表情で、先ほどまでとは違う動きで
じりじりと間合いを詰めてくる怪物をにらむ。
数は10。
最初より増えている上、全てがワーウルフの姿をとっている怪物に、
キャニーはそれでも恐怖を感じなかった。
それはリーダーであるキャニーやミリーが
堂々としていることに感化されたアリスたちも同様であった。
ミッツが1人、ひたすら周囲を掘り出していく。
「あった! あったぞ! 隊長、何か動くものが下にある!」
ちらりとミッツの掘り出した先にキャニーが視線をやれば、
明らかに人工物に見える彫刻の入った岩肌に、
張り付くようにしている不気味な赤黒い肉塊。
壁に繁殖した植物の蔦のようにも見えるその肉塊が、
目に見えるほど脈動する。
何かが送り出されているように地面が大きく脈動し、
大きな音を立て、怪物の後ろの地面が膨らんだ。
現れたのは、巨大な目玉のような球体であった。
球根のような、卵のような姿。
どす黒い酸化した血液のような色をした体表が、
7人に嫌悪感を抱かせる。
根拠無しに、よくないものだと思わせるだけの何かをその球体は持っていた。
「魔法生物には核がある。それが急所。後は簡単よね」
逃げ出すように球体がその体を揺らすと、周囲に怪物が集まり、
さらには地面の下を何かが球体に向けて集まっていくのを7人は感じていた。
目の前のこの球体が怪物たちの急所であることは疑いようは無かった。
「ミリー、あれ貸して。足止めは頼むわ」
自身のアイスコフィンを妹へと手渡し、キャニーは
腰のバックルから1本の紫色をした短剣を取り出す。
ショートソードに近い黒紫の剣。
それはドロウプニル宝物庫で手に入れたもので
ファクトが作ることは出来なくは無いが、
素材が希少なので数を作るのは難しいだろうといわれた短剣。
マジックイーター。
どの形状の武器であってもそう名前がつくことを
知る由も無く、キャニーはミリーの分も両手に握る。
1本ですら、相当の魔力を消費するだろうとファクトに
言われているキャニーだが、今の状況は
そのデメリットは少ないと考えていた。
どうせ自分自身の魔力の使い方は、
アイスコフィンによるものか、これしかないのである。
先手は誰の攻撃だっただろうか。
魔法が、矢が、踏み込んだ動きからの
近接攻撃が怪物に襲い掛かり、
合間を縫うような影が球体へと迫る。
剣から漏れる紫色の光を携え、
突進していたキャニーであった。
スキルではない、純粋な斬撃が球体を
まるでバターを切り裂くようにあっさりと両断していた。
魔力を断ち切り、使いようによっては
魔法をも切るだろうとされているマジックイーター。
ある意味名前のとおり、対魔法生物の
最終兵器として認識された瞬間でもあった。
だいぶ変質していますが、
怪物の正体はゲームでは連携を学ぶ訓練相手となる、
ちょっとしたチュートリアルモンスターです。
実際に命のやり取りをするとなるとちょっとえぐい性質ですが。