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153-外伝「人じゃらし-1」

「隊長、目標がいました」


「止まって。そこの小道から風が変わってる。

 気が付かれるかもしれないわ」


後ろに向けてささやいた少年は、

同じくささやいた女性、キャニーの声に出しかけた足を止めて戻る。


腰に下げたダガー、目立たないように地形に合わせた暗色の外套。


足元も音を立てにくいよう、考えられた布製の靴だ。


盗賊、といっても犯罪者としてのものではなく、

探索者、追跡者に近い意味での役割。


まだ若さの残る瞳の少年が、そんな役割を担っていることを

姿を見た多くの人間が推測できるだろう。


高く伸びた木々、その足元に生える茨のような草木。


まるで童話に出てくる悪い魔法使いの

家へと向かいそうなくらい道。


迷路のように時折、枝分かれする道をキャニーとミリー、

そして少年少女5人と合わせて7人は慎重に進んでいた。


「まっすぐあっちのほうに進んでるみたい」


杖の先端に付けられた、少々大きめの水晶球をにらんでいた

少女が、茨の茂みの一方を指差す。


「襲ってくる感じはないんだけど……」


普段どおりの姿のミリー。


それが今追っている相手が普段相手にするような怪物ではなく、

こちらを殺傷してくるような相手ではなさそうだということを

キャニーは姉として、感じていた。


「ど、どうしますか?」


「どうもこうも、追うわ。見つからないようにね」


通常使われるものより、やや短めの槍を緊張した手つきで

握り締める少年に、キャニーはそういって視線を道に戻し、気が付く。


「あれ、何かしら」


「光ってますわね。アリス、何か感じまして?」


キャニーに続けて、目を凝らしながら言う少女は、

金髪に縦ロール、服装は冒険者らしいものだが

顔だけはどうにも冒険者が似合わない姿だった。


かろうじて、背負ったままのメイスが

ただの少女でないことを主張している。


「嫌な感じはしないですけど~。うう、さっき刺さった場所が痛いです」


少し能天気気味に、治療するまでも無い程度だが

赤くなっている自分の左腕を見ながら、

アリスと呼ばれた少女は右手のロングソードを握りなおす。


目標が遠ざかるのを確認しながら、7人はゆっくりと

光る何かに近寄り、確認する。


「魔石っぽいね、お姉ちゃん」


「ええ、この感じはそうみたいね。でも、こんなところにあるようには見えないし……。

 やっぱり何かあるわね。出来れば無理せず帰ったほうがいいのだけど」


物陰から、目標である相手が遠くを一定のペースで歩いていくのを、

キャニーは借りてきた遺物を使って少しの間だけ観察する。


拡大されたその姿は、半透明で向こうの景色が透けて見える。


最初は人のような四肢を持っていたが、今は

スライムのように滑らかそうな塊となっているのが見て取れる。


(あれ……本物かしらね?)


1つの可能性を頭に浮かべながら、

すぐにキャニーはその遺物をしまいこむ。


怪物の中には、視線があっただけで何かしらの攻撃を仕掛けてくる相手もいるからだ。


場合によっては呪いや、石化なんてものもあると聞いた事がある、と

キャニーは言葉に出さず一人思う。


相手の正体か、危険度合いを確かめなければ

戻ってギルドに報告したところで対策のしようがないだろうと彼女は考える。


途中、他の面々に話したときにも同様の結論に達した。


つまりは、あの不思議な生き物の住処の発見、あるいは

道中に危険があるとわかったら戻ってギルドに調査を引き渡すことにしたのだった。


(隊長、ね。そんな柄でもないのだけれども……)


ふと、先ほど少年に言われた言葉を思い出すキャニー。


確かに今の7人の中では自分とミリーが

上にいるだろう自覚はあるが、強さが即集団をまとめるための

資格になるとは彼女も考えていない。


1人で目の前の敵と戦う術と、

何人もの仲間と連携して戦う実力というのはまったくの別物であるからだ。


それでも、まだ両手にも満たないような討伐依頼経験の

少年少女にとって、姉妹はベテランといって差し支えは無い状態ではあった。


しっかりと比べた事が無いので2人に自覚は薄いが、

同じように歩いているのに立たない足音、

同じように振るっているはずの武器の威力、そして命中箇所の正確さ。


経験からくる危機感知やとっさの判断などは、

既に少年少女も目にしていた。


ここに来るまでのちょっとした依頼の中ではあったが……。






ファクトが1人、ガイストールを旅立つ日、

キャニーとミリーの姉妹は冒険者ギルドのカウンターに立っていた。


情報というものはどこから出てくるかわからないという理由もあるが、

並んでいる依頼の中に面白そうなものを見つけたのだ。


ファクトと話し、彼の受けている依頼からも

3人で行かないといけない理由も無く、別行動となっている。


「ふーん、動いてる相手を発見だけで銀貨3枚ねえ? 随分と美味しい話じゃない?」


「声と顔が合ってないぜ。どんな厄介な理由があるのか、

 早く教えろって顔をしている」


低めのカウンターにもたれかかりながら、

窓口で依頼の処理を担当している事務員らしき男に、

キャニーは壁だけでなくカウンターにも貼られた依頼書をつついている。


依頼内容は彼女が最初に見かけたときより若干変わっており、

やっぱりここに残ってよかったかな、と彼女は予感するのだった。


「それはそうよ。見つけたっていう証拠をどう持って来たらいいのよ?

 この、なんだっけ。茶色いそいつを捕まえてくるぐらいじゃない?」


キャニーがつついている依頼書は他の依頼と比べても特殊なものだった。


受注条件は街で一度でも依頼を受けたことがあること、

現在犯罪者として追われていないこと、以上であった。


内容は、離れた森で発見されたという奇妙な動物の確認。


動いているその対象を発見できたら銀貨3枚、

その他は内容による、というものだ。


随分と漠然とした内容だし、討伐依頼と比べ、

安全なのかどうかも判断しにくい。


唯一、出たという森が普段は怪物がいないということぐらいだろうか。


ミリーは姉の横で、依頼書を見ながらそう考えていた。


「まあ、そうなるよな。嘘を言っても誰もわからん。

 でも依頼者はそれでいいんだそうだ。30枚分までは

 目撃情報を集めたいということらしいぞ。

 自分だけが気にしているというのが我慢できないらしい」


「何それ? つまり、依頼者が何かでその噂を聞いて確かめたいか、

 もしくは本人が見かけたってこと?」


眉をひそめるキャニーに、後者だな、と事務員は答える。


詳しく姉妹が話を聞くと、

依頼主である商人は街から街への移動の途中、

その森のそばで依頼内容にある相手を見かけたのだという。


だが、丁度護衛もそちらを向いておらず、

あっと思ったときにはいなくなっていた。


下手に横道にそれて被害を受けてもいけない。

だが気になる、ということだ。


危険な相手で、次には襲われないとも限らないからだ、と。


「好奇心が身を滅ぼすってこともあると思うんだよね。

 まあ、冒険者してる自分達が言えた義理じゃないけど」


ミリーがそういって肩をすくめると、

事務員は笑いながら頷いていた。


そう、報酬のためや新しい発見のために

依頼を受け、日々を生きる冒険者は

よりよい仕事を求めるなら好奇心が無くてはいけない。


それが真実だ。


「面白そうだけど、これだけで動くにはもったいないわね」


指定された場所は街からそれなりの距離にある。


道中の討伐依頼も一緒に受けたほうが丁度よいだろうか?


そう姉妹が考えるとき、ずずいっとばかりに事務員が身を乗り出してくる。


「な、何よ?」


「お嬢ちゃん達、あれだろ? あのファクトの連れだろ?

 だったら頼みたい事がある」


事務員にしておくにはもったいないような鍛えられた体躯の男が

目の前に迫ってくると彼女でなくても驚くことだろう。


若干引き気味のキャニーに向け、事務員は別の用紙を取り出す。


「臨時隊長依頼? へぇ……依頼を受ける初心者をまとめて、

 色々と指導する……金額的にギルドに都合がよすぎないかな?」


ミリーが若干機嫌が悪そうに言うのも無理は無いだろう。


そこに記されていた報酬は、相応の時間をとられることを

考えれば決して高くは無いといえる。


「かもしれん。ただ、報酬の条件に特別な事情が無い限りは、

 同じ依頼を達成したものとして扱われる。

 まあ、面倒見る分のお金は手当てとして付くぞ、ということだな」


「なるほどね。でも、なんで私たちなの?

 そんなにここでは依頼をこなしてないはずだけど……」


困惑した様子のキャニーに、事務員は座りなおして

大げさに頷く。


「確かに、直接はこなしてもらってないな。ただ、あのファクトと

 一緒に旅をしていて生き残っている。それで十分だと俺は思うぜ。

 何より、あんたらは十分強い。俺の経験がそういっている」


やはり彼はただの事務員ではなく、

元冒険者か何かなのだろうと姉妹がそう思うほど、

事務員の言葉には実感がこもっていた。


もしかしたら、以前の戦いで引退した冒険者なのかもしれない。


そうミリーは考え、カウンター越しに見えた松葉杖を見なかったことにした。


「まあ、いいわ。これ、受けるから適当に見繕ってくれればいいわ」


半日後、既に夕暮れの町の片隅で、

7人の人影が集まっていた。


まだ年若い少年少女5人に、彼らよりは大人に見える女2人。


キャニーとミリー、そして冒険者の5人である。


「えーっと、ミッツくんが盗賊で、リックくんが槍で前衛ね。

 後はテランちゃんが魔法使いで、マリューちゃんが今のところ鈍器使い?

 後はアリスちゃんが剣と。まあ、丁度いいかな?」


「今回の依頼内容なら、ポーションで十分でしょうからね」


自己紹介を終えた7人は、街の入り口で準備をしていた。


街を出て、依頼をこなす準備を。


キャニーの横で、黙々と装備の点検をしているのはミッツ。


盗賊、とギルドが枠組みを決めているスタイルを目指す少年だ。


鍵開けから罠の解除、危険察知や追跡など、

将来的には冒険に必須になるだろう技能の習得を目指している。


同じく槍の様子を確かめている少年はリック。


少し弱気なところが自分でも弱点だと自覚している。


幼馴染の少年が冒険者として旅立ってしまったので、

自分も出来るだけやってみたいと思い立ち、冒険者となったという。


自分のことを臆病だとリックは言うが、

恐怖を忘れては生きていけないとキャニーは思い、

逆に彼のことを気に入っている。


占いにでも使いそうな大きさの水晶球を先端にはめ、

両手で扱うタイプの杖を手にしているのはテランという少女。


ゆったりとしたローブに、とんがり帽子。


物語に出てくる過去の英雄そのままの姿に、

駆け出し具合を余計に姉妹が感じているのは確かだった。


だが、探索の魔法をあわせた攻撃魔法は

誘導しているかのような命中精度を誇るという。


まだ数が撃てないのが駆け出しらしいところだが……。


馬に乗せる荷物を点検し、その髪を揺らしているのはマリュー。


どこぞのいいところの娘だろうことは、

他の6人全員が気が付いている。


それでも口に出さないのは、彼女が冒険者として真面目であり、

家のことを一切口に出さないからだ。


ただ、化粧をして髪も整えているとどうにも目立つことだけは

一緒に行動していたという女性2人は、何とかして欲しいと考えているようだった。


そして既に緊張感MAXという様子で、

長剣を鞘から抜いたりしまったりと確かめているのがアリス。


動きを邪魔しない程度に各所を覆わせたレザーメイルに、

両手で持つと丁度よさそうな長剣。


踏み込むその力強さは、意外と鍛えてるのだな、と

キャニーに思わせるだけの迫力があった。


「ふぎゃっ!?」


「足元に気をつけなさいよね」


ただ1点、なんでもないような石にけつまずく様なドジ具合が問題であった。


普通であれば宿に泊まっているだろう時間帯。


わざわざこの時間に出発するのには理由がある。


夜にだけ光るという、特殊な薬草を採取する依頼を

7人で受けたからであった。


その採取先は、姉妹が受けた謎の動物がいたという森の方向であった。


不安と、期待の入り混じった旅が始まる。

投稿したと思ったらしていなかった……。

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