148「廻る銀の力-3」
何故だか完全に2回ほど書き直すことに。
良く晴れたその日、オブリーンの王都を
護衛の騎士を前後に引き連れて馬車が出発する。
10台もの馬車とそれぞれにつく護衛。
それだけでもある種異様な雰囲気の一団ではあるはずだが、
不気味であるといったことや、高圧的な様子はない。
それは街の人々が集団の目的を知っていることもあるだろうし、
俺も含め、服装や装備が儀礼用の美しさを重視したものということもあるだろう。
今回の目的地はとある山の麓……なのではあるが……。
「この進み方だと結構時間がかかりそうだが?」
「確かにそうだね。でもマイン王は一週間もいらないといっていた……。
ということは近くに遺跡でもあると見ておいたほうがいいだろうね。
君の言っていた転送ポールの類だ」
揺られる馬車の中、俺はイリスと俺だけという
贅沢な空間で話し合っていた。
白い生地で仕立てられたマントには
綺麗な刺繍まで施され、微妙に居心地が悪い。
その気分を誤魔化すように馬車に積まれた荷物に視線をやる。
少し顔を出している精霊からも、
中身が相応に質のいい武具、あるいはそういった素材を使ったものだとわかる。
「ん? おお、こんなに精霊がいるのか。すごいね」
馬車の荷物を見ているらしいイリスのその声にそちらを見れば、
何か眼鏡のようなものをかけている彼女がいた。
「魔力か精霊でも見えるようになる遺物か?」
「ご名答。魔法の素養が少なくても、見るぐらいは出来るようになるみたいだね。
ああ、君は使わないほうがいい、きっと見えすぎるだろう」
試しに借りて、にちらっとレンズ越しに外を見てみたが、
すぐに見るのをやめた。
さすがに空気や地面、木々にまであちこちに
姿が見えるのではどちらかというと、怖い。
恐らくは自我のような意識もなく、姿を見せるだけの力もないので
まるで入れ物だけあるように見えるからだろうが……。
「確かにちょっと辛いな。でもこれは便利だ。たくさん作れれば、
探索の際にも色々とわかりそうだ」
「ふふ……ガラクタで持ち込まれた中から本物を見つけるのには役立っているよ。
大なり小なり、本物の遺物はそれだけ精霊が違うからね」
たまに、上等な素材を使っただけのアンティークなカップ、
といったものもあるらしいが、それはそれ、いい品ということのようだった。
時間にして3時間もないだろう。
王都は遠くになってきた頃、森の中にある広い広場へと到着する。
「ここは……」
馬車から顔を出した俺は、周囲を見渡すと同時に
どこか覚えのある空間に戸惑っていた。
(そうだ、あの狼もどきの……)
視線の先にあるのは、ただの岩のようでありながら、
強度があることがここからでもわかるそれらで作られたサークル。
あの時は風の精霊が集まっているという場所だった。
だが、これは違う。
いや、もっと前から知っている。
そう、俺の記憶が言っている。
「今から魔法の儀式をするらしいから中に入るように言われたよ」
「ああ……」
王も一緒なのだ、何か危ないことということはないだろう。
馬車が次々とストーンサークルの中に入り、
配置が完了したところで魔法使いらしい数名が詠唱を始める。
それらの位置はストーンサークルの円周上に
特定の間隔を保ったものだ。
青、赤、緑、黄、白、そして黒。
よくある誤解だが、黒いオーラの魔法、
所謂闇魔法とでも言われそうな類の魔法だが、
それ自体はいつかの戦いにあったようなアンデッドにしてしまうようなものとは別物だ。
昼間の光も、夜の闇も自然そのもの。
片方だけというわけにはいかない。
魔力が、色を伴ってサークルの円周上をめぐり、
魔法陣と呼べるようなものを描き始めたとき、俺は悟る。
この遺跡の正体をだ。
(やはり、転送陣!)
ゲームによくある、有料・無料を問わずに存在する
転送魔法陣である。
ポールのそれと効果はほぼ同じ。
違いといえば、踏むだけで発動したり、
メニューがポップすることぐらいだろうか。
後は、演出上、雰囲気を出すために良く使われていた。
例えば、都市間の移動のロード画面であったり、
街から特定の場所へと転送するときのロード画面であったりと、
基本的には読み込み時のものだ。
見覚えがあっても思い出せなかったのは仕方がないと思いたい。
見えるのはロード時だけだし、じっくり見るだとか、
意識するようなものでもないからだ。
舞う魔力が、風のように俺たちを軽い圧迫として包み込む。
同時にあたりに飛ぶ精霊。
その後を追うように広がる無数の文字らしきもの。
魔法陣そのものとは違うそれは、魔法使いたちの詠唱そのものに思えた。
「古語……? ん?」
俺は隣でイリスがつぶやくのを聞きながら、
目に入る言葉に思わずつぶやいていた。
「誘え、遠くへ。導け、約束の地へ。
我は返す、精霊の恵み。我願うは……新たなる精霊の恵み」
詠唱完了から発動までに時間はあったのだろう。
魔法陣が真っ白に光り、浮遊感に襲われたのは
俺が飛び交う文字を読み終えてからだった。
白。
その場所に俺が抱いた感想はまずそれだった。
「ファクト様、儀式までに時間が少しかかるので、
遺跡はご自由に探索して構わないとのことです」
「ああ、わかった」
王からの言葉を伝えてきた伝令に、
いつごろには戻っていなければいけないかといったことを
俺は確認することを忘れたまま、どこか上の空といった様子で答えていた。
幸いにも、伝令はそんな俺に気が付かないまま、その場を立ち去っていく。
そして、儀式に必要だという物資を積んだ馬車が道を進む。
廃墟と化した、白の街を。
「これは興味深いね。私も少し歩いてくるよ」
「ああ、そうだな。俺も少し歩くとするよ」
イリスは気が付いているのかいないのか、
小さくそういって、離れていく。
丁度一人になりたかったのだ、ありがたい。
時折感じる人の気配は、近衛や護衛の面々だろう。
ちなみに、転送陣の起動には、
陣の中心に王族がいる必要があるらしい。
王は、過去に悪用を恐れて、そのように祖先が陣を改良したといっていた。
だが、そんな言葉も今の俺には少し遠い出来事だった。
(この井戸の向かいにパン屋。そしてあっちには道具屋)
ぶつぶつと、心の中で言葉が紡がれる。
幻視、とでも言うのだろうか。
俺の視界には、いつか見たMDの景色が写っていた。
白の街──クリディアス・ソレイン
それはゲームとしてのMDの頃、
俺が拠点にしていた街の1つだ。
VRという世界を思い切り楽しむことのできる場所の1つでもあり、
朝夕、太陽の光が街を染め、白く、赤く光り輝くようですらあった。
思えば、オブリーンの王都はゲームには当然なかった。
だがどこか見覚えがあったのは、恐らくはここを参考にして
作り出された都だからだろう。
いつしか歩きは小走りとなり、
そして疾走となる。
「この角を曲がって、通りを突き当たって右っ」
それはいつかの記憶。
行き着いた先にいるはずなのは、ユニークボスすら
撃破したというレイピアを構えた小柄な少女……。
「わかっては……いたさ」
当然、そこにあるのは青々とした木々と広間、
ではなく荒れ果てた広間に崩れ落ちた家屋。
むしろ、1000年経過しているというのに、
まだ全体的に何があったかわかるだけ奇跡的といえるだろう。
詳しくはわからないが、街全体を覆う結界、
ゲームとして言えばモンスターが入ってこない仕様の物が
設定としてはあったはずだ。
精霊戦争のような戦いの際、多くは消失してしまったか、
魔力切れを起こして眠ったらしいが……。
それが、影響しているのだろう。
理屈はともかく、何か膜のようなものが周囲に展開しているのを
俺の体は感じ取っているからだ。
人の気配もなく、時折吹く風が俺の体をなでる。
覚悟は決めたつもりだった。
手の中で消える命、戦場で散る命。
街で行き交う人々の笑顔。
架空じゃない、本当の命。
自分で味わい、あちこちで繰り返される人生という営みに、
わかっていたはずだった。
いや、わかってはいるのだ。
だが、それでも。
湧き出る泉のように、望郷の念があふれるのを
その時の俺は上手く抑えることは出来なかった。
「くそっ!」
かなり薄れてきたと思っていた、
ゲームで過ごした思い出、そして、元の世界での出来事が
蛇口をひねったかのようにあふれてくる。
もし、キャニーやミリーと、皆と出会っていなかったら
何で俺が、と叫び散らしていたことだろう。
大人気なく、崩れかけていた瓦礫の一角を
ステータスをそのまま乗せて八つ当たり気味に蹴る。
かなり大きかったその瓦礫は、
俺のステータスを持ってしても転がるぐらいで済むほど大きく、
反対に俺の右足は痛みに襲われていた。
そう、痛いのだ。
(だから、現実だっ)
ともすればここが夢だとか思いそうになる心を
落ち着かせるように深呼吸する。
と、無意識に握り締めた手のひらで、
つけたままの指輪が2つ、光る。
2人に会いたい、俺はそのとき素直にそう思った。
10代の子供のようなその感情に、
勝手なことだと我ながら思う。
ふっと、何かが頬を撫でたような気がした。
それは精霊だ。
精霊が俺に集まったかと思うと、
ほっぺたを撫でてくる。
そこに感じる何か。
「泣いているのか、俺は」
気が付かないうちに、泣いていたようだった。
まだ自我がある様子はないが、
精霊たちは俺の気持ちが落ち着いたのがわかるのか、
いつの間にか姿を消していた。
「出来ることはやってから、考えよう」
元の世界に戻るのか、戻されるのか。
そもそも俺が本当に俺なのか。
どの正解が待っているにせよ、やれるだけのことをやってからでなくては、
後悔する気がした。
「やあ、どうだった? 私の方は特に収穫はなかったよ」
「同じようなものさ」
最初にイリスと分かれた場所に戻ってくると、
伝令らしい兵士とイリスが談笑しているところだった。
「そろそろ準備が整うだろうとのことです。こちらへ」
兵士に先導され、俺とイリスは歩き始める。
(ここがあの街で、行う事が聞いている範囲のことなら……もしや)
この廃墟があの街ならば、今回の儀式の正体に見当は付く。
それはMDでのメニューの1つ。
メニューといっても特別なものではなく、
コンフィグやらオプションやら、そんなものの1つだ。
MDにもゲームである以上、色々なメニューは存在した。
メニュー一覧の画面からはマップは元より、修理であったり補給、
宿のシステム、アイテム売買、教会のような場所での有料の魔法の紹介や
ショートカット等が利用できた。
他に、フィールドや建物にもメニューがポップする箇所はある。
転送ポールや陣であったり、ゴミ箱であったり。
そう、ただの捨てるという行動にも
MDには2種類ある。
1つはまさにゴミ箱に捨てる。
もう1つは、俺がマナリコールと名づけた方法だ。
多少の製作系統のスキルなどを取得すると行える方法。
ほぼ全てのプレイヤーが行え、低レベルの装備でも
場合によっては上位装備に必要な素材につながる中間的な
素材になることもある行為。
ゲームではただ単に素材が手に入るから行っていた行動。
だがこの世界ではこの行為には大きな意味がある。
既にやったように、世界へと精霊が帰るのだ。
長い目で見れば、非常に重要なことだ。
だがこの魔法、というか行為は一般的ではないようだ。
これまでにも調べてみたが、ほとんど行われた記録はなかった。
使用する魔法使いを見た事がないことから、
戦争によって失われた手法の1つなのだろう。
そして、俺はこれが最近資源が不足しているという話に
つながっているのではないかと思っている。
水にも、木にも、山にも、そして空にも。
精霊はどこにでもいて、それらをある意味守っている。
一見同じような森でも、精霊が少ない森は
余り動物もいないし、木々にも元気がないということになる。
栄養状態だとか、そういったものとは別の、何か。
銀不足を始めとする話は、
精霊が世界に帰っていないからではないだろうか?
例えばいつかのおぞましい魔法のように、精霊が精霊では
なくなっていることも時折あったのだろう。
つまりは、今の世界には自由な精霊の絶対数が不足している。
1年単位で見ればちょっとした数。
それでも100年、200年と時間がたつごとに
きっとその数が徐々に減っていったのだ。
そんな話の答えが、
案内された建物の中にある。
「王が中でお待ちです。儀式に立ち会って欲しいそうです」
俺はそんな兵士の案内に頷き、
横を歩くイリスと共にゆっくりと扉をくぐる。
途中はまさに廃墟という様相で、
建物は崩れ去っていたのだがここは違う。
うっすらと、魔力すら感じる。
当時の物なのか、途中から保護されるようになったのかはわからないが、
周囲の建物と比べ、ここだけ時間が別のように思えるほどに
ちゃんと建物になっていた。
差し込む陽光に照らされた場所にあるのは像。
絡み合い、互いに食べあう白蛇の像。
その下にはいくつもの台座、壷、といったものが並ぶ。
そこにマイン王はいた。
「来たか。では始めよう」
王の言葉を聞きながら、俺は像に目をやっていた。
その姿は、捨てる以外の方法、
素材に還元する際に背景として
メニューの後ろに表示されていた像そのものだった。