表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
164/292

147「廻る銀の力-2」

追いかけてくる。


逃げても、逃げても。


それもそのはず。


相手は動物でも人でもない。


相手は霧のように、風のように、

お腹から体を這うようにして俺の鼻に群がる。


子供が嫌がるような幼稚な仕草で、

思わず首を振り、手を前で左右に揺らすが状況は変わらない。


これはそう、道路を歩いていたときに、

看板でも塗っていたらしい現場から、

何かの塗料が器ごとぶつかってきたときの……匂いだ。





「はっ!?」


「目覚めたようだね。気分はどうだい」


覚醒したての、まとまらない思考。


それでも目に見えるのが、綺麗に掃除された部屋で、

自分がベッドに横たわっていることはわかった。


「余り良くは……イリス? なんでここに」


横に立つ女性の姿は俺の知るイリスとは

面影はあるがすぐにはわからないものだった。


「この国で今は研究をやらせてもらっているのさ。

 ああ、この格好かい? ほら、王女達に悪影響だからって、ね」


着飾るのは嫌いじゃないが、研究には邪魔だね、と

イリスは笑いながら右手に持った小瓶を揺らす。


前より伸びた黒髪は、手入れがされていることが良くわかる輝きを放つ。


服装も、白衣のようであるがどこか質の高そうな、そんなものだ。


所々汚れているのは、彼女らしいといえるだろう。


「何かと汚れるから、こんな高いのじゃもったいないと思うんだがね。

 せめてこの中にいるときは高いほうを着てくださいと言われたんじゃしょうがないさ。

 それにしても、これでしばらく起きないとは、よっぽどだったんだね」


言いながら前に出してくる右手の小瓶は異様な気配だ。


地球での記憶に習い、直接かぐようなことはせずに

手で仰ぐようにしてその刺激臭に悶絶する。


「くぁっ!? なんだこれ」


近いものはアンモニア、所謂気付薬の類だろうか?


離れるとすぐに匂いがなくなるあたり、

ある種の被害は広がりにくい薬品のようだ。


「とある怪物の体液を濃縮したものさ。

 うまく使うと一撃で昏倒させられる。

 冒険者の小技の一つってやつさ」


小瓶に蓋をしたイリスが、そういって椅子に座る。


俺はそれを見ながら、体を起こしてその調子を確かめる。


頭がまだ痛いような気もするが、それ以外に問題はなさそうだ。


衣服もそのままだし、口を紐で縛り、

たすきがけのようにしていたアイテムボックス兼布袋も足元においてある。


「今更だが、ここはオブリーンの王城か?」


「ああ。正確には離れのほうだがね。さすがに気絶したままの君を、

 運びこむわけにはいかなかったんだろう」


ほら、と指差される先には女性。


見覚えは一応ある、というか街で見たような?


名前聞いたっけな?と考える間に、

その女性はすばやく目の前にくると、

唐突に土下座した。


手にしていたメイスを横に置き、ザ・土下座って状態だ。


「申し訳ありませんでした!」


ああ、この世界にも土下座ってあるんだ?とどこかで思いながら、

ようやく追いついてきた事態に俺は慌てる。


「と、とりあえず顔を上げてくれないかな」


他の人間の目があるところで、人を土下座させる趣味は

今のところ、俺には無い。


相手がここまで必死だとなおさらだ。


ところが、侍女服を着た彼女は顔を上げない。


「いいえ、シルフィ様にお叱りを受けました。

 ファクト様が賓客どころか、国を、王を助けてくださった方だと。

 そんな方に手を出したとあっては、この首一つでは収まりません!

 ですが、せめて一言お詫びをするまでは……と」


侍女さんの口から語られる内容に、

確かにそういう見方も出来るか、と考え込む。


その沈黙をどう受取ったのか、

土下座したままの侍女さんが顔を上げる。


その表情は、ぞっとするほど覚悟を決めた顔だった。


状況を問いただす前に、彼女は懐に手をやった。


何を、という前に部屋に差し込む陽光に何かが反射する。


「つっ!」


「何をなされますっ」


取り出されたのはナイフほどの刃物。


状況から、恐らくは自決用。


考えが追いついてきたのは、俺がとっさに彼女に駆け寄り、

手のひらで刃先を受け止めつつ、首からその切っ先をそらしてからだった。


とっさのこととはいえ、俺の防御をナイフが突き破ってくるあたり、

彼女は見た目以上の強さで、相応の実力があることがわかる。


そばにいるイリスが息を呑むのが気配でわかるが、

それに構っている余裕は無い。


「申し訳ないと思うなら、死ぬことで逃げないで償いの方法を聞いてからにしてくれないか。

 ひとまずは、外で慌てているシルフィ王女に声をかけてからだな」


「姫様が!? いえ、それはともかく、お怪我は!」


部屋の外で、複数の気配が動揺に包まれているのがわかる。


覚えのある気配があることから、その一人はシルフィだろう。


イリスが気を利かせて、ドアを開けると確かにそこには

近衛数名とシルフィ王女。


近衛も、唐突な状況に動くに動けないようだった。


「ああ、シルフィ王女。こんな格好ですまないな。彼女は無事だ。

 俺は……まあ、舐めておけば治る」


硬直して、立ち上がれないままの侍女さんに目をやりながら、

震えるナイフをそっと抜き取り、ナイフのささった右手をそっと閉じる。


「あ、あの……」


「ん? ああ、高そうな絨毯を汚してしまったな。血はとれないという。

 いくらぐらいするものかな、こいつは」


おどおどと声をかけてくるシルフィに俺はそう返答し、

価値を聞くべくイリスを見る。


「いや、ファクト。君も鋭いようで鈍いね。君が何故そんなに落ち着いているのか、

 彼女たちはわかっていないようだよ」


言われて2人を見れば、確かにそのようだった。


「えーっと……あれ、名前知らないな」


「クリュエル、侍女長のクリュエルですわ」


俺が名前を呼ぼうとして、知らないことに気が付いたのか、

シルフィが震える声でそういってくる。


「わかった。えっと、クリュエル?」


「は、はいっ!」


俺の問いかけに、びくんっと体を震わせてこちらを見るクリュエル。


(あ、この人可愛い系だ)


歳は30半ばから後半ぐらいだろうか?


10台や20台にはない雰囲気だからそう思ったわけだが、

どんな化粧をしているのか、良く見ると若々しい。


「まず、俺は怒ってない。状況から、俺を殴ったのは正しいと思う。

 外から見たら、確かに少女をたぶらかす悪漢の図だからな」


思い出してみれば、むしろ怪しくないというほうが無理だ。


「次に、シルフィ王女や……オブリーン王だって直接処罰するつもりはなかっただろう。

 もしその気があれば、生きて俺の前にはいない。首が出されてはい、終わりだ。

 そうだろう、シルフィ王女」


「え? あ、はい! むしろ目が覚めたら、私も含めて2人でファクト様に謝罪しよう、

 そういったつもりだったので……」


ようやく落ち着いてきたのか、シルフィが部屋の中に入ってくると、

まだ座り込んだままのクリュエルに近寄ると、そっと抱きしめる。


「ごめんなさい。私が外に遊びに出たばっかりに」


「姫様……」


可愛い系2人が……などと考えている場合でもないか。


宣言どおり、すぐにふさがった怪我の箇所を見せながら、

2人を交えて話し合う。


その間、困惑したままの様子の近衛2人がドアのところに

立ったままだったのは気の毒だった。






テラスは笑いに包まれていた。


主に1人の。


「お父様、笑い事ではないですよ」


「すまん。何、クリュエルは無事で、誤解も解けたのだろう?

 ならば何も問題ないではないか」


玉座の間にあるテラスにて、出されたお茶を丸いテーブルを

囲みながらのお茶会。


王の横に座る女性、シルヴィア王女のたしなめの声にも、

マイン王はそういって笑顔のままだった。


実際、既に謝罪は受取っている。


俺からどうこう言うこともないので、

預かった親書を渡すと共に、雑談に興じているというわけだ。


例の指輪による影響はもうすっかり無くなったようで、

今にも冒険に出かけそうな、そんな勢いを感じた。


「見事な一撃だったのは間違いない。敵だったなら、あの後トドメを刺されて終わり、

 という状況だったわけで」


「うむ。護衛としては非常に優秀というわけだな」


俺のおどけたようなその台詞に、マイン王は乗っかった上で、

ずずっと身を乗り出すようにこちらに顔を向ける。


「自分としては誤解が誤解でなくなってもかまわんのだがな。

 話は聞いているぞ。面白いことをしているそうではないか、ファクトよ」


そういってこちらを見てくる瞳は、

王の、治めるものの目。


「鳥は籠で愛でる物ではなく、飛ぶ様を眺めるものだと思いますよ。

 ああ、後……あの2人と将来を誓ったので誤解は誤解のままってことで」


(体格的には姉妹と一部を除いてそう変わらないかもしれないが、

 歳が歳だしな、さすがに範囲外……というのは説得力が無いか)


脳内で姉妹とシルフィ王女を比較するも、

外から見たときにどう思われるかを考えた俺は、

話を変えるべく例のポーションを1本、テーブルに置く。


「親書にあった実際の製品がこれになります。

 訓練にせよ、警備にしても、これが安定して確保できれば……」


安定した補給は長期の戦いにおいて重要なポイントとなる。


歴史を続けていくという、国を維持する長期戦にも

補給、回復手段の確保というのは大切なのは言うまでも無い。


幸いにも、サボタンは雪山や火山、砂漠を除けば

通常の土地には探せばあちこちにいるようだった。


それは普段生息するのがいつかのような回復の泉や、

その類の近くと設定で決まっていた名残だとは思うが……。


ジェレミアだけでなく、オブリーンでもポーションは量産が可能なのだ。


「担当者に渡しておこう。おお、そうだ。ファクトよ、

 三日後から少し付き合ってもらおう」


「まさか、どこかに何かの討伐に行くとか言い出さないですよね?」


とっさにそんな言葉が口を出るが、どうやら杞憂だったようだ。


シルヴィア王女、シルフィ王女は苦笑しているし、

お茶のために後ろに待機している侍女さんたちも

表には出ないが明るい雰囲気だ。


あれ、そういえば……。


「シンシア王女がここにいないことに関係してたりします?」


「いや、娘は、シンシアはアルスと共に冒険に出ておる。

 羨ましいことにな……おっと」


横にいるシルヴィア王女にギンっとばかりににらまれ、

王は自分の口を慌ててふさぐ。


どうやら、危ないまねはしないで欲しいというように

長女にお願いでもされているようだった。


「もうすぐ年に一度の豊穣の祈りがあるのです。

 その時の王が必ず行う重要な儀式のようなものですわ」


シルフィ王女がそういって、テラスから近くの、

といっても遥か遠くの山脈よりは近いだけだが……なある山のほうを指差す。


スピキュールとは別の方向の山だ。


目を凝らすと、山の麓当たりにそれらしき何か建物のようなものが見えた。


あれが建造物だとしたら、かなり巨大だということになる。


「あの山は建国以来、ずっとあの姿を保っている。

 まるで後ろの山脈に向かうものを見張っているようにな。

 その中腹に遺跡があるのだがそこに毎年、供物を収めるのだ」


「それだけならわざわざ付いていかせる理由が無いはず。

 となると?」


俺が先を促すと、我が意を得たりとばかりに

マイン王は大きく頷く。


「うむ。冒険に出る前にな、シンシアが言ったのだ。

 次の豊穣祭にはファクト様に横にいていただくべきです、と。

 理由は本人もわからんそうだ。ただ、そう感じたと」


いつ呼び出そうかというときに自分から尋ねてきたのだ。


マイン王としてはまさに幸いというべきか。


話を聞きながら、俺はシンシアや

他にもいるだろう予言、予知能力者にふと、思うことがあった。


彼女らは、もしかしてこの世界がMDというゲームだったころの

システム、つまるところ世界の意思にどこかで触れているのではないかという……。


何かの予感を胸に、俺は約束の日時を決め、

用意された部屋へと向かうのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご覧いただきありがとうございます。その1アクセス、あるいは評価やブックマーク1つ1つが糧になります。
○他にも同時に連載中です。よかったらどうぞ
続編:マテリアルドライブ2~僕の切り札はご先祖様~:http://ncode.syosetu.com/n3658cy/
完結済み:兄馬鹿勇者は妹魔王と静かに暮らしたい~シスコンは治す薬がありません~:http://ncode.syosetu.com/n8526dn/
ムーンリヴァイヴ~元英雄は過去と未来を取り戻す~:http://ncode.syosetu.com/n8787ea/
宝石娘(幼)達と行く異世界チートライフ!~聖剣を少女に挿し込むのが最終手段です~:http://ncode.syosetu.com/n1254dp/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ