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145-外伝「その後の六人」

(目をそらさず、むしろ睨み返せ)


ボクは絵画のような構図のまま、互いの間合いに入っている相手を

教えどおりに視線をそらさず、逆に睨み返すために

なけなしの勇気をかき集めていた。


対峙する相手は牛ほどの大きさの狼。


怪物としてはある意味一般的で、ゴブリンより強いと評判のグレイウルフ。


数ヶ月前なら、逃げることすら出来たか怪しいような相手と、

こうして武器を手にして戦っているのにはわけがある。


(それもこれも、生き残ったらの話だけどね)


ここを抜けさせるわけには行かない。


なにせ、少し行けばそこには自分の村があるのだから。


フッフッと、興奮からか荒くなっているグレイウルフの声を聞きながら、

いつ突撃してくるかわからない相手の動きを見逃さないように睨み付ける。


一匹しかいないところを見ると、縄張りを追われてはぐれたのだろうか?


いずれにしても、ここで時間を稼がなければならない。


頼りになる相棒が戻ってくるまで、生き残っていなければいけないのだ。


本当ならば、2人で少し余裕を持てたかもしれないが、

運悪くゴブリンが畑を襲いに来ているというので

ハリソンにはそちらに先にいってもらっている。


というわけで、ボクは今1人なのだ。


「うわぁああ!!」


ぐぐっと体を沈め、突撃してくると察したボクは、

手にしていた斧を教えどおりに振りぬいていた。





──三日前


「狼が出ただって?」


「そうさ、ガリス。あんたのとこの妹が丘の上から森の中にいるのを見かけたってよ」


アルミッタさんの依頼を受けた後、色々あって

数ヵ月後、ボクはハリソンと一緒に村に戻っていた。


冒険者の引退じゃなく、所謂里帰りってやつさ。


もっとも、数ヶ月前までは恥ずかしくて戻るどころじゃなかったけどね。


なんとか、村に次の年のための種芋や、壊れた農具、

いざというときの薬草なんかを用意するぐらいの蓄えは作れたからだ。


お土産というには少々多いお土産を手に、

久しぶりに戻ってきたボクとハリソンを村の人や家族は

思ったより好意的に迎えてくれた。


出て行ったという感情は勿論あるのだろうけど、

生きて戻ってきた、しかも少なくない稼ぎを持って、

というのは悪感情を上書きしてくれるぐらいの衝撃はあったらしい。


お墓参りも済ませて、久しぶりの村の空気を味わっていたときの話だ。


村のそば、これまでめったに狼どころかゴブリンすら見たことがなかった森で、

グレイウルフを見かけたというのだ。


妹一人の目撃なら、大きい狼を見間違えたとすることもできたのかもしれない。


でも、妹だけじゃなかった。


「本当らしいな。うちのじじいも見たってよ」


「ハリソン、そっか」


一仕事終えた後なのか、クワを肩に、ハリソンが近づいてくる。


「だけど、一匹だけみたいだ。どうする?」


どうする、とはいつやるか、ということだとボクは思った。


どこかに行くのをただ待つには、グレイウルフは強すぎる。


見えたと思えば駆け寄ってくる速さ、

狼らしい頭のよさ。


正直、妹が風上にいたらもう命は無かったはずだ。


「準備しよう。幸いにも、当たれば何とかなると思うし」


そう、なんとかなる。


ファクト先輩に売ってもらった2人の武器であれば。


思えばこの数ヶ月は新鮮すぎる日々だった。


ボクら以外とも一緒に過ごした強烈としかいえない訓練は、

突破できたからよかったものの、苦痛だった。


毎日毎日、意識を失う寸前まで行われる訓練。


入れ替わり立ち代りの熟練冒険者による、

実戦を交えた訓練。


そして、人間業と思えない熟練者同士の対戦。


そして訓練はファクト先輩の言葉で締めくくられた。


今はまだ身に付かないかもしれない。


でも、今日までの訓練はいつの日か、一人一人の力として発揮される。


だから生き残れ、それが全ての始まりだと。


そう、生き残らなければ未来は無い。


ボクに、じゃない。


村の皆、妹の未来だ。


「よし、俺はみんなに柵を作るように言ってくる。

 丁度使えそうな木はガリスが既に切ってくれているしな」


ハリソンに頷き、ボクは家に戻り、妹にそのことを伝え、

壁に立てかけておいた斧を手にする。


生き残るための、戦いだ。







──とある酒場


「うう、なんでこんな格好を……」


「仕方ないよ。依頼主は可愛い女の子に見えるなら男でもいいっていうんだから」


私の名前はラナーヤ。


色々あって孤児院にお世話になっている13歳の冒険者だ。


孤児院のおじさんや、酒場の先輩は少し冒険者をするには

早いんじゃないかって心配してくれている。


でも、パンにお肉が一切れつくだけで喜ぶ弟や妹の顔を見たら、

黙っているわけにはいかないと思う。


この国、この街の人は良くしてくれていると思うけど、

それとそれに甘えるのは別の話だ。


なんにしても、お金はかかる。


稼げるなら自分で稼ぎたいのが正直なところなのだ。


残念なことに、私は所謂夜の蝶になるには器量がよくない。


勿論、そういう趣味の人もいるだろうけど、演技は苦手なのだ。


やれることは少なくても、苦労してでも冒険者を、続ける必要があった。


それでもあの日から、私たち初心者の暗さは少しずつなくなっていると思う。


不思議な、時々、おじいちゃんなんじゃないかってぐらい年寄り臭いことを

真面目に言う冒険者の先輩達のおかげで。


「本当にコボルトが人間の女だけを狙うのかしらね。

 占いでも間違ってはいない、って出るから信じるけども」


揺れる馬車の上、同じく御者席に座る少女、ミンシアが言うのは今回の依頼の相手のことだ。


曰く、街道を通る馬車を襲うコボルトの話。


これだけならよくある話なのだけど、今回は少し違う。


荷物よりも、女の御者や、馬車に乗っている女性を狙って誘拐をしようとするらしい。


幸いにも、今のところは護衛の冒険者や、雇われの傭兵で

被害は防げているらしい。


でも、それは解決になっていない。


かといって強い冒険者で女性というのは、正直に言って少ない。


その上、コボルトは臆病なところがあるので

相手が完全に自分より格上だとわかるとすぐに逃げるのだ。


さあどうするというところで一案が出る。


丁度よさそうな女性冒険者達で退治してもらったらどうか、と。


報酬は襲われなくても出る。


襲われて、撃退して、さらに巣まで見つければ倍ってやつね。


「ラナーヤは何も無くてもパンとかを

 安く売ってもらうことを約束したんだからいいだろうけどさ」


なおも苦情を言ってくるナディールだが、気持ちは確かにわかる。


逆に自分が男の格好をして過ごせ、といわれたら

確かにちょっと遠慮したい。


でも……。


「大丈夫。どこから見ても女の子よ。きっとみんなもそういうんじゃない?」


「ええ。むしろ、最初のうちは女の子と思われてたみたいだしね」


理由無く伸ばしている髪は肩口ほどまであり、

手入れもしていないというのにサラサラしている。


さらには本人は男らしくないと気にしているみたいだが、

顔立ちは女性に近い。


現に、衣服を整えたナディールはちょっと影のある女の子そのものだ。


正直、色々とよこせといいたいぐらい。


そんなナディールを慰め、いや、からかいながらだろうか?


私たちの乗る馬車は街道を進む。


今回、私の武器にはショートソードが加わっている。


腰帯にそれをぶら下げ、手には弓。


弓をメインに、近接にすばやく移行して、戦う。


数ヶ月の訓練は弓と近接戦の切り替えと習熟に多く費やされていた。


その分、弓も一般的なそれと違い、とり回しが便利な

小さめのものだ。


その分、ロングボウと呼ばれるものと比べて威力は低いと説明を受けている。


正直、当たればどちらも変わらないぐらい強いものを売ってもらっているのだけど、

熟練者の助言はしっかりと聞いておかなくちゃいけない。


魔法使いの2人を後衛に、弓を加えて最初は遠距離の掃討、

距離が詰まったらショートソードで前衛をこなす。


それが今の私の役目だ。


本当はもう1人、前衛専属がいるといいのだが、

残念ながら女性の冒険者で前衛だけをやる、しかも初心者はいなかったのだ。


「さあて、お肉のためにがんばりますか!」


声を出す私の手の中で、とある訓練達成の報酬としてファクトさんに渡された宝玉が

色を赤く変えていた。


300歩以内に、魔物がいる証拠だ。










「この町のギルドは初めての利用ですね? じゃあこちらを書いてください。

 もし書けなければ代筆もしますよ」


我ながら小さめの声がカウンター越しの相手に無事に届いたことに安心しながら、

私は金属鎧を身につけた、青年を超えたぐらいの冒険者に視線を向ける。


背中に背負われた大剣は鞘にも傷が多く、

経験のまだ少ない自分ですら、熟練具合を感じられる得物だ。


まるで病床の時、本で読んだ物語のようだ。


「これで、いいか。随分と細かいんだな」


「ありがとうございます。細かすぎて面倒だっていう人もやっぱりいますよ。

 でも、依頼を受けていざというときに、これができる、出来ない、が

 後からわかるのはやはり大変みたいで……」


強面の、でも瞳に優しさもあるその男性は

書かなければいけない書類の分量に少し疲れたようだった。


確かに、自分で自分のことを細かく書くというのは意外と大変で、

書きたくないようなことも必要としているからなおさらだと思う。


名前、年齢は当たり前で、出身地は任意だけど、

得意な武器、苦手な武器、得意なこと、苦手なこと等等。


ギルドが今のようになって最初は、

自分のことを知られるのは問題だ、と考える冒険者も

少なくなかったらしいけれど、すぐにそれも収まったと聞いている。


何が出来て出来ないのか。


はっきりした冒険者が早々と依頼を決めていく姿に皆が納得したからなのだという。


他にも、ギルドが苦手なことの克服の相談を受けたり、

その助言を行うことも依頼に加えてくれたのも大きいと聞いている。


「そうか。確かに自分も冒険の仲間を探すときにこれだけわかっていれば非常に楽だ。

 前は実際に一緒に戦うか飲み明かすまで相手がどんなやつかもわからなかったからな」


その冒険者さんはそう笑って、壁に貼られた依頼の紙へと向かっていった。


「お疲れ様。今日はもうすぐあがりでしょ?」


「あ、はい! 明日は畑の水やりのお手伝いと、モールの退治がありますから」


その背中を見ていた私にかけられた声は女性のもの。


同じギルドの受付をしている同僚の人からだ。


「アンダールも大変よね。受付と冒険者の掛け持ちだなんて」


「いえ、冒険者といってもまだまだです。怪物はまだモールとゴブリンぐらいしか

 倒したことが無いですし」


さっきまで自分の座っていた椅子に座る同僚にそういうと、

同僚は呆れたようにため息をつく。


なんでだろうか?


「しかってね、あんまり言っちゃダメよ。定期訓練を

 ちゃんとこなせたのは実際、半分もいなかったんだから。

 あの訓練を突破できただけでも立派よ、本当に」


同僚が言う定期訓練とは、アルミッタさんの依頼で

一緒にいてくれたファクトさんを含んだギルド関係者による

初心者への集中訓練のことだ。


武器の取り扱いから回避訓練、熟練者からのお話や

薬草の調合訓練、何より実戦そのものといえそうな演習。


確かに、何度も夜に泣いた位辛かった。


でもやめなかったのには理由がある。


「そうですか? ミラさんがそういうなら自信を持ってみます」


「そうしなさい。私なんか受付でしかないから、

 立派なことは言えないけどさ。ご両親に楽をさせたいんでしょう?」


ぐっと握りこぶしを作った私に、ミラさんが笑いかけてくる。


そう、私が冒険者をやめず、訓練も突破できた理由は

家族にあった。


私の両親は商人なのだ。


体が弱かった頃は、あちこちから色々なお薬を手に入れてきては

自分に飲ませてくれた。


おかげで今の私はどちらかというと丈夫な方に入る。


何かの副作用か、寝込んでいたからかはわからないけど、

随分と体は小さいままだけれども。


そんな両親も、今は商売に専念できている。


でも問題はある。


怪物と戦争だ。


戦争はまだそんな気配がする、というぐらいだけど

オブリーンやジェレミアは確実に周囲の小国を

平和的な交渉を主にしながらも飲み込んでいる。


怪物はもっとはっきりしている。


街道を進むときも護衛は欠かせない。


冒険者の依頼といえば護衛と討伐が主なぐらいだ。


でも私は直接の護衛や討伐だけが助けになるとは考えていない。


明日こなすような、ちょっとした依頼もめぐりめぐって、

みんなのために、親の商売のためになると考えているのだ。


「うーん、アンダールがちょっと誘惑したら

みんな代わりにやってくれそうな気もするけどね?」


「きゃっ! もう、胸はやめてくださいっていってるじゃないですか」


まるで果物に触るかのように、いつもミラさんは私の胸を触ってくる。


理由を聞けば、そこに胸があるからだ、と良くわからないことを言う始末。


それでも、見た目が子供過ぎる自分に普通に接してくれる

ミラさんは大事な同僚で、お友達だ。


「あはは、ごめんごめん。じゃ、明日はがんばってね」


「はいっ!」


そうして、私はギルドの建物を出る。


明日も、晴れそうだ。


空は高く、冬が本格的にやってくる。

書いていて季節や年次は思ったより厄介だといつも感じます。


計算していくとちょっと経過時間がおかしいかもしれませんが、

そのあたりはこっそりご指摘ください(。。

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