144「水に濡れる踊り子-4」
「ファクトさん、彼らが依頼に参加してきた冒険者です」
「こう言っていいのかわからないが、思ったより若いな」
ギルドの職員に紹介された先では、
緊張した面持ちで立ち並ぶ6人の男女がいた。
ギルドへの依頼委託から三日後。
アルミッタと話をつけた俺は、
『世界を救え、サボタン大作戦!!』(※俺が心の中で命名)のために
募集をかけていた冒険者の集まり具合を確認にギルドに向かっていた。
その際には本人だとばれないように変装してついていくという
アルミッタをつれている。
今回の依頼が上手くいくか行かないかはわからないが、
それでもアルミッタがサボタンからのポーション作成に
手を出すことは決まっているのだ。
依頼が上手くいけば、その冒険者とはそれなりの付き合いになる。
そのためには少しでも早い出会いのほうがいいわけだ。
そして建物に入るなり、職員に案内された先の小部屋にいたのはこの6人
確かに条件には、お金に困っていること、
指示されるのが嫌じゃないこと、
自分、あるいは自分たちだけでグレイウルフを倒せないこと、
という条件をつけておいた。
結果として初心者クラスが集まるのは予想していたが、
思ったより冒険者の低年齢化が進んでいるようだった。
もしくは、彼らには早いうちから冒険者として
身を立てる必要な理由があるということかもしれない。
ひとまず、彼らには自己紹介をしてもらう。
「ボ、私はガリスです。14歳、元木こりで、力仕事は得意です!」
「自分はナディール。12歳、名乗っていいのかわからないけど、魔法使いです」
「いつの間にか年齢も言う流れに? えっと13歳、ラナーヤっていいます。
特技はありません! 捨て子だったから親の職業もわかりません!」
「俺が最年長かもな? 16歳、農民上がりだから力はあるつもりだ。
おっと、ハリソンだ。よろしく」
「私はミンシア。戦いには使えないけど占いが得意よ。
一応魔法も使えるけど、まだまだね。あ、13歳よ」
「えっと、アンダールです。小さい頃病気で寝込んでて、
見た目こんなですが17歳です。魔法は使えるみたいです?」
最後に何故か疑問系がいたが、やはり
全体的に低年齢……ん?
「貴女、ハリソン君より年上なのね」
「そう言えば!?」
アンダールへのキャニーのつっこみに、
比較された当のハリソンが今気が付いたとばかりに驚く。
他の面々も驚いた表情をしている。
確かにアンダールは見た目10代前半も怪しいぐらいだが……。
(まあ、それは関係ないか)
俺は自己紹介に含まれていた内容から、
それぞれの特技を確認していた。
実際にはゲームのようにステータスが見えるわけではない。
だから、本人たちは生きるままに自分の特技を
なんとか見つけていくしかないのだ。
挨拶をしながら、俺はそれぞれと握手をし、
こっそりと相手の能力を出来るだけ確認する。
HPバーはやはり数字はないが、
能力はなんとなくの傾向が見て取れる。
恐らくだがもっと集中し、探る時間があれば
詳細にわかるのだろうという手ごたえはある。
だが、人を覗き見る、人生の得手不得手を
自分が見てしまうのは何か違う気がしたのだ。
「よろしく。今回の依頼主のファクトだ。
恐らくは知っていると思うが、今回の相手はサボタン、森の踊り子だ。
だが、実際に行く前には少し訓練をしてもらわないといけない。
詳しいことは彼女たちに聞いてくれ。俺は上の人間と少し話してくる」
俺はそんな内心の考えを余所に、キャニーとミリーを紹介する形で話を始める。
6人にはギルド外の広間に移動するようにいい、
俺は姉妹に予定していた道具、武具を取り出して渡す。
「ガリスとハリソンはこれで前衛、ラナーヤにはそうだな、これを。
魔法を使えそうな3人にはこれだ」
武器は専用に調整した杖、そして弓に
トライデントのような槍に後は薙刀のような武器だ。
「なるほどね、弓で刺激してトライデントで刺してこれで斬る。これなんて呼ぶの?」
「ナギッターという」
用意したのはレシピとしてはMD時代のもので、
むしろ薙刀そのものだが、この世界にはそんな名前はないので、
ナギッターとでも呼ばせることした。
「へ。杖は一見普通ね」
「この武器が強いから倒せました、じゃ意味がないだろう?」
事前に作っておいた杖はMDでは極々当たり前のもの。
威力補正がほとんどないが、魔法スキルを使った際の熟練度といえばいいだろうか、
それに大き目の補正がかかる一品だ。
使い道は、ゲーム序盤等で魔法のレベル上げをするときだ。
元々の魔法の威力でも問題ないような相手や時期に使う。
たまに、無理やりその武器で戦う中・上級者もいるが稀であった。
前衛の武器はある程度自由がきくが、
魔法使いにはそうは選択肢はない。
丁度いいと判断して用意しておいたのである。
「大体でいいから使い方を教えて、動きを見ておいてくれ。
すぐに戻る」
姉妹に6人の面倒を預け、俺はアルミッタとともに建物へと戻る。
「形はアルミッタ殿がギルドへ依頼を出し、アルミッタ殿は作成したポーションを納品、
その際には冒険者は経験が浅いか、訳があって再起を図るような冒険者のみとする、と」
「ああ、そうだ。熟練した冒険者が、強大な武器を振るい、
強力な魔法でなぎ倒す。たまにはありかもしれないが、
こういったことも必要だろうからな」
大まかには振ってあった話に、アルミッタというピースが
増えたことを報告し、具体的な話をギルド長とする。
「定期収入のある駆け出しは少ない。採集依頼が
簡単にはいかない今では余計にだ。
やるじゃねえか坊主。これは、変わるぜ?」
「坊主って歳でも無いけどな。足腰立たなくなったらじいさんも参加していいんだぜ?」
ギルド長の部屋に今日も何故か待機している老人、バルカンへ
からかうように声をかける。
「馬鹿いうな。その頃には後輩共に奢らせて余裕の日々よ」
笑うバルカンに手を振りながら、
ギルド長の最終的な許可を取って外へと出る。
「そうよ、腰を入れて突き出すの」
「えっとね、杖も自分の手の延長だと思えばいいって、
知り合いの魔法使いはいってたよ」
冒険者が待機している場所へと向かうと、
キャニーとミリーがそれぞれの武器の使い方等を教えているところだった。
無理も無い。
そういう話が出てきているとはいえ、
まだギルドにも教練施設のようなものは無い。
訓練する場所ぐらいはすぐ作れるだろうが、
人材とその教え方は問題がある。
「いけそうか?」
「あ、お帰り。とりあえず、やれないことはないんじゃないかしら」
「問題がないわけじゃないけどね」
ミリーの不安そうな声にそちらを向くと、
自信のなさそうな姿でたたずむ魔法使い3人。
「えっと、魔法使いではありますけど、自分でもやれるんでしょうか?
その……自分の魔法は……」
口を開くナディールに、同意するように頷くミンシアとアンダール。
聞けば、使えるといっても普通の冒険活動には向かないと
他のパーティーには断られたような程度なのだという。
炎と呼ぶには弱い、ゴブリンも焼けないような
真夏より熱いけどそのぐらいという温度。
氷と呼ぶにはひ弱な、泥弾が当たったような威力しか出せないという。
そんな魔法でも確かに使えない人は使えないが、
使えるといってもいいような強さでもない。
前衛であるガリスやハリソン、そしてラナーヤも似たようなものだ。
力があるといっても、年齢を考えれば冒険者としては
まだまだといったところだ。
色々と事情があり、この場にいるとは聞いている。
いてもいいのか、そんな瞳に俺は内心の苛立ちが隠せなかった。
彼らに、ではない。
それもゼロではないが、どちらかといえば
俺自身、そして世界へだった。
俺の価値観だとはわかっているのだが、
こんなまだ子供が命をかけるような生活をしなければいけないという現状。
ナディールなど、小学生、中学生だ。
ハリソンだって、ガリスだってまだまだ子供の体格に違いは無い。
目の前で不安そうに、正確には平気な振りをしているが、
また辛い生活に戻るのかもしれないということへの恐怖が隠せない6人。
詳しく聞くのも辛いだろうから聞いていないが、
まともに冒険も出来ず、かといって非戦闘の依頼など
数多く常時あるわけではない事を考えれば、
彼らの生活の辛さは想像に難くない。
見ようとしなかっただけで、彼らのような
冒険者が増えていることを想像するだけで、
俺は自分への苛立ちと、世界への憎悪にも似た感情を抑えるのが難しかった。
「あ、あの?」
「すまん。もう少し報酬に色をつけたほうがよかったかと思いなおしててな」
心配そうに声をかけてくるナディールになんでもない、
というように答え、姿勢を正す。
「それでは現場に向かう。動きは道すがら、教える。
一つだけ約束しよう」
こちらに注目する6人に、俺はそれぞれ瞳を見つめながら口を開く。
「前を向け。冒険者として生きると決めた気持ちをきっと誰も馬鹿にはしない。
いや、させないさ。だから、その術をあげよう」
具体的な報酬ではなく、ひどく抽象的な発言だったが、
気持ちは伝わったようだった。
幾分か和らいだ表情の6人は、
ギルドが用意してくれた馬車へと乗り込む。
俺は姉妹と共に御者席に座りながら、
ふと思い出していた。
(そうか、彼らは……似ているんだ)
それはMDでの出来事。
表情すら再現するVRであるMDにおいて、
たまに街やフィールドで見かける表情。
何をどうしたらいいのかわからないという顔。
それでも何かやって、楽しみたいという顔。
初心者の、顔だ。
ガタガタと揺れる馬車の道中、
対サボタンの動きを確認していく。
「あの、それだと針はどう防ぐの?」
「腕とか足ぐらいなら死なないから我慢。
後はこれだ」
膨らんだ布袋から取り出したものに、
6人と姉妹がうめく。
まあ、気持ちはわかるんだがな。
「それ、仮面です?」
「仮面というにはごてごてしすぎというか。あ、そうか!」
疑問を口にするアンダールに、ミンシアが気が付いたように答える。
「そう、これで顔と、喉と胸を守る。そこは当たると危険だからな」
俺も満足して6人に1つずつそれ、
ガスマスクのような部分と、
喉と胸元を守るベストのような部分のついた防具を渡していく。
対サボタン用ではないが、特にアイテム名称の無い自作品である。
上のマスク部分はジョークアイテムとして元々あったものだが、
下の部分は適当な獣の素材を、同じくモンスターの吐く糸の素材を使って
つなげたものだ。
急造だが十分だろう。
「見えてきたわよ」
「うわ、なんか動いてるよ……」
御者をしてくれたキャニーと、索敵担当のミリーの声。
ミリーがモードの切り替わっていない辺り、
やはり強さとしては弱いほうに入るのだろう。
「よし、この辺でいい」
俺はそういって馬車を離れた場所で止めさせ、
6人に準備をするように言う。
それぞれが緊張の面持ちで武器を手に、
そして謎のマスクをかぶる。
若干の躊躇はあったものの、ちゃんとかぶってくれるあたりが素直である。
「まずは手前の一匹に……」
ラナーヤはファクトに渡されたマスクの中、
自分の声がいつもより聞こえることに違和感を持つが、それだけだ。
自分が孤児院の子供たちのために弓で
獣を取るときがあることをいっていなかった自分に、
偶然かわかっているのか、弓を任せたファクトに尊敬の念を抱きながら
ラナーヤは弓の狙いを一番手前のサボタンにつける。
「いくよ」
「ああ、やってくれ」
ラナーヤの声に、同じくマスクをつけて
渡された武器であるトライデントを構えて針が刺さりそうな
面積を減らしているハリソンが頷く。
ガリスもそのハリソンを見ながら、背後の魔法使いである
ミンシア、ナディール、アンダールをかばうような形で立つ。
最悪、自分が盾になるつもりで。
ひゅっと、風を切る音がしたかと思うと、
離れた場所のサボタンの一匹に矢が突き刺さる。
そういった意識があるのか、それとも本能的なものなのか、
当たったサボタンが踊るように動き、
目に見える太さの針が今にも飛んでくるのが彼らにはわかった。
「落ち着いて……。それは空の恵み、気まぐれな慈悲!」
言いえて妙だな、とそばで戦闘を見守っているファクトが思う中、
ナディールの魔法が発動し、空中に水の塊が浮かぶ。
消費する魔力の割りに威力は皆無で、
生活で使おうにも魔法を使えなければいけないという
前提が大変な水の魔法。
使いどころという点ではほとんど無かった魔法だが、
ファクトの知っているサボタンの弱点、
そして彼の狙いを考えると適した魔法の1つなのであった。
まるで何度も桶で水を浴びせられたように濡れるサボタン、
森の踊り子。
事前に聞かされているとはいえ、
針が飛んでこないかと警戒する冒険者の心配を余所に、
サボタンは体を振るわせたかと思うと、一気に膨らんだ。
「今よ!」
ラナーヤの叫びに、はっとなったナディール以外の
4人はそれぞれの役目を果たす。
ミンシアとアンダールから放たれる氷の魔法。
まだまだ弱い魔法だが、2人でかかればなんとか動きを止めるぐらいは出来る。
水色の魔法の氷塊がサボタンに迫り、ぶつかる。
ぎしっと、何かがきしむような音を立てて
サボタンがその表面をうっすらと凍らせる。
なおも動こうとするサボタンだったが、
膨らんだ体と凍りついたせいか、動きは鈍く、
針が飛び出してくる様子も無い。
「おりゃあああ!」
気合で一突き。
ハリソンのトライデントがサボタンの
人間で言う喉元ぐらいの位置に突き刺さり、
すぐさまガリスの振るうナギッターが
その足首あたりでサボタンを両断する。
「撤退!」
ラナーヤの合図に従い、
トライデントにサボタンを突き刺してぶら下げたまま、
6人はその攻撃範囲から逃れるように走り去るのだった。
「よーし、上等だ。ハリソン、切り口を下に向けてこの壷に、そうそう」
戻ってきた彼らを迎え、俺はかなり大きな水瓶を指差し、
そこにサボタンをつっこむように言う。
「じゃあ魔法使いの3人は火の魔法で氷を溶かしてもらっていいかな?」
ミリーの指示に、本当にいいのか?とおどおどとした様子で
それぞれが魔法を発動する。
その威力は調節せずとも微妙な強さで、
ある意味絶妙にサボタンを解凍していくのが俺にもわかった。
まるでペットボトルのふたをあけてひっくり返したように
勢い良く出てくるサボタンの体液。
「これはこれは。私の屋敷のときより多いのではないかね?」
「ああ。ああやって何だろうが水を一気に吸い込むと、
サボタンは一時的に動けないし、針も飛んでこない。
体の中で自分の体液となるように同調させるからさ。
だけどそこをただ攻撃するとはじけるんだ。
だから凍らせて、その間に刈り取ってしまうのさ」
(最初に攻撃して、所謂活性化させるのも大事なんだけどな)
活性化させるのとしないのでは取れる量に違いがあるのだ。
やがて水瓶が一杯になる頃、
サボタンのその中身を出し尽くして枯れる。
「こいつはちゃんと処分しないといけないからそっちの袋に、そうだ」
針の中にある種そのものはまだ死んでいないから、
こういった後処理も大事なのである。
こぼれないように水瓶に蓋をし、
サボタンの残骸も掃除が完了したところで、
6人が大きく息を吐く。
「終わった……んだよね?」
「まだだ。戻るまでが依頼だ。せっかくの薬草をゴブリンに奪われる。
そんなのはもう嫌だからな」
力が抜けた様子のアンダールに、警戒を促すようにハリソンが言う。
他の面々も、安心した気持ちと、警戒する気持ちが入り混じっているようだった。
「まあ、今回の依頼としてはこれで終わりさ。俺はこれがあるからな」
本当は馬車でごとごとと運んでもいいのだが、
それはやり方がもっとこなれてきてからでいいだろう。
ひょいっと、水瓶をアイテムボックスに仕舞う。
事前に、自分がそういったアイテムを持っていることを
伝えてあるとはいえ、それでも驚きは驚きのようで、
6人の視線がくすぐったい。
「じゃあ、報酬確定ですか?」
「ああ。それは私も保証しよう」
おどおどとした様子のガリスに、
アルミッタが答え、6人に喜びの気配が満ちる。
「次からは量を決めて、何体も倒せばいいな」
「これだけ相手がいれば、ポーションの値段もかなり下がるよ。
高騰で儲けを狙っていた輩もいるだろうけど、
ほとんどは高騰しすぎて流通しないほうが
辛いっていう商人ばかりだからね。心配はいらない」
ガイストールへの戻りの道、
今回の一匹で出来るポーションの量を考えながら、
アルミッタと今後の話をする。
ざっくりいえば、矢を一束買うか、ポーションをもう1本買うか、
その悩みが出来るぐらいの値段になるはずだ。
ガイストールへと戻り、馬車から降りた6人は
ギルドのカウンターで報酬を受取る。
「これで皆にお肉が買えるよ!」
「ガリス、墓参りに行くなら付き合おう。俺も家族に顔を出したい」
「そうだね、種芋も一杯買えるし」
「ボクはお父さんの薬代に」
「私もね。これで妹が良くなればいいのだけど。
アルミッタさんに誘われているし、もっと稼がないと」
本来自分達が受けられる依頼の報酬と比べて
かなり高い報酬に、各々思うところが色々あるようだった。
「あの……」
「どうした?」
その中にいなかったアンダールが、
良く見たらそこだけはこっそり年相応だったふくらみを
挟み込むようにして腕を前に持ってきたかと思うと、頭を下げた。
「ありがとうございます! これで両親に恩返しが出来そうですし、
自分の腕も磨けます!」
その後、他の5人からもお礼を言われながら6人とはそこで別れる。
「ねえ、やっぱり胸が大きいほうがいいの?」
「うう、こればっかりは難しいよ」
「ば、馬鹿言うなっ」
わざと目立つように宿へ戻る大通りで、
キャニーはからかうように、わざとらしくしょんぼりした表情を
顔に出しながらそう聞いてくる。
ミリーもそれに乗ってくるのだから言い訳がきかない。
結局俺は、抱き寄せるようにして
2人の腰を掴んでそばによせて、態度で示すことで
野次馬にアピールするしかなかった。
それが、姉妹の見た目からある種の誤解を招くことに思い至らぬまま。
姉妹の見た目は大学生には見えない、ぐらいなので
明らかに歳の差がげふんげふん。
ちなみにアンダールが意識せずにしたポーズは、
だっちゅーの、に似たようなポーズです。