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143「水に濡れる踊り子-3」

ポーション1つに話が長い気もしますが、

たまにはこういうのもいいのではないかと

個人的には思っています。


10/6:カップの描写が丸々抜けてたのを追記

「あれ、こんなところにまだ残ってるよ」


「ん? おお、種のほうじゃないか。危ない危ない。処分だ処分」


痛さと麻痺との戦いから一日。


俺と姉妹は早くも例の貴族の屋敷へと向かっていた。


というかもうそれらしき建物が見えてきている。


外套に残ったサボタンの針をミリーに取ってもらい、

他にも残ってないか念のために確認する。


(大丈夫そう……だな。危なかった。適当なところに落ちたら繁殖するところだった)


そう内心焦る俺だが、実際に問題になるほど繁殖するには

時間も条件も必要だ。


ここでポロリと地面に落ちたところで、

1匹出てくるぐらいで、その後繁殖できるかは

かなり運次第である。


サボタンが怖いのは数が集まったときだからだ。


「ここでいいのよね」


建物と、地域を囲う塀のような場所に立ち、

キャニーがそうつぶやく。


その理由は目の前の光景にある。


確かに広く、それらしい建物はあるが

それ以外の建物のほうが遥かに多い。


住居が1か2、倉庫のような、用途のわからない建物のほうが多いのだ。


「もしかしてミリーがもらったような物が詰まってるとかかしら?」


「どうかな~、商売人さんだっていうし、保存の利く食料とかいっぱいだとか?」


俺は2人の予想を聞きながら、塀の入り口部分にあった、

御用の方はこれを引っ張ってください、という紐を見ていた。


「まあ、引っ張れっていうなら引っ張るか」


郵便ポストぐらいの大きさの箱から伸びていたその紐を引っ張ると、

何かが巻かれた音がしたかと思うと、箱が謎の魔力を帯びる。


「!?」


「何!?」


姉妹もその気配を感じたようで、慌てた様子で周囲を警戒する。


俺も油断なく周囲を見渡すが、何かいる様子は無い。


と、箱の上がぱかりと開く。


3人の視線が集まる中、そこから出てきたのは鳥だった。


そう、風見鶏のようなアレだ。


見つめる中、口に相当する部分がぱかっと開くと、

周囲に妙にテンションの高い鶏のような鳴き声が響き渡る。


「どうやら、呼び鈴代わりみたいだな」


あわただしく敷地の奥のほうから人影が出てくるのを見ながら、

俺は呆れたようにそうつぶやいた。


「普通の鐘とかじゃダメだったのかなあ?」


「そういう人なのよ、きっと」


姉妹も呆れている。


正直、俺もそう思う。






「やーやー! 良く来てくれたね」


貴族の私兵らしい人に案内され、通された先の部屋で

貴族らしくない感じで駆け寄ってきたのは館の主、アルミッタ。


件の貴族である。


その見た目は貴族というよりは大きな商家の道楽2代目、とでもいおうか

とにかく浮ついた感じが強いのだ。


貴族らしくない、ゆったりしてはいるが

物を運んだり、何か動くのに適した様子の安っぽい布の服に、

今は目からはずしているが所謂モノクルがついたヘッドバンドをしている。


髪を整えるのも面倒なのか、

男にしては長めの金髪が後ろでポニーテールのように

乱雑に縛られ、見た目からはまだ20代に見える。


直前まで何か作業をしていたのか、煤か何かで

黒く汚れているところもそれらしくない。


「ガイストールでこれを彼女がもらったらしいな。

 それでちょっと話がしたくてきたんだ」


俺はミリーから預かった虫除けのランプもどきをテーブルに置き、

ぼかした状態で話を振る。


その間にもさりげない仕草で使用人らしい女性が、

カップらしき物に入ったお茶を運んでくる。


らしき、というのはそれが所謂ティーカップではないからだ。


妙に大きく、分厚い。


なんとなくだが、元の世界にもあった保温マグだとか、

そういった機能を感じる造りだ。


値段もそこそこしそうである。


「お、そう言われてみればついこの間、街で会ったね!

 なるほどなるほど……ぶふぅ!?」


アルミッタが俺の説明に頷きながら、

自然な流れでモノクルをかけつつ、

用意されたお茶に手をつけてこちらを見たところで何故か吹き出した。


それはもう、盛大に。


「ちょ、ちょっと!?」


「あわわっ」


言うまでも無いが、テーブルを挟んで3人が座っているので、

俺はもとより2人にもお茶が若干かかっている。


「す、すまない。ちょっと衝撃的過ぎてね」


すぐに使用人らしい人が持ってきた布をタオルのように使って

拭くように言ってくるアルミッタに従い、体を拭く。


「商売の問題でも思い出したのか?」


「いやいや、そんなんじゃないよ。君……ファクト君だろ?」


真剣なまなざしで、アルミッタが俺を見つめてくる。


「どうして、俺がそうだと?」


これまでの戦いなどで俺の容姿等はあちこちに伝わっている。


それを考えれば俺とわかっても不思議ではないのだが……。


「やっぱりね。人間の姿でこれだけの魔力、まず無理さ。

 いつだったか見たことのある老ドラゴンよりあるじゃないか。

 君が防衛戦でやったっていう奇跡的な事を考えると、

 このぐらい魔力が無いと無理だろうなあと思ってね」


コンコンと自らのモノクルの枠を指で叩きながら

アルミッタは何かに納得したように頷きながら言う。


「そっかぁ。最近市場に、素性がわからない妙に魔力の整った

 武器なんかが出てたのは君が原因か」


(こいつ……名探偵か!?)


思わずそう心の中でぼけてしまうほど、急な話であった。


どれだけの情報が集まっているかはわからないが、

どうやらアルミッタはかなりやり手の様だった。


世間で聞いている噂はやはり当てにならないということだろうか。


「それで、俺に文句でも? 商売の邪魔をしてしまったか?」


「いやいや、とんでもない。むしろ今からでも量産して欲しいぐらいさ」


俺の問いかけに、アルミッタはひょいと肩をすくめ、

新しく注がれたお茶を口にする。


俺も、合わせるようにお茶を口にし、声は出さなかったものの、驚く。


「あれ、少し冷たい?」


「でも、器は冷たくないわね」


そう、何故か口に含むと若干だが冷たさを感じるのだ。


冷蔵庫に入れておいたほどでもないが、

一息つくには十分な冷たさだ。


「ふふふ、新作のカップさ。ほんの僅かだけど魔力を使って、

 手、飲み物という条件を満たすと冷えるようになっているのさ!

 単純に注いだものが冷えるようにするには大掛かりになる。

 かといって普通に魔法で冷やすには一般人には敷居が高い。

 そこで使ったのがこれさ」


部屋に入ってくるときにアルミッタが持っていた、

バッグのような中から取り出された物は青い鉱石。


「ブルージュエル? 確かに川とかでも

 魔力がたまりやすい場所に結構あるって聞くが……」


ブルージュエルという名前のとおり、どちらかというと

鉱石より宝石のようにも見える、半透明の青い石だ。


レア度からいけば初級もいいところで、

俺も昔はひたすら集めたことがあるが、序盤だけだ。


確かゲームだと補助魔法を使うときに一部魔法は

これを所持していると若干効果が高上したような気がする。


どちらにしても、加工して使うなんて事は無かった。


「何年か前に、とある川にいい商売の種が無いかって

 探索に行ったときのことさ。そこには川の怪物、アリゲーティアがいたんだ。

 その噛み付きだけでも怖いのに、なんとそいつは」


「尻尾を左右に振ったかと思ったら水が槍のように襲ってきたんだろう?

 俺も出会ったことがある。アイツは厄介だった」


身を乗り出すアルミッタに答えながら、

俺は脳内でその相手、いわゆるワニ型のモンスターを思い出す。


「そうさ。危うく死亡者が出るところだった。

 私自身、実は魔法使いでね。なんとかなったんだが、問題はその後さ。

 せっかくなので素材を確保しようとアルゲーティアのいた川辺に

 護衛とともに足を踏み入れたとき、私たちが味わったのは冷たい水。

 真夏だというのに、真冬並の冷たさだったのさ」


今思えば、アリゲーティアを何とかできたのも

水が妙に冷たい性だろうとアルミッタは分析しているらしい。


「これは何事かと周囲を探すと、たくさんのブルージュエルが

 土の中に出来ていたのさ。それで閃いたね」


即ち、魔力を燃料に冷気を生み出す特殊な鉱石を発見したというわけだ。


それまでは用途の限られたブルージュエルを

研究対象に加えたのはそれからすぐだったという。


「もっとも、実際にこの形になったのは極最近。

 それもファクト君がきっかけさ」


「俺が? 何か作った覚えは無いんだが……」


アルミッタと出会ったのは今日が初めてのはずである。


「ああ、そうだね。それでもきっかけにはなったのさ。

 素材の声を聞けという君の教えがね。そうなれば私にはこれがある」


指差すのは、恐らく視界に魔力に関係する何かが

見えるようになるであろうモノクル。


「なるほど……。天才だな」


「なあに、一般の人々が潤うのが一番さ」


俺にはゲームとしてのレシピがあるとはいえ、

言い換えればそれがベースになっているに過ぎない。


ありふれた材料から、新しいものを作り出す。


アルミッタは、彼は間違いなく歴史を変える。


今はまだ、世間に浸透していないようだが……。


「それで、随分話が横にそれたけど、お話ってなんだい?」


「あ、ああ。そうだったそうだった。ポーションの価格をなんとかしたいんだ」


俺がそう口にすると、アルミッタの瞳が真剣みを帯びる。


「へぇ。それはポーションの材料になる薬草が奪い合いのような状態で、

 群生地を乱獲防止に護衛するようなことになりかねないことを知った上でだよね?」


俺はアルミッタに頷き、下処理をしたサボタンの破片をおもむろに取り出す。


針が全部抜けているが、その色合いは見るものが見ればわかるだろう。


「これを使う。ちょっと場所が欲しいな。人も集めて欲しい。

 目撃者が多いほうがいいからな」


「外でもよければすぐ裏に井戸もある。みんなも呼ぼう。じゃあ行こうか」


途中のゆったりした感じはどこへやら、アルミッタは

すばやく広げた荷物をまとめると、扉の外にいた使用人にそれを渡して

俺たちを先導するように歩き出す。


確かにすぐ裏手に、井戸はありそのそばに何故かテーブルがいくつもある。


「新しい商品を考えるのに作業台は多いほうがいいだろう?」


俺の視線に気が付いたアルミッタはそう笑い、大き目のテーブルを指差す。


「ここでいいかな」


「ああ、問題ない。キャニー、ミリー」


俺の声を合図に、2人は荷物から壷、棒、そして独特の色をした草の束を取り出す。


「それはポイズミ草!? アルミッタ様!」


護衛兼使用人といった様子の、武装した男がテーブルに置かれた草の

正体を見抜くなり、剣に手をかける。


集まっていた人間たちもその叫びにどよめきが起こる。


それにしても人が多いな。まるで工場でもあるかのような人数だ。


「よしたまえ。危ない材料を使うのは私たちだって同じじゃあないか」


男を手で止めるアルミッタは既に好奇心に瞳を輝かせている。


そして俺は先ほど見せた破片ではなく、まだ針の残った

サボタンの半身をアイテムボックスから取り出す。


切り裂いた部分は上にして中身が出ないようにしている。


突然現れた、森の踊り子の姿に周囲がどよめくが、

アルミッタは動かない。


これがもう死んでいると気が付いたからだろうか。


「見てのとおり、これは森の踊り子。最近某街道が使えなくなってる現況だな。

 そしてこっちがポイズミ草、毒だ。さて、厄介物の森の踊り子だが、

 そこの人、コイツの中身に驚くほど水が詰まっているって知っているか?」


「し、知ってます! この前、討伐のときに槍が刺さったところから

 まるで動物が血を流すように出てきました」


周囲にいつの間にか集まってきた屋敷の人間の一人、

槍を手にした護衛らしき一人に話を振ると、運良く彼は知っていた。


「そうだ。この水だがこうして壷か何かに入れて……」


俺はサボタンをひっくり返し、壷に向けて切り口を合わせる。


すると、切り口から水がぼとぼとと流れ落ちてくる。


その勢いは、バケツの水につっこんだ雑巾を

絞らずに持ち上げたときのような具合だ。


しばらくして、壷の半分以上がサボタンからの水で満たされる。


「適当に刻んだポイズミ草を入れる」


姉妹が手持ちのダガーで野菜でも刻むようにポイズミ草を刻み、

壷の中へと遠慮なくそれを入れる。


「と、この状態だとただの毒の水だ。そこでだ」


俺は視線を感じながら、壷を手で押さえて、

呪文を紡ぐ。


「光は光……水は水……森は森。命の息吹きを……ここへ」


MDでは初歩も初歩、かじった程度の俺ですら覚えている、

ポーション作成の呪文の1つである。


等級に応じた魔力が僅かに俺から抜け、壷に注がれる。


俺はすばやく木の棒で中身をかき混ぜると、

毒々しい色をしていた中身が、澄んだ緑色の液体に変わる。


そして事前に準備していた空のポーション瓶に中身をすくう。


陽光に照らされたそれは、どこから見てもポイズミ草の色は無い。


ちなみに何故かガラスでもないプラでもないこの瓶、

ほとんどがダンジョンなんかで土の中に埋まっていたり、

モンスターの体内から出てくるらしい。


結構な数が出てくるらしく、いつのまにか

液体系の薬品を入れるのに当たり前になったとか。


どう考えても昔のゴミです。ゴミは分別しましょう。


「それは、まさか?」


アルミッタの声も若干震えている。


それはそうだろう。


今の俺の工程に、これまでのポーションの工程は1つも無い。


まあ、かき混ぜるとかはあるかもしれない。


「そうだ。ポーションさ。少ない効果しかないけどな」


コトンとテーブルの上にその瓶を置き、

俺はアルミッタと向き直る。


「効果の程は後で確かめるとして……ファクト君、君は私に何をして欲しいんだ?」


「ポーションの安定供給。そのために森の踊り子の繁殖の管理、

 討伐の仲介、そして素材回収と作成の管理……。

 諸々の先頭に立って欲しい」


ざわりと、周囲の気配があわ立つ。


(さあ、乗るか? このポーション特区の話に)


話自体は、俺がしかるべき方向に持っていけば

実は誰でもやれることではある。


そこそこの条件を満たせば十分討伐でき、

繁殖を管理することは可能だからだ。


討伐に伴い旨みが皆無のため、直接襲われるゴブリンなどと違って

対策が遅れがちなのは間違いないのだが。


「それは私でなくてもいいのじゃないか? 何故私に?」


「アルミッタがただの貴族なら話は持ってこなかった。

 これまでの当たり前に縛られない自由な発想。

 利益を世間に目立たず返していく姿勢がいいなと思ったんだ。

 わざわざ名前を出さずに依頼と、その依頼料を出してるだろう? 

 駆け出しの冒険者がやれるような依頼のために」


事前にギルド長に話を聞いた中に、所謂ボランティアのように

ギルドに協力するアルミッタの話があったのだ。


俺はそれを聞いて、決めたのだ。


彼ならば、やれると。


「どこでそれを……ああ、君なら上にも伝手があるか。

 ……わかった。受けよう。なんなら契約書も書こうじゃないか」




そうして、ある種無限に湧き出るモンスターを相手に、

この世界の人間が手に入れる武器の1つが、

産声をあげることになる。


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