XX「それはいつかのプロローグ」
というわけで1周年記念?におまけ的な何かを。
書き始めるとしたらだんだん強くなるダンジョンアタック話の予定です。
それは今が言い伝えとなり、伝説と化した未来。
幾度の平和と、幾度の戦争と、
幾度か目の魔物の襲撃を乗り越え、人は生き続ける。
とある英雄達が残した世界で人々が生き続け、
とある男が残した物は伝承となり、知識となり、世界に満ちた。
今の誰もが真実は知らない。
ただ精霊だけが知っている。
「まいど~」
「あの洞窟にこもるならここが最後の補給地点だからな。助かる」
カウンター越しに薬草を手にとって微笑む年上の青年を僕は見上げる。
使い込まれた様子の金属鎧、腰に下げられたロングソード、
そして背負われた槍。
外套や腰のベルト等に下げられたいくつかの道具を除き、
彼が旅を続けるには軽装に思えるが、
探索に向けてかさ張る荷物は宿に預けてあるのだろう。
冒険者ならば当然のことだ。
そう、冒険者。
僕の憧れと寂しさの詰まった職業だ。
「じゃあな、坊主」
青年は軽い足取りで店を出て行く。
まあ、店と言っても……10歩も歩けば壁にぶつかる大きさだけどね。
これから数日かけて山のふもとにあるという洞窟、ダンジョンに向かうのだろう。
「はいよー……ダンジョンかぁ」
人のいなくなった店で、カウンターにもたれかかりながらひとりつぶやく。
──ダンジョン
始まりは何百年も前だという。
ある日、世界は騒動に包まれた。
突然の精霊の増加と、それに伴う様々な変化。
世界は魔法に満ち、モンスターであふれ、争いが世界中で起こった。
それだけではなく、山がそびえ、森が広がり、世界は一変した。
以前の地図はほとんどが役立たずとなり、人々は新しい世界で
たくましく生き抜いていくことになったのだ。
ダンジョンはそんな世界の代表の1つだ。
洞窟であったり、遺跡であったり。
共通しているのは魔力、精霊に満ちていてなぜかモンスターがどこからか産まれ、
あるはずのない人間が使える武具を持っていることがあるという。
モンスターはなぜかほとんどは外に出てこない。
そして世界はまだ見ぬダンジョンとそのお宝を求めて
冒険者が世にあふれる世界となった……。
「っていわれても想像しにくいよなあ」
僕は一人、店番の自分に少々の悲しみを覚えながらつぶやく。
僕の名前はファルク。
世間では珍しい黒髪、黒目だ。今年で17になる。
親はもういない。
正確には行方知らず、ではあるが3年も帰ってこないのだ。
僕の両親は以前はそれなりに名の売れた冒険者夫婦だったらしい。
僕と、弟、そして妹が産まれてからは引退して今、僕が店番をしている
冒険者向けの雑貨屋を営んでいた……はずだ。
3年前、古い知り合いだという冒険者に頼まれ、
助っ人にいってくると言い残して出かけていった。
以来、その古い知り合いという人も尋ねてこず、行方知らずだ。
うわさも聞かないところを見ると、望みは薄いだろう。
僕は親の残したこの店で下の2人のためにも稼いでいるといったところだ。
勿論、在庫だけではいつかなくなるし、現に武具のほとんどはもう売り切れだ。
今のこの店の主役は薬草達である。
日常生活に使うものから、高級なポーションの材料になるものまで。
おおよそ20種類ほどの薬草が生、乾燥等と分けられている。
表向きには親の知り合いからの秘密の買い入れルートがあるとしているが、
本当は違う。
「「ただいま~」」
裏口から響くちいさな声2つ。
弟達だ。
「お帰り。どうだった?」
「うん! 今日もいっぱいあったよ!」
「お兄ちゃんの言ったとおりに少しずつ残してきたよ!」
顔や服に泥をつけ、体には不釣合いな大きさの袋を誇らしげに抱える2人。
双子で、年は僕と10は離れている。
「そうか、えらいな。残しておけばなぜだかわからないけどすぐにまた増えるからな」
「本当だよね~、精霊様のお恵みかな?」
ほめるように妹の頭をなでてやると、えへへとばかりに微笑みながら
妹が不思議そうに言ってくる。
しっかり物の弟はそうしている間にも自分と、妹が採ってきた物、
様々な薬草類をてきぱきとしわけている。
任せてから数ヶ月、もう慣れたものだ。
2人が薬草を取ってきたのはこの村からすぐの丘である。
といっても丘に生えている訳ではない。
丘にいくつもあった巨大な岩の隙間に、なぜだかどこかに飛ばされる場所があるのだ。
父親いわく「昔の魔法使いが作った研究室への転移装置だな」とのこと。
よくわからないが、この店の5倍ぐらいはある場所になぜか火の無い灯りがあり、
そこにきれいに種類が分かれた形で薬草たちが生えているのだ。
これはうちの家族だけの秘密である。
とはいえ、村の人たちもこの店がどこからか薬草を仕入れていることは感づいている。
それでも特に何も言ってこないのは、僕達が儲かった分は村の柵や水路の維持のために
遠慮なく使ってしまっているのがあるのかもしれない。
もっとも、ただの優しい人たちという説のほうが濃厚なのだけれども。
おかげで子供3人で暮らしながらも村で肩身の狭い思いをしなくて良いのは非常にうれしいことである。
「よし、じゃあ着替えたらご飯にしよっか!」
「「わーい!」」
僕がそういうと、2人はそろった仕草で万歳し、僕はそんな姿を見て微笑むのだった。
おおむね平和、そのはずだった。
「盗賊?」
「そうじゃ。噂じゃがな」
近くに盗賊の集団がいるらしい。
ある日、村長の家に薬草を届けに来た僕はそんな話を村長から聞いた。
何でもどこかの街道にいた盗賊が、討伐隊から逃げるべく動いてきたのだとか。
噂という割りに妙に生々しい流れに僕は内心恐怖していた。
全員で30人もいない村だ。
襲われればひとたまりも無い。
僕は村長の家を出た後、ぼんやりとしたまま予定通りに薬草を採取すべく、丘に向かった。
「何も、ないと良いな。ねえ?」
自分以外には物言わぬ薬草しかない空間で、
僕は一人祠のようになっている場所にある腕輪に話しかけていた。
壁の一角を押すと出てくる隠された空間においてあった腕輪。
これは弟たちにも伝えていない物だ。
僕でもわかるほどすごそうな見た目で、魔力もありそうだ。
でも、今は力が無いのか静かな雰囲気を感じる。
きっとこれを身に着けていたのは英雄に違いない。
そう僕は感じていた。
「……返事なんかあるわけないか。あーあ……僕に力があればな。家族を守れる力が」
そう口にしたとたん、どくんと、腕輪が動いた気がした。
「ん?」
気のせいか、と僕がまた腕輪を見たとき、空間に2人の人間が飛び込んでくる。
弟と妹だ。
「!? どうした!?」
「あ! 大変だよ!」
「と、盗賊が!」
あわてて駆け寄る僕に、抱きつくようにしてくる2人。
全力で走ってきたのか、息も荒い。
そんな中、聞きだした中身によると、噂の盗賊がやってきたらしい。
まずは金目の物を出せ、と脅しているのだという。
たまたま村の反対側にいた2人は、僕がここにきているだろうと知らせに来てくれたのだ。
「なんてこった。きっと、必要なものを奪ったらみんな殺される」
流れの盗賊なんてのはそんなものだ、と父さんに聞いたことがある。
2人は僕のそんな言葉に、ひしっと僕の服をつかむことで答える。
なんとかしなくては。だがどうやって?
僕は剣も魔法も使えない、ただの一般人だ。
あの腕輪の持ち主のように強くは……え?
「どうしたの? あ……」
「光ってる……」
腕輪が、白い光を纏っていた。
その上、少し浮いている。
僕はそのとき何を思ったのか、ふらふらとその腕輪に手を伸ばしていた。
呼ばれたような、気がしたのだ。
手に取った瞬間、何かでしびれるような感覚が全身に走り、
よろめいた途端に右腕に腕輪がすっぽりとはまった。
「だ、大丈夫?」
「光が消えちゃった……」
心配そうな2人には答えず、僕は呆然と腕輪を見ていた。
これは、何なのだ。
『何ってのはひどいな。恐らくは子孫よ』
「わっ!?」
「「!?」」
いきなり響いた声に、僕は驚きの声を上げ、弟たちは突然叫んだ僕に驚いている。
『おっと、この声はお前にしか聞こえない』
「な、なんでもないよ。2人はここにいて。僕、様子を見てくるから」
驚いた様子の2人の頭をなでて、僕は一度外に出る。
『ふむ……魔力の自動吸収は成功。装着者への意識障害も無し、と』
「えーっと、アナタ、誰です?」
少し離れた場所で僕は小振りの石に座り、脳内に呼びかける。
こんなことをしている間にも盗賊は村の人たちに乱暴をしているかもしれない、
心配だ。
『ん? なんだ、緊急事態なんだな。じゃあ話は後だ。ちょっとぴりっとするぞ』
「え? うわっ」
突然、体の奥底から沸いてくる何か。
懐かしいような、忘れていた何かを思い出したような。
『眠ってた魔力を使う感覚を呼び起こしたのさ……後ろ!』
「!?」
突然響いた警告に、僕はとっさに右に転がる。
地面の砂の感覚が体を襲う中、先ほどまで僕がいた場所に白刃が振り下ろされ、
甲高い音を立てる。
「ちっ」
そこにいたのは明らかに盗賊らしい汚れた姿の男。
右手に持った手斧で僕を殺すつもりだったのだろう。
「お兄ちゃん……」
聞こえた声に振り向けば、そこにいたのは男の両腕にそれぞれ捕らえられた弟と妹。
どうやら出てきてしまったようだ。
「なんだぁ? 坊主、こいつらの兄貴か」
僕に向かって声をかける2人を捕まえている男の声はからかいがほとんどだ。
「おい、こいついい腕輪してやがるぜ」
僕に襲い掛かってきた男が目ざとく腕輪を見ると、無造作に僕の腕をつかもうとする。
僕は恐怖に硬直していて、なすがままだった。
……そのはずだった。
「え?」
僕の右手がすばやく跳ね上がり、つかもうとした男の手をはじいた。
驚いた様子の男。
それは僕も同じである。
勝手に、動いたのだ。
『左手をあっちに向けろ!』
「!? う、うん!」
理由はわからないが、脳内の声が叫ぶままに左手を2人を捕まえている男に向ける。
そして、体をめぐる何かの、魔力という力。
『何年ぶりだろうな。武器生成C!! ショットダガー!』
手のひらが光り、何かが出てくる。
無骨な、僕の知っているダガーとは違う何かが生まれ、刃の部分だけが飛び出していった。
突然のことに反応できなかったらしい男は肩に刃を受け、なぜかその場にすぐ崩れ落ちる。
『右の男に向かって駆け寄りながら右手を突き出せ!』
「えええ!? えいや!」
何が起こったのかわからず、僕と仲間とを見比べているままの手前の男に向かい、
僕は声に導かれるままに走る。
『武器生成C!! パラライザー!』
右の手のひらから光と共に飛び出すように生まれる何か。
今度は長く、いわゆる長剣だ。
「ぐっ」
突き刺さるかと思われた攻撃はぎりぎり動いた男をかするだけで終わったが、
なぜか男はその場に倒れこんだ。
「なんだったんだ……」
泣いたまま僕に抱きついてくる二人を抱きとめながら、僕は目の前に倒れている盗賊に視線を向けていた。
『どっちも麻痺してるのさ。強力にな。なんならちゃんと止めをさせよ』
脳内の声に、足元に残ったままの長剣を見る。
この手で、命を奪う?
「二人とも、ちょっと目を閉じてて」
僕はしばしのためらいの後、弟たちを引き剥がして盗賊に近寄り、
うつぶせのままの1人、こちらをにらむ1人、それぞれに止めを刺す。
ここでやらなければ次は自分たちなのだ。
『よくやったな。俺は最初は苦労したもんだ」
「貴方は一体……」
脳内の声が助けてくれたのだと気がついて、思わず言葉を選んだ僕の思考は、
視界に入った煙に中断される。
「お兄ちゃん! 村が!」
「あれ、村長さんの家だよ!」
二人が指差す先にあるのは村で一番大きい家。
それが燃え始めている。
『おっと、どうする? お前が覚悟できるなら力をやるぜ』
力を……?
『ああ、使い方によっちゃ世界を騒がせるかもな』
そんなものはいらない。
家族を、みんなを守る力が今はほしい。
『ああ……それでいい。人一人には世界は広いもんだ。名前は?」
「ファルク。僕の名は、ファルクだ」
一人でしゃべりだした僕を不思議そうに見る2人に向けてどういったものか、
と考えたところで左手が勝手に上がる。
『このままだと2人が心配だろう。えーっと……あったあった。それっ」
声とともに空中から大きな人形が出てくる。
どこか可愛らしい、でも手に持つのは本物の刃。
身軽な服装をした女の子の人形が2体だ。
『こいつらならそこらのゴブリンなんかじゃ相手にならない。2人を守るように言ってみな』
「二人を、僕の家族を守ってくれる?」
恐る恐るそういうと、人形はうなずき、すばやく2人を挟むように陣取った。
弟たちも突然出てきた人形に驚いたようだが、
昔、両親に聞いた魔法生物を思い出したのか、今度は興味深そうに人形の服をつまんでいる。
それを見て、今度こそ隠れているように二人に言い、僕は駆け出す。
『……って感じでな。眠ってた』
「ご先祖様の眠ってた場所に偶然たどり着くなんて……」
僕は途中、手短に説明された脳内の声、腕輪の正体に驚いていた。
いや、驚いた、ですませていけないことはわかっているが、
今はそういうしかないぐらい驚いているのだ。
『詳しい話は後だな。俺が出来るのは一時的に体を動かすか、さっきみたいに作るかだ。両方同時は出来ない』
「つまり、僕が回避できない攻撃を何とかするか、僕が体を使ってご先祖様が武器を作ってくれるか、だね」
村に走りながらの作戦会議で、僕は出来ること出来ないことをまとめていく。
『そういうことだ。ああ……いつまでもご先祖様、じゃ変な感じだな。いいか? 俺の名前は……』
そして世界はまた巡る。
精霊と共に。