142「水に濡れる踊り子-2」
森の踊り子。
名前だけを聞くと、モンスターのことだと思いつかないかもしれない。
通称という奴で、MDでも何故だかこう呼ばれていたが
ちゃんと名前はある。
本名はサボタン。
サボテンではない、サボタンである。
もっとも、見た目はそのままサボテンである。
目鼻は無いが、左右に突き出た1本ずつの枝というか、
手に見えるような部分が上下に動く性質を持つ。
足が生えているわけではないのだが、
様々なきっかけを刺激としてか、
その2本の腕(?)を踊るように動かすことから名付けられたらしい。
運営も悪乗りし、ついには本来の名称で呼ぶNPCもいなくなり、
該当クエストのメニュー表示でしか名前がわからないような状態だった。
特徴としてはその動き、そして攻撃方法、
最後に再生能力にある。
動きは音や衝撃に対して腕のようなそれを振り回し、
踊るようにして無数のとげで近づくものを威嚇、
あるいは直接刺さるといったところか。
実は攻撃方法はそれだけではなく、特定の条件下で
そのとげが抜け、動きの勢いの乗ったその針は
たぶん刺さると危険だろうな、という勢いで飛んでくる。
そして、再生能力は条件付だが最強の一言である。
直接の弱点である炎での攻撃を除き、
仮に砕かれても条件の整った地面であれば小さな破片から再生を果たす。
さらには、針の中には種のような役割を果たすものも含まれ、
大体針30本に対して1本といった割合のそれが
近づいた犠牲者に刺さる、もしくは捕食したその相手の体に
付いた破片が別の場所で再生を果たす、
そんな少々豪快な増え方をする。
勿論捕食する側もそんな厄介な相手だとどこかでわかっているのか、
たまにいる不幸な犠牲者以外、えさにするような動物や
モンスターもいないはずである。
ちなみに俺も散々お世話になったモンスターである。
その針の一部種類はいろいろな材料になるし、
肉片というか果肉も売れなくは無いのだ。
そして今回の目的であるその体液というか水分が
ポーションの材料となるのだ。
「それで、何をどうしたらいいのだ?」
「ああ、まずはこの条件に合った冒険者を募集したい」
俺はギルド長の声に思考から戻り、机の上にある
紙へとチョークのような物を走らせる。
そういえばこの世界、ペンが無いな。
(これだけ綺麗な紙があってペンが無いとは、アンバランスなことだ……)
そんなことを思いながらかかれる条件に、
ギルド長だけでなくジェームズも釘付けの様子だ。
老人だけは何が面白いのか、腕を組んだまま椅子に座ってこちらを
笑みを浮かべたまま見ている。
「これで大体3人ぐらいずつでいい」
「それなら集まると思うが、多くても問題は無いか?」
俺は頷き、条件と報酬にもう一度目を通してから
予定される報酬となる銀貨をさりげなく取り出して机の上に置く。
そのほうが話が早いと思ったからだ。
三日後の昼に、と約束をして俺はギルドの建物を出る。
話を持っていく先と、集めるものがあるからだ。
「あ、おかえりなさい。どうだった?」
「問題ない。次の仕事も受けた。ポーション不足を解消する夢のような一手さ」
荷物の整理と装備の点検をしていた様子のキャニーが、
戻ってきた俺を見つけるなり立ち上がり、駆け寄ってくる。
そんなドラマで見たような新居に帰ってきた夫と
待っていた新婦にも見える動きに、
俺は内心笑いながらわざとらしくそう報告する。
「ほんと? やったじゃない。何か準備がいるのかしら」
「ああ。準備というかせっかくだし話を通そうかと思う相手が……。
ミリーは買い物か?」
すぐに首をかしげて考え始めるキャニー以外に、
宿の部屋には誰もいない。
荷物があるところから、戻ってくるとは思うのだが……。
それにしても遺物という名目でアイテムボックスがある俺はともかく、
姉妹は荷物が少ない。
俺が持てるからいい、といってあるからだとは思うが、
ダガー類を保持しておくベルトや小物類、着替えのほかは、
いざというときのポーションやお金の入った袋以外、
荷物としてはほとんどないといっていいだろう。
冒険をする人間としては軽装もいいところだ。
思えば、クレイ達も力に余裕のある男性陣は荷物を背負っていた。
話によれば荷物を預かることが商売になっている宿もあるらしく、
やはり冒険者にとって荷物というものは大事な備えであり、
厄介なものでもあるようだった。
(新しく、挑戦してみるか)
俺のアドバンテージの一つである、ある種無限にも近いアイテムボックス。
全てとは言わなくても、キロンも持っていたような袋の
再現が出来れば世界は又1つ、変革する。
「あの子ならご飯を買いに行ってるわよ。宿の食事もいいけど、買い食いもいいんだってさ」
キャニーがそう言いながら窓の外に視線を動かすと、
その先でミリーがいくつかの荷物を抱えて戻ってくるのが窓から見えた。
「ただいまー。あ、ファクトくんもお帰り!」
「ああ、ただいま。ん? それは食べ物じゃないよな」
部屋のテーブルに買って来た露店の物だろう食べ物を置いたミリーだが、
その右手に見慣れぬ袋がつかまれているのを見、俺は思わず聞いてみた。
「え? あ、そうそう。何かお供を連れた貴族さんみたいな人がさ、
貴女みたいな人にこそ使って欲しいんだ、とかいってくれたの」
「ちょっと、最初から説明してみなさいよ」
随分と省略された様子の説明に俺は半ば混乱し、
キャニーはそんな妹の扱いに手馴れたもので、話を聞きだすのだった。
簡単に言えば、買い物をしていたら、
最後の1つがその貴族らしい人間とかぶったらしく、
譲り合いになったとのこと。
ちなみにその最後の1つというのがよくわからない生き物を
モチーフにした飴細工だというのだから余計にわけがわからない。
ともあれ、それで話し合うことになった2人だが、
ミリーが冒険者で、色々と世界を旅していることを知った貴族が、
急にあわただしくお供の男が背負っていた荷物から1つのものを取り出したらしい。
曰く、魔力を込めると虫除けの音がでるランプ、だそうだ。
見た目はランプだが火は灯せず、何故か虫除けの音がなるらしい。
中に水を入れて魔力を込めることで使うことが出来るそうで、
旅をするならば虫には悩まされるだろう、
だからこそ使ってみて欲しい……だそうだ。
「へえ……虫除けの香草じゃダメなの?」
キャニーがそういうのも無理はない。
地球で言う蚊取り線香のようなものや、
それに近いものはこの世界でも十分普及しており、
一般市民でもそこそこの値段で簡単に手に入るのだ。
確かに、一見無駄に見える……だが……。
「いや、これは旅する人間だからこその物だ」
無駄なものを、というキャニーに俺は否定の言葉を返す。
(これは……すごいな)
材質は特に貴重というわけではない。
作ったのは恐らくキロンの工房だろうが、
その組み合わせ、性質の作用具合、何よりそのアイデア。
職人に依頼をしたであろう発注主の指示内容が
的確でなければこうはなるまい。
当然、ゲームであるMDには蚊なんてものはまともにいない。
確か一部クエストに虫が関連するものがあるが、
フィールドや森にいるからと虫が寄ってくる、なんてことは
処理の上からもありえないことだ。
だからこのアイテムの作成レシピなどない。
完全なこの世界、いやその依頼者である貴族のオリジナルだ。
「これは例えば、森の怪物を退治するときや、盗賊のアジトなんかを
見張るとき、虫に悩まされないように使える」
「うん。香草だとにおいが届くかもしれないけど、これだと
周囲少しにしか音が届かないから、10歩も歩けば聞こえないんだって」
俺の予想をミリーが補足する。
仮に音が聞こえても特別不自然なものではない。
リーン、と実際に何かの虫が鳴いているような音しかしないのだ。
そうなるとその波長等に虫除けの理由があるのだろう。
「そっか。でも、そんなに必要な人いるかしら?」
キャニーの指摘はもっともで、俺もそこは問題だと思う。
だが、アイデアは抜群だ。
そして、そのポイントが俺が話を持っていこうとする理由でもある。
「ミリー、その貴族の名前、アルミッタって言わないか?」
「え? 何で知ってるの? ここから1日で行ける距離に館があるっていってたよ」
俺の問いかけに、不思議そうに答えるミリー。
(ビンゴ! これで話が持って行きやすいな)
心の中でガッツポーズをする俺だった。
ミリーが出会ったという貴族、それは以前キロンの工房で、
雷鳴石を材料にした不思議な燭台を注文していた貴族だ。
需要があるかどうかは微妙で、道楽にしか見えないような注文をする貴族。
だが、燭台がそうであったように、アイデアや考える部分は
まるで現代の地球人のような奇抜さ。
彼ならば俺のアイデアを受け入れてくれるかもしれない。
そのための準備が少々いるが、
俺が馬に補助をする、あるいはグリフォンであれば
森の踊り子の募集日程である三日後に十分に間に合う。
「キャニー、ミリー、急いで街でこういった感じの入れ物と、
木でいいからこのぐらいの棒、後はこれを買ってきてくれ」
俺が手持ちの紙に簡単に図を書き出し、
長さを書き込んでいくと姉妹は頷きながらも表情は戸惑ったままだ。
「ファクト、それはいいけど何に使うのこれ。普通の壷ぐらいの大きさの入れ物に、
ショートソードより短い棒、後はポイズミ草って毒草じゃない」
「確か罠や矢じり、穂先に塗って使えるから売ってることは売ってると思うけど……」
「大丈夫だ。俺を信じてくれ。夜には戻る」
なおも戸惑いの声をあげる姉妹に俺はそういい、
自分のほうも準備があるから又夜に、と言って宿を出る。
(話に聞いた群生地は……こっちか!)
街を駆け抜け、そろそろいいかという距離を街からとったところで
ジャルダンを呼び出し、木々の真上、
つまりは目撃者の少ないだろう高さに上がってもらい一気に加速する。
「短い距離だが、頼むぞ」
ジャルダンは久しぶりに会えたことが嬉しいのか、
楽しそうな声をあげて俺の予想以上の速度で空を、
正確には森の上を飛ぶ。
そして1時間もしないうちに、目的地であろう場所、
そこに漂う気配を感じた。
「あれか。そろそろいいぞ。適当なところで降ろしてくれ」
鳴き声を上げ、ジャルダンが地面へと降り立つ。
俺はジャルダンから降りると装備を再確認し、視線を前に向ける。
そこには街道沿いの森から若干はみ出た様子で、
まったく動かないサボテンがいる。
そう、今回の主役、サボタンである。
「サンプルだからな、ちょっとでいいから……ダメージ無視でいくか」
どうせまともに俺がダメージを受けるような相手ではない。
たぶんというか確実に痛いが、それだけだ。
ちょっと我慢すればいいのである。
「よし、行くぞ!」
気合を入れて叫び、俺はサボタンに向かって駆け出す。
「やっぱり、いってええええ!?」
被害を回避するため、商人や冒険者も
最近迂回しているという街道に、俺の悲鳴だけが響くのであった。