141「水に濡れる踊り子-1」
「1枚……2枚……どんどん行くか」
チャリン、チャリンと俺一人だけの部屋に
金属的な音と、ため息のような自分の吐息が響く。
倉庫のような一室で椅子とテーブル、そしていくつかの壷。
俺は椅子に座り、左右にある壷にはさまれながら
目の前のテーブルに乱雑に積みあがった銀貨を手にしていた。
この銀貨はクレイ達が例の場所で発見、
自身の報酬として確保した銀貨である。
それが何故ここにあり、自分が1枚1枚確認しているかというと
その質の確認である。
話はガイストールに戻り、依頼の報告をしていたあたりにさかのぼる。
発見した銀貨をそのまま自分たちのものにしていいという話は
あっさりとわかったのだが、その後が問題だった。
よくよく見ると、最初にシーフな少年が鑑定したような、
純銀貨と比べて半分ほどの物、というのは銀貨の全てではなかった。
むしろ、そうでないものも多かったようなのだ。
そうなると問題になるのは頭割りする上での分配である。
それなりに交友のある面々といっても、ちゃんとすべきところはちゃんとすべき。
そう考えたクレイらに、俺は鑑定を依頼されたのだった。
曰く、たまに純銀貨に近いものはそのままの貨幣価値より、
何かの魔法やその類に使うほうがいい場合があると。
例えば純銀貨だと、専用化に使うという手段もあるわけだ。
クレイの知り合いとはいえ、名前の知れている自分が
ごまかしを行うリスクは高いと判断してくれたようで、
シーフな少年もあっさりと俺に役目を渡してくれた。
そうしてギルドの一室を借りて、
鑑定を始めたわけだが少々厄介だった。
下手にまとめて手に取ると、
元々の所持銀貨と区別が付きにくくなるのだ。
ちなみに俺の今の所持金は元々MDで稼いでいた銀貨、
この世界だと純銀貨らしいがそれが正直、そこらの
国より所有数が多い額がメインだ。
それ以外の銀貨は含有率というか、割合によっていくつかの種類に別れ、
それぞれアイテムとしてストックされている。
今回鑑定の対象となる銀貨たちも大体だが純銀貨、3分の1がまがい物、
半分、3分の1銀といった具合になっている。
現在流通しているような割合の銀貨は無いところ、時代を感じるといえるだろう。
ともあれ、半分以上となるとかなり価値に差が出るらしく、
そこはしっかり見て欲しいと念押しされている。
「半分、3分の1、純……また純か」
1枚1枚手に取り、俺だけが見える虚空のポップアップを参考に、
壷ごとにどんどんと銀貨を振り分けていく。
思ったより純銀貨に近い割合のものが多い。
これはこの銀貨を集めたあの管理人が昔の人間であることの証明だろう。
銀が品薄なことを考えると、思ったより当たりだったということか。
そして大体の鑑定が終わろうというところで、扉が開く。
「よう、どうだ? ってもうほとんど終わってるじゃないか」
部屋に入るなりそんな声をあげるのは、
先日久しぶりにギルドで出会った男、ジェームズだ。
「まあな。そっちこそ、直接来るってことは何か問題か?」
鑑定の手を止め、後ろを振り返る。
そこにいるジェームスの姿は以前と同じ
鍛えられた体だが、その装備は鎧ではなく、普通の服。
腰に下げている剣も街中での使用を想定したシンプルなものだ。
「問題ってほどじゃあないが、クレイ達が面白いことを言い出してな」
言いながら、空いている椅子に座りながら、
ジェームズが笑いながら口を開く。
なんと、クレイ達は銀貨の内訳が完了次第、
その半分以上をギルドと各国に寄付するというのだ。
各国といっても、今のところギルドの運営に積極的な
ジェレミア、オブリーン、そのほか少数というところだ。
中には領主、と呼んだほうがいいようなまさに小国もあるのだが、
それは大した問題ではない。
クレイ達は相談の上、この銀貨を多少ながらも
冒険者ギルドの浸透、発展に使って欲しいと決めたとのこと。
例えば初心者な冒険者への支援、共有の救護所など等。
一時的な物にしかならないかもしれないが、
今、このときにそういったことが出来るのは大事なことではないか、
そう10人全員で言ったらしい。
「この前まで、小僧だ小僧だと思ってたのによ、すげえと思ったぜ。
俺だったらぱーっと使っちまわあ」
おどけたように言うジェームズはひどく嬉しそうだ。
「なるほどな。じゃあ俺も寄付しないといけないか」
「は? どういうことだよ」
俺はクレイが依頼の支援をする代わりに
自分の分を報酬として受取ることを提案したことを伝えると、
ジェームズは真面目な顔になる。
「ははっ、そういうことか。あいつめ、世の中はもう少し
小出しにして交渉しないと危ないことを又教えなければいけないな」
そういってまた笑顔になるジェームズがすぐに立ち上がった。
「ま、そんなわけだからよ。鑑定が終わったら上のほうに顔を出してくれや」
「ああ、昼飯には間に合うだろう」
そして鑑定が又始まる。
それにしても、種類はわかっても、魔力的な違いはわからないな……。
純銀貨が専用化や一部のゲームコンテンツだった機能に
使えるのはわかるのだが、違いがわからない。
これなら今持っている銀素材でそれっぽいものを
作ってもらっても同じかもしれない。
もっとも、そんな実験をしてくれる職人はいなさそうだが……。
作成レシピのあるMDにあったアイテムを作るのは得意だが、
そうではなく直接生み出すというのはまだまだ課題の残る作業なのである。
そんなことを考えながらも手は止まらない。
そして、最後の1枚が壷へと吸い込まれる。
「終わったぞ」
壷をギルドの職員に手伝って運んでもらい、
ギルドの建物の上のほう、所謂お偉いさんがいる部屋へとやってくる。
扉を開けた先にはジェームズと、
そしてガイストールのギルド長となったらしい男性、
さらには見知らぬ老人がいる。
「ひとまずそちらに置いて置いてくれないか」
ギルド長に言われるまま、壁際のテーブルへと壷を置き、
手伝ってくれた職員に礼を言いながら振り返る。
と、老人がいない。
そのことを認識したのと、体がプレッシャーに反応したのは
ほとんど同じだっただろう。
耳障りな音。
魔力を帯びた金属と、魔力そのものがぶつかり、せめぎ合う音。
いつの間に背後にいたのか、老人の構える室内戦闘に相応しいショートソードと
発動の叫びすらもどかしく、右手で俺が抜き放った例のショートソードが
マギテックソードとして生み出した刀身とがぶつかり合う。
室内を陽光とは違う光が満たす。
それはマギテックソードの魔力としての光であり、
老人の剣と俺のそれとがぶつかる魔力同士の光でもあった。
「なるほど。止める予定だったとはいえ、これをこうも防ぐか」
「手加減してくれなかったらこうさ」
俺は空いている左手で自分の首辺りを横切らせる。
実際、わかりやすい相手の仕草と偶然に助けられたのは間違いない。
なにせ、入ったときから老人だけ、壷ではなく
視線が俺に合ったのだ。
その視線も人の中まで見通すような鋭いもの。
これは何かある、とゲームプレイヤーとしての俺と、
この世界に生きてきた俺とが同時に発した警告に従ったまでのことだ。
老人が先に力を抜いて下がったのを合図に、
俺もマギテックソードを解除し、ショートソードに戻して鞘に収める。
「やはり、親父に聞いたことがある魔力剣か。興味深いな」
「出来ればのんびり話したいものだがね。ところで、これが用事なのか?
俺自体は別にいきなり襲われたことに怒りはしないが……」
俺が背後に問いかけると、ギルド長は首を横に振る。
「いや、これは別件だ。どうしてもご老体が直接見てみたいと言ってね」
ご老体とは目の前の老人のことである。
先日彼らに聞いた、伝説に近い英雄の子孫。
確かにこの動きなら、まさに強者。
少数相手同士でやりあうのであれば強敵も強敵だろう。
「予想以上だった。久しぶりにいい気分だ。ファクト、礼を言う」
「何、手合わせぐらいでよければ付き合いますよ。毎日は勘弁して欲しいですがね」
俺はそうおどけていい、用意されていた椅子に座る。
「本来の用件というのは他でもない。ファクト君の知識が借りたいのだ」
ある意味もったいぶって、ギルド長がそう切り出す。
知識、と来たか。
一般の職人が流用可能なレシピでも聞きたいのか?
可能性としては一番高いような気もするが……。
「俺が提供できるものであれば」
相手が望むものがわからないので無難に答える俺だが、
どんなことを言われるのかとある意味楽しみなのは内緒である。
「実は……薬草やポーションをなんとかする伝手はないかね?」
「は?」
俺が思わずそういうのも無理は無いと思う。
何せ、別に俺に聞かなくても薬草は当たり前に流通しているし、
ポーションだって潤沢とはいえないだろうが、
流通はしているはずなのだ。
決して、製法が失われたわけではないはずだ。
「いや、そういうのも無理は無いのだが、今、この街に冒険者が
どれだけ出入りしているか、知っているかね?」
ギルド長の質問に俺は首を横に振る。
前よりは多いなとは思うが、具体的にはわからないのが正直なところだ。
「実に6倍。つまりはゴブリン1匹に冒険者6人で殴りかかるような状況も
決して冗談ではないということだ」
この世界でもゴブリンはモンスターとしては極々当たり前の相手だ。
初心者でも、訓練した冒険者であれば1匹のゴブリンなら十分渡り合える。
数匹相手でも油断が無ければ大体はなんとかなる。
「もしかして、高騰が止まらないのか?」
俺は以前アンヌがいっていたことや、報酬として
口に出したクレイの表情を思い出す。
「そうなのだ。最悪なことに、ポーション代を節約しようと
結果的に準備不足になって大怪我を負ったものや、
回復魔法の使える術士を取り合っての喧嘩沙汰まで起きているのだよ」
頭を抱えるギルド長。
俺も話の深刻さに、動揺を隠せない。
確かに、モンスターの素材を使うアイテムや、
武具といったものはモンスターが増えるほど流通し、
逆に値段が下がるだろう。
逆に、自然に任せる形の薬草や、
それらを使って作るポーションは
モンスターのそれと違い、元々の
薬草がすぐさま生い茂るわけではない。
「ギルドでは既に、依頼以外での採取を自粛してもらっている状況なのだ。
これを何とかしたい」
「うーむ……」
俺はギルド長にそういわれてから、うめきっぱなしである。
脳内では薬草の群生地を思い出したり、
ポーションをドロップするモンスターの情報を
色々と思い出している。
だが、それも前者は結局同じことだし、
後者はこの世界ではどうかという問題もあるし、
倒すために怪我を負うことがあっては本末転倒だという考えがある。
「こればっかりはなあ……」
「やはりそうか。森の踊り子もこんなときに限って大繁殖しているので、
なんとかしたいのだが……」
俺がため息混じりにそう答えると、
ギルド長も負けじと深く息を吐きながらそんなことを言う。
やはりモンスターが増えているのか……。
森の踊り子なんて微妙なものまで……ん?
森の踊り子……?
「なあ、森の踊り子ってあれか? 全身緑で、何故か砂漠に生えてるような
とげとげが全身にある、ほとんど歩かないくせに近づくと痛い目にあうあの……?」
「やっぱり知っているのか? 厄介だよなあアイツ」
俺の疑問に、横合いから答えるジェームズ。
(やはり! ならばなんとかなるかもしれない!)
「それだ! 森の踊り子が、救世主だ!」
立ち上がって叫ぶ俺を、3人が3人とも、驚きの表情で見つめるのだった。




