136「新しい芽吹き-1」
「あーもうっ、あと少しだって言うのに!」
あせる少女の声が森に響き、同時にいくつもの金属の音がこだまする。
ガイストールより北東へ1週間ほど。
少女を含めた10人の冒険者たちは、依頼のためにこの森を訪れていた。
森を抜けた先にあるという遺跡が目的地である。
時折吹く風が、茶色く染まっている木々の葉っぱを舞い散らせる。
「アンヌ、あのゴブリンは森が得意みたいだ。無理するなよ」
「わかってるって。そっちこそコーラルちゃんに矢がいかないようにしなさいよ!」
アンヌと呼ばれた少女は、後ろで所謂ポニーテールにされた髪を揺らしながら、
木々の間を器用に走るゴブリンを追う様に、使い込まれた様子の
レイピアを構えて走り始める。
彼女は既に初心者の域を脱しているのだが、
それでもどこか危なっかしい雰囲気をまとっているのは、
その陽気すぎる性格ゆえだろうか。
数名の冒険者らしい男女が、同様に得物を手にゴブリンの集団へと挑んでいく。
「言われなくてもわかってるさ。今日はジェームズがいないんだ」
アンヌに助言という名の発破をかけられた少年、クレイはアンヌの
それと比べてかなり幅広の剣を得手としている。
ブロードソードと呼ばれるタイプの剣を両手で構え、
時折森の中から飛んでくる矢を、後ろへ行かせまいとはじくように振るう。
視線の先には木々の枝の上で隠れながら彼に
矢を放ってきている様子のゴブリンたち。
それでも矢をはじくクレイの表情にあせりは無い。
重量のあるその肉厚の刃は、少年の腕の中でぴたりと、静止していた。
少年の体格と比べ、長いほうである剣の長さと、
最近体を満たす要因により、少年の発する迫力はゴブリンに
矢での攻撃に切り替えさせるに十分なものだったのだ。
ストライカーブレイド。
ファクトが別れ際に渡したその一振りは、
ついにクレイの手の中で刃に陽光を反射していた。
「クレイ、合図の後、行って」
「わかった。いつでも大丈夫」
背中に感じる、力ある気配、
しかし安心するその気配と声にクレイは剣を構えなおし、
いつでも突撃できるようにその視線を前に向ける。
声の主の手の中で、森の緑を感じさせる輝きを持った杖が
魔力を帯び、その力を実体化させる。
「3・2・1……森のいたずらよ!」
大きく、横に振られた杖を合図に、
クレイの視線の先であちこちから
まるで突風が吹いたかのようにざわめく木々と、
舞い散る葉っぱ、そして落ちてくる影。
「よしっ!」
叫ぶや否や、クレイは駆け出し、落ちてきた影に切りかかる。
それは弓を手にしたままのゴブリンであり、
ストライカーブレイドの前にあっさりと両断されていく。
しばらく後、アンヌを含めた冒険者たちも戻り、
少年少女は再び10人となった。
「こんなところにゴブリンがいるなんて……遺跡は奴らの巣か?」
「行って見ないとわからないわね。でも、この感じならいけるんじゃない」
金属鎧を着込み、いかにも剣士であることを
全身で表している青年にアンヌが答えつつ、
全員の視線の先にはぽっかりと開いた入り口が見える遺跡。
ガイストールの冒険者ギルドで、国からの
調査依頼のあった遺跡である。
曰く、古代に何らかの儀式が行われていた遺跡だという。
「でも既に探索済みなんだろう? なんでまた……」
槍を得手とする少年がそうつぶやくのも無理は無い。
既にその遺跡は発見され、探索されたものであり、
めぼしいお宝といったものは無いことがわかっている場所だからだ。
「ほら、聖女像のあった遺跡は知ってるだろ? アレと同じぐらいの時代なんだってさ。
だから、地下とかあるんじゃないかって話だ。まあ、何も無くても
報酬は出るんだからいいじゃないか」
不満そうな少年の肩を叩き、クレイが先を急ぐように言う。
その言葉に各々納得したのか、若い冒険者たちは歩き出す。
と、どこからか悲鳴が響く。
「な、なんだ!?」
冒険者たちはそれぞれが武器を構え、コーラルともう1人の
魔法使いの少年をかばうように円陣を組む。
「この声、ゴブリン?」
アンヌがぽつりとつぶやく。
何度も響く悲鳴、それは人間のものではなかった。
どこか異形の、くぐもったもの。
それは良く聞けば、向かう先の遺跡から聞こえてくるようだった。
だんだんと頻度は減り、いつしか悲鳴は聞こえなくなった。
「中に別の魔物でもいるっていうのか?」
「待った。何か出てくる」
静かになった遺跡の中から、何かが出てくる。
それは若い彼らですら、すぐに感じられる気配だった。
どんな魔物が出てくるのか。
緊張と焦りの中、10の視線を集める暗闇から出てきたのは3人の人影だった。
「暑っ!? 日差し暑っ!?」
「へ……ファクト?」
その先頭に立つ妙に厚着の男を見たとき、思わずクレイはそう口にしていたのだった。
(まったく……暗闇を抜けたらゴブリンの巣でしたって、洒落にならん)
「後は大丈夫そうだな?」
「ええ、ゴブリンはこれで全部みたい」
「ちょっと悪いことしたかな。まさか倉庫にしてるど真ん中に転送されるなんて」
床はゴブリンの血と死体に汚れ、あちこちに
汚れた衣服やガラクタが散乱している。
そんな中、薄ぼんやりとした灯りが先端に灯るポールだけが、
その貴重さを自己主張しているようだった。
女王と別れて1週間、俺達はとある洞窟の奥で転送ポールに触れていた。
確かここに現ジェレミアの方面への転送ポールがある遺跡があったはずですよという
助言に従い、そこを訪れたのだ。
確かにポールはあり、魔力を注ぐと機能を取り戻した。
で、転送された先にはゴブリンがいた。
襲い掛かられてやむを得ず、撃退したとこういうわけである。
拾っていく必要のあるような物はなさそうなので、
ひとまずは外に出ることにする。
「にしても、ちょっと暑くないか?」
「かしらね? さっきまで雪国だったから仕方ないんじゃないかしら」
「こっちじゃ雪なんて余り降らないもんね」
喋りながら入り口だろう方向へと歩いていくが、
やはり同じ季節でもこちらはと先ほどまでの
雪国では根本的に違うのか、だいぶ気温に違いを感じる。
ちなみに装備しているアクセサリーはあくまでも耐寒装備である。
故に……。
「暑っ!? 日差し暑っ!?」
外に出たとき、日差しにそう叫んでしまうのも仕方が無いわけで。
「へ……ファクト?」
「ん?」
かけられた声に、顔を向けるとそこには何人もの人影が。
その先頭にいるのは、少年らしさを残しつつも
どこか成長したことがわかるクレイだった。
後ろで武器を構えたままの冒険者に、
説明でもしてくれているのかその身振り手振りが少しおかしいことになっている。
その間に俺達は、雪国用に身につけていたアクセサリーや、
厚着していた服などを脱ぎ、普通……でいいのかわからないが、
俺は実は凄い性能の皮鎧に布の服、キャニーたちも同様だ。
本当は前にダメになった鎖帷子の代わりでもいいのだが、
寒冷地に金属関係は問題があったのだ。
ともあれ、着替えを済ませた頃、
ぞろぞろと冒険者たちが歩いてくる。
そのほとんどは少年少女で、若い。
「久しぶり。探索予定だった遺跡から出てくるから、
何があったんだーってとこだったんだよ」
「なるほどな。俺のほうはちょっとな、北のほうから転送されてきた」
色々はしょっていってみると、
クレイの背後で冒険者がざわつく。
まあ、無理も無い。
「転送って、あの聖女像に行く途中にある変な柱の奴?」
「なんだ、知ってるのか? ってアンヌか。元気そうだな」
集団から1歩こちらに歩み寄り、転送ポールのことを言ってきた姿に
覚えがあった俺は彼女の名前を口に出す。
「ねえ、ひとまず中なら中に入らない? 探索が依頼なんでしょ?」
横にそれそうになっていた話が、キャニーの声によって元に戻される。
もっともな話なので、簡単に言葉を交わしながらひとまずは、
と遺跡の入り口付近のホールになっている場所へと
全員で移動することになった。
「うーん、やっぱり特に無いなあ。ファクトが転送されてきたポールだけかぁ」
「特に変な仕掛けとかはなさそうだね」
話し合いの後、遺跡を探索したクレイが残念そうにつぶやき、
ミリーも壁を適当に叩きながらそういう。
俺はその言葉に耳を傾けながら、
ここに来るまでに痛んだらしい冒険者達の装備の手入れをしていた。
幸いにも、主だった破損といったことはなく、
ちょっとした手入れですむものだった。
(仕掛けか……あるにはあるはずだが……そう貴重でもないな)
実のところ、仕掛けはみんなの目の前にある。
入ってすぐにあった、ガーゴイル像の口である。
良く見ると、そこにコインぐらいの大きさのものが入る隙間があるはずである。
落ち着いて周囲を見渡せば、利用したことは無いが、
覚えのある造りの遺跡だ。
所謂フィールド上にあるセーブポイントで、
力尽きたときにリスタートできるポイントとなる。
ただし、有料。
後はゲームであればNPCが専用に待機しており、
有料で状態回復などの対応が受けられる。
もっとも、あちこちは崩壊しているし、NPCも長寿な種族という
設定でもなかったはずなので、恐らくは既にいない。
「依頼って何もなかった、でも達成っていったか?」
「ああ。でも何か見つかったほうが報酬はいいかな」
傍らの青年に問いかけると、当たり前といえば当たり前の答えが返ってくる。
それはそうだ。成果があれば報酬があがる。
「変なタイミングで見つかるよりは後処理がしやすいか」
「え?」
小さくつぶやくと、疑問を浮かべる青年に答えず、俺は立ち上がる。
そして例のガーゴイルの場所へと歩いていくと、
ぺたぺたとその表面をわざとらしく触る。
「ファクトさん?」
「ん? 何、こういうときは案外近い場所に当たりが……ん、なんだこれ」
コーラルに背中を向けたままで今わかりました、
という風で口の隙間を見つけたように言う。
視線が集まったところで懐から流通しているほうの銀貨を1枚取り出す。
「このぐらいがはまりそうだな」
独り言のように言って、銀貨をはめ込む。
途端、遺跡全体が何かに包まれたのがわかる。
音が立ったわけではないが、何かがめぐっている。
恐らくはフィールドにある魔力を遺跡が利用しているのだろう。
きょろきょろと、コーラルと魔法使いらしい少年があたりを見渡す。
さすがに魔法使いとなればこれを感じられているようだった。
全員の視線の先で、何も無かった壁に細い線が走ったかと思うと、
そこにゆっくりと隙間が生まれ、そしてぽっかりと穴が開く。
「……準備をしたら、突入する人員を決めよう」
静かなクレイの声に、冒険者たちは静かに頷くのだった。