135「白の夢、銀の願い-6」
「結局、アレって何なの? 魔石?」
沈黙を破ったのは、思い出したようにダガーを腰に戻したキャニーだった。
滑らないように気をつけてか、ゆっくりと
何故か湧き出るのも止まった元温泉の水溜りの中に浮かぶ
青いコキュートスハートへと近づいていく。
近づいていくと大きさが良くわかるが、
青い塊は自動車ほどもある。
「コキュートスハートは」
「女王の全て」
「そしてこの土地の全て」
そんな彼女に答えるように、スノーホワイトの3人が
何かに操られたかのような口調で言葉を紡ぐ。
慌てて3人のほうを向くが、特別おかしな表情になっているといったことはない。
ただ懐かしさを感じる。
そう、クエストをこなしていた時に出会う彼女達の様な。
「フフ……いいの、気にしないで。貴方ならわかるんじゃないかしら。
出会ったときの女王様は何か足りなかったでしょう?」
「足りなかったかどうかはともかく、思ったのと違ったのは確かだな」
ミュエルが俺に歩み寄ると、その左手で俺の服をそっとつまみ、
空いている右手で地面を指差す。
「下の方、そうずーっと下のほうに、ぽっかりと穴があると思うの」
(穴? 別にそんなものは……)
そう思った俺だったが、なんとはなしに魔力を探ってみることにした。
こういう目に見えないときはそうでないものならば見えるというのがお約束だ。
(ビンゴ! って深いな)
結果、明らかに何か空白の地帯があることが感じられた。
かなり下のほうではあるのだが……。
「そこに、あれを降ろしてみて」
「え、地面を掘らないといけないの?」
俺とミュエルの会話を聞いていたミリーがそんな驚きの声をあげる。
確かに今ミュエルが言ったのはそういったことになる。
だが……そういうことではないのだろう。
「大丈夫よ。ファクトぐらいの魔力と、2人のそれがあれば勝手に下に行くもの」
「アイスマリンが武器になっているなんて、何年ぶりですかね?」
「フフ……100年では足りないわね。精霊戦争時代にとっくに失われたと思っていたもの」
スノーホワイトの言葉に、困惑したまま、自らの腰にある
アイスコフィンをそれぞれ見つめるキャニーとミリー。
「そうか、コキュートスハートは……」
俺はコキュートスハートの真実、正しくはその役目を
感覚的にだがようやく理解した。
最初は、もっといえばハイリザードを倒すまでは、
魔石と呼ぶには仰々しいが、知らないアイテムなだけだと思っていた。
だが、違ったのだ。
落ち着いた状態でよく見ると、伝わってくる波動というか、
力には非常に覚えがある。
この感覚と、状況、そしてスノーホワイト達のいうことからすると
アレをまともに使えるのはそれこそ神様のような次元の存在だろう。
「2人とも、アイスコフィンを出して……そう、ちょっとそこに立っててくれ」
ミリーに反対側にいってもらい、2人でコキュートスハートをはさむような位置となり、
俺はそんなコキュートスハートのそばに立つと、魔力を高めた。
そして2人の魔力、そしてコキュートスハートに意識を伸ばすと、
うっすらと青い光が冷気を伴って2人の手から伸びてくる。
それはコキュートスハートに絡まって言ったかと思うと、
瞬きする間にも徐々に青い塊は下に下がっていく。
「わっ」
「沈んでる?」
「そのまま、そのままだ」
慌てる2人に向けて、俺はそれだけをいってぐっと、
水の中に洗濯物を押し込むような手ごたえを感じながら
下へ下へと沈めていく。
そのうち勢いがついたのか、どぷんというような感覚とともに、
一気に落ちていくのを感じた。
俺は水の流れのように魔力を注ぎ込んでいく。
そして……。
「嵐ね」
「うわー、前が見えないよ」
洞窟から出る直前、外を眺める6人の前には
猛吹雪というしかない天候が立ちふさがっていた。
スノーホワイトと一緒なら、なんとかなりそうではあるが
出来れば遠慮したいクラスの荒れ模様。
まるで押さえつけられていた反動というべきか、
忘れそうになっていた物を思い出したというべきか。
荒れ方は問題だが、この土地は本来そうなのだ。
名前を聞いていなかったあのスノーホワイトにこの土地に
つれて来られてからずっとあった違和感。
それはさんさんと輝く太陽だった。
可能性はゼロではないが、かなり稀なことだ。
イベント以外季節など関係ないMDにおいて、
天候はもう土地の設定による。
勿論、この世界は実際には季節があるのだろうが、
真夏の時期ならともかく、もう冬になろうかというのに
穏やかな天候。
ようやくすっきりした何かを胸に、
俺は止みそうに無い吹雪を見てつぶやく。
「きっと数日は収まらない。悪いが、城まで案内頼めるか?」
「余裕余裕ってとこね。じゃ、それぞれ手を繋いで、一気に」
目を閉じていてでも大丈夫といわんばかりの
3人に引きつられ、俺達は外に走り出した。
もし3人がいなかったらキャンプの中にでも
こもるしかなかったなという天候の中、
ランディングの効果もあって猛吹雪とは思えない速度で駆け抜けることが出来た。
1時間もしないうちに、
うっすらと視界の先に黒い影が見えてくる。
大きな山のような何か。
マップ的にも間違いない、ブリザードキャッスルだ。
入り口付近に近づくと、人影がいくつもあるのが見えた。
少し弱くなってきた吹雪のおかげで、
視界がはっきりしてきた中で見えたのは
たくさんのスノーホワイトであり、
この世界では女王以外で初めて見るスノーフェアリーだった。
「ご無事で何よりです」
先頭に立っていたのは、女王でもスノーホワイトでもなく、
背の高いスノーフェアリーだった。
スノーフェアリーはその名前にある意味反して、
妖精らしくなく、普通に人型で、しかも結構長身なのである。
簡単に言うと、スノーホワイトがゴスロリやフリル系を着込んだ
小中学生ぐらいだとすると、女子大生からOLぐらいの背格好なのだ。
基本的には落ち着いた性格が多いようで、
はしゃぐタイプは余りいない。
ただ、別に皆無というわけではなく、
その魔力、素肌の色などを除けば人間と余り違いは感じられない。
現に俺たちに声をかけてきたのも、ドレスというには若干簡易な、
装飾が少しついたワンピースタイプの服装で、
女王に似た銀色の髪が背中まで伸びている女子大生といった子だ。
……顔の造りは西洋な感じなのだが。
ふと、この世界じゃアジア系な顔には出会っていないな、と思う。
仕方ないといえば仕方ないのだろうが……。
「どうされましたか? お怪我でも?」
「ん? ああいや、大丈夫だ。女王には会えそうか?」
少しぼけっとしていたのだろう、心配そうに声をかけてくるスノーフェアリーに答え、
俺は依頼主である女王がいるかどうかを確認する。
「ええ、こちらへ。イシュベル、トゥアル、ミュエル、一緒にと仰せよ」
「え? 女王様が?」
持ち場に戻ろうとしたのか、少し離れた3人を
呼び止めるスノーフェアリーの表情は少し笑っている。
代表として声をあげたイシュベルだが無理も無いかもしれない。
扱いは主従や上司と部下というより、
姉妹のような関係らしいスノーホワイトとスノーフェアリーだが、
生身があるかというかという点では大きな違いがある。
大きなブリザードキャッスルの扉をくぐり、
氷なのかそうでないのか、区別のつかない城内を
先導されつつ、進む。
(この魔力……女王か。だがこれは?)
視界に入った明らかにそれっぽい豪華な扉。
近づくほどに感じられる覚えのある気配。
見ればキャニーとミリーも何かを感じているようだった。
スノーホワイトの3人は言うまでも無い……か。
スノーフェアリーが扉を開ける間もなく、
近づいただけで重そうな扉がゆっくりと開いていく。
青、白、そして銀。
部屋に満ちるのはその色だった。
スノーフェアリーが無言で片膝をつく先には玉座。
そこに座る影は女王……女王のはずなのだが。
「下がってよろしい」
「はっ」
ぞくりとくる、静かな声。
それは場を支配していた。
後に残される女王と、俺たち6人。
玉座に座るのは間違いなく依頼を受けた女王のはずだ。
だが、どこかほわわんとした空気は無く、
氷の女王という表現が似合う雰囲気になっている。
昔出会ったことのある気配、そして魔力。
コキュートスハートの存在理由と、今の状況を考えると
正解の候補は多くはない。
「……静か過ぎるな。ささやきも聞こえる距離で手を取ろうか?」
ぎょっとした様子で、俺の発言に顔を向けてくるキャニーたちだが、
女王には変化は無い。
……いや、違うな。
「母にも言いましたね、その言葉」
そんな返事とともに、クスクスと女王は山小屋で出会ったときのように笑うのだった。
そして硬直したままのスノーホワイトたちにも
女王は声をかけ、俺達は玉座に近づき、床から何故か出てきた
透明な氷のような椅子に座る。
本当は冷たいのだろうが、つけたままのアクセサリーの効果か、
ちょっと冷えた木だな、ぐらいにしか感じない。
「ひとまず原因だろう奴は何とかできたが、どうだった?」
「ええ。バラ園のそばに来ていた流れは普通の水になり、そして凍りました。
また吹き出てくる様子も無いので、問題ないでしょう。ありがとうございます」
女王は頭を下げ、そのまま続きを促してくる。
俺はちらりと5人に視線を向けてから、説明していく。
道中のこと、洞窟のこと、ハイリザードのこと、そしてコキュートスハートのこと。
「そうですか……やはり彼らが。本当は彼らの住処はもっと東なのです。
連なる山々のもっと東。ですが、最近棲みにくくなったと噂で聞きます。
それで……なのでしょうね。それとコキュートスハートの件は、
できれば人間の皆には内密でお願いします」
「どうして? よくわからないけど、地下深くにあるんでしょ? 取り様が無いじゃない」
キャニーが女王にそう返すが、確かにそのとおりだ。
全ての人間がこれらの話を信じてくれて、
手を出しちゃいけないとわかってくれたなら、だが。
「お姉ちゃん、人間の……ううん、なにかの欲望ってきりが無いんだと思う。
きっと……何年かかっても、掘る人は掘るよ。それこそお金も人も一杯使って」
「ええ。もっとも、そうなる前には私たちが動くことになりそうですが」
キャニーをフォローするミリーに、
女王が頷き、ちょっと怖いことも言う。
どう動くことやら……。
「ともあれ、おかげさまで私の力も戻り、母達の記憶も戻りました」
「やはりそうか。アレは歴代の女王の魂みたいなものなんだな?」
コキュートスハートに感じたある種懐かしい感覚は
魂そのものかはわからないが、先代の女王のものが混じっていたのだ。
「はい。あれはこの土地の全て。いうなれば辞書のようなものですね。
常に影響を与えますから、皆女王らしい状態になるのです。
ですから無かったときの私は少々女王らしくなかったようですね」
これから何年もしたら徐々に歴代の女王らしいようになっていくだろうとのこと。
「あれはまさに土地そのもの。精霊とは又違いますが、
いつ精霊になってもおかしくは無かった。そう、おかしくは無かったのです」
全ては精霊となり、精霊は魔力や物そのものとなる。
勿論、精霊が急に金属になるというような変化は無いわけだが、
多く宿っているかどうかで色々と違うのだ。
逆に、物が精霊となるのは速いというか、なるときはすぐだ。
俺が中古武具を自然に戻したときのように、意外と手段はある。
そんな境界にあったらしいコキュートスハートだが、
どうも吸われた様に力を減じているらしい。
「出て行ったものを取り戻してはい終わり、ということはありませんので、
また時間はかかりますが将来的には強い氷の精霊が生まれると思いますよ」
そういって、待機したままのスノーホワイト3人に女王は視線を向ける。
「心配かけましたね。母の代から仕えてくれているのです。
きっと私の変化にも、その理由にも心当たりはあったのでしょう?
けど、いたずらに被害を広げるわけにも行かなかった……」
ささやくような女王の言葉に3人が頷く。
「もし自分たちだけで対処するとなれば、長い時間がかかってしまったと思います。
4属性が必要な結界もありましたし」
イシュベルがそういい、それを突破した俺に視線を向ける。
「わかりました。さあ、難しい話はこのぐらいにしましょう。
実は、歓待の用意が進んでいるのです。参加してくださいますね?」
にこりと、まだまだクールビューティーには遠い笑みで、
女王がそういうことでその場はお開きとなった。
舞踏会でも開けそうな広間は、魔法の灯りらしい光で満たされていた。
最初は氷だけが出てきたらどうしようかと2人と話していたが、
そんな予想に反して、暖かいわけではないが
人間も食べるような食材で出来た料理ばかりが並んでいた。
念のために聞いてみると、別にスノーフェアリーやスノーホワイトも
食事をしないということは無いそうだった。
ただ、その回数や内容は人間と比べれば控えめだとのことで、
自分の感覚でいえば、一人頭3人前は並んでいるぐらいの量だそうだ。
いつしかあちこちからスノーホワイト、スノーフェアリー両方が
まるで女子高にでもいるかのように集まってくる。
そして女王の挨拶とともに俺たちが紹介され、
宴が始まった。
夜。
無事に宴も終わり、キャニーとミリーは
既に部屋で寝ている。
俺は、静かな城内を散歩するかのように歩いていた。
別に外に出かけるというわけではない。
寝られず、ふらりとテラスまでやってきた。
「寝られませんか」
ぼんやりと、氷のようなガラス張りのテラスで外を見ていた俺に、
背後から静かに声がかけられる。
透き通った声。
振り返るまでも無く、女王だ。
「まあな。いいのか? 1人で」
まさか城内に敵がいるとは思わないが、1人で動くということは
いいことではないだろう。
「良くはありませんが、今の私を倒せるような強さを持っている相手が
侵入してきていたらもっと大変なことになってますからね」
そういって横に立つ女王。
鈴がついているわけでもないのに、歩くたびに音がしたような気がした。
無言。
「迷いがあるようですね、旅人よ」
「そう見えるか?」
向かい合うと、女王の強さが戻ってきていることが良くわかる。
火山のような、というものではないが、
動かない大地の強さ、溶けない氷の冷たさという感じだ。
「長生きしてますからね。そうですね……原点に戻ってはどうですか?」
「原点か……」
俺がつぶやくと、女王はどこからか何かを取り出すようにして手を振る。
すると、そこに生まれる一振りの枝、そして何かの実。
それを必要なときが来るでしょう、と渡される。
初めて見るアイテムで、何故かウィンドウにも
アイテム名であるブリガンディアとしか表示されない。
疑問を口に出す前に、女王がじっとこちらを見るので
俺は口をつぐんでしまう。
「貴方1人でドラゴンを倒すでもなく、大地を揺らすわけではないのでしょう。
であるならば、人の中にいるべきです」
冷たく、それでいて優しく、諭されるように女王は言う。
宴の最中、女王には旅の目的や、俺自身の狙いなども大体話してある。
それに役立てば、と報酬以外にも素材等を融通してもらったのはありがたい話だ。
「人の中、か」
俺は女王に言われ、自らの目的と、その先を考える。
黒の王。人の思いや世界の悪感情が力となり、
MDではプレイヤーの平均レベルがあがり、さらには
そのクエストに挑む人数が増えるほど強くなる。
実際にこいつがボスのように君臨しているかは不明だが、
いつか戦うことになるだろうことは間違いない。
1人では無理だ。
人間と、あるいは協力してくれる相手と協力し、
英雄に、立ってもらわないといけない。
「帰るときにはお勧めの道をどうぞ。途中の嵐は抑えることをお約束しましょう。
土地を抜けるまでグリフォンならすぐでしょうしね」
「そうか、そうだな。ありがとう」
「どういたしまして」
おどけたように言う女王に自分も笑みを返し、
胸のつかえがとれたすっきりさを心地良く感じながら、部屋に戻る。
明日は雪国とお別れである。