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129-寄り道「挑む者、挑まれる者」

短くさくっと、です。

彼はワーウルフの戦士である。


正しくは元、ワーウルフの戦士となるだろう。


彼らの種族の言葉で、前を見続ける者、という意味を持つ名前。


過去、種族の中に産まれた英雄の名前とも言われているが、

正しいかどうかは既に誰もわからない。


彼、フォルティアがこの場所でボスとして誕生したころには

彼がワーウルフとして真に生きていた時代より数世紀は経過していたからだ。


彼が何故死んでからダンジョンのボスとして蘇ったのか、

そして誰が彼を蘇らせたのか。


それを知る存在は世界のどこにもいない。


あるいはフォルティアの前で真剣な目で剣を振るう彼ならば知っているかもしれない。


もっとも、彼もこう言うことだろう。


そういう設定だということは知っている……と。







玉座のある部屋に響く硬いものがぶつかり合う音。


俺、ファクトの手にしたスカーレットホーンと、

部屋の主、フォルティアの持つシルバーソードがぶつかり合った音だ。


風を切る音すらわずかに、だが致命的な鋭さを持って

シルバーソードが部屋の灯りを反射し、俺に迫る。


俺から見て左上、つまりは彼の一番得意とする威力と速さの乗った一撃は

俺はまともには受けてはいけない。


とっさにバックステップで間合いを取り、それを回避する。


フォルティアも慣れた物で、勢いを殺さぬままに体をひねり、

その剣閃が斜めに変化する。


「っとぉ!?」


かろうじて、という距離で銀色が通り過ぎ、

俺の前髪が少々その犠牲となる。


「ほう、今のを避けるか。懐かしいぞ。覚えがある」


「自分としちゃ、未だに苦戦するというのが悔しくはあるんだがね」


姿勢を整え、また剣を構えるフォルティアは褒めるようにつぶやくが、

俺はその声に一人、冷静とは言いがたかった。


ステータス的には負けるはずが無い。


正確には、ちゃんとやれば勝てるはず、となる。


もっとも、Lvだけなら中級をぶっちぎっている自分が、

ボスとはいえ、初心者から中級者用のダンジョンでいい勝負をしているのだ。


それだけフォルティアが強いということでもあるし、自分自身が

前衛向きではないことの証明でもある。


元々、俺は彼を倒すためにここに来たのではないし、

ゲームでも一度も彼を倒したことは無い。


「悲観することは無い。覚えているぞ。我を正しく理解し、

 継続的に鍛錬と財産のために挑むものたちを」


1つ1つ、確かめるかのようにフォルティアは剣を振るう。


その攻撃は正確で、鋭くて、そして強い。


彼は、何人ものプレイヤーに倒され、何人ものプレイヤーを打ち倒し、

その動き、装備、それらを学んでいく。


そして、伝えるのだ。


自分を倒したプレイヤーはこうして自分を倒したのだ、と。


はるか昔、誇りあるワーウルフの戦士であった彼は、

自身の一族を助けてくれた見返りにと

人間を鍛える役目をとある精霊と死後に契約し、この砦跡に蘇った。


何故その精霊が彼の一族を助け、人間のための契約をしたのか。


それを知る術は俺には無い。


そういう設定だからということは出来るだろうが、

もしこの世界に本当に神様がいるのならば、教えて欲しいものだ。


ともあれ、彼は導き手なのだ。


力であり、技であり、強さの。


そして……その剣と自らの体をも導きに使う。


長く、緊張の続く時間の末、俺はフォルティアの右腕を

肩の近くで切断することに成功し、

消えることの無いままのその剣と、

毛皮と化すドロップをいくつか手に入れる。


フォルティアは俺の前で片膝をつき、

息をあげながらもスカーレットホーンを突きつけたままの

俺をそのまま見上げる。


「見事だ。やはり、勝てぬか。一合一合、かみ合っていくのがよくわかった。

 人間、いや……枯れ尽きぬ者よ。持って行け。さて、終わらせるか?」


その瞳にはあきらめはない。


そして疲れも無く、あるのはただひたすら、

自らの前に立つ者を導き、前を向く意思のみ。


「いや、またお願いするよ。そう、もう少し鍛えたい」


俺はそういって床に落ちたままのシルバーソードを拾い、

立ち上がることの無いフォルティアに背を向けて歩き出す。


部屋の、外へと。


「そうか。ならば我も又お相手しよう。元の両腕と、変わらぬ銀の輝きで」


落ち着いた声を背中で聞きながら、

俺は部屋の扉を開け、外に出る。


音も無く静かな巨大な扉の外で、

俺は静かに10分待ち、また扉を開ける。


視界には玉座。


そしてそこに座る人影が1つ。


「良くぞ来た。枯れ尽きぬ者よ。気の済むまで己を鍛えるがいい。

 我は盟約により、それに付き合おう」


聞き覚えのある声の主が玉座から立ち上がり、

銀の剣を右手に構える。


そう、先ほど切断されたはずの右腕が

刃こぼれの無いシルバーソードを構え、フォルティアがそこにいる。


両方のボスを倒したら終わりのダンジョン。


そのボスはトドメを刺さずに部屋に入りなおすことで復活し、

何度でも自分を鍛えることのできる性質を持っている。


まさに導き手。


ゲームと違い、道中で力尽きることが死を意味する中、

彼らだけはこちらを恐らくは殺さない。


なぜならば、彼らの役目はこちらを導き、鍛え上げ、

かつての自分たちのように己の目的のために

正しく力をつけることだからだ。


彼らを倒すことはそのうち誰かにでも出来ることだろう。


だが、理屈を知った上で自身の鍛錬に繰り返し利用できるのは、

恐らくは俺のみ、もしくは翁のような同じ境遇の人間だけだろう。


そして再び、俺はフォルティアとの戦いに没頭する。


経験値も稼げるが、何より大事なのは

自身のステータスの恩恵と、それによる動きだ。


筋力ではなく、器用さを使った動き。


受け流し、ひねり、相手の動きの邪魔をする。


ゲームでは自身の、人間がこんな動きが出来るはずが無いと言う壁のために。


そして今、ステータスがあるとはいえ、自分がこんな動きが出来るはずが無いという壁のために。


幾度と無くフォルティアに挑み、時折負ける。


その度に、又挑むがいいというフォルティアの声を聞きながら

ポーションを飲み干し、また挑む。


数値が上がるわけではない以上、明確に

自分の強さはわからないが、前よりは動きが自覚できているように思う。


一撃一撃が致命傷となるような相手の場合には、

こうしたぎりぎりの動きが命綱となることだろう。


「楽しい時間はあっという間だと、いつだったか人間が言っていたな。

 ファクトよ。又来るがいい」


「ああ。勿論だ」


自分なりに満足できた俺は、収穫と共に部屋を後にし、

そのままダンジョンを抜けるのだった。






扉が閉まり、静寂が残る。


響くのは僅かな衣擦れの音と、呼吸。


フォルティアは戦闘の興奮をじっくりと味わいながら

玉座に静かに座る。


すぐさま、ファクトとの戦闘で負った傷がビデオの巻き戻しのように癒され、

どこからかシルバーソードが実体化し、元の場所に収まる。


同時に全身をめぐる興奮も、血が抜かれるように収まっていくのを

フォルティアは諦めと共に受け入れていた。


この部屋から自分以外がいなくなれば、

その経験以外は元に戻ることを彼自身、良く知っているのだ。


彼は多くの人間と戦い、語り、そして笑いあっていた。


その多くが自分を打ち倒すことで二度と会えないのが寂しいことであったが、

それゆえにその1度の戦いが輝くと彼は思っている。


そして、今戦った相手のように、何度も自分を鍛錬の相手として

挑んでくる相手も貴重だと考えている。


何より、何度も言葉をかわせるのだ。


その喜びと比べれば、腕を失う痛みなど軽い。


何より、既に自分の体は生身のそれと違うことを

自分自身が良くわかっているからだった。


「ふふふ……次は1週間後か1年後か。あるいは彼の子供でもいいな。

 語ることが出来る。彼らの、英雄たちの話を」


主以外誰もいない部屋で、明るい笑い声が響き渡るのだった。







「来ないな……せっかく新しい問題も用意してるのに」


一人、人間の男の姿で人影はつぶやく。


壁に立ち並ぶ本棚。


それを埋め尽くす書籍。


部屋に散らばる水晶球。


地下15階で、もう一人のボスであるハルシアは

感じた力ある気配に意気揚々と迎え撃つ準備をしたまま、

訪れないその気配の主を待ち続ける。


ファクトが地下のボスに挑んだのは地上のそれとはかなり後で、

ファクト以外が彼の元を訪れるのはファクトがフォルティアと

勝負をしてからおおよそ1年の時が経過していた。


それを長いと見るか短いと見るかは本人たちだけが知ることだが、

来訪者を迎えるハルシアの姿は嬉々としていたと、

ハルシアに出会った冒険者はギルドへの報告書に記していた。



ハルシアは見た目ネクロマンシーっぽい暗い感じですが、

話すといい奴、というパターンです。


フォルティアと違い、クイズで撃破することも出来るため、

低レベル突破には向いていたりします。

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