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127「無限の鍛錬相手-5」

幅30メートルはありそうな部屋で咆哮する牛の巨人。


こちらからはほぼ背中しか見えないが、その姿は誰もがファンタジーで

想像するようなミノタウロスと同じといっていい。


たくましいという言葉も逃げ出しそうな体躯、

正面からでなくてもそうとわかる牛の顔。


唯一の救いは左右の角が長くは無く、

おまけのように乗っている程度というところだろうか。


どうやら即座に殺すつもりは無いらしく、

こちらに気がついていないのか敢えて無視しているのか、

壁際に追い詰めた冒険者へとその手に持った物体をわざとらしく掲げ、

振り下ろそうとしているのが見える。


「ちっ!」


俺は背中からスカーレットホーンを抜き放ち、

両者の間に入り込むべく、全力で走りだした。


背後からキャニー達やウィル達も走ってくるのがわかるが、

俺の視線は牛の巨人、ミノタウロス(仮)へ向けられたままだ。


一撃、また一撃と冒険者がなんとかその振り下ろされた斧を回避するものの、

傷を負ったメンバーがいるのかその場から大きく離れることは無い。


だが冒険者達の回避も限界か、ミノタウロス(仮)が止めとばかりに

斧を振り上げる。


スキルや魔法では巻き込んでしまう、と考えながら走るも

わずかに足らない。


そしてあと少しというところで、唐突に牛の巨人が構えたままの斧を

振り回すようにして振り返る。


甲高い音を立ててはじいたのは矢。


ウィルの仲間の一人、アレスティアが放ったものだ。


伸ばした茶色の髪を後ろで束ね、

野山を駆ける方が似合いそうな服装の弓メインで

短剣も得意とするという、壮年に1歩踏み込んでいる年齢の男だ。


俺はそのままミノタウロス(仮)の間合いに踏み込み、スカーレットホーンを振りぬく。


重い音を立て、ミノタウロス(仮)はその手の斧で俺の剣を受け止めたかと思うと、

思ったよりも俊敏な動きでわずかに間合いを取り、それを振り下ろしてきた。


勢いの乗った強烈な一撃。


「こんのっ!」


悪態と共に、両手で構えたスカーレットホーンで

その一撃を受けずに、流す。


何度も言うが俺のSTRは高くない。


成人男性としては十分で、それなりに鍛えたのと

同じだけの筋力はあるが、微妙にステータスとしてのSTRのそれとは

実際の筋力は比例するわけではないのだ。


DEXやVITといったステータスにせよ、

強化魔法をかけたように一時的に増強されるといったほうが正しいだろうか?


意識したときにその力を発揮するのだ。


だからSTRが高いからと普段からコップを握りつぶすようなことはなかなか無い。


そうこうしているうちに再び放たれるそのまま受け止めるには重すぎる一撃。


だが、有り余る器用さを武器に受け流すように持って行くことぐらいは出来る。


轟音と共に、受け流された斧が床に刺さる。


俺は半ば滑り込むようにして、ミノタウロス(仮)と冒険者の間に

割ってはいることに成功したのだった。




対峙してようやくわかったことがある。


(コイツ……11階のじゃないか……おいおい)


確かに確率上は14階で1階の相手が出たり、逆もありうる。


ただ、そこはそれゲームのバランス。


浅い階層に強力な相手が出る確率は高くない。


むしろ稀といっていい。


どちらかというと放置でプレイする相手をどうにかするためといった

目的の項目だからだ。


この世界はゲームと同じじゃないから確率も違う、と

言われてしまえばそれまでのことではあるのだが。


ミノタウロス(仮)、もとい11階で少数ポップするマスリングは

息は荒いままにこちらから間合いを取り、様子を伺っている。


そう、こいつは知能があるのだ。


ゆえに、弱い相手はいたぶる。


強さだけなら俺ともう1人がいれば何とかなる程度だが、

この状況では手が出しにくい。


「無事?」


「あ、ああ。なんとか。だが足を折られた奴がいてな」


後ろではキャニーが冒険者達の手当てをし、ミリーもそれを手伝っている。


自然と、ウィル達4人が俺の脇でマスリングと相対する形だ。


「こんなのがうろついていたんでは、アンバーコインまでたどり着けないぞ?」


「何、倒せばいいのさ」


口調から無理ではなく、倒せなくは無いという感じを受けた俺は、

ウィルと共に堂々とマスリングへと歩みを進めた。


舐めるなといわんばかりに斧が、人間であれば両手斧のようなサイズのそれを

手斧同然に扱う巨体から振り下ろされる。


スカーレットホーンの素材が丈夫であることに感謝しつつ、

マスリングの一撃を先ほどよりは余裕を持って受け流す。


俺達も相手を倒せないが、相手も俺達を倒せない。


中身だけを見れば一進一退とは言いがたい、微妙な状況だ。


床がこれだけの攻撃を受けて壊れないことに感謝しつつ、

ゲームと違って壊すことが不可能ではないだろうことを感じる。


長引かせるのも得策ではないだろう。


10回ほど振り下ろされただろうか?


このまま一撃一撃を受け流すだけでも疲れてしまうだろう。


それでも俺にはステータスによる膨大な体力がある。


以前に一晩中湧き出るスライムなどと戦ったのと比べれば楽なものだ。


右へ左へ、相手への反動が大きくなるように

上手く誘導して床に斧がめり込んでいく。


そうこうしているうちに焦れたのか、マスリングが

上段から大振りの一撃を放ってくる。


(そう、お前はその辺りが強敵になりきれないところさ)


俺は斧を、ウィルが相手の足元を担当し、その姿勢を大きく崩したところで

矢が斧を持つ腕に突き刺さり、槍と、魔法による火の槍がマスリングの首を消し飛ばしたのだった。


やはり、ウィル達は強い。


的確に弱点というか急所を突き、戦いを終わらせるというのは

理想ではあるがなかなか簡単ではないものだ。


そんな中、隙を見逃さずに適切な攻撃を行う。


それが出来るのは優秀な証である。


逆に考えると、それだけの実力がありながら

クレイビングヘイムで呪いを受けるような

開錠をさせたというのが腑に落ちない。


彼らほどの実力であれば、そのダンジョンがどれぐらい危険で、

そんな場所にある宝箱が厄介であることぐらいはわかりそうである。


クレイビングヘイムでの入手アイテム等に

ヒントがあるような気もするが、今はそれを考えるときではない。


この部屋にいたのはマスリングで最後のようで、

静寂が部屋に訪れる。


俺が背後を振り返ると、怪我の手当てを終えた冒険者が

こちらに歩み寄るところだった。


「危ないところをありがとう。君たちは上に?」


「ああ、ちょっと8階までな」


一度部屋の中身を倒しきった部屋はしばらくは大丈夫だ。


ゲームのままであれば……。


すぐに沸いてくる様子も無いので、ひとまず冒険者たちと向かい合う。


「無理そうなら戻ったほうがいいだろう」


まだ若い冒険者のパーティーにそう声をかけ、

戻っていくのを見送ってからまた俺達は先を急ぐ。


4階、5階。


途中、ランダム出現の宝箱があったが、

何かあってもいけないのでスルーする。


途中の相手はほとんどは手足等の攻撃にし、

倒しきることなく先を急ぐ。


このダンジョンの敵は倒した数に応じて数と厄介さを増していく。


逆に、こうして最小限にとどめていればその影響も小さいのだ。


「よくわかるな。道や動きが」


横から襲い掛かってくる巨大なハチの羽を両断し、

地面に転がしながらウィルがそういってくる。


「ちょっとこういうダンジョンの奥にある素材を狙うことが多くてな」


俺は必要なものを手に入れるためさ、と

ある意味本当な、自分の強さの秘密を口にしながら誤魔化す。


「ファクト、右の部屋に何か変な気配」


「……スピリット系の感じ」


姉妹の警告に、魔法使いの青年が杖を構えなおす。


名前はダルニア、日本人のような黒髪を短くスポーツ刈りのようにし、

腕1本ほどの杖を用いる魔法使いだ。


主に水、風を得意とするようで、地元じゃ農家だったらしい。


無言で頷き、扉を開け放つ。


そして目の前に現れるいかにも、な顔のわからないスピリットたち。


「山の息吹きよ。彼の身を封じたまえ! アイスリール・ピラー!」


唐突に、魔力と共に冷風が部屋を駆け抜ける。


そして、目の前には氷の柱にその体を閉じ込められたスピリットたちが現れる。


「凄い魔法ね。一発だわ」


「速度命だと聞いた。出し惜しみと節約は無しだ。さあ、上へ」


キャニーの賞賛に、ダルニアはぶっきらぼうにそういって先に歩き出す。


(なるほど。随分高い魔力だと思ったが、最大限魔力を込めたということか)


撃ちもらして何発も撃つぐらいなら、一撃で決めるというわけだ。


その判断と実行する能力。


やはりこのダンジョンは初心者から中級者用ということがよくわかる。


敢えて苦労する道を選ばなければ、進むのに苦労は無いのだ。


そのまま順調に8階への階段を上がる俺たち。








「あれがアンバーコイン?」


「ああ、そうだ。早いぞ、気をつけろ」


視線の先、長く伸びた通路のような場所で浮遊する

キラキラと光る何か。


それは人魂のようにオーラをまといながら浮遊し、

あちこちに飛び回るコイン、アンバーコインそのものだった。


アンバーコインの核を手に入れる方法は、

既に確立されているがゲーム中でも多く入手するには少々苦労した。


その理由は、早さだ。


剛速球というわけではないが、

30-40km/hぐらいは出ているのだと思う。


こちらを発見し、逃げる、もしくは攻撃してくるときの速さは凄いのだ。


当たり所が悪ければ一発で気絶するし、その硬さから

馬鹿に出来ないダメージがある。


だが……。


「こいつ、どっちにいくんだ!?」


「ダメ。あっちにいったりこっちにいったり」


みなの悲鳴が響く。


そう、アンバーコインは基本的にこっちは攻撃してこない。


ほとんどの場合、混乱したようにそのフィールドをその速度をいかして

飛び回るのだ。


そしていつしか、体当たりを運悪く食らった相手がいなくなると

元のように静かになるという具合だ。


そんな相手をどうにかする方法は……。


「パニッシャーウォール!」


味方を巻き込まないように距離をとった俺が、

範囲攻撃スキルを発動すると甲高い音を立て、

複数の金属的な何かが壁にぶつかる。


「今だっ! 叩け!」


何が起きたか一瞬わからなくなっている様子のキャニーやウィル達に

俺はやるべきことを思い出させる。


はっとし、思い思いに手持ちの武器でアンバーコインに一撃を加えていく。


アンバーコインは攻撃時の厚みのまま、吹き飛ばされて一時的に

ゲーム上で言うと気絶のステータスになっている。


ゆえに、厚みは戻らない。


「おお……」


アレスティアが感嘆の声をもらし、手に入れたばかりの核をかざす。


その色は透明感のある不思議なもので、

人目を引くのは間違いない。


「まだ数がいるんだろう? ダルニア、威力は小さくていいから範囲魔法を連射してくれ」


「了解した。行くぞ、ランディール」


ダルニアは俺の要請に答え、槍を構える少年らしさを残す一人、

ランディールをコンビにして少し離れる。


なんにせよ、範囲攻撃というのは味方が多いほど使いにくいものだ。


「さあ、狩の時間だ」


俺はおどけてそう宣言し、喋らず飛び回るアンバーコインたちに剣を向けたのだった。


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