125「無限の鍛錬相手-3」
「これとこれと……ああ、これもいるな」
「そんなのでいいの? ファクトならこう、もっと凄いの持ってそうだけど」
そんなキャニーの声に顔を向ける俺がいるのは
ドワーフ二人の工房脇の倉庫。
例のダンジョンによる賑わいで、
元々少ない宿も満室となっており、どうしようかというところで
気前良く場所を貸してくれた2人に感謝だ。
壁際に2人が使う予定なのだろう素材や、薪、ブラッカーが積み上げられ、
乱雑という言葉が相応しい状況になっている。
それでも3人でどかせば、十分寝床に耐えうる場所が出来たのだった。
そこで俺は具体的な容量は説明も面倒なので省略しつつ、
アイテムボックスから明日挑む予定のダンジョンの準備として
アイテムをいくつか出していた。
その内容は小さなポーションのほか、変哲の無い縄や
伸縮する構造の棒、捨てていっても問題なさそうな薬草などなどである。
一応、魔力を込めて投げると閃光を放つボール大の玉も出しておく。
それでもキャニーの言うように、俺が他にも持っている
様々なアイテムと比べれば、かなり大人しめといえるだろう。
「いいのさ。このダンジョンには通う冒険者は兵士も多いだろうし、
中でどんな相手と一緒になるかわからない。
もう顔が知られているオブリーンやジェレミアと違って、
変に勘ぐられても面倒だしな」
「そっか。どこかの国の後ろ盾を持った人間が、
探りにきたって思われたりしても厄介だよね」
薬草の種類やポーションの本数を数えながら、
ミリーの声に頷き、毛布のそばにそれらをそろえていく。
一見、ちょっと腕のいい冒険者兼鍛冶職人で、
噂を聞いて仕入れに来たとしておけばいい。
実際、ゴーレムの類からは同品質の素材が
順調に入手できているという話だ。
「ああ。きっと若い奴らから熟練者まで色々いるだろうさ。
何があってもいいようにはしておかないとな。
さて、そろそろ寝よう」
唯一ある窓からは、いつの間にか月明かりが差し込んでいた。
俺は2人が頷くのを確認し、ランタンの火を消して毛布をかぶる。
月明かりに照らされる倉庫の中をぼんやりと眺めながら、
いつしか眠りに落ち、次に気が付いたときには
窓から朝の光が差し込んでいた。
「見張り台……ダンジョンはあの辺か」
翌日、ドワーフ2人に礼を言って倉庫を出た俺達は、
既に複数人で歩いている集団を見つけ、それについていく。
すると、少し森の中の道を進んだ先で、
いかにもといった見張り台と小さな門が見えてくる。
装備からして軍、ウェスタリア軍の兵士なのだろう。
前を行く冒険者らしい数名は覚えられているのか、
軽く言葉を交わすだけで門を通っていく。
初めてとなる俺達はそうはいかないだろうと覚悟し、
門の左右にいる兵士に向け歩み寄り、口を開く。
「この先で稼げると聞いた。初めてなんだが何か登録とかいるのか?」
よくよく考えたら、ポルトスで見た依頼書でも
どこで受け付けているとかまでは書かれていなかったので
こうして現地に来たことになる。
あの依頼書が古いのか、元々そのぐらい適当なのか。
「お、新しい冒険者か。依頼を見てくれたのか?
本当は町中に受付があるんだがな、ここでも構わない。
何せ、辞め時は自由だからな。好きに戦って、好きに帰ってくれて構わない。
君たちが1体でも多く何かを倒してくれれば脅威は減るのだからね」
そういって兵士の一人が見張り台のそばの小屋へと案内してくれ、
そこで薄汚れた紙にPTメンバーの名前を一応書くように促される。
特別束縛するつもりは無いが、
2週間顔を出さなかったらもう帰ったものとして
記録から消していくらしい。
後は、何かあったら出来るだけ報告してくれと言われつつ、
3人の名前を書き終えるとあっさりと通行の許可は出る。
「通行料とか取られるのかと思ったわ」
「……そのうちな。わかる奴が来たらきっとここはそういう土地になるさ。
近隣諸国から、冒険者のいい訓練場として人気が出るだろうさ」
門を過ぎ、聞こえなくなっただろう距離でキャニーがつぶやくのを聞き、
俺はそう含みを持たせて返す。
「ファクトくんがそういうってことは、普通じゃないんだね」
「そういうことだな。ま、いい鍛錬なのは間違いないさ。
それに、脅威としては本物だ。死亡者が実際いるわけだろう?」
ミリーに振り向かずにそう答え、警告をする。
そう、相手が最初は如何に弱めのお約束な相手とはいえ、
その牙、その凶器は本物である。
油断と甘さが命取りだ。
ゲームではリスタートできる状況だが、
この世界にはそんなものはない。
たかがゴブリン、たかが若いグレイウルフと侮った、
哀れな冒険者はそのさび付いた武器に刺され、
まだ短い牙にかまれ、倒れ付す。
10回に1回ほどあるという同じ部屋にぶつかった冒険者が、
その骸を偶然にも回収できたというのだからなかなか甘くないものである。
「あれか……かなり大きいな」
見えてきた砦跡は、この地方に来るときに
目に入らなかったのが不思議な大きさだった。
だがその疑問はすぐに解消することになる。
近づくにつれ、木々が途切れないことに気が付いたのだ。
そういえば臨時の賑わいを見せる土地も周囲を木々に囲まれていた。
近くを通っていれば集落のほうはわかったかもしれないが、
この砦跡のほうは空からでは立ち並ぶ巨木に隠れ、
たまたまそちらをじっと見ていなければ見つからなかっただろう。
大きな扉の横では、先客らしい冒険者のPTが、
焚き火を起こして休憩か、準備中であった。
「中で出会ったらよろしく。稼ぎはどうだ?」
「堅実なもんさ。狼からは毛皮、ゴブリンからは
なぜか身に着けてる奴しか手に入らない。
後は溶けちまうからな。何か古代の魔法でもかかってるんじゃないか、ここ」
俺の挨拶に、既にぼろもうけはあきらめ気味なのか、
そうすんなりと情報を提供してくれる。
「魔法か……死骸が残らないってのは東でも聞いたことがあるな」
「後処理や匂いに困らなくてすむのは楽なんだけどな。
行った先の部屋が前に行ったところなのか、
新しい部屋なのかわからないのは厄介だ。がんばれよ」
女2人だけのPTメンバーなのを見、
若干うらやましそうな視線になったような気もしつつ、
ありがたい助言をしてくれる先客に手を振りつつ、俺達は門の前に立った。
念のため、無言で2人にPT申請を送り、
慣れた感覚で2人はそれを受諾する。
「よし、じゃあ行こうか」
「ええ。さくっといきましょ」
「うんっ」
さて、ダンジョンといえば何があるだろうか。
オーソドックスな一本道から、二又、三又、
はたまた迷路構造。
あるいはループ型など様々だろう。
VRに限らず、映像技術などが進歩してからは
階層別ダンジョンや、広大な空間を利用した
三次元的な物も世には出てきた。
だが、結局は特別な訓練を受けていない一般人が
その場にいる以上、一部のタイトルを除いては
そうそう厄介なものは登場してこなかった。
もっとも、VRともなれば単純な二又なダンジョンですら、
実際の距離、構造から十分といえば十分だったのではあるが……。
ともあれ、今回のこのダンジョンはループ型が近い。
小部屋と呼ぶには少々広めの部屋が、
中にいるモンスター数や種類に応じて、
本当の小部屋からちょっとした広間まで、様々に変化している。
新しい部屋かと思えば、見た覚えのある調度品の部屋など、
明らかにいくつかのパターンからループしている。
「いいか。全部は倒さなくていい。半分ぐらいは残して次に行くんだ」
俺はそう言いながら、近くのゴブリンを人目が無いからと
遠慮なくスカーレットホーンで両断する。
粗末な皮鎧はその斬撃にちぎれ、後に残るのは
手にしていた粗末なショートソードと鍋のふたのような木の盾。
それらをすばやく回収しつつ、次の部屋に向かい、繰り返す。
(やはりな。コンテニオン伯爵の砦か……細かいところは違うようだが)
俺は小部屋を1つ1つ進むたびに、
その考えを確かなものにしていた。
正確には100%そうではないだろうが、
そうであろうという心当たりに思い当たったのだ。
──コンテニオン伯爵の砦、
とあるイベントで実装された初心者から中級者の救済色が強いダンジョンだ。
上は16階、下は地下15階までの階層を持ち、大きな特徴は今体験しているとおり。
条件を満たすまで何度でも挑戦でき、
PTを組んでいなければ同じ場所で出会うことはなかなか難しい。
マップ的には横にはほぼ無限大。
過去、廃人クラスの人間がパッシブである自動回復のスキル持ち、
消耗を考えてなんと、素手で撲殺するという方法で延々虐殺しつくしたが、
10時間以上戦っても行き止まりにはならなかったとか。
結果、プレイヤーの間ではこのダンジョンは
条件を満たすまでは無限に続くと解釈されている。
相手をするモンスターは倒せば倒すほど、
部屋の敵を殲滅した回数が多いほどマスクデータだろう係数に従って
その数を増加させ、一説には野球場ほどの広さの場所に
ひたすらゴブリンが詰まっていたこともあったとか。
上か下に階層を進めるほど基本的に敵は強くなり、
たまにレアな相手も出ることがあり、
さらには時折階層を越えて弱いはずの場所に
別の階層の強敵が出たり、逆のパターンもある。
だが、共通していることはかなり抑えられた経験値と、
制限されたドロップであった。
ほぼ間違いなく、ドロップは1種。
稀にまさにレアとしてそうでない物が
ドロップすることもあるが、あくまでもそのモンスターにとって
レアというだけで価値はそう高くは無い。
3階層ごとに抽選で、ちょっと便利なアイテムが出る宝箱が出て、
上と下、両方のボスを倒すとダンジョン終了だ。
終了は本人のみのことで、他のプレイヤーには影響は無い。
倒してしまうと、そのキャラではもう挑めないのだ。
その代わり、その時点でのスキル構成に合った、
前衛系なら前衛系、の最高ステータスの武器が1つ手に入る。
もっとも、最高ステータスの、という触れ込みではあるが
前述のとおり、初心者から中級者用のダンジョンという
側面があるので、その程度のものだ。
つまるところ、俺が挑む意味はほとんどない報酬だ。
他の利点は単純で、最後の相手を倒さなければいつでも何度でも挑めることにある。
経験そのものは少ないが、スキルの熟練度や
相手の動きを学ぶにはここほど適した場所はそうそう無い。
VRという環境に慣れるためにも、通常のフィールドではなく
ここでまず戦うべきだというプレイヤーも多くいたほどだ。
ギルドの先達や、先行プレイヤーとPTを組めば、
ほとんど他のプレイヤーの邪魔をすることなく、
あるいは邪魔をされることもなく、
戦闘が行えるのが大きな理由であった。
ちなみにポップ間隔は特殊で、部屋を開けたとき、だ。
恐らくだがウェスタリア軍や冒険者が、
倒した後に抜けた部屋で、ふと元の扉をあければ、
なぜか一瞬で復活したゴブリンが見えたはず。
「これで100……と。一回戻るか」
ゴブリンの討伐数が100を越えたことが
虚空に浮かぶメニューからわかった俺はそう2人に声をかける。
「そうね。ちょっと細かいのがあちこち邪魔になってきたわ」
そういうキャニーのベルトや、背負ったリュックのようなものには
ゴブリンからの武具がぶら下がり、グレイウルフの毛皮が詰まっている。
ミリーも似たようなものである。
「あまり血が残らないのはいいけど、ちょっと気になる……かも」
口調も通常の状態に戻ったミリーが、こびりついたもの以外に
見えない血がついているかのようにあちこちを見渡す。
確かに、実際に服や武器、体についたもの以外は
なぜか消えてしまうとはいえ、切り裂けば
血は噴出すのだ。余り気分がいいとは言えない。
「よし、戻ろう。確か戻るには……」
集落で聞いた話と、ゲームでの経験を元に俺が
部屋の一角の扉を開いていくと、数回くぐったところで森の中に出る。
人工的な調度品の目立つ室内から、急に自然あふれる場所に
出てきたことによる若干の混乱が俺を襲う。
だがそれもわずかなもので、すぐに気を取り直した俺だったが、
手に合った重量が消失するのを感じ、思わず目を向ける。
「あ、消えちゃう……」
そう、部屋を出るときに実験がてらに手にした
部屋にあった花瓶が、手の中でうっすらと消え、
魔力となって砦跡に向かっていくのがわかったのだった。
「持ち出して売りさばくのは無理か」
残念な気持ちを隠さずに俺はため息をつき、
そのまま3人で集落へと歩いていく。
集落で店を開いていたところで
適当に買い取ってもらい、休憩をするべく、
酒場のようになっている建物に足を向ける。
既に同じようにダンジョンから帰ってきたのか、
祝杯を挙げている集まりや、計画を練っているらしい集まり。
そんな中、俺はとあるテーブルに目を向けた。
目立ったわけではない。
むしろ痛んだ装備、怪我の目立つ男4人。
何より雰囲気が暗い。
かといって、駆け出しの冒険者が失敗した風ではない。
むしろ、真剣に話し合っている姿は熟練者だ。
そんなアンバランスさが気になったのかもしれない。
自然とそちらに足を向け、近くのテーブルに座る。
姉妹は俺のその動きに気が付いたのか、
ちらりと一瞬その集まりに視線を向けた後は、
俺に任せたとばかりに静かにしている。
注文を取りにきたウェイトレスな若い女性に適当にジュースを頼み、
なんとはなしにその集まりの様子を伺う。
「本当にここにいるのか?」
「ああ。さっきここの兵士にも聞けた。間違いなくいる。
ただ、あまり数は見かけないようだが……」
「そんなっ! アイツの呪いを解くにはアンバーコインの核が
50はいるって神官が言ってたじゃないかっ」
声は抑えつつ、続く話の中、聞こえてくる単語に俺の興味は引かれた。
(呪いにアンバーコイン……それを使ってやることといえば……)
「なあ、その呪いって悪夢の呪いか?」
気が付けば俺はそう、その集まりに声をかけていた。