123「無限の鍛錬相手-1」
クラーケンとの戦いから数日、
特に遠出することもなく、周辺で売っているものや、
モンスターの種類などを情報収集しながらの日々だった。
やはり内陸とは違う、海というフィールドは
生活する人や魔物にも大きな影響を与えるようで、
ジェレミアやオブリーンでは見たことの無いモンスターも多くいるようだった。
昨日はポーションの材料になりそうな素材を買い、
宿としている部屋でちまちまとポーションを
作成しながら1日を過ごしていた。
元々持っていたドロップや、
時々手に入れるだけでは融通が利かないと感じたからだ。
そんな次の日、俺と姉妹は町の酒場にいた。
この辺りの冒険者のレベルや、
遺物、遺跡等の情報を確認するためだ。
依頼として張り出された紙は様々で、
ゴブリン退治のような単純なものから、
伝説の水竜を探して欲しい、という眉唾なものまであった。
そんな中、結構目立つと思われるカウンター近くに
貼られた1枚の依頼書に気が付いた。
「怪物への攻撃人員募集? 場所は……洞窟?」
「え? 本当ね。しかもこの地方の軍?みたいね」
キャニーに言われてそちらを見ると、
募集主というか、依頼は知らない名前、ウェスタリア軍、と書かれている。
「ねえマスター。ウェスタリアっていうのはこの辺りの地名でいいの?」
「ああ。ここからジェレミアあたりまでの土地がそうだ。
西方諸国の中でも海に面した土地が少ないのが特徴だな。
なんだ、お前たちはそっちから来たんじゃないのか?」
マスターの問いかけにあいまいに答えながら、
俺はカウンターに座って飲み物を適当に頼むと、
マスターに依頼書について聞くことにする。
「確か西方諸国は明確に国という形がなく、
代表者の話し合いで物事を決め、
地方ごとに軍はあるが貿易なんかでは互いに融通しあうと聞いたが」
「そうだな。元々の地名が軍の名前になるのが普通だな。
国ごとには王はいない。貴族のようなものがいるにはいるが、
地域の代表って感じで他の国みたいな貴族はいないな。
年に1度ぐらいだが、そいつらが集まって西方諸国としての頭を決めたり、
問題を話し合うため集まりがあるんだ。そいつらはどこだったか……。
とりあえず一箇所に集まっててな。いろんな地方の話をまとめるんだ。
商売の仲介とかもやってるらしい。ここ数百年は魔物もおとなしいからな。
利益でもめるとかは少ないみたいだな」
言ってしまえば町ごとに国があるようなもんだ、と
マスターはいって注文した飲み物を出してくる。
(聞いてる限りだと議会だとかに似たものがあるみたいだな。
西方諸国、というのがどのぐらいの広さを言うのかがわからないが……)
飲み物はヨーグルトの風味にも似た、さっぱりした味だった。
「なるほどな。ところで、ウェスタリア軍って冒険者に助けを求めるほど
実力が無かったり、人数が少ないとかそういうところなのか?」
「いや? どちらかといえば山が多い土地だ。
あちこち歩き回って鍛えられてるし、ドワーフとも交流があるっていうぐらいだ。
装備も充実してるはずだがな。とりあえず、その依頼は常にというか、
いつでも歓迎、といった話だったはずだ」
俺の質問に首をかしげるマスターはそういって、
どこに行けばこの依頼に参加できるかを教えてくれた。
ちなみに依頼内容は簡単にまとめるとこうである。
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・求む! 怪物退治の援軍!
勇敢なる冒険者諸君に依頼したい。
目標は地下洞窟に潜む怪物らである。
しかし、どこからか大量に湧き出る怪物を相手に、
町へと向かわせないように出来る限り戦う仕事だ。
怪物から入手できる素材は倒したものの自由である。
一日の参加から長期まで歓迎する。
なお、テント等の必要物資はある程度提供する用意がある。
諸君らの応援を期待する!
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「どこかで聞いたような気がするが……うーん?」
俺はすっきりしない感覚の中、記憶を探っていた。
「それで、行くの?」
「どこからかってのが気になるよね。この前の魔法陣ではないみたいだけど……」
依頼書の段階では同じかもしれないし、そうではないかもしれない。
相手が湧き出てくるように、というのは共通しているが、
あのときのような理由であれば、もっと切迫した募集になっているだろうと考え、
ひとまずは宿を引き払うことを伝えるべく、3人で宿に戻るのだった。
「そうか。寂しくなるな」
俺の報告に、宿の親父はアルコールの入っているグラスを傾け、
つぶやくようにそういった。
「何、泉が復活したんだ。きっと騒々しくなるさ」
「それもそうだな。また来てくれよ」
気を取り直した親父に頷き、俺もグラスを傾ける。
台所ではキャニーとミリーがなにやら
奥さんに習っているようだった。
料理……だと思うのだが急にどうしたというのだろうか。
だが、俺は深く考えずにそのまま親父との語らいを続ける。
翌日、俺たち3人は馬車の荷台にいた。
例の依頼の場所へと物資を補給する商隊が丁度いたのだ。
道中の護衛をしながらでグリフォンに乗ることもなく、
多少のんびりとした行程だ。
「ほほう。冒険者ギルドですか。本当だったのですね」
「ああ。これからはこうした移動中の護衛も
前よりはやりやすくなるんじゃないかと俺たちも期待してるのさ」
途中の話題は、この依頼に関してが多かった。
だが、ある日の夜、焚き火を囲みながらの雑談の中、
オブリーンとジェレミアで始まったギルドについての話となった。
商人たちも話は聞いていたが、実際にどういうものでどうなるのかは、
まだ西方諸国には浸透してきていないとのことだった。
なおも話は続き、そろそろ明日のためにも寝なければという時間となる。
元々いる護衛の冒険者と一緒に、見張りをしようというところで気配。
まあ、お約束という奴だな。
「ファクトくん」
「ああ……お客さんみたいだ」
音もなくミリーが横に立ち、ダガーに手を伸ばしている。
俺も感じる気配の大きさを確かめながら、
不思議そうな顔をしている冒険者たちに
何か来た事を伝えて馬車を任せることにした。
動物は火を恐れると昔から言うが、
逆に考えれば夜は火というのはどうしても目立つ目印だ。
街道のそば、休憩に適した岩場。
狙いやすいといえば狙いやすい場所だ。
「と、盗賊か?」
「いや……これは人間じゃないな」
冒険者の1人に俺はそう答え、
念のために反対側で警戒を続けるキャニーに視線を向け、
俺はミリーを連れて敢えて街道から歩き出す。
気配の相手を誘うために……。
森へと歩き出して数分もしないうちに、影が飛び出してくる。
「っとぉ!?」
生き物としての本能か、狩猟の経験からなのか。
急所を狙って鋭く迫るその一撃を、身をよじって俺は回避する。
暗闇の中、風を切る毛皮の塊。
随分と体格が良いが、覚えのある相手、グレイウルフだ。
もし害がなければその毛皮を撫で回してみたいところだが、
今はそれはかなわない。
こちらを威嚇するような唸り声、そして荒い息。
俺よりやや下にあるだけの瞳、その体の大きさが
月明かりに照らされて浮かび上がる。
もし地球にこのサイズの狼が存在したならば、
近代兵器を持った軍人が何人もいなければ対応できないことだろう。
なにせ、トラやライオンの2倍ぐらいの大きさなのだ。
普段見ることのできるグレイウルフとは
もう別の種族にしか思えない大きさである。
「上!」
「っ!」
ミリーの叫びにとっさに後ろに飛ぶと、大きな音を立てて頭上から
もう一頭のグレイウルフが舞い降りてくる。
どうやら目の前の一頭は囮で、
近くの木の上からの奇襲が狙いだったようだ。
ぎりぎりまでミリーにも気配を感じさせないとは、
このウルフたちは慣れている……。
(やれるか?)
二頭に増えた相手を前に、横にいるミリーと共に武器を構えて威嚇しつつ、
突破口を探して意識を集中する。
だが、ふと気が付く。
これだけの相手なら、引き際というものも知っているのではないだろうかと。
後ろに抜けられ、商人たちに何か合っても意味が無いと考えた俺は、
やれるだけやってみることに決める。
小さく息を吐き、気合を全身にみなぎらせる。
イメージはダンジョンボスと戦うときのテンションだ。
MDに限らず、VRなシステムを使うゲームでは
実際のデータ以上に、プレイヤー本人の気合が負けるとそれは敗北だ。
実際にはありえない巨体、迫力、仰々しい姿。
それらにプレイヤーの心が負ければ、
どうしてもデータ上の動きすら出来なくなるのだ。
「ツイン・ブレイク!」
俺たちをただの獲物ではないと感じてくれたのか、
じわりと後ずさった二頭の間にある木に向け、
俺は気合を乗せたスキルを放つ。
轟音と手ごたえと共に、俺の胴体ほどの木が半ばから粉々に砕かれる。
「どうする?」
言葉は通じないだろうが、手に持ったスカーレットホーンを二頭に突きつける。
やるならやるが、逃げるなら今のうちだと、そう伝えるために。
ただ帰れというのも難しいと考えた俺は、
例の元クラーケンのイカ部分の塊を少し取り出すと、
スカーレットホーンで適当に切り取って放り投げる。
牙をむき出しにし、こちらを向いていた二頭だったが、
俺のことを脅威だと感じてくれたのか、
それとも投げられた身に気がついたのかその表情が変化する。
10秒もしないうちに、一頭が塊を口に咥えると静かに立ち去っていく。
もう一頭もちらりとこちらを見た後、先の一頭を追いかけて去っていった。
「いいのかな? あのぐらいの相手だと高いんじゃない?」
「高く売れる状態で倒すのは苦労するだろうさ。なにせ、亜種だからな」
ミリーの問いかけに俺はそう答える。
そう、あのグレイウルフは恐らくは亜種。
瞳の色が違ったし、若干だが魔力も感じたのだ。
俺たちだけで戦うならともかく、ほかに目的がある状況では
その難易度は上がっていると考えるべきだった。
「そっか。じゃ、行こう?」
「ああ、そうだな」
焚き火に戻った俺たちを迎えたのは、どこか感心した様子の
表情を浮かべる冒険者と商人だった。
「ご無事で。なにやら私でも感じる気配でしたが……」
「俺だったらごめんだね。あれは戦うべき相手じゃない。
そんな奴ら相手に無傷とは、大した強さだな。どこかの軍にでもいたのか?」
俺はそんな問いかけをしてきた冒険者に答える前に
スカーレットホーンを地面に突き刺す。
そうして空いた手をほぐしながら顔を冒険者に向けて口を開く。
「いや? 俺は鍛冶職人さ。ちょっと戦えるけどな」
「どこがだよ!?」
失礼な叫び声をあげる冒険者をなだめながら、
その夜は更けていく。
そして翌日、ポルトスから5日の山の麓。
そこに立ち並ぶ家々と、軍人と冒険者と思わしき
人間で賑わう、どこか新しさを感じる集落の入り口に俺達はたどり着いていた。