122「潮騒は騒動と共に-4」
「終わった……の?」
キャニーの呆然とした声。
それも無理はないと俺は思う。
先ほどまで暴力的な気配をまとっていた相手が、
一瞬にして崩れ去り、後に残るのは不思議な宝石と肉塊だというのだから。
だが、俺には非常に馴染みのある光景。
敵を倒した後のドロップが散らばった光景なのである。
ゲームとしてのMDと違い、この世界では
倒したらちゃんと部位を切らないと牙も手に入らないし、
皮だって剥げない。
そして素材に使おうと思えば考えた戦いをしなくてはいけないのだ。
牙を使いたいのに牙を折る攻撃をしたり、
魔法で焼き尽くすようなことをしては意味が無い。
そんな世界で、攻撃した相手が消え去って何かが残るということは無いのだ。
唯一、スピリットのような相手が倒したら消え去るぐらいだろうか。
「ああ、終わったみたいだ。大丈夫だぞ」
俺がそう静かに言うと、マーマンや町の人間たちの緊張が解けるのがわかる。
「よかったー……」
俺の右手、蒼紋刀を投げつけた本人、スレイルがその場にへたり込む。
そんな彼に歩いていく男一人。
どこか彼に似ているその男は恐らく……。
ゴンっと、ここまで響く音を立て、
その男はスレイルに拳骨を落とした。
「いてっ! なにすんだよ父ちゃん!」
そう、髭と日焼けで真っ黒い体の、間違いなく漁師だろう男はスレイルの父だったのだ。
「無事だったのはいい。だがよくないことも2つある。わかるな?」
「うっ……勝手にアレを持ち出して、勝手に戦った……」
多くは語らない父の言葉に、息子は反省した様子で
そうつぶやき、頭を下げた。
「うむ……年に一度の祭り用の守り刀を持ち出したのだ。
反省はしっかりしてもらわないとな。だが、よく戻ってきた」
スレイルの父はそういってクラーケンのいた場所に行き、
岩壁に刺さっていた蒼紋刀を抜き取り、戻ってくる。
父親がそれを持った姿が、どうみても鮮魚店で
魚を切り分けている店員にしか見えなかったのは内緒だ。
ちなみにその間に、ミリーとマズン達が宝石と肉、足を回収している。
宝石はこぶし大だが、肉と足は巨大だ。
足は丸太ほど、肉部分は牛数頭分といったところか。
「それで、町のほうはどうだったんだい?」
「あっ、大丈夫だった。念のために今日は海に近づかないほうがいいって
いっておいたから、大丈夫だと思うぜ」
「これ1匹だったらいいんだが……マズン、どうだ?」
スレイルの報告を聞き、俺はクラーケンが1匹だったかを
シーキングの像を見ていたマズンに問いかける。
「ム? ウム。ワレワレガミツケレタノハ、アヤツノミ。
ワレワレモウミニモドレルダロウ」
言いながらマズンはシーキングの像を触るが、
動く様子は無い。
「さっきソレ、光って何か飛んできたよね?」
「ああ。聞いたことはある。シーキングはいつも海で一族を見守っていると」
ミリーの疑問に、俺はそう答える。
正確には、クエストを俺が到達している段階までに
進めておくとシステム上、水棲モンスターを相手に
マーマン込みで戦うときに補正がかかる、というものだが。
そのときにはメンバーにシーキングが常にいるので、
本人のバフかと思ったが、少し違うようだ。
「ウム。ニンゲンヨ。コレヲカエソウ」
マズンがそういって差し出すのは例のトライデント。
だが俺は首を横に振り、代わりにクラーケンの残した宝玉を差し出す。
「それはマーマンが持っていたほうがいい。理由は……」
突き出されたままのトライデントの宝石部分に
赤い宝玉を近づけると、軽く振動したかと思うと溶け合っていく。
最初は紫っぽく変色していた石も、すぐに元の青い色を取り戻した。
「ヤハリ。ワレニアタラシイシーキングニナレト?」
「そこまでは言わないさ。でも、何かと便利だろう?」
マズンに渡したトライデントは、シーキングのクエストの中で
彼が借りては使い、またプレイヤーに預けられるという
ある意味邪魔なユニークアイテムなのだ。
捨てるに捨てれないし、メインで使っているときには
彼のクエストを進められない。
俺の言葉にマズンはある程度納得したのか、
トラデントを自分の背に背負いなおした。
そして、町の人間とまた海で会おうと言い残して
マーマンたちは海に戻っていく。
町の人たちはそれぞれに思うところがあるのか、
マーマンたちをいい顔で見送っている。
「さて、戻るか。ソレも食べたいし」
「えー……クラーケンって食べられるの? 怖くない?」
嫌そうな顔をするキャニーに笑いながら、
イカっぽい塊とタコの足っぽい2つをアイテムボックスにしまいこむ。
振り返れば町の人たちも異論はないようで、
口々にクラーケンとの戦いのことを喋りながら横穴に歩き出す。
数日どころか、1日もいなかったはずだが地上は懐かしさを感じた。
白い砂浜、照りつける太陽、暑さが体にしみこんでくる気がした。
辺りを見れば、町の人たちも同じような感じのようだった。
「とりあえず、穴あり注意って何かしておかないと……」
「それは任せてくれ。すぐに何かでふさぐなりできるだろう」
キャニーのつぶやきに答える男性の一人に俺は頷き、
一緒に町へと戻ることにした。
町に近づくと、行きは誰もいなかった高台で、
クラーケンを警戒して海を見ていたのであろう見張りが
こちらを見て何か指差して叫んでいる。
恐らく俺たちが戻ってくることを伝えているのだろう。
すぐさま町から人が何人も走ってくる。
門の辺りで抱き合う家族らしき人たちを見ながら、
町長だという老人に事情を簡単に説明し、
俺はクラーケンのドロップの1つ、
人の胴体ほどもあるタコ足を証拠に出しておく。
死骸が残っていない以上、わかりやすい倒したという
証拠がこれ以外無いからだ。
その太さ、持ち主のクラーケンを想像し、
驚愕する町の人たちにもう一度、クラーケンが
倒されたことを伝え、町の中に入る。
「聞いたぜ? クラーケンを倒したんだってな」
町がクラーケンの話題で騒がしい中、
俺は船を出してくれた親父の家兼宿に来ていた。
ちなみにクラーケンの足も少しを切り取った後は
気前良く町の皆で食べてみてくれと渡した。
最初は地球で言うヨーロッパのように嫌がられるかと思いきや、
普通サイズのタコはこのあたりにもいるらしく、
食べられているとの事だ。
クラーケンの足と聞いて、何人かがぎょっとした
様子だったが、食べられれば一緒か、と豪快に納得しているのが印象的だった。
「なんとかな。これもそうさ」
日暮れ時、既にランプの灯りが宿の一角、
土間に並べられたテーブルと椅子のある場所で
俺達は宿の親父と喋りながら軽食を摘んでいた。
俺はアイテムボックスからクラーケンのもう1つのドロップ、
白いイカのような部分を少しだけ顔を出してみせる。
「なるほどな。やっぱ普通じゃねえな。
ところで、明日からどうするんだ?」
親父はそれ以上聞いてこず、話を戻す。
この世界では首を突っ込みすぎないことが
生きる秘訣だと知っており、それを実践しているのだと
俺は納得し、腕を組む。
「実は目的はプリンシアの泉だったんだよな。だから今のところ特に無いんだ。
そのうちジェレミアに戻るつもりなんだが……」
そこで俺は言葉を区切る。
「ならしばらくはいるんだな。ならすぐいったところの酒場に行くといい。
このあたりの依頼が大体そこに集まっている」
「やっぱり海の依頼が多いのかしらね?」
俺は2人に頷きながら、ふと気になっていたことを切り出す。
「そういえば、今回巻き込まれた青年、スレイルのところは
何か祭りのための道具を持っているという話だったんだが、
どんな祭りなんだ?」
本人たちに聞くのをすっかり忘れていたのだが、
祭りだというからには知っている人も多いことだろう。
「祭り? ああ、冬の最中に海への感謝をささげる祭りさ。
スレイルってのはあの息子だろう?
あの家は代々、その祭りのときに捧げる奴を調理する家なのさ」
詳しく聞いていくと、元々は自主的にいくつかの家が
やっていたことだったが、いつのまにか町をあげての
祭りとなっていったらしい。
そのとき、スレイルの家にあるあの刀で切ったものを、と
女神が希望したんだとか。
シーディアはきっと蒼紋刀のことを知っているのだ。
アレでモンスターや魚なんかをきると、
良質な食材になることはゲームでも知られた設定である。
「ありがとう。明日からとりあえず酒場に顔を出してみるよ」
ふと見ればミリーはなぜか奥さんとずっと喋っていた。
話があったのだろうが、たまにこちらを見て2人揃って
笑うというのはどうも居心地が悪い。
いつしか夜が外を暗く染め、町の喧騒も種類を変えていく。
洞窟での戦いの疲労もあり、食事の後は
それぞれが部屋でゆっくりと休むことになったのだった。
その夜、俺は一人町を歩いていた。
少し、眠れなかったのだ。
町は所々灯りがあり、酒場らしき場所では騒ぎがまだ残っている。
依頼を確認しに酒場にいってもいいのだが、
出来ることなら昼間にじっくりと見定めたいと思っている。
町外れ、人の手によるものだろうか、
水路のように海から引き込まれた場所にある桟橋で、
一人空を見上げる。
考えるのはこの世界でのクエストのこと、そして2人との関係のことだ。
特に後者は軽々しいものではない。
ストレートに言えば、子供が出来れば戦えなくなるし、
あちこち連れまわすのだって困難になる。
問題があるとしたら、俺自身がこの世界で人間扱いされ、
ちゃんと子供が出来る体であるか?という問題がある。
なにせ、目だとか急所以外はそこらの
数打ちの刃物じゃ傷がつかないのだ。
正確には、つくにはつくのだが、
地球で言えば爪楊枝でつつかれてるようなものだ。
それが人間といえるのだろうか?
(いや、冒険者は大なり小なりそんなものとか言ってたか?)
散々悩んだところで、唐突にそれを思い出す。
誰だったかが、強い冒険者となればその体は
自然の鎧となるのだと言っていた気がするのだ。
ならば、程度は違えど自分も同じ扱いだと思いたい。
後はクエストの問題だ。
自慢ではないが俺はMDで多くのクエストをこなし、あるいは知っている。
当然といえば当然であるのだが、
効率のいいクエスト、自分のようなタイプでもこなせるクエストを、と
考えていくうちに覚えていったものだ。
だがこの世界では国の名前も違い、地形も結構変わっている。
勿論、例の水晶竜がいたらしい山等は変わらないが、
細かな川の様子、草原や森はその姿を大きく変えている。
そうなるとモンスターの分布も変化しており、
クエストの発生条件も変わっているのは間違いない。
もっとも、クエストの元であるそもそものNPCがいないのだ。
同じような立場の人から依頼を受けることになるのだろうが、
ゲーム的に物品の報酬があるようなクエストは
その姿をほとんど消したと思うべきなのだろう。
と、水音。
魚でも跳ねたか?と思ってそちらを見ると、
予想外の姿があった。
「っ! なんだ、マーマンか」
暗い水面ににゅっと顔を出していたのはマーマンだった。
残念ながら顔の区別がこの暗がりではしっかりできないが、
覚えのある気配だ。
あの洞窟にいた1人なのだろう。
「オドロカセタカ。ダガ、アマリサワガシイノハスキデハナイ」
マーマンはマズンだった。
流れるような動作で、マズンは桟橋へとあがり、そこに座る。
俺も近づきすぎてぬれないようにしながら近くに座った。
「それで? 来たからには何かあるんだろう?」
「マダレイヲイイタリナイ……トイッタラドウスル?」
冗談めいた口調、その表情に俺は驚きの顔を向ける。
俺が思っているよりマーマンの中には文化があるようだった。
「怪物と戦うのはよくあることさ」
そういって、また空を見上げる。
「ソウダナ。ダガコレハセイレイセンソウトヨバレルジダイノモノダ」
そういってマズンは背中のトライデントを手にする。
「わかるのか?」
「アア。コレニハシーキングノココロガノコッテイタ。
ニンゲントウミヲメグリ、カワヲメグリ、ソシテタタカッタココロ」
どこか遠くを見るようにマズンはそう語ると、
首にかけていた笛のようなものを無造作に俺に突き出す。
「コレヲヤル。フケバドウゾクガカケツケヨウ」
詳しく聞くと、マーマンの間で受け継がれている連絡用の笛らしい。
それを吹くときは自らがピンチのときやその土地を訪れたとき。
聞こえたマーマンは駆けつけ、必要であれば
その相手を出来るだけ守り、助け合うのだという。
広い海で、いつ出会うかわからない同族と出会い、
生き残るための手段なのだという。
魔力を糧に発動するもののようで、
普通の笛のようにはならないとの事。
笛同士が共鳴し、わかるというのだから便利なものだ。
「ありがとう。大事にする」
俺がそういうと、マズンは満足したように頷いて暗い海へとまた潜っていった。
そうして潮騒と共にやってきた騒動はまた潮騒に消えていくのだった。
二周年に向けて、何かリクエスト等あれば
感想か活動報告にでもお願いします。
実現できそうならがんばります。