119「潮騒は騒動と共に-1」
約束の日のお昼前。
服装を元に戻し、荷物もまとめた俺達は
迎えの船が来るのを待っている。
太陽がかなり上に上がったところで、
波間を切り裂いて親父の船がやってくるのが見えた。
乗せてもらった行きの時も思ったが、
見た限り手漕ぎには見えないし、
帆もあるがそれにしては動きがスムーズだ。
何かファンタジーな手法が絡んでいるに違いない。
どこかに魔力を使ったエンジンみたいなのが
あったりしないだろうか?
そんなことを考えながらの俺の前に、
船が到着して親父が顔を出す。
「だいぶ焼けたなあ!」
「おかげさんでね」
3日程度とはいえ、南国の日差しである。
冒険者としての体の都合か、ヒリヒリするといったことはなく、
黒くなったなあという自覚だけはある。
降りてきた親父と握手しながら、荷物を積み込みにかかる。
「多少は人の手が入った奴が恋しいかと思ってよ。
適当に嫁に作ってもらってきてあるぜ」
そういって親父が収納箇所から出すのはお弁当らしき包み。
「それはありがたい。そうそう、泉が復活してたぞ」
「何!?」
食いついてきた親父に、理由はわからないが
気が付いたら泉から水がまた出てきた、と伝える。
実際問題、裏のほうには行きたくても
普通にはいけないのでどちらでもいいといえばいいのだが……。
「そうか、これでまた町が賑わうな!」
「一応、他の冒険者なりで確かめてからにしたほうがいいかもな。
また枯れてるかも知れないし……」
元気よく笑う親父と一緒に荷物を積み込み、
出発の準備が進んでいく。
「ファクト、あれ……何かしら?」
「白い……波?」
キャニーに言われ、沖の方を見ると
水平線の一箇所に白いものが見える。
単純に考えれば波……なのだが。
「でかいな……クラーケンでも出たか?」
「このあたりにいるのか? ノービスクラーケンの海岸はもっと西だろう?」
親父の口から出てきたモンスター名に、
俺は記憶をたどりながらそう答える。
イカ、タコだとかでかいタイプは、
西方諸国のある地域にいかないと
MDではなかなか出会えないはずだ。
もっとも、ある程度は住む地域を動けるのかもしれないが……。
「いや、言ってみただけだ。もしクラーケンなら、
このあたりで漁が出来なくなっちまわあ」
「それもそうだな。よし、帰ろう」
親父に答えながら、俺は一人考えていた。
人、それをフラグという、と。
「ん? 何か騒がしいわね」
「本当だね。何かを探してるみたい?」
船を港に止め、町に降り立った俺達の視線の先で、
なにやらあわただしく走る人が何人もいた。
「おい、何があったんだ?」
「今それどころじゃっ、あ! アンタは帰ってこれたんだな!」
親父がその内の一人を呼び止めると、
怒った顔をしたその男、まだ若さの残る青年が親父の肩を掴んで揺さぶった。
「落ち着けって! 何があったんだ?」
「何がって……いや、何があったんだろうな?」
ボケているわけではないようで、
なんといったらいいのか、と困った顔をしている。
「探し物なの?」
「探し……そう、そうだな。人を探してるんだ。
朝、漁に出た人間が10人ほど戻ってこないんだよ」
ミリーへと振り返った青年が語った内容は、
そのままにして置ける内容ではなかった。
「行方不明、か。ここ数日は嵐もないよな?」
「ああ、そうだな。たまに大雨が降ったりやんだりする事はあるが、
船が沈むような嵐はなかったぞ」
島で嵐に出会ってはいないことを親父に確認するが、
やはりこちらでもそうだったようだ。
「怪物に襲われたとか?」
「かもしれない……けど、船は戻ってきてるんだ」
(船が? それはますますおかしいな……)
親父を見ると目が合い、頷きあう。
「兄ちゃん、冒険者なんだろ? ちょっと頼まれてくんねえかな」
「勿論。俺も気になるからな」
青年に頼み、漂着?したらしい船へと案内してもらう。
現場は町からすぐだった。
といっても、漁から戻ってくるには少し遠いといえるかもしれない。
既に何人かは家族なのか、船の漂着した砂浜のそばで捜し歩いていた。
家族らしき名前を呼ぶ声が痛々しい。
「船には誰も乗っていなかったんだ。だけどさ、近づくと
変な音がするから怖くて皆近寄れないんだよ」
青年も、自分の親が戻ってこないということで探し回っていたらしい。
「なるほどな……さて?」
今のところ、強敵のような気配は感じないし、
魔力の異常もとくには感じない。
正確には、何かのっぺりとした薄い気配がするのだが、
特徴がつかめないというかなんというか……。
俺は油断無く、それでいて無造作に見える動きで
あっさりと砂浜に歩を進める。
砂の感触に違いは無く、無事に船へとたどり着く。
覗き込むが、状況的におかしな場所は無い。
道具がいくつか残されており、
とりあえず上陸した、という様子だ。
あるいは最初は丸々残されていたが、
様子を見に来た町の人間が回収した可能性もある。
何か怪我をした跡もなく、忽然と人だけがいないわけだ。
「うーん? ……ん?」
何か、生臭い。
確かにここは海だ。
潮の匂いはするのだろうが、それにしては少しおかしい。
下から、少しおかしいにおいがする。
しゃがんで砂をすくってみるが、別におかしなところは無い。
「ファクト、何かいた?」
後ろから覗き込んでくるキャニーに首を振り、立ち上がる。
改めて見渡してみるが、特におかしな様子は無く、
波の音が聞こえるだけだ。
(……いや? 何だこの音)
さらさらと、だが風で砂が動いてるにしては妙な音。
上でもない、横でもない……。
「下だっ!」
「きゃっ」
俺は直感に従い、そばのキャニーを思いっきり抱きしめながら
力いっぱいその場から飛ぶ。
地球に戻ったら世界記録が鼻で笑えそうな距離を一気に飛ぶと、
背後で大きな音がしたのがわかる。
振り返れば、さらさらと音を立てていた砂浜の砂が1部無くなり、
大穴が開いていた。
「なっ!?」
それが誰の声だかわからぬまま、その場にいた
全員の視線の先で、大穴がまた閉じていく。
なぜか砂浜の砂は導かれるようにその跡をふさいでいった。
となると行方不明者の行き先は1つだ。
嵐の犠牲になっていないだけマシというところか。
「ふむ……キャニー、ミリー」
「はい、縄ね」
「たぶん2人ならファクトくんぐらいを支えられるよ」
俺が背負ったままの布袋から適当にロープを取り出すと、
2人はその端を持ち、ウィンク1つだ。
以心伝心、感動を覚えながら腰に巻いたロープを確かめ、
俺は一人先ほどの穴の場所へと向かう。
近づいてしばらく待ったが、音がしない。
もしかしたらチャージに時間がいるのかもしれない。
(穴が開くというトラップだからな……)
MDでも時々あるダンジョンでのトラップのクールタイム、
所謂CTを思い出しながら様子を伺う。
それでもすぐに穴が開く様子が無いことに気がついた俺は、
あっさりと覚悟を決めた。
腰にぶら下げたスカーレットホーンを抜くと、上段に構えた。
何をするのかって? そんなものは決まっている。
「ツインブレイク!」
自分なりに力を入れた一撃、いや二撃が、
思ったよりあっさりと地面につきささる。
それは砂の感触ではなく、何か硬いものを切り裂いた感覚だった。
ボコっと音を立て、一畳程の地面が崩れていく。
「っとお!?」
慌てて後ろに下がるが、予想より穴は広くなり、
あっさりと俺はそのまま落下してしまう。
「ぐっ!」
幸いにも、事前に準備したロープを2人が支えてくれたようで、
俺は落ちてすぐのところでぶら下がることになった。
「そのまま支えていてくれよ!」
俺はそう叫び、暗闇の下に向けて魔法の明かりを放つと
蛍光灯のような光が暗闇を照らし出していった。
ごつごつとした岩肌が見え、
真下には砂があるが、ほかに変なものは無い。
下にそのままトラップだとか、
死体やモンスターがある可能性も考えていたのでこれはいいことだ。
勿論、行方不明者がいないというのはよくないことなのだが……。
合図をし、2人に持ち上げてもらう形で砂浜に戻る。
「大丈夫?」
「あんな穴が開いちゃってる……みんなアレに落ちたのかな?」
俺は服についた砂を払いながら、2人に頷く。
行方不明の人間が理由はともかく、この穴に落とされたのは間違いないだろう。
遠巻きに見ていた町の人たちも近寄ってこようとしている。
「まってくれ! 穴が1つとは限らない!」
叫ぶことでそれをけん制し、大丈夫そうな
草も生えているところへと一度移動することにした。
「下に怪物がいるかもしれないし、広さもわからん。だから俺たちが先に行く。
もし半日立っても戻らなかったり、何かあったら冒険者を呼ぶってことで
頼めるだろうか?」
「俺も行く!」
俺の言葉に即座に反応したのは道案内をしてくれた青年だった。
両親が行方不明だというのだ、仕方ないのかもしれない。
それに、この興奮具合では断っても勝手についてきそうだ。
「下では俺の言うことに従ってもらおう。じゃ無いと危ないからな」
「おう!」
他の町の人間もついていきたいというのは本音だろう。
だが、危険があるだろうということも本当だ。
すぐに人数分のロープを用意してもらい、
穴の開いたままの砂浜に再び歩き出す。
出来ればウィンドス達に何があったか聞きたいところだが、
神様に限らず精霊は別に人間の味方というわけではない。
モンスターが使う魔法や特殊能力も、
正しく精霊を利用している分には人間のそれと同じだ。
彼らのテリトリーであれば、ウィンドス達のように
話が出来ることもあるだろうが、
こういったときに気軽に触れ合える間柄でもないのである。
「何も無いわね」
「そうだね、砂と……なんだろこれ」
「そいつは海草だな。干すと美味いんだぜ」
穴の底に降り立った俺たちだったが、太陽の光と
魔法の光で見える範囲では特におかしいものは無かった。
結構地下は広く、元々の岩盤が長い年月でえぐられたであろうことがわかる。
魔法の灯りを余分に生み出し、見えない方向へと投げると
そこに答えが浮かび上がった。
「横穴か。落ちた人たちが歩いていったか……」
「何かが運んで行ったか、だよね」
よく見れば地面にも砂が所々落ちている。
落ちた人の服についていたものだろう。
ゆっくりと、警戒しながら横穴に向かう俺たち。
その穴の奥からは、妙に生臭い、我慢できないほどではないが、
ちょっと遠慮したい匂いが漂ってくる。
「まるで昼前の市場みたいだな」
「一通り売り買いが終わったあとのってこと?」
青年、スレイルが頷く。
話によると彼は町で両親の獲ってきた物で
料理を出す店を開いているらしい。
たいまつ代わりの魔法の灯りを頼りに歩いていくと、
小部屋のようなちょっとした空間に出る。
「待て」
感じた気配に足を止め、俺は耳を澄ます。
後ろに立つ3人の息と、どこからか聞こえる
波の音以外は……ん?
ヒタヒタと、スリッパで歩いているような妙な音がした。
確実なのは、足音ということだ。
緊張の中、別の横穴から魔法の光の下に姿を現した相手に4人の動きが固まる。
その姿は、魚人。
いわゆる魚っぽい顔ではなく、
その意味では半漁人と呼ぶのはちょっと違うのかもしれない。
確か名前はマーマンだ。
「ニニニニニンゲン、ヨヨヨヨクキタ」
ひどく片言で訛りのある声をあげ、
マーマンは威嚇にしか思えないポーズで銛を構えた。
「そうかい。お前がオヤジ達をさらったってわけか!」
「らしいな。他にもいるかもしれないが……」
殺気立ち、棍棒を手に叫ぶスレイルに、
俺はマーマンの攻撃が行かないようにさりげなく
陣取りながら、スカーレットホーンを抜く。
マーマンは襲い掛かってくるかと思いきや、動かない。
それどころかおびえた様子さえ見える。
(どういうことだ?)
「人の気配」
ミリーが小さくつぶやき、え?と思う間もなく、
マーマンの後ろに人影がと思うと洞窟に音が響いた。
素手で、思いっきりマーマンをはたいた音が。
「だからそれだと誤解するっていってるでしょう!?」
肝っ玉のありそうな、元気のある女性の叫び声と共に……。