118-寄り道「波間のエトセトラ」
お話的にはほとんど進みません。
5/14:水着に関する記載を修正(下書きのネタがそのままでした)
「海ってすごいなあ……」
私は足に感じる波の感触に心地よさを感じながら、心からそうつぶやいた。
視線の先では、お姉ちゃんがファクトくんを追いかけて走り回っている。
自分も含めて、3人とも服は脱いでいる。
何でだかわからないけど、ファクトくんが
どこからか3人分の水遊び用の服、水着を出してくれたのだ。
でも、見た目は下着同然で、曰く
「作る暇が無かったから、船に乗る前にそれっぽいのを買っておいた」
だそうだ。
しょっぱい海の水にも耐えそうで、それに動きやすい。
でも、ファクトくんの目的は恥ずかしがるお姉ちゃんと
私なんじゃないかなあと思っていたりもする。
ところで、ファクトくんは一杯遺物を持ってるみたいで、
そこにはなんでもいくらでも物が入るんだって。
不思議だけど、知らなくても大丈夫だと思う。
なぜなら、もし自分たちにも使える遺物だったり、
何か手段だったというなら、ファクトくんは教えてくれるだろうからだ。
少なくとも、自分とお姉ちゃんはそれだけ信頼してもらっていると自負できる。
少しというには後ろめたい過去を持つ自分たちを。
私の名前はミリー。
苗字は普通の村だから無い……と思う。
そんなことを気にする前に、村が襲われたから。
お姉ちゃんとはそのときに、所謂生き別れという状態になった。
最初の頃はわんわんと泣いていた私だけど、
ある日、変な男の人が無理やり嫌な感じのするバンダナを私の頭に巻くと、
そこから私は私で無くなった。
訓練……という名前の半ば拷問に近い運動や、
効率よく自分の得手となる物を使う練習、
建物への潜入等、色々やったと思う。
途切れ途切れにしか覚えていないし、
順番もどこかおかしい。
何も無いときの自分と、戦う必要がある自分とが、
どこか別人のように、自分は変な人たちの命令に従った。
そうしなければお姉ちゃんが殺される、そう脅されたから。
不思議なことに、自分はそんな中、不釣合いな筋肉をつけることも、
大きな怪我もなく生き残れた。
元々の素質の問題かもしれないし、感謝したくはないけど、
生き残っている自分と同じような子供たちに
毎晩回復の魔法をかけにきた黒いローブ姿の女性のおかげかもしれない。
余り力の強くならなかった自分が命令され、
いつの間にか実行していた事の中には、きっと人殺しだってあったに違いない。
だって、目の前が赤い何かで一杯になる夢をたまに見るから……。
「…リー。ミリー?」
「え? 何?」
かけられた声に顔を上げれば、心配そうに自分を見つめるお姉ちゃん。
「何、じゃないわよ。ぼんやりずっと下を向いて……何かいた?」
「ううん。なんでもない。海はすごいなあって思って」
誤魔化すようにそういうけど、たぶんお姉ちゃんは自分が何か悩んでたってわかってる。
宿の夜、2人でファクトくんにこのまま甘えてもいいのかな?とか
相談しあったことだってあるからだ。
「……そう、それよりあっちに行きましょ。珍しい貝がいるらしいのよ」
「珍しいって、食べるのかな?」
手を引っ張るお姉ちゃんに笑いかけながら、自分はそっと後ろを振り返る。
そこには何故だか、暗い、ぼんやりした瞳の自分がいた気がした。
地下で、生きてるとも死んでるともいえない、キリングドールの
悲しい集団と戦ったからかもしれない。
きっと、あのときの自分とどこか重ねていたのだ。
でも、今はファクトくんもお姉ちゃんもいる。
忘れることも、償ったということもいえない。
だけど、反省することは大事だと思う。
ふっと、暗い自分が微笑を浮かべて消えていく。
今のが幻なのか、本当に何か起きたのかはわからない。
でも……。
「前を向かなきゃね」
「ん? そうよ、砂浜って結構足が取られるんだから」
自分の発言を、別の意味に捉えたらしいお姉ちゃんに微笑み、
少し離れた場所で何かを捕まえようとしているように見えるファクトくんの元へ、
2人で歩いていく。
(ファクトくんを捕まえておくには……もう少しふくらみが必要かなあ?)
ちらりと、自分と余り変わらないお姉ちゃんのふくらみをみつつ、
内心、ため息をつく自分なのであった。
──波間にて
俺は今、とある貝を狙って槍を持っている。
槍の名前はエキセントリック・ショック。
動詞なんだか名前なんだか良くわからないが、ジョークアイテムの1つである。
特定の水の中に棲むモンスターと、大多数のフィールドの動物に効果のある槍だ。
槍といっても、装備の分類上そうであるというだけで武器としては正直微妙だ。
先は三又に分かれ、なんというか、まるっきりモリである。
魚だとかタコなんかを突き刺せそうなアレである。
そう、この槍はモリなのだ。
名前から想像がつくだろうが、電気ショックを与える効果を持つ。
五感をかなりのレベルで体験できるVRのシステムに相応しく、
MDでもこれを使って、海辺での狩が楽しめるのだ。
勿論、水中にいたり足を水の中に入れてるからと
自分もしびれるというような使い勝手の悪さは無い。
ゆえに、目の前の貝を一突きでしとめるのは簡単なのだが……そうもいかない。
貝は変哲の無い巻貝だ。
大きさは50cmほどはあるものの、巨大というほどでもない。
その特徴は刻々と変わる殻の色にある。
地球で言う、磨かれた夜光貝のように、きらめく表面に
原色が踊っている。
大体は微妙な色合いなのだが、時折綺麗な模様になるのだ。
素材としてはアクセサリーや染色の材料となり、
ゲーム的にはこれを直接加工してもいいし、
他の素材とあわせて色合いだけ利用するということも出来る。
簡単に言えば、自分だけの模様のブローチアイテムなんかを作れるわけだ。
好みの模様になるまで待たないといけないし、
その瞬間にしとめなければいけない……といった理由から、
これぞ!という模様の物は数が少なかった記憶がある。
じっと貝を狙いながら、気配で姉妹が近づいてくるのを感じる。
2人は恐らくこの貝で作るものの、この土地での話を知らない。
来た事の無い場所なのだ、当然である。
だが俺はMDで来たことのある記憶を頼りに、
この貝を探し、見つけたのだ。
「! 今だっ!」
叫び、槍を突き出す。
瞬間、見つめる先で黄色い雷属性のエフェクトが出たかと思うと、
貝は出していた触角を引っ込めるようにし、絶命する。
後に残るのはショック死した中身と、模様の固定された貝殻である。
「うわー、綺麗ね!」
「ほんとだ。すごーい」
丁度姉妹は貝をみたのか、揃って感嘆の声をあげる。
「丁度いいのがいたからな。町に戻ったら加工してもらおう」
俺でもやろうと思えばやれるが、ここは餅は餅屋。
しっかりとこの話を知っている職人を探そうと思う。
新婚用のそろいのアクセサリーだというのは作ってもらってからでいいだろう。
「ねえ、そろそろお昼かしら」
「んー? たぶんな」
キャニーに言われて俺はさりげなく虚空のメニュー画面を見る。
そこに記された数字は24時間の内、12時少し前を示している。
何故地球と同じ24時間なのか、地球型惑星ということでいいのか?
というような確かめようの無い話は今、考えないようにしている。
事実がわかったところで俺の生き方には違いは無いからだ。
貝をしまいこみ、海岸に置いた荷物の中から
食料を取り出し、昼食の準備をする。
ここで過ごす予定時間はあと2日。
船を出してくれた親父の迎えがくるのがそのぐらいだからだ。
別にグリフォンで飛んでいってもいいのだが、せっかくなのでバカンスというわけだ。
聞いてみれば2人ともまともに海に来た事も無いというし、
ゲーム中でも人気のあったスポットの1つであることから、
ここはどこも風光明媚というやつだ。
食事の支度をしながら、俺はアイルと地下での出来事に思いを馳せる。
地下での戦いの後、俺はアイルに言われるままに
本当なら表の泉で使う予定の種を手に、
とりあえずは捕らえられていた何か、恐らく精霊を開放した。
言葉は通じなかったが、身振りで感謝を伝えてきたその相手は、
水の古の意思に近い強い精霊。
彼女?を閉じ込めていた籠に俺は見覚えがあった。
ユーミの闇を封印してあるアレに似ていたのだ。
何かの役に立つかもしれない、と
詳細不明な情報のままのそれをアイテムとして回収し、
俺は精霊に手の中の種を見せた。
精霊は頷くと、アイルの言うように泉を指差したのだった。
そこから先はまるで早送りの映像を見ているようだった。
見る間に泉の色が正常な、青い感じの清涼な色へと変化したかと思うと、
そこからぐんぐんとある木が伸びてきたのだ。
それが裏の泉から表へと吸い上げる巨木と似ていることに気が付いたときには、
泉から離れた状態だった巨木へと合流するように木が伸び、
瞬きをする間に、元々そうであったように巨木と一体化したのだった。
後には静かに、水の流れる音と、とても水を吸い上げてるとは思えないほど
静かにたたずむ巨木だけが残った。
そして精霊はお礼を言うように周囲を飛び交うと、泉の中に消えていった。
その時のしぶきが、光を伴ってなぜか瓶入りのポーションとなったのは、
お約束というか、ご都合というものだろう。
その後、姉妹と一緒に地下の空間を探索した結果、
いくつかの転送用ポールを発見する。
まだ使えそうだったが、1つのポールは軸に収まる穴には何も入っていなかった。
恐らくだがそこに何か魔石のようなものをはめ込み、
動力として起動するタイプだと思われた。
転送先がどこだか確かめておきたいという好奇心が膨らんだが、
その先が、キリングドールはともかく人間の生きていられる
場所とは限らない以上、やめておくのが正しいと判断した。
アイルに命令した何かしらの存在を確かめるチャンスでもあるのだろうが、
俺はまだ時期が早いと思っている。
相手の規模も不明なままだし、下手をすれば少数で国を相手にするかもしれない。
そう考え、穴に魔石っぽい物がはまっているポールからそれを取り、
ポールとして使用できない状態にしてしまうことにした。
そして探索を終え、地上に出て今に至るというわけである。
食事を終え、何故だか水着姿で砂浜を走る。
言葉だけでみれば、カップルのお約束の追いかけっこのように思えるが、
実態は砂浜をフィールドにした結構本気の鬼ごっこである。
特訓したいわ!などとキャニーが言い、ミリーも
それに賛同したのだから仕方が無い。
かくして、砂浜で格闘戦を繰り広げる男1人、女2人という
不思議な構図が生まれる。
時々捕まり、時々捕まえ、触れ合う体に年甲斐も無くどきどきしたりと、
あれ? これやっぱりカップル的な行為じゃね?
と自問をしつつ、休憩を交えて意外と早く時間は過ぎていく。
夜、空は星で満たされていた。
3人で毛布を敷いて砂浜に寝転がる。
いざ寝るとなればキャンプを起動したらいいのだから、気楽なものだ。
「あ、流れ星!」
「綺麗なもんだな……」
「本当ね……」
波の音、思い出したように吹く風。
虫が集まらないように、少し離れた場所に展開した
魔法の灯りにぼんやりと照らされながら3人は語り合う。
昔のこと、今のこと、未来のこと。
そして俺はそれから2日の間、2人のおかげで少しだけ、また大人になった。