表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
134/292

117「南国の妖精-5」




「あははは! いいよ、いいね!」


キリングドール、アイルの陽気な笑い声が空間に響く。


そして硬い物同士がぶつかり合う音も。


すぐそばでは姉妹がドールたちと戦っている音も響いていることだろう。


集中している俺には、目の前の相手の動きと

その音しかほとんど聞こえてこないが……。


「褒められても嬉しくはない……なっ!」


俺も軽口を挟んでアイルと相対するが、余裕は無い。


今だって、敢えて軽口を挟むことで自分に余裕を持たせようとしているのだ。


確かにアイルの、剣というには物騒な両腕の攻撃には殺気はない。


人が誰かの肩を挨拶代わりに叩くとき、それで相手が怪我をするとか、

それこそ死んでしまうなどとは思わないし、実際には死ぬことは無い。

アイルにとって、そのぐらいの感覚の攻撃なのかもしれない。


理由はやはり自分で言ったように、俺を殺すつもりで

両腕を振るうことが出来ないということだろう。


だが、何度も言うがキリングドールは強敵なのである。


人間の姿をしてはいるが、その筋力、耐久力は人を超え、

そして思考する自我は学習する。


長く生存し、経験をつんだ相手ほど厄介さは増す。


つまり、アイルにとっては大したことの無い攻撃であっても、

決して前衛とは言いがたい自分にとっては一撃一撃が、

油断が即座に大怪我につながる鋭いものだったのだ。


「こなくそっ!」


「へぇ、今のをはじくんだ」


右下から飛び上がるように伸びてくるアイルの左腕を、

相手の左側に回りこむように体をひねりながら

自身の右手に持った金色の長剣でなんとかはじく。


今の俺の装備は栄光の双剣である。


武器の性能としては良いとは言いにくい装備であるが、

俺のスキル、能力的にはアイルの両腕を剣1本で対処するのは困難だと判断したのだ。


そして、手持ちの中で他に使い込んだことのある双剣は無かったので、

消去法でこれしかなかったともいえる。


一応、元々そうではない物を2本、装備すること自体は不可能ではないだろうが、

バランスなどを考えれば決して使いやすいとはいえないのである。


「これでも器用さだけは人一倍なんでね」


「そっか。じゃあ続けようか」


再び、暴風が吹き荒れる。


鋭く突き出されるまっすぐな突きをすんでのところで回避し、

振り下ろされる一撃はその勢いをぎりぎりで逃がす。


時に周囲の動く前のドールすら巻き込みながら、

死の舞踏は続く。


対する俺も全てを回避することは出来ず、

時折攻撃を食らってしまう。


武器を取り落とすということは無かったが、

わき腹付近を切られたり、太ももに刺さりかかるなど

軽傷とは言いがたい怪我もある。


「くっ!」


もう何本目かわからないが、アイテムボックスから

慣れた動きでポーションを1本実体化し、

蓋を開ける間もなく剣で空中に出てきた容器を切り裂き、

中身を怪我の部位に浴びせるようにこぼす。


MDにおいてポーションは飲まずとも効果を発揮する。


勿論飲んでもいいのだが、今のようにかけてもいいわけだ。


中には飲む専用の魔力回復用等もあるが、

体力、傷の治癒兼用のほうであれば飲まずともOKな物が多い。


だが、それらも別に無限というわけではないのだ。


ゲームで言えば常に回復アイテム使用時の、

独特の光をまとっているような戦い方では、限界がある。





「そらっ!」


「させるかぁ!」


何度も繰り返される攻防の末、上段からの両腕をあわせて威力を高めた一撃に、

俺は両手の剣を中央で交差させ、受け止めることで答える。


刃と刃がかみ合う嫌な音が響き、

一瞬足が地面に沈んだかのような錯覚を覚えた。


「パニッシャー・ウォール!」


自身を中心に発動するスキルで、

アイルをわずかながら吹き飛ばすことでなんとか間合いを取る。


「へー……やっぱり普通じゃないね。今まででも、

 普通の冒険者なら100人は軽く死んじゃってるんじゃない?」


自分の攻撃がどれぐらいのものなのか、アイルは自覚があるようで、

殺気は無くても十分驚異であることも知っているようだった。


それでも制限とやらに引っかからないのは、

その制限をかけた連中がアイルを甘く見積もっていたのか、

制限に完全にはアイルが縛られていないということなのか。


恐らくはその両方だろうと当たりをつけながら、

俺はあがりかけた息を整えるべく呼吸を繰り返す。


「必死なだけさ。俺の本職は鍛冶というか、支援だからな」


命の危機に、自分の思考がクリアになっていくのを感じながら、

俺はアイルにそう答えながら敢えて双剣を仕舞う。


器用に片眉だけを上げるアイルに見せ付けるように、

武器ではなく、鉱石をその手に出現させる。


何でも良い、必要なのはSランクに耐えられる質。

そして特殊な素材各種。


「どういうつもりだい? それで殴りかかるとでも?」


「いや? ようやく思い出しただけさ。エルフォードの、探求者の名前をな」


俺はそう力強く言い放つと、スキルを発動させる。


そのスキルは何の変哲も無い武器生成。


ランクはSであるが、それだけだ。


右腕に、その素材条件から何度も手にしたとはいえない感触を感じながら、

その切っ先をアイルに向ける。


見た目は普通にありふれた戦斧。


サイズは俺に合わせられているのか、長すぎず、短すぎず。


違いは斧の中央、つなぎ目、持ち手、各所に7色の宝玉がついていることだ。


本来の持ち主は、MDにおけるNPCにしてプレイヤー達の注目の相手。


GMが操作してイベントを主催することもたまにあった銀髪の老剣士。


ランダムに各ダンジョンの入り口や途中に現れては、

アドバイスとも雑談とも取れるような発言しかしない相手。


断片的なそれらを繋ぎ合わせると、どうやらかなりの実力があり、

世界中を旅して回っている探求者であるということがわかる。


そして、道中出会うモンスターを、自身の相棒と一緒に殺戮している結果となっていることも。


とあるネームドモンスターを倒した先で、なんでもないようにいて、

お主もここに用があるのか?などというパターンもあったというのだから

なかなかに凝っているといえるだろう。


俺が思いだせなかったのも無理はない。


余り多くのダンジョンに出入りすることもないし、

イベントだって必ずエルフォードが操作されるとは限らなかったのだ。


何より、彼の相棒が何なのか、正体は俺が知る限りは不明だったし、

姿を見たというプレイヤーの話もほとんど聞いたことが無い。


だが、その中で唯一はっきりしているものが、今手にある戦斧である。


老体に似合わぬこの戦斧をエルフォードは振るい、

プレイヤーは発動させる機会は無かったが、

彼の相棒に語りかける手段でもあるという。


「そんな……それがここにあるはずは……!」


アイルは動揺を隠せないようだった。


まるで子供がイヤイヤと首を振るように震えながら後退すると、

何本も延びている柱の1本に背中を預ける。


「ようやく思い出したよ。なにせ俺も使ったことは数回しかないからな。

 何かひっかかってはいたんだが……」


エルフォードの戦斧をプレイヤーが使う機会はあまりない。


真実は不明なまま、特殊なゴーレムやスライムなどの魔法生物を相手にする

クエストのいくつかで、イベント的に作成、あるいは使用できるアイテムだからだ。


その上、相手を倒すとその力は失われた、とか言われて

後に残るのは店売りとしては最上級であるものの、

変哲も無い戦斧なのだからなかなかに不思議なものだ。


苦労の割りに、アイテムとしては美味しくないクエストゆえに、

俺も1度ずつしかやった記憶は無い。


だが、そのクエストの最中では戦斧は最強の一手となる。


「見るはずの無い夢を終わらせるには一番だろう?」


「……そうだね。確かにそうだ。むしろ、ありがとうというべきかな」


冷静になったのか、いつか出会った表情に戻ると、

アイルは静かに両腕を構えた。


その顔は徐々に紅潮し、笑みに変わっていく。


「良いことを教えてあげるよ。奴らはもう自分を追えていない。

 最初のキミのスキルでそれ用のドールが破壊されちゃったしね」


ちらりと向けられる視線の先では、ガーゴイルにも似た

明らかに作られたものとわかる何かの残骸が転がっていた。


どうやら序盤に放った上空へのブレイドパニッシャーの範囲内に、

あいつはいたようだった。


「つまりは、そいつらは俺がここにきてアイルと戦ったことまではわかっても、

 後のことはわからない……と」


「そういうことさ。命令は癪な事に有効だから本気は出せないんだけどね。

 だけど滑稽な物さ」


瞬間、アイルが喋りながら切りかかってくる。


余り馴染みのあるといえない武器であるが、

俺もゲーム内の経験を思い出すように戦斧を振るう。


最初と同じようにぶつかり合った両者だが、

その結果は異なるものだった。


甲高い音を立て、アイルの腕が短くなる。


正確には、刃となっていた部分が半ばほどで綺麗に折れたのだ。


「へぇ。やっぱりマスターの力だ。あっさりとはね。

 でも、よかった。これで終われる」


アイルはそういうと、間合いを自ら広げ、

泉の脇にある巨木らしいものに歩み寄ると、

その横にある木箱の蓋を開ける。


「これ、この子がここの精霊さ。後でよろしく」


赤紫色の檻に閉じ込められているのは水色の体をした、

力ある存在だった。


「いいのか?」


俺は武器を構えたまま、急に態度を変えるアイルに質問をぶつける。


その間にも、背後では姉妹とドールの戦う音が響いているが、

その音の間隔は徐々に広がっている。


気配はしっかりと感じるから、二人が重傷を負っていると言うことは無いようだ。


「うん。やっと馬鹿な人間の手から開放されて、

 マスターのところへ行ける機会なんだ。すっきりしておきたいじゃないか」


思えば、アイルやそのドールたちが直接誰かを

殺して回ったという話は無かった。


ゲームNPCであるエルフォード、そしてその相棒。


そんな存在が、人を殺戮するだろうか?といわれると確かにおかしい。


自爆した、ゼゼーニンの館のキリングドールも今考えれば変だった。


あの爆発は威力が一定ではなかった。


後から調べてわかったことだが、固定値ではなく、

割合ダメージだったのだ。


人は、決して死なない割合の……。


「そうか。エルフォードの、最初の命令を何とか守ろうとしたんだな」


俺の答えに、アイルは人間らしくにやりと笑みを浮かべ、

最後だと言わんばかりに両腕を振るい、刃を生み出す。


「出来ることなら、奴らに捕まった後に傷つけてしまった人たちに

 謝りたいところだけど、それは頼むよ」


「面倒な話だが、その依頼、受けよう」


そして、交錯。


ぞぶりと、人間としか思えない手ごたえを産みながら、

戦斧がアイルの胸元を貫く。


「けふっ……自信持ちなよ。恐らく世界最古のキリングドールを倒したんだよ?

 君ならどこだってたどり着き、探求できる。

 それこそ、世界の果てだってね」


アイルは胸を貫かれたまま、俺のほうへと歩を進め、

その両腕を普通の手に戻して俺の腕を掴む。


ぽたぽたと、血の変わりに青い液体を流しながら

顔だけは綺麗なままで、アイルは笑う。


「マスターは言っていたよ。世界はいつだって、誰のためでなく、

 世界のために生きていると。でも、時々それを良しとしない存在がいる。

 自分はそういった相手をなんとかするために世界を旅するのだと」


アイルの言うマスター、エルフォードが恐らく

この世界で自我を得てからの言葉が示す相手は、黒い……あいつ。


「そういうことさ。最後におまけを二つ。一つは、例の種はあの子を外に出した後に

 泉に投げてみるといいよ。そして後一つは、これさ」


そういって、アイルは光の粒子となってあっさりと消滅し、

俺のアイテムボックスに1つのアイテムが生まれる。


その名は、ドール素体。



「終わったの?」


「ああ……なんとかな」


「こっちも終わったよ。みんな溶けていっちゃってるけど」


かけられた声に振り返ると、

通路や部屋のあちこちにあったドールだったものが、

泥のように色を変え、崩れて地面に溶けていくのがわかる。


数分もしないうちに、後には不気味な実験設備のような物と、

小さな泉だけが残るのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご覧いただきありがとうございます。その1アクセス、あるいは評価やブックマーク1つ1つが糧になります。
○他にも同時に連載中です。よかったらどうぞ
続編:マテリアルドライブ2~僕の切り札はご先祖様~:http://ncode.syosetu.com/n3658cy/
完結済み:兄馬鹿勇者は妹魔王と静かに暮らしたい~シスコンは治す薬がありません~:http://ncode.syosetu.com/n8526dn/
ムーンリヴァイヴ~元英雄は過去と未来を取り戻す~:http://ncode.syosetu.com/n8787ea/
宝石娘(幼)達と行く異世界チートライフ!~聖剣を少女に挿し込むのが最終手段です~:http://ncode.syosetu.com/n1254dp/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ