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116「南国の妖精-4」

文中、簡単にですが切断表現があるので

苦手な人は苦手なシーンありかもです。





「!!!!!」


「「ひっ!?」」


とっさに自らの口に左手を当てて、

うめきすらもなんとか押しとどめる。


キャニーとミリーから声が漏れてしまったのは仕方がない。


踏み込んだ3人の前に広がった光景は、肌色だった。


正確には他にも妙に蛍光色の緑っぽい色だったり、

青い色だったりもあるのだが、目立つのは肌色だ。


そう、人体パーツとしての手足、微妙な部分などの……肌色。


マネキンの倉庫、あるいは製造現場を急に見たらこういった気分になるかもしれない。


光源も見当たらない空間はガラスとも違う、透明な水槽もどきが視界の限り並び、

先ほどの緑や青の液体が満たされ、その中に一定間隔で様々なパーツが浮かんでいる。


なぜかそれらはぼんやりと光を放ち、なんとかこの空間を見ることが出来るという状況だ。


すらりと伸びた手、無骨な筋力のありそうな腕、

子供子供した小さな足、そこだけ見れば魅力ある豊満な胸、

そして何も無いつるりとした腰周り。


頭部だけは……見当たらない。


まるでフィギュアを組み立てるかのように、

ゆっくりと歩き出す先で、パーツがときに右半身からくっついており、

時には下から、時には首周りからくっついている。


断面のような場所はにごりもあり、はっきりとしないが、

恐らくは人間のようにはなっていない。


俺も設定だけでしか知らないが、魔力的なラインと、

それを維持するための特別なパイプのようなものがあるぐらいだろう。


何しろ……。


「キリングドール……これ全部がそうなのか?」


相手の気配や、怪しい動く影等が無いことを確認した俺は、

小さくささやくようにつぶやいた。


「キリングドールって、これ全部がアレなの?」


「全力で遠慮したいよ……」


同じく3人だけに聞こえるような大きさでつぶやく2人に、

俺は奥の扉を指差して合図する。


数歩踏み出したところで、俺はある匂いに気が付いた。


それは水槽もどきの1つからだった。


老朽化なのか、少しヒビが入っており、

そこから液体がにじみ出ていた。


さすがに舐めるつもりも無く、毒であることを

警戒しながら近づき、指先で確かめる。


鼻に持って行き、その匂いを確かめると、俺に電撃が走った。


いわゆる「こ、これは!」ってやつだ。


この液体は毒ではない。


むしろ薬、件のポーションに似ている。


何か混ぜてあるのか、加工でもしてあるのか、

そのものずばりではないようだが……。


少なくとも、この液体からは本来これをくれる精霊は感じられない。


精霊が殺されているのか、出てくる元気も無いのか……。


「2人とも、泉を枯らした犯人が間違いなくいるぞ」


「大当たりだったってことね」


「……」


俺の声に、キャニーは静かにダガーを2本構え、

ミリーも無言で空気を変える。


扉に近づくほど、水槽もどきの中身が完成されていくのがわかる。


そしてなぜか、男とわかるような体格のキリングドールは余り数が無かった。


首から上だけが無い、ほぼ完成された物も多い。


明らかに小児とわかるような背丈の物や、

二次性徴を迎えるか迎えないかというような

微妙なマネキンのようなボディに不快感を覚えながらも、

俺達はそっと扉を開いた。




そこはまさにマネキン会場であった。


ずらりと壁や部屋に並ぶ肌色のボディ。


大なり小なり、はっきりとは性別のわからない体の物が多く、

時折冒険者のような体格も混じる。


それらには外と比べ、ちゃんと頭があった。


髪の長さも違い、顔立ちもそれぞれ違うようだが、どれも服を身に着けていない。

髪の具合や、顔立ちからは屈強な男、という印象ではないようだが……。


そして、それらの奥にある光を放つ泉。


本当であればそこに根の一部を沈めている巨木は見当たらず、

そこには光り輝くパイプのような太い線があるだけだった。


裏の泉であるここの泉を、魔法的な要素を含めて

根っこを沈めている巨木が吸い上げ、表の泉に満たす。


確かこれが本来のサイクルだったはずだ。


巨木そのものにもクエストは設定されていた記憶があるが、

空間全体が暗めなのでなくなったかどうかはわからない。


小さな水音以外、何も聞こえない中、

3人は様子を伺う。


そして、暗がりに影。


思わず身構える俺たちだったが、その影が襲い掛かってくることは無かった。


それは手が4本あるゴーレムらで、じょうろのような物と、

何か固まり、恐らくは魔石のようなものを持っている。


ゴーレムは手直な一体、体格のしっかりした

モデルのような女性タイプに近寄ると、じょうろの中身を

キリングドールに振りかけつつ、塊を口に押し込む。


なぜかごくりと、その一体は塊を飲み込み、

注がれる液体に体をぬらす。


するとどうしたことだろうか、それまで無機質で

作り物だと主張していた肌等が見る見る人間のような、

赤みを帯びた物となってくる。


(そうか、あの塊がコア、動力源か!)


急に出現した、事情を知らなければ目に毒な、

お風呂上りのような赤みを帯びた裸の姿に

ぎょっとする自分を抑えるように思考をずらす。


視線の先でゴーレムはまたどこかに行ってしまい、

俺たちとドールだけが残る。


動き出すかと思われたドールだが、視線の先で

呼吸するかのように少し動いたかと思うと、また動きを止める。


そしてなんということか、赤みを帯びていた肌はまた

物だとはっきりとわかる質感へと戻っていく。


キリングドールは基本的に人の天敵だ。


能動的に人を襲いに来ることは無いが、

テリトリーに入った相手をしとめる。


これは元が拠点防衛のゴーレムだからという説もあるし、

それがモンスターとしての習性だという説もある。


(……ん?)


そこまで考えて、俺は自分の状況、考えに疑問を持った。


そう、俺はキリングドールのことを知っている。


その危険度も、厄介さも。


何より、どういう存在かも。


「下がれっ!」


それはどちらかが先だっただろうか?


それまで沈黙していたキリングドールらが急に目を開き、

裸のまま襲い掛かかり、俺たちはとっさに間合いを取った。


人で一杯の女性更衣室に間違って踏み込んだ挙句なぜか包丁を皆持っている。


人に簡単に説明するなら今、現場はそんな感じである。


相手にも男タイプはいるし、こちらに

女性2人がいることが救い……なわけはない。


警戒が遅れたことに対する違和感は横において、

目の前の危機に対処することにした俺は武器を構えたまま口を開く。


「ドールはその生まれてからの時間が経験と強さになる。

 だから、心配するな」


「わかったわ。なんとか、見えるし」


「……対処可能」


キリングドールの特性、初見時の戦力分析時間を

俺は説明に使い、魔力を練る。


見えているだけでドールの数はおおよそ30、

同時に相手にするには強敵だが、それでもなんとかなる。


キリングドールの厄介さの一番のポイントは、

記憶があることだ。


ダンジョンにおいて、設定上も含めて

長く存在するキリングドールは戦闘経験をつむ。


冒険者であるプレイヤーが例えばどんな武器を使うのか、

どんな魔法を使うのか、あるいはどんなことが得意で苦手か。


MDでいえばそれはサーバー側がプレイヤーの行動を蓄積し、

いやらしいことに分析した結果がフィードバックされるという、

プレイヤーにとってはいつでも強敵という相手だ。


勿論、そんな強さになるのは長く倒されずに残ったという設定で

ポップする相手に限られるのだが……。


逆に、序盤などで遭遇するキリングドールはほぼ同じ強さだ。


攻撃力も、その……動きも。


強敵ではあるが、古参にとっては読める相手だ。


「まずは武器の届かない高さからのジャンプ、それがお前らのお約束だ!」


人間にしか見えない裸の男女(女性比率9割)という集団が

棒高跳びも裸足で逃げ出すような高さから降って来るという

不思議な状況に、俺は慌てることなく予定していたスキルを発動する。


「ブレイドパニッシャー!」


近から中距離用の不可視な刃を生み出すスキルが発動し、

キリングドールたちへと風の音をまとって襲い掛かる。


一糸乱れぬ、といえば聞こえはいいが、

全部同じ行動という結果のドールたちはそれを正面から受け、

あちこちを切断されていく。


ぼとぼとと、不快感だけしか産まない音を立て、

人間のパーツのようなものが地面に落下し、

後からドールたちが着地してくる。


裸の女の子が片腕をなくしているようにしか見えないような図は、

気分の良い物ではないが無理やりに自分を納得させる。


切断面から血の代わりに、青と緑の液体が出てくるのも

人間ではないと思わせる助けにもなっているところだ。


「はっ!」


「っ!」


ドールたちの隙を見逃さず、2人は低い姿勢で飛び込んだかと思うと、

人間で言う心臓の部分にダガーを次々と突き刺していく。


教えたわけでもないのに、キリングドールのコアの位置を

正確に突いていく2人。


何か特訓して魔力の流れを見えるようにしているのかもしれないな。


ぎこちなく動き出そうとする残りのドールに向け、

俺も手に持ったスカーレットホーンを無言で振りぬき、

コアごと両断する。


この前のあいつらならばともかく、ポップしたての

序盤仕様のキリングドール相手であれば

一対一ならば余裕はある。


人間らしい姿ということは、人間らしい弱点を持つということでもある。


関節がロボットのように稼動するとはいえ、

それでも立つには両足かそれに相当する姿勢が必要だし、

踏み込むにも同じことが言える。


そう、四肢に問題を抱えたドールはゲーム的に言えば、

もう安全地帯でハメたも同然なのだ。


問題なのは、強いドールほど耐久もあるので、

そう簡単にその状況に持っていけないというところだが。


「しかし、あいつはどこにいった?」


「依頼っていっても、あいつ敵でしょ?」


「……待って。まだ何かいる」


あっさりとドールたちを撃破した俺たちだったが、

声を交わす俺とキャニーに、ミリーだけが

険しい表情のまま、暗がりをにらむ。


唐突に、拍手が響く。


そして俺も、その気配に気が付いた。


「お見事。あれでも普通の兵士相手なら一体で結構相手に出来るんだけどね?」


暗がりから、ほのかな明かりの元に姿を現したのは

例のキリングドールだった。


なぜか古ぼけた、時代を感じさせる冒険者風の衣装を身にまとっている。


「それが貴方の正装ってわけ?」


キャニーも同じようなことを思ったのだろう。

ドールに向けて真剣な声色で問いかける。


「ん? まあ、そうだね。とはいえ、もう今の自分は君たちを

 直接どうこうってそのままじゃ出来ないんだよね」


自然に、泉のふちに腰掛けるドール。


その様子に思わず眉が上がり、構えていた武器を少し下す。


「簡単な話でさ。失敗したから君への暗殺指令は取り下げ!

 要は用無しなんだってさ。

 後、新しい手駒を作るようにっていう指令だけさ」


「そんなことを喋っていいのか?」


俺の問いかけに、人間そのものの仕草で苦笑するドール。


そして、服で隠れていた右手首をこちらに見せる。


そこに光るのは、独特の文言。


「……魔法?」


「ああ。あれは魔法生物を隷属させるための呪法だ。

 本当なら、強制的な支配になるから元々の自我の無いゴーレムにしか使わない」


ミリーのつぶやきに俺は答え、頭の中で状況を組み立てていく。


「ご名答。ファクトくんはわかってるみたいだけど、自分は古い存在でね。

 たぶん、500年はたってるかな。もっとかもしれない」


自分を殺そうとした相手と向かい合って話すという

不思議な状況の中、ドールの口から語られる内容は、

なかなかに衝撃的なものだった。


犯人はずばりいえば東の人間だった。


マジックアイテムや遺物を集めているという東の人間が、

ある日、遺跡で半壊したキリングドールを捕らえた。


本当ならば倒すしかないような相手を、

東の人間はゴーレムに使う呪法で縛ることを試したのだった。


幸か不幸か、弱っていたドールにそれは成功する。


そして、本来であれば誰かに従うことの無いドールが、

人の命令を聞くという状況が出来上がる。


「もっとも、自分も弱くはないからね。完全な支配というより、

そうだなあ……頭の上がらない上司がいる、みたいなものかな」


命令以外は自由だし、あらゆるものが支配されているというわけではないとのことだった。


「そんなわけで、遺物を集めたり……噂を集めたり。

 そうしたらファクト君を見つけた。そのとき、君ならできると思ったんだ」


そういって向けられる瞳は光がある。


人間の、ではない。


何百年と生き、過ごしてきた存在としての光。


「出来ること? 命ならやらないぞ」


「私だってそんなことさせない!」


ぐいっと俺の左手を掴み、慌てて叫ぶキャニーに、

キリングドールは急に笑い始めた。


「おっと。ごめんよ。人間はいいね。そういう気持ちも自分のものだ。

 こっちにはこの感情が作られたものなのか、自然と出来たものなのか、

 それも区別がつかないんだ。ま、そういう存在らしいからいいけどね」


長く存在する間に自分という種族、存在について

知ることも多かったのだろう。


あるいは呪法の相手から聞かされたのかもしれない。


「手加減は出来ない。そういう存在だからね。

 だけど、終わらせて欲しい。唯一自分の記憶、

 記録だとはっきりとわかることのために」


ドールは静かに立ち上がり、その両手が長めのダガー、

もうショートソードと呼べる長さになる。


「いいのか? 俺を殺す命令は取り下げなんだろ?」


「うん。大丈夫さ。命令は君を殺すな、捕まえるな、であって

 傷つけるな、戦うな、じゃないからね。正確には

 そうやって命令に抵抗してるんだけどさ。

 ああ……邪魔が来た。すまないね、ファクト君は借りるよ」


なんとなく、相手の目的がわかってきた俺はそう軽く答え、

キリングドールもそれがわかったのか、俺の考えを肯定するように両腕を構える。


半ば捨て身で、生き残ることを考えていないスタイル。


そして背後からの足音に視線だけ向けると、先ほど倒したようなドールたち。

製造途中だったのか、微妙な姿のもある。


セキュリティでも働いたのか、いつのまにか首が全てに備わっている。


「あっちは任せて」


「後でね!」


姉妹が何を言うでもなく跳ねるようにして増援のドールへと向かっていく。


視線を戻せば、両腕を構えたまま、ドールは口を開く。


「じゃ、いいかな。探求者にして殺戮者たるエルフォード・リインの僕、

 アイルがここに……いざっ!」


どこまでも作り物で、でもどこか人間味を備え、

ゲーム時代からの生き残りらしい最古のキリングドールが、吼える。



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