115「南国の妖精-3」
「なあ、兄ちゃんは何者だ?」
ある意味で微妙な空気を破ったのはどうにか落ち着いたのか、
笑顔を浮かべた船長である親父であった。
「何者って言われてもなかなか答えが難しいんだがな」
俺も何度も受けた同じような質問であるそれに、
同じく明確な答えを返せずに苦笑する。
どう答えたものかと考えているところに、
親父は右手を振ってそれをさえぎってきた。
「いや、よそう。海には不思議なことがいくらでもある。
そう、世の中いちいち知らないほうがいいことがあるってことよ」
落ち着いた、色々と経験をつんだからこその空気をまとい、
親父はそういって2人の神様に視線を向ける。
「何より神様に出会って無事に帰れたってなりゃ、
それだけでいい話の種さ」
「あら、別に夫婦や恋人なら会いに来てもいいのよ?」
「うむ。そのための泉……であったのだがな」
親父に答える神様2人の口から、気になる話題が飛び出してくる。
「2人って言っていいのかしら? ともあれ、島の泉が枯れてるって言うのは
何か理由があるの?」
確認を取りながら、キャニーが舳先に向かいながらそう聞くと、
見るからに神様2人の空気が落ち込んだものとなる。
「理由はわからぬ。水はシーディアの領域であるのだが……。
かといって自分が行くには泉のあたりは少々魔力的に厄介でな」
「さすがにたっぷりの水気無しじゃそこには行けないのよね。
島の周りから見るだけだと、何もわからないし」
言葉の感じから、どうやら2人とも自身の属性に応じた
移動制限があるようだった。
シーディアは水場以外に移動できないし、ウィンドスも
地面に降り立つことや、閉じた場所に行くことは出来ないのだろう。
そしてどちらも、何らかの魔力的な障壁は超えられない。
恐らくはゲーム内の設定に従ったゾーンのようなものだと思うが……。
「そこはそれ、俺たちの出番ってわけだ」
「そうそう」
「というわけで、しゅっぱーつ!……かな?」
落ち込みそうになっていた場のテンションを盛り上げるべく、
口調も軽く言い放つ俺たち3人に感じるものがあったのか、
神様2人と親父の雰囲気も軽くなる。
「うむ。これも冒険よの。では、さらばだ」
「またね~! 今度は遊びに来てね!」
出会いと比べて、いくらか陽気な感じで去っていく2人。
その後姿を見つめる親父の姿は……微妙な顔だった。
「どうした、親父」
「いや、ああは言ったけどよ。神様だぜ? もうちょっとこう、なあ?」
言いたいことはよくわかるが、現実は変わらない。
俺は親父の肩をぽんぽんと叩きながら、
世の中案外そんなもんじゃないか?と慰めるのだった。
1時間もしないうちに、桟橋のあるとある島に船が到着する。
泉が枯れる前はそれなりに観光スポットというか、
訪れる人も多かったのだろう。
桟橋以外にも、人の手が入ったような跡があちこちにある。
「よっと……特に変なところは無いな」
「そうね。いきなり何かが襲ってくる様子もないし」
「鳥の声もするね。何があったんだろう?」
南国、という他に無い白い砂浜、青い海、生い茂る木々。
天気も良く、じっとしてるだけでじりじりと日差しが襲ってくる。
季節的には真夏は過ぎたはずだが、まるで赤道直下の島にでも
いるかのような気配さえある。
精霊や魔法のようなものが関係しているのか、
この世界の気候は地球のそれとまったく同じではない。
星は動くし、水平線も曲がっているから恐らくは
球体の惑星だろうことは推測できる。
宇宙がどうとか、他の星がどうとかは今は置いておいて、だ。
「親父、三日後の昼ぐらいにでも来てくれるか?」
「わかった。三日だな? 無事に乗せれることを祈ってるよ」
親父も俺たちがここで何かを探す、あるいはしようと思っていることを
わかってくれたのかそれ以上つっこまずに承諾してくれる。
「無理を言うからな、これはその代金ということで」
俺はアイテムボックスから普通に使えるほうの銀貨を取り出し、
来るときと同じように手渡そうとするが、親父は右手でそれを制した。
「せっかくくれるなら、泉の水と一緒にくれると助かる。
あの水でお茶を作ると美味いんだぜ」
「……わかった。がんばってみるよ」
そういうと、親父はすばやく船に戻ったかと思うと
手際よく帆の向きを変え、風を待つ。
と、運良くというか都合よく風の向きが変わり船は動き出した。
気が付いて上を見上げると、うっすらと半透明の姿で
ウィンドスがいるのがわかった。
ぐんぐんと遠ざかっていく親父の船。
気が付けばウィンドスもその姿を消していた。
神様のちょっとしたおまけに気持ちよくなりながら俺は改めて島に目を向ける。
波の音、時折の風、揺れる木々に聞こえる鳥の声。
ここだけみれば極々平和な南の島である。
ふと見れば足元には地球のそれに良く似たヤドカリが歩いてさえいる。
「いきなり踏み込む……のはちょっと危ないわよね」
「嫌な感じとかは無いけど、何かあるかもしれないもんね」
油断なく周囲を見渡しながらそう言う2人に俺は答えず、
アイテムボックスからゼゼーニンに用意してもらった荷物の内、
いくつかを実体化してしまう。
「とりあえず……着替えないか?」
だらだらと、汗を流しながら俺は、
荷物を実体化した音に不思議そうに振り返る2人に向かい、
素材から考えられた暑い場所用の衣服を手にとって言うのだった。
「ちょっと変な感じね」
「薄いが、あのまま鎧を装備してるよりはましだろうさ」
キャニーがその場でくるりと回転し、
その動きに服もふわりと舞う。
着替えたのは麻の感触にも似た、薄手のものだ。
茶色をメインとした地味目の物で、
男物はズボンとシャツ、女物はロングスカートにシャツ、と
普段の生活にも使うだろう物だった。
俺たちが南にいくと知って、ゼゼーニンが気を利かせてくれたのだろう。
「上にこれを着てっと。じゃあ行くか。ああは言ったが、
外からじゃわからないままだからな」
服の上から、板を使う鎧ではなく、
いわゆるリングメイルの類を装備し、同じように
2人にも装備できそうなものを渡す。
リングメイルの性質上、どうしても音が出るだろうが、
相手がいるところに乗り込むのだから気にすることでもない。
「……そういえば、なんでファクトのは鎧とか大きさが変わるの?」
「それは気にしてはいけない。古代の技術ってやつだ」
なぜか装備したら自分の体格にフィットするリングメイルに、
キャニーが疑問の声をあげるが俺はそう答えるしかない。
実はこの世界に降り立った際にアイテムボックスの中に
ごろごろしている武具達は装備すると大きさが変わる。
これまでほとんどは俺しか使ってこなかったので俺も気にしていなかったが、
確かにおかしい話だ。
ただ、子供のような体格の人に作る武器の材料と、
大柄の戦士に作るための武器の材料はなぜか同一な辺り、
特殊な能力、自動サイズ補正、のようなものが
設定できるのかもしれない。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。ほら、動きやすいし」
そんなことを俺が考えている間に、
ミリーが少し横にずれた返答をする。
キャニーもその答えに深く考えるのをやめたのか、
そんなものかしら、とつぶやいて腰のベルトにダガーを挿しなおした。
恐らくは泉に行くためであろう道を見つけ、
そこをゆっくりと歩いていく。
何かが飛び出してきそうな茂み、時折聞こえる鳥の声。
いつもなら気にならないのであろう場所も、
この先に何かがあるかもしれない、という考えだけで不気味なものになる。
幸いにも、モンスターが飛び出てくるといったことや、
毒蛇に襲われるといったこともなく、
しばらくすると少し開けたところに出る。
視線の先には、明らかに人工物とわかる泉の枠と、
その周囲に設置されたベンチがあった。
雑草の伸び始めている泉の枠、簡単に言えば
噴水の枠というか、そういったものだ。
警戒しながら近づいて覗いてみるが、枯れ果てている。
何かに壊されたような様子もなく、ただ単に枯れているようだった。
(さて、確かこの表の泉にこれを入れると……だが……)
「枯れてるわね」
「ああ……せめて少しでも残ってればちょっとした方法はあったんだが……」
俺がキャニーにそう答えながら取り出したのは大きめの種。
ピンポン球ほどの、もう球根と呼んでもいいのではないかという大きさだが、
形は種、なのである。
これ自体は薬になるとかそういうわけではなく、
泉に浸すと一気に成長し、ゲートになるのだ。
本来の、ポーションがもらえる裏の泉への。
どうしたものか、と考えているとミリーがあらぬ方向を見ていることに気が付いた。
「どうした? 何かいたか?」
「ううん。あれ、なんだろーなーって」
ミリーが指差す先には、ピンク色の何か光る玉が浮いていた。
ゆっくりと近づくと、それは精霊のような姿をしながらも、
どこかおかしな様子で森の奥に消えていく。
「精霊?……追ってみるか」
「他に手がかりもなさそうだしね」
「うんうん」
一気に近づいて逃げられても困るので、
つかず離れずといった感じでピンクの玉を追っていく。
と、いつからかふわりと、玉の数は2つ、3つと増えていった。
足元は踏み固められた様子も無いが、
かといって未踏というわけでもなさそうな様子だ。
何かが何度かは通ったことがあるようだった。
「ん?」
「どうしたの?」
変わった視界、そして俺は何かをくぐったような
感覚にきょろきょろと辺りに視線を向ける。
(今何か、触ったような……)
「少し暗くなった気がするよ?」
「あ、確かに」
ミリーの指摘どおり、先ほどと比べると、
森の様子は変わらないのに明らかに光の量が違う。
どちらかというと、霧が出てきたときのような、
少しぼんやりした感じという様子である。
警戒しながらなおもピンクの玉を追うと、
蔦のような物が絡み合う中、
ぽつんとある扉のような何かが見えてくる。
俺はその扉らしきものに見覚えがあった。
件のゲートをくぐるとたどり着くことのできる場所にあったものだ。
思い出してみれば、ゲートでくぐったときもこんな感じの森の中だったような。
「ここだな。中に何かあるはずだ」
「外と比べると湿った感じね」
キャニーが指差す先には、シダ植物に良く似た植物が生い茂り、
その先端には産毛のようなものが生えており、そこに水滴が多くついている。
「足元に注意、ってことだね」
ミリーに頷きながら、ゆっくりと扉を開ける。
開いた先は小部屋、そして階段。
MDであれば、この階段を下りた先には
鍾乳洞のような空間があり、さらに奥に泉があり……といった具合だった。
この場所ではどうだろうか?と思いながら
ゆっくりと降りていった先にある扉。
開いた先には、肌色が満ちていた。
次回、ファクトの自制能力が試される!




