111「危険なかくれんぼ-2」
商人の家に泊まりこんだ翌日、
俺は壷の置いてある部屋で床などを確認していた。
「あのファクトさんと同じ仕事が出来るなんて光栄です」
「俺は別にそんな偉いってわけじゃないさ」
どこでどう噂を聞いたのか、俺のことを知った警備員らしい
男が話しかけてくる。
俺より何歳か若いぐらいだろうか?
まだ少し若さを感じる男に、俺は布袋をごそごそとしながら答えた。
興味を引かれたのか、こちらを伺う様子の男に、
俺は袋から取り出した風にしてペンダントを手渡す。
勿論、袋に最初からあったのではなく、
アイテムボックスから取り出したアイテムだ。
「これは?」
警備員の男は、俺が同じものを首に下げているのを見ると、
用途を聞く前に渡したペンダントを同じく首に下げた。
そこに俺はとあるきっかけを飛ばす。
「ちょっとしたお守りみたいなものさ。起動には手順がいるんだけどな。
そう、そうやって首にかけて……なんか行ったのがわかるか?」
「ええ。何か感じます」
警備員は不思議そうな顔をしたまま頷き、ペンダントを撫でるようにして手に持った。
「万一怪盗に切られて怪我をするなんてことがないようにしたいしな。
他の警備員も呼んでくれないか」
部屋を出て仲間を呼びに行く警備員の背中を見ながら、
俺はマップの動きを確認する。
先ほど警備員に飛ばしたのはペンダントの起動のための魔力……ではなく、
パーティーの申請だ。
キャニーたちに協力してもらってわかったことだが、
この世界にゲームシステムと同じ意味のパーティー、
を組む人というのはいないようだった。
集まりの意味ではパーティーとして何人も組むことは当然あるようだが、
俺が考えているようなパーティーではないようだ。
ともあれ、魔法の発動にも似た何かをきっかけに、
その光のような何かで結ばれた相手は
ゲーム的な意味でパーティーとなれるのだった。
その効果はゲームとは少々違うが、
マップに光点として表示されるといったことや、
やるつもりはないが、専用会話といったことも出来るのだ。
何のために、といえば怪盗対策である。
実のところ、俺は今回の怪盗のトリックと言うか、
手口の種が大体だが推測できている。
他にも同じことが出来る手段はないわけではないだろうが、
目撃情報等からは間違いないだろう。
だが、その方法を実現するには、怪盗の協力者が必要なのだ。
正確には、情報源となる何かが、なのだが……。
やがてマップの光点が部屋に戻ってくると、
ドアから入ってくるのは先ほどの警備員と、
まだペンダントを渡していない他の警備員だ。
「何か対策があるとお聞きしたのですが」
そういってきた警備員の1人に俺は適当にごまかしながら、
また袋からペンダントを取り出す。
ちなみにこのペンダント自体は何の力も無い、
ただの普通の職人による装飾品である。
俺は1人1人にペンダントを渡しながらパーティー申請を送っていく。
ぽつぽつと、マップに光点が増えていく。
そして俺の半分嘘の説明を受け、各々が持ち場へと戻っていく。
マップの光点もその動きに従い、館の各所へと移動していくのがわかった。
俺は一人、陽光の差し込む展示場のような壷の置かれた部屋で、
そんな光点の動きと目の前の光景を見ながら思案していた。
(今のところ怪しい動きの警備員はいない……な)
俺が見る限り、変に走り出したり、怪しい動きをする光点は無い。
もし警備員の中に怪盗の協力者がいるなら、いつか変な動きをすることだろう。
「あるいは別の何か……」
1つ1つ、情報を整理しながら俺は怪盗の動きを予想する。
今のところ、予告した時期より前に物を盗る、ということはない。
そして警備の人間を殺害する、ということもない。
足止めにそれなりに刃物を使うことはあっても、
唐突に急所を刺しに来る、といったことはないようだった。
単にお金、財産が目的ならば時期などを律儀に守ることも無いわけなのだから、
怪盗と呼ばれるに値する動きをするということになるのだろう。
俺は地球で見知った、漫画やアニメーションなどの
怪盗キャラクターたちをなんとなく思い浮かべながら、時に目視で、
時にマップで周囲を確認するが、怪盗の影は見当たらない。
(今はいないのか? いや、いてもおかしくないはずだ)
まだ予告の期日まで1日あるわけだが、
俺は内心あせっていた。
そう、俺の予想通りなら、既に怪盗はこの部屋のどこかにいるのだ。
見えてはいないが……。
そして、協力者か他の何かの要素により部屋の情報を入手し、
隙をうかがって獲物を奪い去ろうと狙っている。
もしかしたら、こうして考え込んでいる俺のことすら
どうにかして把握しているかもしれない。
ふと、予告に使われたというカードが目に入る。
不気味な白目の異形。
魔力を感じるわけではないが、不気味な白目が
目の錯覚からか、動いたように見える。
何か意味があってのこのイラストなのか、
あるいは深い意味は無いのか。
手の中のカードを見、その視線を刺さっているという天井のカードに向ける。
少し薄暗い中、鍛えられたキャラクターとしての体は
視力もかなりのもので、天井のそのカードのイラストが
この距離からでもしっかりと見える。
その時の閃きに、自分の表情が動かなかったのは奇跡的といえた。
なんでもないように動きを変えぬまま、俺は視線を壷に戻して
激しくなる鼓動を抑えるのに必死だった。
(これだ……そのためにわざわざ何度もカードをあちこちに刺したんだ)
常にかはともかく、この時にもこちらを見ているかもしれない
怪盗のことを表に出さないように意識しながら、
俺は自然に部屋を出、依頼主である商人の元に向かう。
「なんですって? なら今すぐ!」
「まあ、待ってくれ。それでは意味が無い」
俺の報告に、声を荒げる商人を落ち着かせるべく声をかけ、
高そうなソファーに座らせる。
「今騒いだところで引っ張り出す手段が無いのも確かなんだ。
確実なのは予告の日に……」
「出てきた怪盗を捕まえる……と。確かにその形なら警備の増員をしても、
無意味、ですな。わかりました。手はずどおりにしましょう」
一時は興奮したものの、そこは損得で世の中を渡る商人。
何が利益になるか、冷静になれたようだった。
そして打ち合わせの末、当日の警備に変更は無し。
ただ、お披露目終了後は部屋の施錠をして速やかに解散、という
少々あわただしい終わり方ということだけは本来と変更された。
──競売当日
その日は朝から盛況だった。
どこからやってきたのか、入れ替わり立ち代りで
商人の館には、流れの行商人から
街に店を出す大店まで、何人もの商人がやってきては、
競売に参加していた。
その中身はある意味予想通り、武具から工芸品まで様々だ。
時々、買いそうになる物も出品されるが、
今日は我慢である。
あまりここで目立つわけにもいかないのだ。
熱気に包まれた時間の中、イベントのように選ばれた数人が
壷を覗き込む権利を得、その魔力におぼれていた。
もっとも、聞いた限りの力であれば
おぼれる、というほど強い力はないようだったが……。
まさに怖いもの見たさ、というものだろうか?
自身に浮かぶ壷を覗いて見たいという欲求を我慢しながら
壷を覗いた後の、満足そうな、それでいて中毒には
なっていない様子の商人たちの姿を警備しながら見送る。
今のところ、怪盗に動きは無い。
予告の時間は夜なので、当然といえば当然なのかもしれないが。
「ファクト、今のところ問題ないみたいね」
「ああ、このまま無事に済めばいいが、そうもいかないんだろうな。
ミリーは?」
競売の合間にと用意されている軽食から飲み物を取ってきてくれたキャニーに、
俺はお礼を言いながら部屋にいないミリーの姿を探して聞いてみる。
「あの子なら外の警備に行ってるわ。前みたいな魔物が急に来ないとも限らないでしょ?」
「確かに、な。別口で何か来ないとも限らないか」
出来ればそうなっては欲しくは無いが、恐らくこちら事情など
考慮してくれないモンスターたちのことだ。
また唐突に街に何か仕掛けてこないとも限らない。
幸いにも、その後騒動は無く、競売は問題なく終わる。
そして日暮れ前。
「皆ご苦労様! じゃあ掃除をして今日は休んでくれ!」
主である商人の呼びかけに答え、俺を含めた面々は部屋の掃除を始める。
床に落ちた様々な物、壁の何かこすったような跡、
そして、競売の間にはやってこなかった怪盗の予告状を上から下まで全て。
綺麗になった部屋から1人、1人と警備員が外に出、
俺は一人、部屋の中で……消えた。
──夜
月明かりだけが差し込む部屋。
鍵のかけられたこの部屋にはそのままでは誰も入ることは出来ない。
そして、音を立てるものもいない。
虚空に浮かぶメニュー画面の数字だけが、
刻々と時間が過ぎたことを教えてくれる。
そっと隙間から覗いた視線の先には何も変化は無い。
まさかこのまま何も起きないのか?という気持ちが産まれた頃、変化が起きる。
静寂の中、部屋に新しい影が生まれた。
最初に手、そして細い腕、さらには頭。
本当ならばもっと早い時間に出てくる予定だったのだろう。
だが、外の情報を入手する目がつぶされ、仕方なく寝静まっているだろう
夜の時間帯に動き出した、そういうことだろう。
呼吸の音すら外に漏れないように気を使いながらの
俺の視線の先で、ついには腰までが空中から現れた。
それは南海の夢の置いてある台座から1メートルも離れていない場所で、
腰から下は見えないまま、その手を伸ばしたところで……俺は空中から飛び出した。
「そこまでだ」
「!? なんで!」
部屋に誰かがいたならば、突然空中から出てきた怪盗、そのさらに上の天井近くから
同じように突然現れたように見えただろう俺。
警戒の向いていなかった真上から重力に従って飛び降りた俺は、
そのまま怪盗の右手と首を押さえ、床に押し付けたのだ。
見えなかった腰から下もどこからか現れ、怪盗が俺に組み伏せられる。
比較的小柄な、マスクをした姿が目に入った。
「まあ、隠れられるのがお前だけじゃないということだ」
怪盗を押さえたまま、俺の口笛が響き渡る。
館の人間に何かがあったことを知らせるためだ。
あちこちから気配が近づくのを感じながら、
俺は天井のキャンプの穴が既に無いことを確かめる。
そう、俺は怪盗と同じく、キャンプ機能を大きく跳躍した
天井付近で起動し、その中に隠れたのだ。
こっそりとキャンプの入り口を開け、真下を監視しながら……。
怪盗の話を聞いたときに俺はキャンプのことを真っ先に思い浮かべたのだ。
恐らくだが、キャンプに出ては入って、出ては入ってを繰り返して
この部屋にたどり着いたのだろう。
キャンプは中に入ったら外からは入ることが出来ない。
気配がまるで無いのもそのためだ。
空中で使えば、確かにいきなり空に溶け込むことだろう。
だが、この手は通常はこんなことには使えない。
当然そんな隙間があれば見えてしまうし、
不自然な光景だからだ。
かといって閉じてしまえば外のことがわからない。
外の様子もわからないので、警備している誰かと鉢合わせ、
といったことだってある。
つまり、いつ外に出ればスムーズに盗めるか、がわからないのだ。
具体的な性能はともあれ、怪盗がこのキャンプ機能を持っている、
あるいは機能のある遺物を持っているだろう事は予想できた。
後は外の情報を入手できる何かの手段を見つけるだけだった。
だがそれも見つけることが出来た。
だからこその掃除であり、それを踏まえてのこの作戦だったのだ。
「さあ、遊びは終わりだ」
そういって俺は、抵抗を続ける怪盗の顔を確かめるべく、
そのマスクに手をかけるのだった。