110「危険なかくれんぼ-1」
「南海の夢か……」
「ええ。一年に数回、展示されるらしいわよ?
商人主催による競売のお飾り、といったとこかしらね」
暗すぎず、明るすぎず、夜の時間に相応しい灯りが空間を照らす。
ある夜、アマンダのいる店に俺はいた。
理由は受ける予定の依頼の情報収集だ。
その依頼は、怪盗から壷を守って欲しいという商人の依頼。
なんでも世間を騒がせている怪盗がその壷を狙っているらしい。
だがギルドで手に入れた依頼書には詳細は書かれていなかった。
報酬も要相談、という物だった。
ギルドで扱う依頼にはこういった特殊なパターンの物もあるのは間違いないが、
人を集めるならもう少し報酬について書いておくべきだと思う。
組織としてはまだまだ動き始めたばかりの冒険者ギルドでも聞いてみたが、
詳細は面談で、ということ以外はわからないとのことだった。
もっとも、後ろめたい理由のある依頼だとしても、
依頼として形が整っていれば問題ないというスタンスで
ギルドが回っている以上、それ以上の追求もすることはない。
既に何組かの冒険者は面談を受けたようだったが、不合格……らしい。
依頼となるからには相応の価値があるものだろうと考えた俺は、
そういった話が集まりそうな、安くない場所を選んだのだった。
「盗られない為には隠しておけばいいが、それでは
体面が保てない……か。それにしても南海の壷か、厄介だな」
「あら、さすが博識ね。私も名前ぐらいしか知らないわ」
思わずつぶやいた俺だったが、そんな俺を持ち上げるアマンダも、
口には出さないが物が何か知らないわけではなさそうだった。
南海の壷、見た目は地球で言うところの
東南アジアあたりにありそうな文様、
デフォルメされた動物らが施された物だ。
実際にMDではアイテムとして使うことが出来ないものだが、
あるクエストにおいては様々に問題を引き起こす。
この壷には水がためられない。
正確には、何かものを入れようとしても入らないのだ。
何故入らないのか?と覗き込むとその効果が発動する。
それは夢、幻惑。
この壷は水等の代わりに周囲から魔力を徐々に溜め込み、
覗き込んだ生命体に夢を見せるのだ。
悪夢、ではない。
覗き込んだ本人に都合の良い夢であり、
下世話に言えば望んだ淫夢も見ることが出来るという。
MDでのクエストにおいては、とある金持ちが
この壷の魅力に取り付かれ、自然に魔力がたまるのを待ちきれずに
周囲から人攫いを行い、魔力として壷に吸わせていた、というものがあった。
毎晩狂った夢におぼれるその金持ちを説得、あるいは
襲ってくるその相手を倒すことでクエストはクリアとなった。
他にもうっかりプレイヤーが壷を覗き込んでしまい、
夢に捕らわれている間に金持ちが逃走してしまうというパターンもある。
だがどちらにしても現場には犠牲になった人間の骸が残ることが
確実な、少々暗いクエストだ。
今のところ、この壷を持っているという商人にこのクエストのような噂は聞かないし、
いなくなった人間がいるという話も聞かない。
商人がわきまえているのか、効力が俺の知っているものと違うのか、
それは見てみないとわからない。
「それを狙ってるのが消える怪盗、か」
「聞いた話によると、追い詰めたと思ったら角を曲がったらいない。
瞬きをしたら腕だけ残っていたと思うとそれも消えた。
窓から飛び出したと思ったら空に溶けていった……そんなところね」
私の心も盗んでくれないかしら、などと軽口を叩くアマンダに苦笑し、
グラスのアルコールを飲み干して俺は息を吐く。
「熟練した狩人や冒険者でもその気配が追えないらしいじゃないか。
ま……それも今回までだ」
「へぇ……じゃあ数日後には街に怪盗逮捕の知らせが届くのかしら」
俺が断言したことに興味を引かれたのだろう。
アマンダがその体を寄せ付けるようにしてささやく。
つけている香水と、店の匂いとが悪くない混ざり具合で俺の鼻に届いた。
触れてもいないアマンダの体温を感じた気がしながらも、
俺は宿で過ごしているだろう2人のことを考え、さりげなく体をひねる。
「逮捕まではどうかな。だが、やらせはしないさ」
そういって後の時間は純粋に世間話で過ごすこととなった。
翌朝、俺とキャニー、ミリーの3人は依頼主の商人の前にいた。
「いやー、ようこそいらっしゃいました。ファクトさん」
そういって手を差し出してくる商人は白髪の混じった、
少しやせた男性だった。
質の良い服装ながら、豪華すぎず質素すぎず、
センスのよさを感じさせる。
少しひょろながい印象のある体つきだが、
身のこなしには露店やそこらの店では見られないような
流れるような動きをしている。
本人が表にでて商売をしている、もしくはしていたのだとわかる。
「面談があると聞いたんだが、いいのか?」
「滅相も無い。あのファクトさんが受けてくれるというのです。
面談も何も、どれだけの人物かは王様が証明してくださっていますからね」
皮肉を込めて聞いてみるが、商人はさらりと受け流す。
ちらりと視線を向ければ、競売のメイン会場となるであろう部屋に、
綺麗に並べられた椅子、机、そして中央の壇。
ガラスではなく、水晶を魔法か何かで加工したであろうケースに
依頼の対象である壷が飾られているのが見える。
さらにその後ろの壁には床の間のように、物が置ける空間があった。
既にいくつかの物品が並んでいるそこに視線を向けると、
商人もそれに気が付いたのか笑みを深くして口を開いた。
「気になりますかな? 無造作に飾ってはありますが、
壷以外のどれも値打ち物ですよ。あの剣も、鎧もですね。
かつてのドワーフの職人が作ったという魔法剣、
そしてエルフが心血を注いだという対魔法鎧等ですな。
金貨にして……いえ、値段も付けにくいですな」
「だから展示用の模造品が置いてあるわけか」
自慢げに言う商人に向け、俺は爆弾をひとつ放り投げる。
「え? あれ偽物!?」
「自分たちにはわからないな~」
背後でキャニーたちが驚くのも無理は無い。
距離も距離だから余計にわからないだろうが、厳密にはただの偽物ではない。
飾ってあるのは実際に武具としても使うことは出来るだろうものたちだ。
ただ、商人が言うほどの値打ちものか?というとそうではない。
理由は簡単で、ここからでもそんないわれのある魔力を感じないからだ。
精霊達だって極々普通の武具程度にしか見えない。
壷は……ちょっとわからない。
力は感じるが、記憶にあるほどでもない。
「……噂以上ですな。君達、楽にしていいですよ。
わかっていて何かすることもないでしょう」
商人の合図に、ずっと壷やそんな武具たちの前で警戒していた警備員、
見るからに屈強な体躯の男数名が緊張を解く。
「じゃあ詳しい話を聞こうか」
「ええ、ではこちらで」
案内を受け、応接室らしい場所で俺達は商人と話し始める。
ことの始まりは予告状からだった。
ある朝起きると、枕元にカードが1枚、刺さっていたのだという。
──次の競売の前日に壷をいただく、と。
念のために警備を増やし、カードは捨てたのだが、
翌日にはカードはまた刺さっていたのだという。
その場所は、展示される先ほどの部屋。
だが、その枚数は3枚に増えていた。
壁、床、そして天井。
「天井? そんなところに刺さっていても読めないだろうに」
「脅迫の一種かと思います。こちらとしてはまあ、無理に取ることもないかと思い、
そのままにしてあります。幸いにも天井は明かりも届きにくいので、
競売の時も目立ちませんからな」
商人が言うように競売の会場となる部屋は天井が高く、
いざ取ろうとすると結構な手間だ。
商人に渡されたそのカードを手にするが、
特に変な力は感じない。
しいて言えば、絵柄としては黒目のない
異形の顔が描かれている不気味なものだということぐらいか。
「なるほどな……世間で噂の消える怪盗。そのこれまでの内容を考えれば、
まずは面談で実力を探りたい……ということだったわけか」
「ええ、下手に暴れられて物を壊されてもいけませんし、
怪物を倒すだけといったお話でもありませんからね」
出されたお茶も風味が良く、値段も高そうである。
この商人、かなり稼いでいる……。
「それで、壷……ということだったが、どんな壷なんだ?
見た限りでは豪華という感じではなかったが」
「ご存知かも知れませんな。南海の壷……と呼ばれるものと考えています」
(考えています? そのものじゃないのか?)
商人の言葉に俺の頭には疑問符が浮かぶが、
それが表情に出ていたのか、商人はさらに口を開く。
「といいますのも、本当の南海の壷であれば起きることが起きないのです」
「話には聞いた事がある。覗くものに夢を見せるというが……」
思い出すようなフリをしてつぶやいた俺に、
商人は目を輝かせて身を乗り出してくる。
「ええ、そうなのです。本当であればまさに夢、あらゆる夢が見れるはずなのです」
「そう言うとなると、今回守って欲しいというその壷は夢に制限があるのか?」
ずばりと俺が言うと、先ほどまでの勢いはどこへやら、
商人は柔らかいソファにその体を深く沈める。
「まさにそのとおりです。悪いことではないのですが……こうですね、
都合のいい、教育的というか、物語のような夢しか見れないのですよ。
幸いにも、商人であれば堅実な商いで結果、大もうけできる夢、
冒険者であれば地道な訓練の結果、誇れる強さを得るような夢、ですかね」
何でもなさそうに言う商人だが、
ちらりとお茶菓子を美味しそうに食べているキャニー達に
視線を向けたのを俺は見逃さなかった。
(なるほど……年齢制限のようなものがかかってるのか)
つまりは、クエストで語られていたような暴力的なものや、
淫夢といったものが見れないということだろう。
価値が半減、というわけではないが、
言い伝えとしての南海の壷、としては中途半端なわけだ。
「それでも狙われているとなれば守らねばならない価値で間違いないな」
「そうですとも、ええ」
自分が言いたいことを俺が察したことが伝わったのだろう。
商人は大げさに何度も縦に首を振り、そう口にした。
「なるほどな。今更だが、ぜひ依頼を受けさせてもらいたい。
で、報酬のほうだが……」
個人的には何か使ったときに必要経費が出ればいいのだが、
そうもいかないだろう。
「壷が無事であれば問題ありません。出来れば怪盗には捕まって欲しいですが、
出来たらで結構です。報酬は……現金より物品にいたしましょう。
私のツテで希少と思われる鉱石等を確保、提供するということでどうでしょう」
「いいだろう。では出来ればこちらが欲しいのは……」
その日は結局、報酬の話の後、商人の屋敷に泊り込むこととなった。