108「人の力-8」
「見えました!」
「よし、純魔力弾、正面魔法陣に発射!」
「「響け理力の咆哮、マナボール!」」
視線の先にある魔法陣、それは嫌悪感をも感じさせるような何かだった。
距離があったときにはわからなかったが、近づくとそうとわかる。
あれには出会ったことがある、と。
それがこの世界でのことなのか、そうでないのかはわからない。
だが、明らかに本来の魔法に伴う物ではない。
と、魔法陣から伸びるうっすらと光るオーラの柱に、
2人の魔法使いから放たれた魔法が衝突する。
壁にペイントボールを投げつけたかのように、
白い色の付いた魔力弾がはじけとんだ。
同時に、妙なオーラの柱もその姿をゆがませ、崩壊していく。
後に残るのは電灯でも光っているかのように
まばゆさすら感じるほどの魔法陣。
「よし、武器でたたっきれ!」
「「「応っ!!」」」
俺の声に、駆け抜けた兵士3人それぞれの武器が地面に描かれた魔法陣を突き破り、
あっさりと魔法陣はその姿を消した。
彼らが装備したアクセサリーの効果で、
ただの物理的な武器だったはずのそれらは、
魔法的に魔法陣に干渉したのだ。
と、その瞬間から周囲に感じていた感覚が少し薄れた気がした。
それでも既に出てきていたゴブリンが消えるといったことは無く、
今もなお健在で、目の前を小走りで駆けて行く。
そう、俺たちではなくジェレミアの軍がいる方向へと妙に秩序だって動いている。
「どういうこと? あいつら、こっちを無視してるわよ?」
「……意識がこっちに向いてない」
周囲からの攻撃を警戒していたキャニーとミリーだったが、
理由は不明だがその警戒も意味の無いものとなった。
俺たちの視線の先で、ゴブリンたちはどんどんと離れていく。
「どういうことですかな?」
「わからん。が、全部が全部じゃないみたいだ」
俺が兵士に答えると、それに返事をするように左手の方向からオークの声。
こちらに向かってくる何かの気配が、と思ったらオークだったようだ。
「ピュイッ!」
だがその姿は1匹。
すばやくジャルダンとグリちゃんが高速で突進し、
爪であっさりとその体を切り裂いた。
「魔法陣が復活する様子はない……な」
「ファクトさん、これを」
魔法陣の書かれていた地面を調べていた俺だったが、
横合いから差し出された折れた杖を手に取るとその情報に驚く。
(人間が作っただと?)
壊れているせいか、情報の多くは穴あきの状態だったが、
たまたまだが作成した種族を現す場所には人間、とある。
勿論、俺が作った武具にも同じ箇所に人間とあるのだ。
細かな背景はともあれ、モンスターが人間の作った武器を利用して、
襲い掛かってくる、というのは今は明かさないほうがよさそうだ。
もしかしたらどこかで拾ったり奪ったものかもしれない。
むしろその方が可能性としては高いはずなのだが、
その元杖を手にした時、俺はなぜか、
この杖がモンスターの手にあったのは偶然ではなかっただろうと
どこかで感じていたのだった。
「あの変な邪法を使っていた奴が持っていた杖です。何かありましたか?」
「直接関係があるかどうかまではわからない。
だが……あの魔法陣と無関係じゃないだろうな。
強い力を感じる」
事実、威力というか、魔法使いとしては
この杖は十分な威力を持つだろうことがわかる。
「……移動しよう。次を潰す」
この場でわかることは余り多くない。
気が付けば周囲には死骸以外無い様な状態だった。
改めてマテリアルサーチを行うと、もう一箇所はすぐ林の向こうだった。
であれば直接いってもいいかもしれない。
「あっちだ。突っ切るぞ!」
俺の指示に従い、人間とグリフォンの混成PTが走り出す。
「敵の編成はゴブリンのみです!」
「ふん……オークどもは打ち止めか? どういうことだ」
兵の報告に、ジェレミア王は余裕を持って答えるが、
実際の戦況は芳しくない。
それは、視線の先にうごめく紫色の絨毯だった。
その模様はまだらではあるが、明らかに紫のほうが多い。
即ち、ゴブリンの群れ、群れ。
全速で走るでもなく、歩くでもなく。
小走りでゴブリンが集団でやってくる。
迎え撃つジェレミアの兵士達も、果敢に武器を振るい、
魔法を放ち、撃退していく。
彼らには幸いなことに、ゴブリンそのものの強さはむしろ弱いといっていい。
もし、ファクトがそのステータスを見ることが出来れば、
相手の数の多さと別の意味で驚くことだろう。
MDプレイヤーが序盤すぐにでも、
主にこなすようなクエストの強さだからだ。
だが、それが1人頭、20、30とやってきたらどうだろうか?
「今は加護のおかげで戦えてはいますがね、きっと長くは持ちませんよ」
「クリスか……だが今は耐え抜くしかあるまい。それにな……」
クリスが王に問い返そうとする前に、王は鞘に納まったままの大剣を抜き放った。
「終わるまで叩き潰せばいいだけの話だ。むしろ楽なものよ」
言うが早いか、自ら王は前線に繰り出すべく、走り去る。
「……まあ、逃げるって選択は間違いなく無いしね。
私ももう一踏ん張り、行きますか」
その顔に隠すことなく苦笑を浮かべ、クリスは
ファクトが前に届けた槍を手に、同じように戦場に身を躍らせる。
「同じ何かに所属した人間を一律に強化する、か。
ファクト君、君は人間をまとめて何と戦わせたい?」
愚直とも思える動きで街に迫るゴブリンの1匹を、
あっさりと槍で貫きながら、クリスはここにいないファクトに問う。
クリスはジェレミアの兵士達が持っている短剣、
それに秘められた何かの力に早くから気が付いていた。
細かな効果は別として、それぞれがうっすらと
糸のような何かでつながり、個々の気迫と共に
何かが行き交っているのが見えたのだ。
そして、あるときを境にその何かが兵士を覆っていることも。
クリスは実戦を多く経験している。
ゆえに、自分や部下の強さというものを
ほぼ正確に把握していると言っていい。
─自分を含めたそのメンバーが、普段以上の力を発揮している
それは訓練の成果が出ているだとか、
そういった次元とは違うことも。
面と向かって説明されたわけではないが、
クリスはそれがファクトのくれた短剣が理由だとわかったのだ。
「持ってあと1刻。頼んだよファクト君」
見えるがゆえに、それが劣化していることもクリスには見えてしまった。
クリス自身も腰に身につけた短剣。
その光は最初より明らかに小さくなっていた。
「ちぃ! 鬱陶しい!」
俺は叫びながらも両手の剣を止めない。
まるで生クリームを撒き散らすように、
あっさりとした手ごたえしか残さず、
俺に群がるゴブリンは紫の飛沫となって消えていく。
細かく見えていないが、恐らくキャニーたちや
兵士の攻撃も思ったより効いている。
それは手にした武器の強さもあるだろうが、本人たちの強さの問題でもある。
俺は弱くは無い。
それは持っているアイテム群のおかげでもあるし、
所持スキルの問題でもあるし、何よりも地力のレベルが違う。
だが、それでもサポート用ともいえない強さなのは間違いないのだ。
前衛用でもなく、後衛用でもない、戦闘向けとはいえないスキル群。
強敵の攻撃を受け止めるのにも限界がある。
受け止めれている、あるいはなんとかなっているのは、
高いと言い切れるDEXの値を中心として、巧く勢いであったり、
力の流れを利用しているだけなのだ。
今の相手のような、無理の効く相手であれば問題は無いが、
ゲームで言うボスクラスとなれば単純に強さが違いすぎる。
この世界に存在するそのクラスの相手をなんとかするためには、
トッププレイヤーとまでは言わなくても、それに近い
強さを手に入れられるように道を作らなければならない。
そして俺には、そのためのアイテムたちを生み出す力がある。
そして、今は……!
「ファクト、右!」
「せえいっ!」
飛来する影、数本の矢を右手の金剣でなぎ払う。
木でもなく、金属でもない何かが地面に落ち、溶けていく。
「くそっ、もう見えているっていうのに!」
愚痴が口から漏れるがそれで敵が退く訳ではない。
ジャルダン達も、魔法陣の外からも生み出されるゴブリンを退治するために
あちこちを飛び回っており、呼び戻す暇も無い。
手を止めればいつどこからゴブリンがまとわり付いてくるかもわからないのだ。
「ファクト殿、そろそろ限界が近いです」
「ああ、わかってる!」
陣形と呼ぶにも小さな、7人だけの円陣は徐々にだが目的地に近づいている。
いくつか、今の俺にも範囲攻撃はあるにはあるが、
無造作に放つわけには行かない。
今以上に、恐らく魔法陣のそばにいる誰かに指示を出させるわけには行かないのだ。
そう、ゴブリンが俺たちを前の魔法陣で無視した理由、
それはポップの原因、召喚者とでもいうべき邪法を使う何かが、
俺たちそのものを襲う指令を出していなかったからのようなのだ。
小さいものを半分ほど潰し、それらに気が付いた俺は、
そのままの勢いでと本陣らしき場所へと空中から襲い掛かったが、
それは不発に終わった。
なにやら空間を制御とまではいかなくても、
おかしなことにさせる魔法を使っているようで、
まっすぐ降りたつもりでも外れた場所に降りてしまうのだ。
一撃必殺とはいかなかったが、逆にそこに何かがあると
明確に俺にわからせることになったのは間違いない。
そして、せめて背後からと近くに降り立ち、
俺達は本陣に奇襲をかけていた。
もしここに、ゴブリン以外の戦力が多く配備されていたら、
撤退を余儀なくされていたであろうことは間違いない。
だがモンスターの油断なのか、そもそもそういったことを想定していなかったのか、
攻めてくるのはゴブリンばかりであった。
「いたっ! あれか!」
視線の先で大きくなってきた魔法陣と、
そのそばにいる杖を構えた影。
間違いない、力の感じ方からもアレが本命だ。
さらに少しの時間の後、見えてきたのはチーフゴブリン(杖)だ。
(杖)というのはMDでの名称だが、簡単に言えばゴブリンの魔法使いだ。
だがその強さは中盤以降に出てくるだけあって油断できない。
今はなぜかその杖から火球を撃ち出してくる、
といったことはないようだが、いつ撃って来るかわからない。
「赤き暴虐の角!」
俺とチーフゴブリンの視線があった気がした時、
背中に背負った1本をすばやく右手に構え、赤い奔流を正面に生み出した。
それは相手が杖を大きく振り回したときとほぼ同時だった。
今は威力より範囲や速度重視であるため、STR増強のポーションは飲んでいない。
元よりそう強くないゴブリンが、まさに溶けるようにしていなくなる。
杖を振り回していたチーフゴブリンもまた、
倒れてはいなくとも明らかにダメージを受けている。
「はぁぁぁあああ!」
俺の横を駆け抜けた兵士の1人が何かを投げる。
体全体を見事に使った投擲、その手から手槍が勢い良く放たれ、
それは銀色の光となってチーフゴブリンを貫いた。
「やりました!」
「ばっちりだ! 駆け抜けろっ!」
「露払いはお任せを」
喜びの声をあげる若い兵士の肩を叩き、俺は駆け寄ってくる
キャニーたちを連れて前に走る。
そして、リーダー格だった兵士が、迫る刃をものともせず
ただひたすらに進路上に割りいってくるゴブリンを切り裂いていく。
まるで100メートルを全力疾走するように7人は駆け抜け、
誰が言うでもなく、魔法陣の各所に各々の武器を突き刺した。
まるで風船が割れるような衝撃と共に、
戦場を何かが吹きぬける。
ポップする何かの源が、失われたのだ。
それからの戦闘は一方的だった。
指示を出す存在がいなくなったゴブリンは愚直に進軍するのみで、
背後からの攻撃や範囲魔法に、ほとんど抵抗というものをしなかった。
逆に、正面からぶつかる相手には襲い掛かっていくのだが、
その強さは高いものといえない。
魔法陣がつぶされ、ポップしなくなったゴブリンの群れは、
大地の染みとなって消え去った。
そう、消え去ったのだ。
地面は一時的に紫の何かで染まり、そしていつの間にかそれすらも消えた。
後に残るのは戦闘で荒れた大地と、
ゴブリン以外のモンスターの死骸だった。
「あのゴブリン達が偽者か何かだとでも言うのか?」
「それはわからないが……魔力的な何かがゴブリンになっていた、
そう考えるのが自然だと思う」
俺は傍らに立ち、ゴブリンの消え去った草原を見るフィルに答える。
「……この体に刃を向け、群がってきた亜人が、
いつどこで現れるかもわからないようなものだとは思いたくないな」
「俺もそうさ。だが……もうひとつの国や軍が、個別に対処する限界を
迎えているのかもしれないな。正直、僻地でこれが起きたら何も出来ない」
俺は地面に残っていた武具だった何かを手にし、
素材、精霊に戻していきながらそうフィルに問いかけるようにして言葉を返す。
「そうか……そうだな」
フィルはそう納得するように頷くと、マントをなびかせて
父親のいる本陣へと立ち去っていく。
「……そう、モンスターに国境なんてないんだからな」
俺はふと、微量だが増えている経験値のバーを見ながら、
誰にでもなくそうつぶやいた。
俺のつぶやきは風に飲まれ、誰にも聞かれることは無かった。
この戦闘をきっかけに、ジェレミアで変化が起こる。
いや、実際にはジェレミアだけにはとどまらなかった。
戦いから約二ヶ月の後、ジェレミアはある声明を諸国に発表する。
・対怪物対策に民間への協力を解禁する。
・冒険者を一定の審査の上、軍所属と同等に扱い、待遇する。
・認定冒険者の国内往来に関する諸手続きを緩和する。
・取りまとめ、仲介に冒険者ギルドを正式に組織として認め、補助する。
まとめるとこういったことだ。
そして、同じ内容を近隣諸国でも出来れば
行って欲しい、というものだった。
つまりはこうだ。
冒険者は根無し草の放浪人から、
組織から仕事として各地を巡る討伐者となるのだ。
他の国よりも軍、そして兵士というものにある意味プライドを
持っているはずのジェレミアが発したこの声明に、
周辺諸国のほとんどは驚きを隠せなかった。
だが、それにいち早く反応したのは隣国のオブリーンであり、
2国間は同盟と呼んでも差支えが無いほどのつながりを持つようになる。
早すぎるとも言える2国間の動きに目を見張る周辺の国々であったが、
とある冒険者が話のほとんどの土台を作ったことは知られていない。