107「人の力-7」
場面転換多めです。
「我らはこれよりファクト殿の指揮下に入ります。
本隊の運命を左右する作戦だと聞いております故、
遠慮なく我らの命、お使いください」
街の外壁ぎりぎり、門が目の前というところに、
打ち合わせ通りに5名の兵士がやってくる。
1人は他よりも年上なのか、前にたってそんな挨拶をしてきた。
「ただの冒険者である自分にそう言ってくれてありがとう。
だが、勘違いはして欲しくないな」
強く言い放った俺に、疑問を隠さずに視線を向けてくる後ろの4人。
(若いな……まだ未成年レベルじゃないのか?)
俺は4人の若さを気にしたが、仮にも王と話した結果の
メンバーなのだ。実力はあるということだろう。
「俺も、彼女たちも、死んで果てるつもりは無い。
無論、5人にも生きて帰ってもらう。そのための作戦は……」
俺は5人を手招きし、門のそばで簡易的な地図を広げて作戦を説明する。
今回の作戦はこうだ。
まず、無理やりではあるがジャルダンとグリちゃんに
合計7人で乗る。
正確には、物資にあったロープや、モンスターの素材を使った
ぶら下がれる物で運んでもらうような形だ。
地球で言えばヘリコプターの救助用のアレだ。
そして、目視できる高さではないところまで上昇してもらい、
高高度から敵の背後に回る。
状況確認後、まずは出来るだけ離れたところのポイントを襲撃、
手法の効果を確認後、本陣に向かう。
「グリフォン……ですか、私も使役できる人間を見るのは初めてです」
「お、そうか。じゃあ驚きの空中散歩を楽しみにしてくれ」
緊張と、楽しみにか、硬い笑みを浮かべる兵士の1人にそう声をかけ、
俺は懐から紫色のペンダントを取り出し、渡す。
「これは?」
装飾品であることは見てわかる上、俺から手渡されたからか
兵士は躊躇無く首にそれを下げる。
「ちょっとした特殊な奴でな。恐らくだが、これから挑む
相手の魔法陣に効果のある奴だ。魔法使いの2人にはこっちだな」
続けて腕輪となったそれを取り出し、魔法使いの2人にも渡す。
これの素材はいつぞやの宝物庫で入手した破片たちだ。
大きな塊のほうはまだ温存してあるが、
戦闘中に拾った破片はまだまだある。
(考えればあの敵は全身が素材だったな)
「不思議な力を感じます。こう……手が伸びていくような」
そうつぶやくのは魔法使いの1人。若い少年兵だ。
ジェレミアの魔法使いらしく、手には杖だがローブではなく
皮鎧をメインに、比較的防御力を意識したものだ。
それでも要所以外は防具が無く、動きやすさをという
俺の要請に答える形なのだろう。
「ああ、そのペンダントか腕輪を装備するとだな、
魔法が切れる。正しくは、魔力を帯びたものに干渉できる、といったところか」
エルフの里で記憶したレシピにあった1つだ。
少し前の、ユーミらとのお別れ後、
俺のステータスやメニュー画面は
そのほとんどの機能を取り戻していた。
無論、ログアウトは無い。
システムのオプションとしての音声設定やら、
描写の程度がうんたらというような項目も無い。
だが、所持スキル、魔法の詳細や、
覚えられるスキル群のそのゲーム的解説などは非常にありがたい。
正直、自分が覚えていない、あるいは主には使わないものは、
覚えて置けといわれてもなかなか難しいのである。
気が付けば、MDでは存在しなかった作成のレシピも、
メニューの中にこっそりと含まれていたのだ。
これも、ユーミのおかげだろうか?
「ファクト! 取り付け出来たわよ」
「よし、行くか!」
呼び出したジャルダンらへと輸送用のそれを取り付け終わり、
俺達は空の人となった。
──街にて
「良いのですか、父上。万一のことがあれば……」
フィルは難しい顔をしたまま微動だにしない父であるジェレミア王へと
何故王自身まで来たのかと言外に責める様に語りかける。
対する王は、静かに剣を、愛剣でもあり、王の証でもあるそれの持ち手を撫でる。
「父上?」
「なあ、フィルよ。最近、心躍ったことはあったか?」
息子であるフィルの問いかけには答えず、唐突ともいえる言葉で
そんな返しをする自身の父親に、フィルはすぐさま返答できない。
「自分もいい歳だ。やれること、やれないこと。
あるいはやりたくても時間が足りないであろうこと、いくらでもある。
だがな……」
ぐっと、力を入れて剣を掴み、ジェレミア王は立ち上がる。
「あ奴は、ファクトはそんな火の消えかけた自分に火をつけよった。
いや、燃え盛る炎に自分という薪を放り込まれたかな?
歳なんか関係あるか、ほら、やりたいことがあるんだろう?とな」
周囲では魔物の到達に備え、兵士の喧騒が響いている。
「だから、わざわざ来たんですか? はぁ……死なないでくださいよ?」
まだ面倒なことは嫌ですから、とつぶやくフィルの背中をばんばんと
音を立てて叩き、王は笑う。
「何、死のうと思って戦ってなるものか。
準備せよ。さあ、出るぞ!」
平時の王の威厳よりも、戦場の主としての威厳を持たせた意匠の装備群。
謁見したときにはファクトは気が付かなかったが、
その片隅にはとある紋章があった。
銀色の、狼が。
「投魔器、用意! 放てーーっ!!」
陽光を反射する槍の穂先を敵に向け、叫ぶクリス。
その声に従い、担当である魔法使いが投魔器へと魔力を込める。
そして固定用の縄をはずすと、きしむ音を立てて
巨大なそれは敵にとっての死を放つ。
込められた魔力にか、見るものが見ればそうとわかる何かをまとい、
空を塊が飛んでいく。
わずかな時間を置いて、視認できるぎりぎりの範囲を中心に、
火柱ならぬ土柱とでもいえる結果が生まれる。
着弾した投魔器が威力を発揮したのだ。
媒介としての重さの威力は当然のことながら、
まるでファイヤーボールを複数炸裂させたかのような
爆発と、炎とが周囲に撒き散らされる。
「成功です。敵陣に穴が開きましたよ」
「続けるようにね。近づかれたらこれは用無しなんだから」
浮かれた様子の兵士の1人に、クリスは冷たくそういって、
次なる目標へ向けて槍を向ける。
そう、その射程、威力もあいまって
投魔器は投石器のそれより有効な範囲が狭い。
近くや友軍のいる中では使えないのだ。
ゆえに、敵が遠い今のうちにひたすら打ち込むのが常道である。
何分立っただろうか?
だんだんと街に迫る魔物達の姿が見えはじめ、
投魔器での攻撃も余り有効とはいえない距離になってきた。
「クリス隊長、移動の準備は済んでいます」
「そうかい? いやー……思ったより早いね。
というより、嫌な感じしないかい?」
自身も魔法を扱うが故か、いつもの亜人とは
何かが違う雰囲気に、クリスはそう傍らの魔法使い兼兵士に話しかける。
「お言葉ですが、嫌な感じのしない戦場などは無いかと……」
「ま、そりゃそうか。よし、発射に必要な人間と、弓兵を残して
私達は出るよ。お客さんを出迎えないとね」
明るく振舞うクリスの姿は戦えるようには見えない。
だが彼の部下たちは知っている。
その槍と、光の魔法はジガン鉱石をも貫き、鉄鉱石を溶かしきることを。
「そろそろいいか。マテリアルサーチ!」
俺は空中で、下に広がる森を目に、探知用のスキルを発動する。
瞬間、俺を中心に大きく広がる探知の網。
次々とマップに現れる光点たち。
目立つのはモンスターの物なのだろう。
フィルや王が迎え撃っているという街へ向けて
徐々に移動している光点が恐らくそうだ。
見える範囲では、何かおかしい部分は6箇所。
それぞれ、減ったはずの光点が時折湧き出るかのように増えている。
なぜか綺麗に5箇所は横に並び、1箇所だけ少し離れた場所で後方にいる。
その光り方からしても奥の1箇所が本命だろう。
「よし、まずは手前からだ。降りるぞ!」
俺はジャルダンとグリちゃんへと合図を出し、急降下を始める。
風の魔法ゆえに、その風圧もほとんど感じることなく、
急激に地面が近づいてくる。
「ジャルダン、皆はゆっくり下していいぞ!」
上空の気配に気が付いたのか、上を見上げる亜人、ゴブリンの集団。
中にはコボルトや、オークもわずかだが見える。
そしてその中にあって異色を放つ杖をもった異形。
それが上空の俺たちへ向け、杖を構えるのがわかる。
途端、生まれる雷の一条。
何か来ると読んでいた俺と、その意識を感じたジャルダンが
すばやく横にスライドし、それを回避する。
(このままでは狙い撃ちか、まずは……あいつだ!)
やられることはないだろうが、ここで時間を食うのも惜しい。
俺は自分のステータスを信じ、ビルの数十階にも相当するだろう高さから、
迷わず飛び降りた。
「ちょ、ファクト!?」
背中にキャニーのあせった声を聞きながら、俺は目標に向けて一直線だ。
いつぞやの地竜ではなく、オークに担がせた御輿に乗っている術者らしき相手。
「セット、ソウルフルシード!」
叫ぶのはエルフ直伝、この世界オリジナルのスキルだ。
手にした塊、火山で採取した火属性を帯びた赤い鉱石。
ボルド石がその赤さを増し、熱いぐらいになる。
「武器生成A!!《クリエイトウェポン》 行けっ、プロメテール!」
叫びと共に手に生まれる圧倒的な重量感。
炎を吹く巨大なハンマーが俺の両手に生まれ、
その持ち手を俺はしっかりと握る。
落下の勢いそのまま、上を見上げた術者らしき相手に向けて俺は
プロメテールを振り下ろす。
爆音。
ぶつかった衝撃か、武器の威力か、はたまたその両方か。
一瞬で御輿ごと相手を叩き潰し、担いでいたオークも
恐らくは吹き飛ばしたことだろう。
(いっつっ! いやー、生きてるけど無理はするもんじゃないな)
俺は地面に出来たであろうクレーターの中を
無様に転がりながらなんとか立ち上がる。
手の中にプロメテールはもうない。
元々、上級に相当するレベルの武器であるし、何より
要求STRに自分は対応できていない。
正直、地面でそのまま持てといわれても無理だ。
落下しながら、その力を利用してなんとか振り回しただけである。
その証拠に、出来た瞬間からカウントは最低の値だったし、
一回当てただけでカウントは尽きてしまったのだ。
「ファクト殿!」
「ファクトくん、無理しすぎだよ~」
慌てる周囲のモンスターを警戒しながら、
グリフォンが降り立ち、兵士とミリーが声をかけてくる。
キャニーは……怒っていた。
「話は後だ! あの魔法陣を切る!」
アイテムボックスから久しぶりの双剣、栄光の双剣を手にして
手近な紫のゴブリンに切りかかった。
(さあ……俺はこうだが、俺の武器を手にした本物はきっと……強いぜ?)
俺は、自分の力は結局は一時的なものだと考えている。
今の一撃だってそうだ。
例えば、ジェームズぐらいSTRがありそうな人間であれば、
もっとうまく扱える。
本職がちゃんと装備した武具は……世界を変えるだろう。
「むんっ! おお、この切れ味は……」
それは、用意された武具の性能に驚く兵士の声が代弁していた。
「まだまだ!」
俺は意識を集中し、武器依存のスキルを発動させる。
キャニー、ミリー、そして兵士の5人を光が包む。
栄光の輝き、それが発動したのだ。
今はこの場所だけ。だがもしも、王やフィル達が本当に
団結し、その上で倒したい相手が出てきたならば……戦況はかわる。
「ひるむな! 隊列を崩すなよ!」
王は自らの声で兵士を鼓舞しながらも、戦況を読んでいた。
(ふん……やりおるな)
勿論、王としても本当であればこの戦い方が愚策であることはわかっている。
それでも、いつどこに現れるか不明で、
その勢力も読みきれない相手となればこういった手段を取るしかない。
「これをご覧ください」
伝令が抱えてきたのは両断されたゴブリンだったもの。
ファクトと、ガイストールの職人たちが作り上げた武器たちの
その切れ味に内心、感嘆しながらも王の意識は目の前の死体の異様さに気が付いた。
「誰が血抜きをしろといったのだ」
そう、ゴブリンの死体からは血が流れていなかった。
無論、一滴二滴であれば……ということもない。
血の代わりにこぼれ出るのは、不気味な砂のような、靄のような何かだった。
「誰も何もしておりません。オークなどの相手は普段どおり、血を流しますが……。
その……妙な色の相手は血も、悲鳴も出さぬのです」
伝令は、相手が出すのは、襲い掛かってくるときの叫び声ばかり、だという。
「そうか。よし、耐え続けろ。敵を通すな!」
「王!?」
自身の報告を、なんでもないように飲み込んだ自らの主に思わず声を上げる伝令。
王はそんな伝令を怒るでもなく、血にたぎった笑みを浮かべて言い放つ。
「血を流そうが、そうでなかろうと破るべき敵だ。であれば……倒すのみ」
そして王は喧騒響く周囲を見渡し、気分を整え、武器を構えた。
「狼のごとく駆け、相手を砕く。それがジェレミアの信条よ!」
叫びは戦場に響き渡る。
まだ王は気が付かない。
最後の手段に、と部下から渡された短剣。
それが腰のベルトに収まったまま、淡く光っていることに。
「はぁ……はぁ……」
その兵士は疲弊していた。
それも無理も無い。
周囲で同じように戦っている兵士と比べて、
彼が小柄なのは否定しようの無い事実だった。
もうすぐ青年になろうという歳でありながら、
小柄なその体格からは周囲に哀れみの視線を向けられることも多かった。
体が小さければ、一般的にはその身体能力も
差が出るといわれている。
いわゆる持久力も、同じ訓練をしていたならば
それなりに違いが出てくるものである。
それでも兵士はあきらめるわけには行かない。
現実的に、戦場であきらめたからはいそうですか、と
敵が攻撃しなくなるわけが無いのもあるだろう。
何よりも、兵士が引けない理由はこの土地にあった。
兵士はいわゆる出稼ぎ組みだったのだ。
致命的な病弱であるといった理由を除き、ジェレミアでは
志願者は兵士として拒まない。
無論、訓練についていけずに脱落するものもいるにはいる。
だがこの兵士はあきらめなかった。
あきらめず、兵士として戦い抜いたのだ。
そして、今その足で戦場に立っている。
一度は滅ぼされてしまったこの街の人間として。
「ここで俺が引いたら、また街が無くなる!」
現実的には、兵士1人が単純にいないだけで何かがかわるということは無い。
だが、怪物どもに蹂躙され、動くものが何もなくなってしまった
故郷を見たとき、兵士は泣いた。
そこで何もしなかった国をうらむ、ということはしなかった。
限られた手札の中、ガイストールや他の街、
そして自分の故郷を全て守れというのは無理な話だとわかっているからだ。
人と、怪物との戦いは自分が生まれる前から続いている。
時には怪物の巣をいくつも滅ぼし、その地が平和になることもある。
逆にこうして人間が攻められ、滅ぼされることもあるのだ。
わかってはいる。わかってはいるのだ。
それでも叫ばずにはいられない。
「この街から出て行けぇぇえええ!!」
兵士の叫びは、周囲の同僚の心を打つ。
誰しもが同じなのだ。
生きて街を、家族を守りたい。
ここでこいつらを倒さなければ、次は自分たちの関係者かもしれない。
そう思う兵士の一人一人が、小さな光に包まれる。
それは腰の短剣から伸びていた。
その光は……戦場の兵士全てから伸び、互いを結び合っていた。
兵士達は知らないことだが、それはMDのあるものに酷似していた。
もし、兵士の中にファクトのようにメニューを開くことが出来る人間がいたらわかっただろう。
光でつながった兵士全てが、パーティーメンバーになっていたことに。
そしてその中に、ファクトたちの名前もあった。