表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/292

106「人の力-6」




場は混乱が支配していた。


響く叫び声、咆哮、そして金属のぶつかり合う音。


「止まるな! 走り続けろ!」


鎧を装備したままでも部隊を率いているとわかる男が1人、

刃の折れた槍を投げ捨て、予備武器である剣を抜き放ち、叫ぶ。


男の目の前に迫っていたオークの1匹が、

男へと大振りにメイスを振り下ろす。


「その程度で!」


男は熟練した動きで、無造作な振り下ろしを敢えて踏み込むことで回避し、

体格差を活かして剣を振りぬき、オークの右腕を半ばまで切り裂くことに成功する。


傷口から血を撒き散らし、叫びながら千切れかけた腕を振り回すオークは、

既にまともに戦闘できる状況ではない。


そのうち、耳障りな叫び声をあげて倒れこむオークに油断無く視線を向け、

男はちらりと周囲を見るが、周囲には自分と同じ意匠の装備をした兵士の姿しかない。


少なくとも、男にはそう見えた。


だが、それが事実ではないことはこの場にいる誰もが知っていた。


どこからか聞こえる音は、別の部隊が戦っている音だろうか?


(なんということだ……先行したのが我らを含めて3部隊ほどだけというのがまだ幸いか?)


散り散りになりそうだった部下をまとめ、街へと撤退を始めることに

成功した男であったが、その顔色は優れない。


それは目の前の脅威が予想より大規模であったことが理由であり、

そしてその遭遇の仕方も予想外だったからであった。


「隊長! 私たちが最後です!」


「よし! 行けっ!」


自らを迎えにきた部下と一緒に馬に乗り、

男は撤退を促すように叫んで自らも馬に鞭を入れる。


敵を前にして、撤退をしなければならないというのは屈辱である。


だが、無理をしても拾える利がわずかでしかないことも

隊長と呼ばれた男は良く知っていた。


敵の軍勢の中に、自分の理解が及ばない強敵がいるとなればなおさらであった。


(!? く、奴らめ……さらに邪法でも使おうというのか!)


部下の撤退に合わせ、自らも走り出した隊長と呼ばれた男は、

唐突に感じた嫌な予感を確かめるべく背後を振り返る。


視線の先で、草原の地面に浮かぶ禍々しい色の魔法陣。


その文字の意味は男にはわからないが、

何もないのにあふれるプレッシャー、それが男にその危険度を感じさせていた。


「今は、本隊と合流せねば……」


悔しさを口に、男は全力でその場から走り去った。







『ギギッ』


『グェ?』


男と、その部下の去った草原。


そこに異形の声が響く。


小柄で、大人の太ももほどの背丈。


そこに冒険者や兵士の誰かがいたならば同じことを思うだろう。


──紫のゴブリンとは一体何事か、と


魔法陣から湧き出るように現れるゴブリンたち。


その瞳はどこかうつろで、何か見えない糸に操られている風でもあった。


もし、じっくりとそれを観察できたのならば、

それに気がつけたかもしれない。


現れたゴブリンのシワ1つ、爪の汚れ具合1つまでが同じことに。


だがここには今、人間はいない。


ましてや、ファクトもいない。


彼らがそれに気が付くのはもう少し後だった。













「状況は?」


「厄介だけど、まずくはないよ。迎え撃つ準備は出来ている」


俺が魔物発見の一報を受け、一番近かったクリスの元に駆け寄ったのは

兵士達にこっそり作りためてあった、とある短剣を渡し終えた頃だった。


出来ればその短剣が必要なほどの襲撃ではないことを

祈りながらの作業ではあったが、未来は誰にもわからない。


(それに、短剣の効果が使えるようになってくれたほうが後々楽ではあるからな)


俺はそう思いながらも、クリスの横に立って高台の上から外を見る。


広がる草原、森、そして街道。


まだそこに異形の影は無い。


だが、遠くで黒い煙が上がっているのはわかる。


モンスターの襲撃に備え、偵察に出ていた部隊が遭遇した証だ。


状況は詳細にはわからないが、

火矢が投擲した油に引火しているのだろう。


そうなるとそれなりの相手と戦闘しているということだ。


「急造だけど、上で人が走れるほどの壁に、投魔器も20台。

 発射要員の魔法使いも準備万端さ」


クリスが担当しているのは主に魔法を使う人員だ。


貴重な治癒魔法を使う術者の他、物理的な攻撃手段と

魔法による攻撃手段を持ち合わせたハイブリッドな人員でもある。


ちなみに投魔器とは、その名前のとおり投石器みたいなものらしい。


実際の石の代わりに、特殊な媒体に魔力をまとわせて打ち出すらしく、

聞いた話からすると、火薬の詰まった玉を打ち出すぐらいの威力はあるようだった。


これならば、足は遅いが力の強い大型のモンスターや、

小型モンスターの集団にも先んじて攻撃できるだろうとのことだった。


「ファクト殿はこちらか?」


「ん? 俺がそうだが……どうした?」


慌てた様子で、部屋に駆け込んできた兵士の1人が、

俺を見つけるなり駆け寄ってくる。


「はっ! フィル様がお話を伺いたいとのことです。こちらへ」


「結局出てきてるのか……わかった」


俺は危険なこの場所に、フィルが結局来ていることに

驚きと、同じぐらいの納得の気持ちとを心に抱きながら兵士についていく。


入り口に数名の兵士が見張りに立つ建物に入ると、

周囲のあわただしさを余所に静寂に満ちた空間だった。


「ファクト殿をお連れしました!」


「ご苦労。持ち場に戻ってくれ」


横を案内してくれた兵士が立ち去るのを見送りながら、

俺は視線を部屋の中に戻す。


そこには……静寂の源、たった2人の部屋の主がいた。


「結局、2人とも来てるのか。まさかフィルの兄達も来てるとか言わないよな?」


「東西それぞれで気兼ねなく剣を振るっておろう。国境の維持も大事ゆえな」


どっかりと、椅子に座りながらテーブルの上の地図を眺めるジェレミア王の姿があった。


「それで? わざわざ呼びにきたってことは、難題でも?」


そういったところで入り口が騒がしくなり、

誰かが勢い良く飛び込んでくる。


「入ります! あっ! ファクト!」


「も~大変だよ~!」


場が場だからか、改まった口調で叫ぶキャニーと、

どこまで本当に大変なのかわからない様子のミリー。


2人とも息が上がっている。


グリフォンでの偵察は、目立つところがあるので

2人は兵士達とは別口でだが、直接の偵察に街を出ていたのだ。


「異形どもがおかしな術を使っていそう、ということか?」


「え? あ、はい! そうです!」


王の声に、背筋を整えて答えてしまうキャニー。


「目撃したのはやはり、このあたりで……?」


時間が惜しいとばかりに、地図を指差すフィル。


その指先はこの街からそう離れていない。


恐らくだが、黒い煙が上がっていたあたりだ。


「えっと……うん、そのあたり。それがさ、変なんだよね」


ミリーが話す内容はこうだった。



最初は予想通りの、亜人混成の編成だったが、

いつの間にか妙な姿のゴブリンやコボルトが混じり、

だんだんとその比率は増えていったという。


何より、どうもきりが無いように後から後から増援が来るのだと。


「私たち2人でも、100は斬ったのよ。それでも

気が付いたら森の奥に気配があるのよね」


(それはおかしい話だな……)


当然、この世界のモンスターも生きている。


生きていると、食事などが必要になる。


そして攻めて来るような規模の集団となれば、

その騒がしさは隠しきれるようなものではない。


それゆえに、以前のような油断は無く、

警戒していれば襲撃のタイミングを把握できるというのが常識なのだが……。


今回、そういった気配はまだ無いが、念のためにと

部隊がいくつか偵察に出ていたところ、モンスターを発見したという状況なのだ。


ジェレミアの兵士達が数部隊、そしてキャニーたちが倒したであろう

数を考えても、その数は少なくない。


「こちらも同じだな。部隊長の1人が先ほど戻ってきたが、妙なことを言っていた」


キャニーの言葉をフィルが受け、語りだす。


ただの先行、あるいは少数の相手だと思っていると、

倒しても倒しても相手が途切れることが無かった、と。


徐々に兵士は疲労し、傷つく者も出てきたので、

被害が増える前に撤退してきたということだった。


「妙な魔法陣を見たという報告もある。相手には邪法を使う輩がいるのかもしれないな」


苦々しい表情のフィルを見ながら、俺はその話の内容を考えていた。


──モンスターが尽きることなく、延々と相手をすることになる。


この世界ではありえないことで、常識の外にあるこのこと。


だが、俺には何の不思議でもなかった。


その理屈はともかく、起きている現象そのものはとても慣れ親しんだものだからだ。


(何かが原因で、ポップしているな……)


そう、MDに限らず、フィールド上のシンボルやモンスターそのものと

エンカウントし、戦闘するタイプのゲームであれば極々当たり前のこと。


モンスターが一度倒された後、ポップ(出現)しているのだ。


だが、恐らくこの世界のモンスターも本来はポップしない。


それは子供の狼や亜人、ミニサイズのモンスターや

家族的な集団を見たことがあるからも確実だ。


もっと言えば、もしポップするのが当たり前なら

そういう話が出てきているし、この場でもそういわれるはずだからだ。


種はともかく、起きていることはわかった。


だがそれをそのまま言っても意味は無い……ここは……。


「心当たりがある。俺のいた時代、人間と対するために

 配下を召喚し続ける亜人の術者が何人もいた。

 恐らくはその生き残りか、そういった遺物が出てきたんだろう」


「そうか……何とかできるか?」


俺の言葉のニュアンスから、正面から戦うことは出来ても

被害も出るだろうことを読み取った王はそう静かに聴いてくる。


「やってみせるさ。少し人数を借りるが……まあ、5人もいればいい。

 身軽な人間を中心に、1人か2人は魔法使いが欲しいな」


その人数の少なさにか、フィルの表情がかわる。


だが俺にとってはそのぐらいの人数がいい。

逆に多くてもカバーしきれないからな。


「作戦はこうだ。もうすぐやってくるだろう異形の本隊を相手に、

 ここで迎え撃ってもらう。俺とその他の組で邪法の根元を断つ。

 その後、こちらも背後から奇襲をかけるので正面からも押してもらう、ということで」


「元より迎え撃つのは決まっているのだ。ファクトよ、期待させてもらおう」


作戦ともいえない大雑把な俺の発言に、王は責めるどころかにやりと笑い、

決まりとばかりに自らの膝を音を立てて叩いた。


そして立ち上がると、意気揚々とした姿で建物を出る。


「皆の者! 戦いの時が来た!」


(くうっ! まったく、ひどい音圧だ)


王自身は気が付いているのかいないのか、

その叫びは拡声器のような効果を伴って、

街全体に響き渡るのだった。


王の装備のどれかか遺物なのだろう。


MDのゲームとしてのシステムの内、

音声、音量に関するものを調整したような声だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご覧いただきありがとうございます。その1アクセス、あるいは評価やブックマーク1つ1つが糧になります。
○他にも同時に連載中です。よかったらどうぞ
続編:マテリアルドライブ2~僕の切り札はご先祖様~:http://ncode.syosetu.com/n3658cy/
完結済み:兄馬鹿勇者は妹魔王と静かに暮らしたい~シスコンは治す薬がありません~:http://ncode.syosetu.com/n8526dn/
ムーンリヴァイヴ~元英雄は過去と未来を取り戻す~:http://ncode.syosetu.com/n8787ea/
宝石娘(幼)達と行く異世界チートライフ!~聖剣を少女に挿し込むのが最終手段です~:http://ncode.syosetu.com/n1254dp/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ