表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/292

105「人の力-5」



ああ、これは夢か。


そう思うときが、レアではあるが誰にでもあると思う。


状況はその時々、様々だろう。


「ま、この格好でこんな場所を……飛んでいるってのは夢だわな」


誰に言うでもなく、つぶやいた言葉が空に消えていく。


まるで子供向けの童話のように、夜空を翼も無く飛ぶ俺。


眼下に広がるのは光、光。


炎の灯りでも、魔法の灯りでもない、科学の光。


まるでニュース番組のヘリの映像のように、

──大都会の夜景が広がっている。


「まいったな……それなりに割り切ったつもりだったけど、

 やっぱりホームシックってやつなのか?」


ふと視線を胸元に向ければ、その姿は異世界らしいファンタジーな装備。


今までのことは実はコスプレをした状態の妄想だった?


そんなわけはない。


いや、そんなわけないと思いたい。


そんな俺の願いを聞き届けるように、

靄が晴れるかのように風景が変わっていく。


光がぼやけ、まるでスリガラス越しの景色のようになったかと思うと、

次は大自然を見下ろしていた。


映画の1シーンのようにかなりの速度で

俺は先ほどと同じように空を舞う。


地上にはここからでもそうとわかるゴーレムが山の合間を歩き、

森から牛ほどもあるだろう狼の群れが走り出す。


そして空には……青い体のドラゴンが舞っていた。


その頃には、夢が現実であるかということは関係なく、

誰が何のためにこの状況を作ったのかが気になっていた。


俺一人が脳味噌で生み出している夢の光景というには、

余りにも壮大すぎた。


視線の先で、ドラゴンはその数を増やし、いつしか周囲には

6頭ものドラゴンが待っていた。


周囲といってもドラゴンの大きさは説明しにくいほどの物で、

野球場の真ん中に俺一人、周囲にドラゴンがいる……ぐらいだと思う距離だ。


その中でも一際大きく、金色をメインに七色に輝く姿が正面にある。


俺自身は攻略サイトや公式情報のスクリーンショットでしか見たことの無い、

MDで設定が存在した相手、最初のドラゴン、祖竜。


いつかいつか、と実装の時期を待たれながらも、

倒すとなればサーバ全体のプレイヤーが集結することになるだろうと

予想されていた相手。


そもそも、戦う羽目になるのかもはっきりしていない相手。


「これが俺の想像だったら、そのままMDのデザイナーになれるぜ」


俺は思わずそうつぶやきながら、感動と驚愕とが胸に満ちる中、

祖竜の視線を正面から受け止める。


怒りでも、悲しみでもなく、無表情とも違うなんともいえない瞳。


その瞳にこもった感情が何なのか、俺が知る前にまた世界は光に包まれた。





そして感じたのはふわふわとしていた先ほどまでと違って、しっかりとした地面の感覚。


何かの光が周りを照らし、真っ白な空間。


まだぼんやりとした意識を揺り起こそうと、

下を向きながら頭を振ると、周囲がひんやりした空気に包まれる。


すると、周囲を満たしていた真っ白な光はいつしか薄らぎ、

視界に色がもどってきた。


『お久しぶり』


「え?……ユーミか? 最近見ないからどうしたかと……うぉ!?」


それと同時にかけられた聞き覚えのある声。


顔を上げ、ユーミの姿を認めた俺は言葉の途中で驚きの声を上げる。


ユーミの姿が、いつか見た覚えのあるMDでのNPC姿だったからだけではない。


視線の先に広がる光景が、俺の言葉を奪っていた。


──始まりの聖堂


まるで西洋の教会のような高い天井、立ち並ぶ長椅子。


石材で作られたとはっきりとわかるどこか古さと新しさを感じる建物。


MDでゲーム開始直後、マテリアル教の司祭だという老人に、

いくつかの質問に答えていくことで初期パラメータ等が

多彩に変化していく誰もが最初に通る場所だ。


それは新規も、旧MDをプレイしていて優遇を受ける者も、同じだ。


ただ、初期のコンバート組だけは、スキップできたので

俺と同様、スキップして野原からスタートだったプレイヤーも多かった。


だが、聖堂のオープニングイベントの凄さは伝わり、

自分でスキップを選んだとはいえ、もったいない!という声は

少なからずあり、運営側も1週間後にはコンバート組も聖堂からのスタート、

スキップしたプレイヤーも聖堂を訪れることでイベントを味わうことが

出来るように修正されたのだった。


もっとも、コンバートの場合には、簡単な解説等だけではあったが……。


VRとしてリアルと見まごうばかりの空間、耳に直接届くような

オーケストラ音源、そして陽光が生み出したとは思えないほどの光の乱舞。


目の前の光景は、そのときとなんら変わりない。


ユーミを先頭に、整然と並ぶ人影を除き。


「ここは……どこだ? まさか死後の世界ってわけじゃないよな?」


恐る恐るの俺の問いかけに、記憶にある限り最大のサイズのユーミが首を横に振る。


「勿論! ファクトはまだ死ぬつもりなんてないでしょう?」


明るく、俺の不安を押し流すようなユーミの声に自然と笑みが浮かぶのがわかる。


「それで? 後ろの人たちは誰……いや、まさか……」


はっきりとした記憶は無い。


だが、見覚えがある。


左の前のほうにいる男性に俺の視線はまず向いた。


鍛えられた様子のわかる上半身。


だがそれは運動や戦闘で出来たものではない。


毎日の作業、そして炎が余分な脂肪をそぎ落とした結果なのだ。


記憶にある、そのままの姿だった。


「師匠……だよな?」


ニカっと男性は笑みを浮かべた。


歳の割りに若い仕草が記憶にある、

鍛冶の師匠……という設定となるクエストの相手。


見渡せば、人影達は男女様々だが、見覚えが確かにある。


中には画像で見ただけで、実際には出会ったことが無いだろう相手もいる。


そう、MDのゲームにおいて、プレイヤーたちと様々な出会いと、

クエストをこなしているはずのNPC達。


「ここは境界にある聖堂。あちらから出ればそこは世界の海。

 ファクトにわかりやすく言えば、精霊用のフィールドってところね」


なんでもないように言うユーミの言葉が、

じわりじわりと俺を侵食する。


「精霊ってなんだ?」


「世界の源。人も、動物も、植物も。山や空だって精霊よ。

 そうね、貴方の記憶にある世界で言えば、リソースという奴ね」


性質の悪い、無遠慮なドラマのネタ晴らしを受けているかのような感覚。


しかし、ユーミはからかっているわけではない、それはわかる。


同時に、やはり夢ではなかったという実感がわいてくる。


「ファクト。貴方は貴方。地球にいる貴方は、同じではあってもイコールではないの。

 だってほら……地球の貴方は魔法なんて使えないものね」


言葉とともに、周囲から何かがしみこんでくる。


それは世界への理解、あるいは世界の歴史。


理由はわからない。


わかったところでどうにもならない。


だが、この世界が、俺が、妄想ではないことはわかった。


パラレルワールドとも少し違いそうな、異世界。


「遠慮なんかいらないのよ。やりたいことやってを、守りたいと思ったものに

 その手を伸ばして、脅威にあがいて……人間として、生き抜いて」


ゆっくりと、ユーミが、後ろの人影が世界に溶けていくのがわかる。


さよならの時間なのだ、と俺は思った。


「さよならじゃないわ。世界でひとつになるだけ。世界を巡り、

 世界の何かになって、また世界に戻っていく。それだけよ」


思考が漏れているのか、ユーミは笑いながらそう言って俺の手を握る。


「ファクトの力は異端ではないの。貴方が、あるいは過去の人たちだけが、

 単純に紡ぎだすことがたまたまできただけ。ほら……」


視界が、どこか遠くになる。




それは世界のどこか、いつか。


森から出てくるゴブリンの集団。


迎え撃とうというのか、街道そばで武器を構える少年少女。


少年は何かを叫びながら剣を振るい、色のついた衝撃波が飛び出す。


少女が地面に手をつき、何かを唱えれば地面から現れる数本の槍。


筋肉の目立つ少年がそれらを拾っては投げ、

ゴブリンに突き刺さる。


さしたる時間もおかず、勝利に沸く少年少女。


その姿は、ゴブリンの死体のリアルさをのぞけば、

いつかMDであったそれと同じだった。


「世界のいつかの可能性。ファクト、貴方の撒いた種はいつしか芽吹き、

 世界に広がっていくわ。だけど、それも全ては乗り越えてから」


ふっと、ユーミがそういった途端に空気が少し冷たくなる。


「乗り越える……奴か?」


黒の王、簡単に言えばMDというネットゲームにおけるボスだ。


終わりの無いネットゲームの性質に漏れず、

恐らくは黒の王はゲームでは倒しても一定期間で復活するだろうし、

ラスボスというわけではないだろう。


「そうね。今回の黒の王は貴方と、世界の人間が倒さなければならないでしょうね。

 でも、大丈夫。人の力は……もう目覚め始めているわ」


ほら、とユーミが指差す先に、何か光が差し込んできたかと思うと、

俺の意識は浮上するかのように切り替わっていった。









「ファクトさん、お客が来ましたよ」


「ん? ああ……」


若干のけだるさにため息をつきながら、若い職人の声に答える。


ぼんやりとした頭で周囲を見れば、

仮眠所だとすぐにわかる雑多な毛布の山。


(確か俺は……)


先ほどまでの光景と記憶を少し横に置きながら、

体をほぐすと記憶が蘇ってくる。


そうだ、大方のめどをつけた俺は仮眠をとることにしたのだった。


予定されている兵士のための武具が作成し終わり、

予定通りであればそろそろモンスター側からの偵察のようなものが、

復興途中の街にあるだろうという頃だった。


あれから変な露店の主が接触してくることも無く、

事件の無い日々であった。


冒険者への販売も一通り落ち着き、工房は今、

冒険者からの依頼のほうがメインになっている。


俺は連絡要因としてキャニーたちに復興現場に行って貰い、

いざというときにはグリフォンで飛んできて連絡してもらうようにしていた。


ここから復興途中の街まではグリフォンで魔法をかければ

1時間もかからない。


山や丘があり、歩きや馬車だと数日はかかるが、空から一直線であれば案外近いのだ。


「ファクト、どうも偵察らしいコボルトが出たわよ」


「えっとねー、50体ぐらいかな? 数が多いから攻めてくるかと思ったら、

 街から遠いところで止まって、そのまま帰っちゃった」


街の様子を見、あわよくば拠点作成を続けようとしたというところか。


やはり、ただのモンスターの襲撃や集まりではない。


(こいつは、喋るクラスの頭となるモンスターがいるな)


設定に全て頼るのは危険だが、少なくともMDで

命令をしっかりと使い、部下を従えるパターンの相手は、

大体が人の言葉を喋るのだ。


それはあおり文句であったり、ゲームを盛り上げる口上であったり。


いずれにしても、次がある。


「わかった。行こう」


最初はガイストールの防御を薄くしていいのか?とも思っていたのだが、

偶然か狙ったのか、復興のための騒動は

ガイストールをにぎわせ、自然と討伐も請け負う冒険者の数も増やしていた。


仮にガイストールを狙う何かが来ても、

無防備にやられることはないだろうというレベルでだ。


「ファクトさん! これを!」


部屋を出ようという俺にかけられた声に振り返れば、

手ほどきした若い職人が、数本のポーションを手にしていた。


光る容器は真新しい。


安くない現状、自腹だとしたら結構な出費だ。


「いいのか?」


ここで断るのもなんなので、受け取りながらも俺は聞く。


「次の授業料を先払いしたってことで!」


「そうだな。ああ、そうだ。次の授業は厳しく行くぞ?」


何かのフラグのようにも聞こえる職人の言葉。


だが、不思議とそんな感じは俺には無く、どこか元気の出るものだった。


工房を出、駆け足で街を抜け、外に出たところでテイミングカードを手に取る。


「我は呼ぶ、我は願う! 出でよ。連なる者よ!(クリエイト・ゲート)


叫びと共にジャルダンとグリちゃんが現れる。


俺と姉妹はグリフォンの背中へと飛び乗り、空へと舞う。






舞い上がった空の上、ふわりと何か甘い匂いが鼻をくすぐる。


周囲を見ても花畑等は見つからない。


何かの予感に、俺は虚空でステータスやメニューを呼び出す。


最初はかなりの部分が文字化けしていたメニューたち。


それらは今、ほとんどが元の姿を取り戻していたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご覧いただきありがとうございます。その1アクセス、あるいは評価やブックマーク1つ1つが糧になります。
○他にも同時に連載中です。よかったらどうぞ
続編:マテリアルドライブ2~僕の切り札はご先祖様~:http://ncode.syosetu.com/n3658cy/
完結済み:兄馬鹿勇者は妹魔王と静かに暮らしたい~シスコンは治す薬がありません~:http://ncode.syosetu.com/n8526dn/
ムーンリヴァイヴ~元英雄は過去と未来を取り戻す~:http://ncode.syosetu.com/n8787ea/
宝石娘(幼)達と行く異世界チートライフ!~聖剣を少女に挿し込むのが最終手段です~:http://ncode.syosetu.com/n1254dp/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ