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100「白金の剣-5」


もうすぐフィルやクリスが戻ってくるらしいある日の夜、俺は街の一角にいた。


ちょっとお子様お断りな、所々よどみと、退廃の香る空間。


簡単に言えば歓楽街だ。


もっとも、退廃と表現したものの、暗い様子はあまりない。


今のところ俺の接した中では、無理やり奴隷のように

こういった場所で働く女性というのもには遭遇したことは無い。


中世の西洋風味のファンタジー、その中でも大人向けで考えれば、

もう少しドロドロとした話があってもよさそうなものだ。


今のところスラムのような場所に立ち寄ったことがないだけで、

この世界にもそういった暗い話は転がっているのは間違いないとは思うが……。


こればかりは俺が手持ちの財産を使って世界を回って

女性たちを悲しい生活から救出のだ!などと言い出すわけにもいかないところである。


「ねえお兄さん。もう店は決めたの?」


少しぼんやりとそんなことを考えながら歩いていた俺に、

横合いからかけられる甘い声。


「いや、決めてないな。良い店知ってる?」


大胆なスリットが入った、バラを思わせる赤いドレスに

身を包んだ女性は俺のその答えに笑みを浮かべ、当たり前のように俺の

腕に自分の腕を絡め、密着する。


体が近づけば自然と目線も動く。


思わず下がった目線を顔へと戻し、

からかうように俺は口を開いた。


「いいのか? ろくに金を持ってないかもしれないぜ?」


「これでも男を見る目はあるつもりよ。アナタ、お金に困ってる匂いがしないわ」


くすりと、その筋の商売の女性としては

十分な魅力ある笑いとともに密着の度合いが増す。


思ったよりも力強く俺は体を引っ張られ、店があるらしき方向へと

2人で歩き出すことになった。


数分もしないうちに、大通りに面したしっかりとした建物の前に付く。


(何かの襲撃、というわけじゃなさそうだな。偶然にもアタリか)


「じゃあ一杯やっていこうかな」


「そうこなくっちゃ。私はアマンダ。それで、精霊の門のアナタのお名前は?」


気になることを言う女性、アマンダをまじまじと見つめると、

そのふくよかな双胸の間にぼんやりと光が産まれる。


ぽよんっと、精霊が一体。そのまま夜の明かりに漂っていった。


「ほら、見えてる」


思わず向けた視線を、そうアマンダに指摘される。


「ファクトだ。良い時間が過ごせそうだ」


横から見たら、店に入る前のじゃれあいにしか見えないだろうやり取りの後、

俺はアマンダに引っ張られるように店に入るのだった。






店の内装は立派なものだった。


そう大きいとは言えないが、1つ1つのテーブルや灯り、

何気ないものも安酒場ではこうはいかないと感じさせる。


良い意味でいえば活気がある表の酒場と比べ、

騒がしさはまったく無い。


お店の女性と一対一の場所もあれば、

男数名、女性数名で談笑しているグループも見える。


「さ、ひとまずこちらへどうぞ」


「ああ……良い店だな」


案内されるまま、歩みだした俺は無意識にそう口に出していた。


なんだろうか、落ち着くというのとも違う、何かがしっくりくる。


「何にする?」


「好き嫌いは無いからな、時期的にいいのがあれば」


俺がそういうと、音も少なく前に出された

グラスにはピンク色。


乾杯とばかりに軽くグラスをあわせ、

一口含むと広がるのは予想外の桃の香り。


果実酒だ。


「さっぱりしてるでしょ? この時期に採れる果実なのよ」


「良い香りだ」


しばらく俺はそうして、アルコールと、

独特の空気を味わっていた。


何も俺はただ遊びに夜の街に繰り出したのではない。


まあ、男2人、ジェームズと繰り出した夜のように、というわけでもないが、

キャニーやミリーが一緒ではなかなか行けない場所もあるのだ。


ある意味こういった業種は世間に敏感である。


少なくないお金が動くのだから、

事件で何かなってしまうような場所では、

こういった店は活気あるとはいえない姿を作り出す。


例えば、戦争が起きることが確実な場所であれば、

普通は店はだんだんと減る。


「ここは落ち着いてるんだな。少しきな臭いというのに」


「そうね。少し外は騒がしいかもしれないわね。

 ……でも、この街はなんとかなるもの」


俺がそう話を振ると、アマンダはなんでもないようにグラスの

中身を飲み干し、芯の入った様子でそう言い切った。


「へぇ……国が守ってくれるからか?」


ここはジェレミアの領土内でも有数の重要拠点なのは間違いない。


危険が迫っているとわかれば、その防衛に

ジェレミアは相応の戦力を注ぐだろう。


アマンダはそれがわかっているのかもしれない。


「それもあるわね」


(それも? どういうことだ?)


疑問が顔に出ていたのか、アマンダは笑うと、

ずいっと体を寄せてくる。


ふわりと、恐らくは彼女のつけている香水だろう香りが

鼻をくすぐる中、アマンダがそのルージュの塗られた唇を開く。


「ここはガイストール。昔から戦い抜き、そして勝利してきた街よ。

 きっとこれからもそうする。そんな街なの。

 それに、アナタもいるしね。門が導いてくれる」


「店に入る前も言っていたな。門ってどういうことだ?」


自然な動きで元の場所に戻ったアマンダは、

カウンター越しにバーテンダーのようなスタッフから

おかわりを受け取り、その手の中でグラスを揺らす。


「そうね……ねえ、この店で何か見える?」


俺の質問に、アマンダははっきりと答えずそんなことを言う。


疑問に思いながらも、俺は改めて店を見渡した。


少し薄暗いといえば薄暗いが、過ごす分には問題のない明るさの中、

所々の魔法の明かりと油による物と思われるランプとが

独特の空間を生み出している。


その意味では何の問題もない……が。


気のせいか、時折何かがふわりと舞っている。


「ほら、見えたでしょ。あの子達が」


アマンダの声に慌てて振り返れば、いたずらを

成功させた子供のような笑みを浮かべるアマンダがいた。


「ま、魔法のちょっとした応用よね。居心地の良い場所を作るってわけ。

 こう見えても少女時代はどーんと魔法を撃ちまくってたのよ」


コーラルがするように、杖を持っていない手で杖を振るうような仕草をするアマンダ。


妙に堂に入っているといえる立派な動きだった。


「なるほどな。火を使うにも、水を使うにも魔法は便利に違いない。

 だがそれが何につながるんだ?」


「慌てないの。話は簡単よ。アナタ、まぶしいのよ」


(まぶしい?)


アマンダの指摘に、自分を見下ろしてみるが当たり前だが

自分が光っているという様子は無い。


「そうね……木漏れ日を正面から見てるようなといえばいいかしら?

 今は普通だけどね。たまに、体の輪郭にそって、すごい光ってるの。

 たぶんアナタの中の魔力、精霊があふれてるのよね。

 アナタぐらいの光り方だと、それこそ伝説の英雄って

 いっても通用するんじゃないかしらね」


なおも続くアマンダの話をまとめるとこうだ。


魔法にせよ、なんにせよ、極めて行くと

精霊はそれを祝福し、その人間にある意味、宿るのだという。


それが、同じように道を修めてきた人間からは、

精霊の光となって見えるのだという。


そして、まるで体から精霊が道をとおり、

この世界にあふれ出てくるような規模の相手を、

精霊の門、と呼ぶことがあるらしい。


そして、そう呼ばれるだけの人間は名前を残すだけのことを

なんだかんだと行うのだそうだ。


ニュアンスからすると、MDでいう高レベルのプレイヤー、

その耐久力や大きな魔力、そういったものが

内包する精霊に比例するのだろう。


実際の戦闘力は別として、レベルが高いはずの

自分は、門と呼ばれるに相応しいだけの輝きを持ってるらしい。


「でも街の教会の人間や、一緒に戦った魔法使いは何も言ってなかったぞ?」


「さあ……黙っていたのかもしれないし、アナタが変わったからかもね。

 ほら、飲んでないじゃない」


お酒に似合わない話はここまで、とアマンダは優しい様子でグラスを動かす。


「そうだな」


俺も短く答え、予想外の出会いに楽しい時間を過ごすのだった。






(思ったより飲んでしまったな)


これも高レベルの恩恵か、

飲んだ量の割には明瞭な思考、

たどたどしくない自分の足取りに、一人心でつぶやく。


まだ回りは夜の時間ににぎわっている。


さて、戻るかと俺が思い、足を区画の外に向けたとき、

視線の先に予想外の人間を見つけ、思わずほうける。


視線の先にいたのは、いつぞや見たのとほとんど同じ姿の……少女。


いや、正しくはもう少女ではない年齢のはずだが、

今の姿は少女以外の何者でもない。


この場所にふさわしい姿とも言えるし、

その姿の生み出す結果は、ふさわしくないともいえる。


そこにいたのは、いつか俺を事件に巻き込んだ姿に似た、

色街に相応しい服装をしたキャニーだったからだ。


誰かを探すようにきょろきょろとあたりを見渡し、

ゆっくりと歩いている。


(まったく……あんなじゃ普通に男にひっかけられるぞ)


前のときも、これまでにも思ったが、

キャニーとミリーは過ごしていた組織の割りに、

こういったことは上手くない。


それはまっすぐだともいえるし、

あまり手馴れていて欲しくも無いというわがままな思いもあるから、

指摘して上手くなってもらおうと思うことも無いわけではあるが。


こうしてる間にも路地から明らかに

酔っ払いとわかる男が、キャニーに声をかけようと歩き出してくる。


「よう、お嬢ちゃ……なんだ手前」


「悪いな。俺の相手なんだ。ほら」


キャニーに駆け寄り、声をかけてきた男の方を向いたその肩を抱き寄せる。


すぐさま俺へと怒りの表情を向ける男に、

俺は侘びとばかりに銀貨を1枚投げ渡す。


男は手のひらの銀貨を見るや、がんばれよとつぶやき、またどこかへと歩き出した。


「大丈夫か?」


名前も知らない店の建物に背を預け、腕の中のキャニーに声をかける。


「え? うん……声をかけられると思っていなかったから、

 ちょっとびっくりしちゃって……」


腕の中で体を小さくするキャニーがそうつぶやき、

緊張していたのか、大きく息を吐いた。


「思っていなかったって……あの時だってそうだったろう?」


「あの時? ああ……あれね。実は、何故だか知らないけど

 声をかけてきたのはファクトが最初だったのよね。なんでかなー」


少々バイオレンスな出会いを思い出しながら俺が話を振ると、

キャニーも苦笑しながら答えてくる。


緊張が良い感じにほぐれたと見た俺は本題を切り出すことにした。


「それで? どうしてこんな場所に?」


「だって、だまって宿を出るんだもの。何かあると思って……。

 そしたらこれでしょ? ねえ、私じゃダメなの?」


ダメなの……か。


夜に出歩く理由を説明していなかった俺が悪いのだが、

キャニーから思っていなかったボールを投げられ、

俺は即答できずにとりあえずそっと抱き寄せる。


「あ……って、答えを聞いてるんだけど?」


「……ダメじゃないさ。ただまあ、こういう場所に連れて行くことができないってだけで」


俺がちらりと視線を向ければ、

その先で自分たちのように抱きしめあう男女の姿。


キャニーもそれに気が付いたのか、

行き交う人の視線から隠れるように俺の外套に体を隠す。


「まあ、そうよね。でも別に私も言ってくれれば……」


「言ったら何してくれるんだ?」


呟きを聞き逃さず、俺がそうからかうと、

キャニーが無言で顔を上げたかと思えば

足に衝撃が訪れる。


ヒールで踏まれたのだ。


「ちょ、いきなりは無いだろう」


「知らない! 帰る!」


ダメージはほとんど無いものの、不意打ちだったそれは、

俺の脚を止めるには十分だった。


くるりと向きをかえ、歩き出すキャニーに

慌てて追いつきながらその手を取る。


「悪かったよ。ほら、お土産でも買って帰ろうぜ」


俺の手を振り解く様子は無いが、かといって

振り向いてはくれないキャニーの背中にそう声をかける。


「……奢りよ?」


「勿論」


恐らくはここにいないミリーのことも考えてだろう。


足を止めて振り向いてくれたキャニーに笑みを返し、

俺はそういっていくつかあるアクセサリーなどを

売る露店へと足を向けた。





「へー……不思議」


「そうだな。これ、結構高いんじゃないか?」


俺とキャニーがそう声を上げたのはとある露店だった。


大通りから少し離れた場所に、

魔法の灯りに照らされている露店。


何かに惹かれた俺とキャニーはそこに顔を出していた。


この時間、この場所に出ている店としては

並んでいるものは高そうだ。


そう思い見た値段も、やはり、高め。


もしかしたらそういう小金持ちをターゲットにした高級店なのかもしれない。


「へへっ、お目が高い。身に着けると……ほら、自分の魔力でずっと光るんだよ」


店主か、店員かはわからないが、

そう声を返してくるのは少年とも少女とも見分けが付かない相手。


だがその身のこなしは、この場所で店を構えるに

相応しい動きをしてくれるだろう物を感じさせる。


まあ、そうでないと盗られるなり、

何かの厄介ごとに巻き込まれるのだろう。


視線の先で実演してくれるのはブレスレッド。


腕につけると、懐かしさすら覚える光を帯び、

不思議な気分にさせてくれるものだった。


(どこかで……みたな)


はっきりと思い出せないが、現実の世界ではなく、

こう……仮想の。


「遠慮なく買っていってよ。一杯入るでしょ、お兄さん。

 山のようにさ……いいね、それ」


瞬間、俺はキャニーの手をとって店と距離をとった。


そう、いわゆるバックステップといったものだ。


「え?」


「へぇ……」


何事かわかっていない様子のキャニーに、俺の動きに

感嘆の声をあげる店の人間。


「……何者だ? 何を知っている?」


そう、今の相手の台詞、それはキロンや、

一部の人間にしか話していない、俺のアイテムボックスのことを言っている。


だが、俺のそのことを知っている相手はどこでも話すような人たちではない。


仮に話している相手がそれなりにいたとしても、

目の前の相手にはこれまで出会ったことは無い。


そう、俺がファクトで、多くの物が持てる遺物を持っている相手だと、

名乗りあってもいない相手が偶然にも知っているなど、まずありえない。


「ふふっ。ひ・み・つ。またね」


「待てっ! くっ!」


気配を感じ取った俺が、拘束すべく店に駆け寄る。


が、一瞬相手のほうが早く、何かが投げつけられ、

周囲が煙に包まれる。


煙玉、しかも妙に古風だ。


「……くそっ」


跡に残るのは在庫も店主もいない、

形だけの露店。


たまたま近くを通る人間がいなかったようで、騒ぎが広がる様子は無い。


どうやら先ほどの隙に逃げられたようだ。


「今の、何?」


殺気は無かったので、キャニーも慌てた様子は無いが、

気になる様子で駆け寄ってくるとそう聞いてくる。


「わからない……が、フィル達が来てからも退屈はしなさそうだ」


俺のつぶやきは、夜の空へと消えていった。



本当はもっと買った男と買われた女、のシーンの予定でしたが、

なんか空気にあわないので変更しました。

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