99「白金の剣-4」
MDにおける素材としての鉱石類は主にベースとなる種類、ランクと、
それに付随する各種属性で分けられる。
例えるならば同じ鉄鉱石でも、採れる場所、
あるいはドロップするモンスターによってある程度違う。
火山のようなフィールドであれば全体的に火属性であったり、
あるいは火山ガスをイメージのベースとしたのか、
毒の属性が付いていたりする。
いわゆる魔石だ。
時には属性は一切つかないが、高品質で
純粋な意味での鉄鉱石といったものもあった。
同じスキル、同じレベルでも作るたびに微妙に違うし、
その性能にも若干だが幅がある。
基本的に使う分には武具の消滅の無いMDにおいて、
例のアップデート前でも、真に供給過多とならなかった理由の1つがこれである。
呼び方や細かいところはともかく、アイテム作成がコンテンツにある
様々なゲームと、大差が無いとも言える。
プレイヤーは様々な素材を集め、消費し、武具へと変えていく。
それがゲームの経済の1部を担うのだ。
そんな素材であるが、ゲームの世界であれば、あるいは今の俺が手に取ったならば、
その素材の質だとかは虚空になぜか出てくるウィンドウに
しっかりと表示されているのだが、他の人はそうではない。
「手にとって見ても?」
「ああ、好きに触っていいぞ」
若い職人がまず手を上げ、恐る恐るといった様子で2つの鉱石を触る。
ついでに各10個ずつ用意していた、俺の視点からは
明確に違いのある鉄鉱石を一組ずつ、希望者に渡して見てもらう。
ちなみに、材料は俺の自腹である。
アイテムボックスの中身を全開放するつもりもないが、
余り出し惜しみをするものでもないかな、と最近思い始めたのだ。
そうでなくては、レアでもない一般素材の山をどう使うつもりなのか?
ということもある。
少なくとも、無駄に集まっている一部の素材ぐらいは
何かの折に都度、放出でもいいかな、とは思っているのだ。
そんなことを思いながらの視線の先、
鉱石を受取った人間の対応はコンコンと叩いてみたり、
ルーペのようなもので確認したりと様々だ。
今回用意した鉄鉱石は属性の無いものと、雷の属性が付いた物の2つだ。
後者を使い、うまく武器を作れば攻撃時に追加ダメージが発生する。
さらに高位となれば、電撃による麻痺効果があったり、
通電させることで鎧の上からもダメージが与えれたりもする。
物によれば手にしているだけで刃の部分が、
独特の光を放つことさえある。
うっかり混戦で使おうものなら、ゲームでならともかく、
この世界においては大変なことになりそうなものである。
もっとも、相応の強さの属性を持った物であれば、ではあるが。
そんな雷属性を帯びた魔石だが、ゲームのようなデータとして見れる情報以外に、
結構簡単な誰でも出来ることで判別する方法があったのだ。
これを俺が発見したのは偶然であり、
情報がなまじ見えるからこそ考えつかなかった方法であった。
と、視線の先で1人の若い男がじっと鉄鉱石を手に固まっていた。
冒険者然とした皮鎧、使い込まれた感覚はあるものの、
しっかりしたつくりを感じさせる装備だ。
俺の視線に気が付かないまま、男はおもむろに1つの鉄鉱石を……舐めた。
途端、何かにはじかれるようにビクンと体を振るわせる男。
慌てて周囲を見渡しながら、もう一方の鉄鉱石もおもむろに舐め、首をかしげる。
俺はその姿を見ながら、笑みを浮かべていた。
そう、雷属性を帯びた鉄鉱石、あるいは各種鉱石はその程度にもよるが、
常に帯電しているような挙動を示すのだ。
実際には本当に帯電しているわけではなく、ほうっておいても
放電しきる、といったことはないようだった。
さらにはただ手に持ったり、触ったりしただけでは
感電のような現象は起きないようだった。
濡れた手や、水等で湿っているもので触ることで初めて感電する。
ファンタジーというか、ゲーム設定らしいというか、
面白い現象ではある。
この設定が山々にある状態でも適用されているのであれば、
水分、例えば雨の中、この鉄鉱石を発掘しようと思えば冒険者は
その電気にしびれることだろう。
自然とその周囲にいるモンスターは、
例えばゴムのような皮膚を持ち、雷に耐性を持った相手が多いだろう。
ゲームとしてのMDにおいては、その状況でも
何故そういう配置なのか?ということは
深く考えるようなことは無かったし、考察も見たことは無い。
設定でそういう配置だから、となってしまったからだ。
だが、この世界では違う。
環境があればそれに応じた進化というべき光景が世の中には産まれているのだった。
俺の視線の先で、冒険者の様子を見た隣の職人が、
同じように試し、驚く。
それは周囲に広がり、視線が俺に集まる。
「今やってもらったように、今回の魔石は雷のものだ。
質は余り良くないから、舐めても大丈夫だったが、
質の良い物はその限りではないらしい。不用意に舐めないほうがいいだろうな」
言いながら、2種類の鉄鉱石をそれぞれの手に持ち、
良く見えるようにする。
「少し魔法が使えるならば、こういった方法もある」
俺は手の中でとある攻撃魔法の準備をする。
冒険者の中には魔法を使う者もいるのか、
俺のその気配にどよめきが起こるが、そこまでだ。
俺が今やったのは実際に魔法を放つ手前までの、
言ってしまえば準備だけである。
それでも精霊は呼びかけに答え、その結果を生み出すべく動き出している。
手のひらで発動させようとしたのは、雷の魔法でも
最低ランクに位置するもの。
精々、直接触った相手を少しひるませる程度の威力しか持たない。
ゲームで言えば、近接でのけん制用のものだ。
それでも手のひらに乗せたままの鉄鉱石は
その魔法の影響下にあるようで、ぼんやりと光に包まれる。
片方は何かぼんやりとしたもの、もう片方ははっきりと黄色のような
色がわかるものに包まれている。
言うまでも無く、黄色いほうが雷属性の魔石である。
「手に持った物を確認するぐらいなら多少の魔力ですむ。
もっとも、魔法を使う素質があれば……だが」
俺の言葉に、ざわめきの一部が落胆に変わる。
そう、プレイヤーであれば誰しもが
あらゆるスキル、あらゆる可能性を持つが、
一般人はそうではない。
戦士に向くもの、向かないもの。
魔法を使えるもの、使えないもの。
現実はやはり、残酷である。
「さて、今の手法がうまくいけば、貴重といえる魔石を、
判別することが出来るわけだが……それだけでは問題がある。
キロン、この鉄鉱石を使って雷属性の付いたロングソードを作るとして、
何か問題はありそうか?」
横にいるキロンにおもむろに鉄鉱石を手渡しながら、
俺は先を促すように問いかける。
「そのままでは無理だな」
キロンは即答の上、集まりの中にいる何人かに視線を向けながら口を開いた。
「ウチの職人なら散々経験してるだろうが、
属性付きなんかは20本作って1本あればいいほうだ。
その上、途中まではそんな気配があっても出来上がってみたら普通のだった。
なんていうのもありがちだな」
キロンの言葉に職人の何人かは大きくうなずいている。
冒険者たちも、そうだろう、だから高いんだといわんばかりである。
「とはいえ、方法はある。それはさっきやって見せた判別方法にもつながるんだが、
結局は魔法、精霊との付き合いなんだと考えている」
俺はスピキュールの街でやったような方法で、
集まっている面々に簡単にだが手法を伝えていく。
これにより一時的にだが、この街の周囲で
属性武器と呼べるものが増えることだろう。
それは世間の武具の相場を崩すことになるのだと思う。
だが、貴重すぎてなかなか世の中に浸透しない属性武器が、
ある程度増えていくことになればそれは人間全体の力の底上げになる。
いつの間にか増えていくモンスターと、
生存競争といった面で良い勝負となることだろう。
例えば魔法使いがその魔力と、知識を持って
魔法を放つだけでなく、各地での研究や、
様々な素材の発掘に力を発揮する日がきっと来る。
「……という感じでいけばこれまでよりも確実な成果が見込めると思う。
後は各自試して経験していって見るしかないだろう。
最後に、これは機密でもなんでもない。
自由に研究し、自由に広めていって欲しい」
俺はそう締めくくり、部屋の集団を見渡した。
1人の職人が立ち上がったのをきっかけに、少しでも早く実際に試したいのか、
集団のうち、ほとんどの人間が部屋を出て行く。
自分の工房に戻ったのかもしれないし、冒険者は
必要な素材を集めに依頼に向かったのかもしれない。
部屋に残るのは俺と、アンヌと、キロン、
そして見覚えのある職人数名だった。
人の噂は速い。
恐らくは俺が予想しているよりも激しい形で、隣町へ隣町へと、
この話は広がっていくことだろう。
そして、俺の元へとただの下心をもった人間から、
もっと大きな流れもやってくるはずだ。
何故今になってこんな手法がわかったのか、
手法を伝えたファクトとは何者だ、と。
それだけではない。
きっと、危険もやってくる。
そう、キャニーのいた組織に俺の遺物を狙うようにさせた何かの手が。
いまだに見えないものも多いが、
引っ張り出すことを狙ってもいいのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺が部屋の片づけをしていると、
服のすそが引っ張られる。
「えっと……結局自分のは作ってくれるんだよね?」
「ああ、予想外の出来事があったけどな。ちなみにいくらぐらい出せるんだ?」
服を引っ張った犯人であるアンヌに、
すぐに作ることが出来なかったことを謝りながらそう聞いてみると、
うぐっとばかりにアンヌは口ごもる。
「一応、このぐらいなら出せるんだけど、足りる?」
おずおずと出された銀貨の枚数は、以前武器を作ったときの
依頼の金額の2倍ほど。
「十分さ。なあ、キロン?」
「ファクトがいいのなら、自分は何も言わん。お嬢ちゃんは運が良いってことだ」
俺の声に、肩をすくめて答えるキロンの顔は笑顔だった。
どこか興奮した様子からも、キロン自身も色々と試したいのだろう。
その後、残っていた職人も一緒にキロンの工房へと向かい、
アンヌの武器は無事に作成されることになる。
──酒場にて
「それって怪しくない?」
「ああ、勿論ものすげー怪しい。だからさ……途中で引き返してきた」
周囲の冒険者と比べ、軽装の女冒険者は、
果物の絞り汁、いわゆるジュースの入ったジョッキを手に、
テーブルの向かいにいる男に顔をしかめながら問いかけた。
男も頷きながら、ジョッキを満たすエールを一口、飲む。
その赤らんだ顔はエールに酔っているようで、
多少だらしが無いともいえるが、話している内容ゆえか、
酔っ払った状態の中でも、引き締まっていることがわかる。
「整列して歩くゴブリン……かぁ。亜種でもいるのかな?」
女冒険者の横に座るのも同じく軽装の女。
見れば2人が姉妹だと大体の人がわかるだろう。
2人の女冒険者、キャニーとミリーは、
情報収集のためにと、街に繰り出していた。
とある酒場の一角で、依頼を眺めたり、
酒飲み話に付き合う中、とある冒険者の話が気になったのだ。
いわく、街道を練り歩くゴブリンの集団を見た、と。
しかもまるで軍隊の行進のように、街道から離れて森の中へと
一定の歩調で消えていったのだという。
亜種、強さの違う個体が集団を統率するような
動きをとることがあるのは冒険者の間、
世間的には有名な話である。
それは男も知っていた。
「だけどよ、なんか違うんだよな。そうさ、まるで……」
「まるで?」
もったいぶる男に、若干のいらつきを隠さずにキャニーが先を促す。
男はちらりと周囲を見てから、顔をテーブルの中央に寄せるように
身を乗り出しながらささやくようにつぶやいた。
「笑うなよ? まるでさ、王の元に集まる臣民、みたいだったんだ」
そんな馬鹿な、とキャニーとミリーは言うことが出来ない。
ファクトからこれまでにあった戦いの様子や、
そのときの出来事は聞いているからだ。
地竜に乗る魔法を使う相手、怪しい術で不死者を生み出した相手。
どれも、ただのモンスターの集まりでは説明が難しい。
見え隠れする人間同士の戦争の影と、
モンスターの怪しい動きが、姉妹の表情を険しいものにしていく。
戦いは、そう遠くない位置にあった。